――自室で放心する男が一人。
先程、彼は自らの配属先の通告を受けていた。
彼の配属先は、北陸の米所、新潟鎮守府。
だが、これが必ずしも良いところとは限らない。
日本における"海軍"と言えば横須賀や呉といった太平洋中心の鎮守府が常に一線を走ってるからだ。
要するに言えば、海原は最前線からかなり離された地域へ配属されたのだ。
これだけ聞くと、有望な若手を敢えて危険から遠ざけようとしているように見えるが、そもそも提督という職業に付きまとう危険は作戦失敗による責任追及だけ。
そんな折、彼は通告を受けた直後のことを思い出していた。
通告を受け、部屋から出てきた時、待っていたのは他の男子生徒達の姿。
そして、彼らは海原に配属先を言うように促す。
そして、海原が自身の配属先を告げると、彼らは何も言わずそこから退散していった。
一体あれはなんだったのか――何も答えが出ずに、時間だけが過ぎていく。
さすがに無駄だと悟ったのか、周囲を見渡し始める。
すると、ある本が目に入った。
その本の表紙には、"海軍歴史書"と書かれてあった。
"1977年、突如として謎の生物、"深海棲艦"が現れた。 通常の兵器では太刀打ちできない程の圧倒的な強さを持つ深海棲艦は、中部太平洋に現れて以降、縦横無尽に動いて世界各国のシーレーンを破壊。 日米間のシーレーンも、この時潰えてしまった。 そして、深海棲艦の上陸が始まりろうとしたその時、突如として現れた少女たちによって深海棲艦達はたちまち壊滅した。 この現象はアメリカで最初に見られてから、日本・ドイツ・イギリス・イタリア・フランス・ソ連等で見られるようになった。
この世界的な危機を救った少女たちこそ、深海棲艦の出現を機に各先進国で急いで作られた特殊部隊、"深海棲艦撃滅隊" 通称"艦娘隊"であった。 この艦娘隊はその後、日本では日本国憲法の改正を機に再び登場した海軍の一部門となり、以後深海棲艦群の撃滅にあたっている――"
やがて、1日が始まった。
昨日読んでいた海軍歴史書は彼にとってはかなり興味深かったらしく、今の彼はそうとうな満足感に満ち溢れていた。
だが本を読み漁ってしまったためか、今日という今日こそは何もやることがなくなってしまった。
とは言うものの、さすがに何もせずに一日を終えることはない。
何故なら、明日、彼は新潟鎮守府へと旅立つからである。
そうなると、荷物の整理といったことをしなくてはいけないのである。
だが、朝やる必要性は全くと言ってもいいほどないので、こうして暇を持て余しているのだ。
やがて暇にも堪えかねてしまい、あることを思い付いた。
(そうだ、散歩しよう)
そして、彼はベッドから体を起こし、財布をポケットに突っ込んで部屋から出ていってしまった。
――散歩の後、彼は敷地内の食堂へ辿り着いた。
そこいたのは、沢山の艦娘とおぼしき少女と、提督候補生に見える少年達。
そんな彼らをよそ目に、カレーを頼む海原であった。
机に置かれたおぼんには、主食のカレー、副食としてサラダ、目玉焼き等がのせられており、それはまさに前世における海自の昼食のようだった。
この世界の歴史は、ほとんど前世と変わらないということが昨日判明していた。
勿論、深海棲艦出現後はおぞましいほどに変わっているが。
そんなことを考えている中、ある声が彼の鼓膜を揺らした。
「ねえねえ。 ちょっといいかな?」
突如聞こえた声、その声はかつて聞いたことがあった。
その声の主は、所謂活発な艦娘として名を馳せていた。
真面目で、一生懸命で、違うと思ったことは徹底的に反抗していて、ある意味で手がかかる艦娘であり、そして誰よりも人々を、仲間を、提督を思っていた。
緑がかったツインテール、強気な瞳、胸元には"ス"の文字が入っている。
「瑞鶴」
「―――え?」
思わずたじろいでしまう瑞鶴。
無理もない、恐らく初めて会うであろう人にこうして自分の名前を呼ばれたら誰でもこうなるはずだ。
「―――! ご、ごめん」
突然我を取り戻し、その少女、瑞鶴の方を向く。
「あ、い、いいですよ」
「あ、ありがと」
まるで人見知り同士の合コンのように、機械的な会話を交わす瑞鶴と海原。
「……」
「……」
会話はその後進展せず、緊張感が張り詰まった状態のまま料理が次々と消化されてゆく。
先に耐えられなくなったのは、瑞鶴の方だった。
「えーと……カレー、美味しいね」
「そ、そうですね……」
が、これもまた機械的な会話に留まってしまう。
すると、なんと瑞鶴は海原に苦言を呈し始めた。
「……あのさ、なんで返事するときに異常な程までに縮こまるの? 凄い草食系なんだけど」
突然の問いに、海原は驚き、硬直する。
それは勿論、質問のベクトルがかなり変わってきたからだ。
「あなた男でしょう? 男だったらもうちょっと、こう……」
「この世には草食系男子という人種が存在するんですよ……それが偶々私であっただけです」
「見苦しい言い訳にしか見えない」
「……はい」
図星だった。 完璧なほど。
何も言い返すことができず、後は瑞鶴からの説教を受けるのみだった。
が、この会話は次第に混沌へと誘われていく。
「そういえば、あなたは私を全くと言っていいほど避けようとしてないわね。 意外なんですけど」
「……え」