艦隊これくしょん ー空に誓った約束ー   作:ジャスSS

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第二十九話 新型

――陽は沈み、暗闇が支配する世界。

 

鎮守府の一角で、海原と吹雪は報告書に目を通していた。

 

「……弱点は明確だな」

 

「はい。 圧倒的に艦載機の性能が足りていません」

 

大きく溜息をつき、海原は言う。

 

「大本営から新型艦載機の設計図、及び量産機を提供させてもらおう。 全てにおいて我々は負けている」

 

「了解しました。 まあ、司令官に頑張ってもらう他ありませんけどね」

 

「うるさい」

 

 

 

 

 

――陽は昇り、日光が照らす世界。

 

朝早く起きた飛龍は、先日の戦いで受けた傷の治療を受けている。

 

「痛い痛い! 雑にやりすぎだよ瑞鶴!」

 

悶絶する飛龍だが、指摘を受けた当の本人は全く意に介さない。

 

「こんくらいやらないと傷は直んないでしょうが……」

 

「ず、瑞鶴、人生で傷を負った回数は?」

 

「傷? えっと……」

 

考えながらも強く傷跡を押す瑞鶴。

 

「記憶上はない、かな?」

 

「えっ!? 走って転んだ時とかはないの!?」

 

「一応あるにはあるけど、運良く傷はなかったんだよね」

 

彼女のあまりにもな幸運ぶりに、もはや恐怖すら覚える飛龍。

 

しかしこれによって、何故こうも雑にやってるのか、理由が判明した。

 

「……学校時代に応急処置の勉強した? さすがにしたよね?」

 

「したよ。 でも先生が強く押し付けろって、教科書と真逆のこと言ってたわ」

 

「はぁ!?」

 

今度は予想外の返答に、怒りをあらわにする。

 

「その先生は今何してるの?」

 

「普通に横須賀勤務だよ……普通の先生だし」

 

世の中にはとんでもねぇやつもいるもんだなと、飛龍は心の中で思う。

 

やがて傷の痛みは、徐々にだが引いてきた。

 

「よし、そろそろいいかな……そうだ、蒼龍と加賀は?」

 

「蒼龍はもう風呂行った。 加賀さんは疲れが溜まっててまだ寝てる」

 

「そっか。 叢雲は?」

 

話が叢雲のことに及ぶと、一層険しい顔になる飛龍。

 

その表情だけで、状態はあまり良くないと察した。

 

「命に別状はないし、即引退に追い込まれる程の後遺症もないらしい。 ただ……」

 

「ただ……?」

 

「助骨が数本折れてるのと、軽度の記憶障害が見られる可能性がある……あと軽度の運動障害とか、そういう細かい後遺症は残るかもって言われてる」

 

「そう……でも、すぐ復活できるんだよね……?」

 

暗い顔で問う。

 

「程度によるけど、割と早く復帰できるとは言ってた。 軍医さんによると、むしろその状況下においてはその程度で済んだ、と考えてるらしいけど。 下手すれば即死だって有り得たって言ってたし」

 

「不幸中の幸い……と言うのかどうかは分からないけど……白雪は?」

 

「部屋から出てないから分からないけど、庇わられた時から昨日の夜までずっと暗かったし、責任感じて色々塞ぎ込んでるかもしれない」

 

飛龍の視線の先には、駆逐艦の寮――即ち白雪のことを指していた。

 

「それはまた厄介……って言っていいのかしら」

 

「深雪が面倒見るって言ってたし、時間はかかるかもしれないけど大丈夫だと思う。 白雪のこと一番知り尽くしてるあの子だし」

 

「私達もできるだけフォローしておこうか。 少しでも気を楽にさせたいし」

 

「うん……いつ次の作戦が発動するか、分かったもんじゃないし」

 

「……佐渡島奪還作戦……か」

 

そう、時は少しずつ、次なる争いに向かっていたのである。

 

 

