――横須賀海軍基地の一部分。
そこに青年――海原は双眼鏡を首に掛けながら立っていた。
目的はもちろん、先程会った艦娘――瑞鶴の模擬戦闘を見るため。
「やっぱり海はいいよなぁ…… この中で演習観られるのか……」
一人で呟いていく。
端から見れば、ただの変人だ。
「もうすぐなのかな。 というかどこから瑞鶴たちは出てくるのかな?」
「はぁ!? 他の二人がいない!?」
「うん」
素っ気なく答える一人の艦娘。
その艦娘の言葉に、瑞鶴は沈んだ感情で呟く。
「なんか前兆あったかな…… この前初めて組んだのに……」
「……分からない。 というより、そういうのはなんもなかったよね」
「は~、結局今回も二人でやるのか~」
どこか残念がる瑞鶴。
しかしそこに、フォローが入る。
「でもさぁ…… ここで良いとこ見せられば、"彼氏さん"に良いとこ見せられるんじゃない?」
小悪魔のような声で瑞鶴に言う。
「……は? あんたばかなの?」
「おやおや? そんな事言っといて実は……」
「……はぁ」
さすがに呆れたのか、言葉を無視して抜錨の準備を進める瑞鶴。
しかし、瑞鶴はまだ追及される。
「なんで? あの人と一緒にいたの? ねぇ、なんで?」
「……だからあんたも嫌われるのよ」
言葉の意味を理解できず、ポカーンとして立ち尽くす。
「……この模擬戦に勝ったら教えてあげるから」
「おお! これは勝ちなけねばいけませんね!」
やれやれ、といった表情をみせる瑞鶴。
「さ、いい加減行きましょう。―――《青葉》」
この言葉に重巡青葉は嬉々として応えた。
――水上に立つ瑞鶴。 その隣には青葉もいる。
二人はこれより、錨を外して模擬戦へと挑むことになる。
二人の艦娘の内、瑞鶴が叫ぶ。
「空母瑞鶴、抜錨します!」
錨が抜かれるのと同時に、勢い良くとびだす瑞鶴。
そのあとに続くように、青葉も叫ぶ。
「重巡青葉、抜錨するよ!」
「……さて、敵は見えた?」
大人しい波が立つ洋上を進む瑞鶴たち。
「うーん……あ、見えたよ!」
双眼鏡を片手で持ちながら敵に気付く青葉。
すぐさま瑞鶴に詳細を伝える。
「空母1。軽巡2。駆逐1。 合計四隻だね。陣形は空母を中心とした輪形陣。 空母の前に二隻の軽巡。後ろに駆逐艦がいるよ」
「ありがとう。 さて、どうしようか……」
洋上で何かを考えるように腕を組む瑞鶴。
ここで青葉が何か思い付いたように瑞鶴に提言する。
「昨日言ったさ……あの作戦、今できないかな……?」
「え? いや、あれは昨日突然思い付いて、そこから想像を膨らましてあんたに勢いのまま言ったやつだから…… 完成度も悪いし、今ここでやっても失敗するでしょ…… っていうか、青葉だって"この作戦は無理があるよ"とか言ってたじゃん」
青葉の提言にすぐさま否定する瑞鶴。
「いや、あのときはそう言ってたけどさ、それはあくまで《成功はかなり厳しい》って言ってただけ。 で、今はそれらの《条件》が満たされそうなの」
この青葉の提言に、瑞鶴は何かに気付くような表情を見せた。
「……確かに良いかもしれない。 よし、じゃあ昨日話した内容は……」
「大丈夫。 覚えてるよ!」
胸を張って言う青葉。
(まったく。 こういう時は頼もしいんだから)
「じゃ、私も昨日話した通りに動くから。 青葉はあいつらの《注意を引き付けて》おいて」
「はーい。 では青葉、行ってきます!」
勢い良く駆け出す青葉。
「さて、青葉がしっかりと動いてくれたら、今度は私の番。私がこの作戦の主役なんだから」
――「? 瑞鶴なにしてるんだ?」
双眼鏡を両目に当て、遠くの瑞鶴を見やる。
遠くに見えていた瑞鶴は既に発艦作業を終えていたが、発艦した艦載機の内容はさすがに知ることは出来なかった。
それでも――
「ここまで速力を落とす必要があるのか……?」
そこに洋上の瑞鶴は速力を落とし、敵艦隊を中心とした円の外周を進んでいるように見える。
これが意味することは――
「……バケモンたちが来たか」
それまで、双眼鏡でのみ見られた青葉が、現在では裸眼でもなんとか見れるほどにまで近づいてきた。
もうすぐ、砲雷撃戦が始まりそうだ。
「何故だと思う? ここまで青葉が来るのは」
敵艦隊の旗艦である空母艦娘が駆逐艦艦娘に意見を伝えさせた。
「私にも分かりません……こちらは軽巡二隻が対応に当たりますので、数的有利はこちらにある……となると、あいつが何か変なことを企んでいるかと……」