 

 

 

――鎮守府の離れに位置する、新潟鎮守府病院。

 

艦娘の身体に関すること全てを司る、唯一の医療機関だ。

 

その規模はやはり極小であるが、数人の軍医によって日々せわしく運営されている。

 

そんな病院にある数少ないベッドの一つを、先の海戦にて大傷を負った少女が占拠する。

 

そしてその隣には、そんな彼女の姉――正確には”姉艦”が居座っている。

 

「――ん……えっと、ここは……」

 

病院着に身を包んだ叢雲が目を覚まし、体を起こす。

 

「あ……やっと、起きた……」

 

寝ぼけまなこをこすった彼女は、隣にいる初雪の存在を感じた。

 

「初雪……? なんで私は……」

 

「覚えてないの……? 日本海で空襲を受けて、叢雲は……」

 

眠っている記憶を呼び覚ますように、目を瞑って頭を搔く。

 

そして何かを思い出したのか、目を開けて初雪に言う。

 

「白雪庇って……そうだ、白雪は!?」

 

「損傷なし……ただ、今は部屋に篭ってる……」

 

「そっか。 怪我はなかったのね……」

 

少し安堵した叢雲は、鈍った体を治すべく伸びをするが――

 

「ぐあっ!? いてててて……」

 

「あっ……まだ痛むところあるから、あまり体動かさないでって、先生が……」

 

「それ先に言ってよ……」

 

叢雲本来のトゲがある声色に、初雪は俯いてしまう。

 

それを見るやいなや、慌ててフォローに入った。

 

「あぁ、ごめん……ちょっと言い過ぎた……」

 

「いや……別に……」

 

両者の間に気まずい雰囲気が流れる。

 

そんな空気を嫌ったか、叢雲はあることを訊く。

 

「怪我しなかったの? あの時。 凄い空襲だったと思うんだけど」

 

「えっと……傷はなかった、かな……?」

 

その言葉を受け取ると、分かりやすいように目を丸くし、開いた口が塞がらない状態となっていた。

 

「驚きすぎじゃ……」

 

「あんなの避けきるなんて人間技じゃないわよ……まさに爆弾の雨嵐じゃない」

 

叢雲の脳裏に昨日のことが思い浮かばれる。

 

空から降ってくる無数の爆弾。

 

その一つ一つが自らを殺し、破壊しつくし、そして海の底へ深く深く沈めさせる。

 

そんな悪魔が、これまで沢山の艦娘を――人を、殺してきた。

 

「私、影薄いし……敵も私を狙おうとは、してなかったから……」

 

「それにしても凄いなとは思うけど……他に無傷の人は? さすがにいな――」

 

「瑞鶴さん……何一つ傷はなかった……」

 

「――やっぱり天才ねあの人」

 

驚くことはせず、むしろ当たり前かのようにそのことを受け流す。

 

「確か、横須賀の……」

 

「ぶっちぎり……は不知火がいたからではなかったらしいけど、100年に1人の逸材とかなんとか言われてるって。 そんな人がこんなとこに来るってのも、まあおかしな話ではあるけど……」

 

「それを言うなら、不知火だって横須賀次席だけど……」

 

「そういえばそうよね……」

 

腕組みをする叢雲。

 

それほど、彼女にとってそのことは謎であった。

 

「……なんか、持ってきてほしいものって――」

 

「もし、誰かの介入がはいっていたら……」

 

話を遮って、叢雲は呟く。

 

それが気になる初雪は、言いかけていたことを止め、聞くことに集中する。

 

「誰かの陰謀だったら……」

 

「考えすぎ、だと思うけど……」

 

「じゃあなんであんな天才をこんな僻地に送り込むのよ。 普通に考えたら、横須賀で更なる英才教育をして、一流の艦娘に育てるはずでしょ? そのルートからいきなり外れるなんて、ありえないわ」

 

「……でも、誰が得を……」

 

「今一番得をしているのは――」

 

腕組みしながら考える。

 

そしてその答えに気づいた時、彼女は恐ろしい物を見たかのような顔をした。

 

「私達――最も得をしてるのは、他でもない私達――」

 

「……でも誰がそれを?」

 

「誰がやったか――瑞鶴さん達をこっちに持っていける程に能力があり、かつ自由に動けた人――」

 

頭の中で思い浮かんでは、すぐ消えてゆく。

 

特定の誰か、というのが決まらなかった。

 

「――分からん。 全然分からん」

 

「……そうだ、何か持ってきてほしいもの……」

 

「うん? あぁそういえば、喉が乾いたかな……」

 

「分かった」

 

そう言って、初雪は病室から出ていく。

 

それを見送った叢雲は、乾いた喉をさすりながら、思案を巡らした。

 

「誰がやれるか――か……」

 

その答えは見つかるのだろうか――いや、見つけなくてはいけないのかもしれない。

 

そう――彼女は思った。

 

 

 

 

 

――海戦から、二週間が経った朝。

 

瑞鶴らが奮闘し、敗れはしたものの確かに爪痕を残したあの戦いは――名を新潟沖航空戦と定められることとなった。

 

「提督さん、いきなりこんなとこに呼び出してどういうつもりなんだろ?」

 

「さぁ……」

 

新潟沖航空戦に参加した、四人の正規空母が集められたのは出撃の際立ち寄る波止場。

 

そこに艤装付きで来いと、海原に指示されたのだ。

 

「これから演習でもするんじゃ? はたまた他の鎮守府との合同演習ってのも……」

 

「その可能性は十分にあるけど……ねぇ、加賀はなんか言われた?」

 

ここに来るまでに、一言も発言しなかった加賀に聞く。

 

副司令長官なのだから、むしろ知ってて当然――そう思ったのだろうが、本当は違ったようだ。

 

「私も何一つ知らないわ。 それっぽいことも……」

 

「そっか……全く、何も言わずに呼び出すなんて馬鹿じゃないの……」

 

不満を漏らし続ける瑞鶴。

 

その気持ちは二航戦の二人も同じではあるが、瑞鶴とは違い心に留めたままにしている。

 

「ってか、なんで提督さん今いないの? 呼び出したのあちらさんでしょうが」

 

「確かにそれもそう――って瑞鶴! あれ!」

 

「ん? あれ――あれは――!?」

 

蒼龍に促されて渋々見上げた瑞鶴の目には、新型艦載機が、空を背に、悠々と飛んでいる情景が。

 

それも、新型は一種だけではなく――三種、確認できた。

 

「驚いてくれたか、皆」

 

突然聞こえた声に驚き、後ろを振り向くとそこには、彼女らを呼び出した二人がいた。

 

「新型艦上爆撃機、彗星、新型艦上攻撃機、天山。 そして、零戦二一型のエンジンを換装するなどのマイナーチェンジを施した、零戦五二型がこれから鎮守府に配備される。 横須賀や呉など、主要四鎮守府では既に実戦投入が行われており、その実力は証明済みだ。 量産体制も整いつつあり、次の作戦――佐渡島奪還作戦、通称”さ号作戦”の時には、ほとんどが更新済みになるだろう」

 

そう彼が言った後、その新しい艦載機群は急降下を始め――新たな母艦となる、彼女達に向かっていった。

 

「まさか、この為に艤装つけてこいって……」

 

「そういうこと」

 

ニヤリとする海原。

 

「そっか、これが私達の新たな仲間――」

 

波の音だけがある新潟で、響くエンジン音。

 

その機体は翠色に輝き、青く澄んだ空に彩を加えている。

 

「これがあれば、きっと――」

 

完全なる敗北を喫したあの戦いが甦る――が、あのようなことはもう、繰り返さない。

 

急降下し続ける機体をただ見つめ、瑞鶴は想ったのであった――

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