「……ありがとう。 だが、ここで変に動く必要はない。 しばらくはいつも通りに」
了解の応答が三回響いた。
しかし、彼女はどことない不安を感じていた。
(……いや、相手はたった二人だ。 例えバケモンどもだろうが勝てるだろう。 きっと……)
彼女が不安を振り払ったのと同時刻に、重巡青葉と軽巡二隻による砲雷撃戦が始まった。
その頃、海原の視界から消えた瑞鶴は、一人静かに動いていた。
――"この作戦を成功するには、次の要素が必要となる まず、艦爆、艦攻をしっかりと相手に奇襲して切り込ませること。 そのためには、母艦であるあなたが気づかれないこと。 それと、防空戦力を残さないこと。 それらを達成するのは、一般的な艦隊運用なら無理だと思う"
"じゃあ、明日の模擬戦とかは? 四隻が相手だし"
"……あの連中はこんなこと、絶対に反対すると思うけど。 というか、瑞鶴はあの海で隠密行動できるの? 艦戦だけの編成で相手の視界を一点に縛らせることはできても、効果は一瞬よ。それに、直衛隊のことだってあるし……"
「つまり、その一瞬の間に動けば良いんでしょ。 簡単なことじゃない。直衛隊は……航空隊の皆さんに頑張ってもらいましょう」
自慢げな笑顔を見せ、意気揚々と敵艦隊へ向け弓矢を引いた。
――目視で確認された敵機。
しかしそれらは全て艦戦であった。
戸惑う敵艦隊。
しかし旗艦はこれを絶好のチャンスと捉え、艦戦を消耗しない形で敵機の漸減にあたる。
軽巡らは青葉との交戦中のため、駆逐艦と共に漸減を行った。
しかしそれは、彼女らにとって屈辱的な敗北劇の序幕に過ぎなかった。
(しかし、なぜここで艦戦を……? こちらも同じように艦戦のみの編成を組むと考えたのか……?)
この時点で、空母艦娘は直衛隊のみ発艦していた。
つまり、瑞鶴たちの様子を窺ったのである。
「あの……思ったのですが……」
「……?」
首を傾げる空母艦娘。
「敵は、こちらを横から切り込む、ということは……」
「いや、さすがに瑞鶴であろうと無理がある」
「……ですかね」
自然と納得する駆逐艦艦娘。
しかし、心のなかにはまだも不安が残る。
これは空母艦娘も同様であった。
――ある程度瑞鶴航空隊の数が減っていき、航空隊は空域からの離脱を行っていた頃であった。
「!? 右舷より、敵機発見! 超低高度でこちらに接近中!」
「なんだと!?」
この報告は、彼女らに大きな衝撃を与えた。
突如現れた艦載機。
それらのほとんどは艦爆艦攻であったことも、彼女らに衝撃を与えていた。
さらに、突如現れた上、艦隊との距離はそれなりに近く、空母艦娘による艦戦の発艦は出来られなかった。
この、華麗な奇襲劇にまんまとハマった彼女らは、大した抵抗もできないまま、瑞鶴航空隊による攻撃を待つだけであった。
――夕暮れ時の公園。
この公園は海軍基地内にあるため、軍人たちの憩いの場となっている。
そこに、昨日海軍幹部候補生学校を卒業し、明日から新潟へと旅立つ海原がいた。
瑞鶴とここで待ち合わせしていたのだ。
そこに、一人の少女――瑞鶴が走ってきた。
「よっ、おつかれ」
「ふふっ。 どうだった、私の戦い」
戦闘後のクールダウンのためか、長袖のジャージを着ている。
「うーん……凄いなって……」
「は? なにその感想。 もうちょっと良い答えが帰ってくると思ったのに……」
「え、そんなにいや? じゃあ、怪物……」
「怪物!? 私、一応女子なんだけど!」
「あぁ、ごめん。 怪物は言い過ぎたな」
謝る海原。
「ま、私自身も怪物だって理解してるけどね」
「……へ?」
「ううん、なんでもない。 さて、このまま二人でいると、誰か来たときに色々めんどくさくなるから、ここで一旦サヨナラにしましょうか」
瑞鶴の言葉に頷く海原。
「じゃ、最後に一つだけ。 どこの鎮守府に行くの? これだけ聞かせて」
一瞬言葉に詰まる海原。
だが、ここは正直に言った。
「新潟。 新潟鎮守府」
「……は? 新潟?」
「うん。 そう」
「ふーん。 じゃ、一年間、ちょっと待っててね。 一年後、すぐさま行くから」
「は? いやさすがに無理が……」
「では、そういうことで。 じゃあね!」
少し速めに歩く瑞鶴。
ある程度瑞鶴歩いた後、こちらに振り返った。
「今日は楽しかった! あなたが男子では最初の友達よ!」
その顔には、満面の笑みがこぼれていた。