「よし。 これで大丈夫かな」
瑞鶴たちによる模擬戦闘の翌日。
その戦いぶりを見た海原は今、新潟に向かうために荷物の最終チェックを行っていた。
「さて、そろそろ行くか……と、これは?」
発見した一つの紙の束。
手紙のようであった。
「うわ、結構詰まってんな。 えーと、宛先は……ん? 俺……?」
手紙には"今の海原海斗へ"と書かれてあった。
「今のって、多分俺だよな…… まさか、俺がこの世界に来た原因が書かれてるのか……?」
疑心暗鬼になる海原。
「ま、今はいいや。 いつか読もう」
手紙をキャリーバックの小さいポケットの中に入れ、部屋を後にした。
その後、横須賀海軍幹部候補生学校から去り、新幹線を乗り継いで長野まで行き、電車を乗り継いで新潟に到着した。
「繁華街を抜けたけど、まだ鎮守府は先か……」
新潟駅を降りてからおおよそ三十分後。
太陽は南にあった。
人が多く行き交う繁華街を抜けたが、鎮守府までの道のりはようやく半分を過ぎたところだ。
「これから最寄り駅に行くとき、この道を何回も通らなきゃいけないのか……まあ、そんなこと気にしないでおこう。 今は鎮守府に着くことを第一に」
愚痴を吐きながら、長い道のりを歩いていった。
――「きたか。 俺の鎮守府。 結構ボロいけど」
目の前には大きく、そしてボロい建物。
"新潟鎮守府"のおでましである。
「確か既に艦娘が着任してるんだよな……」
鎮守府内に明かりは灯されていなかった。
「……いるの?」
「なんだよここ……めっちゃ床が軋むし、軋む音以外なにも聞こえないし、暗いし……」
それらの事象から捻り出した言葉は――
「……怖い」
未だに艦娘を発見していない。
ただ一人で鎮守府内を歩いていく。
「……そうだ。 執務室にいこう」
「執務室……ここ……!」
ようやく安住できる部屋を見つけ、そこに突っ込んでいく。
スイッチを見つけ、電気をつける。
「ふう……やっと光が見えた……」
安心したのか、そのまま崩れ落ちるように地べたに座った。
「……っていうか誰もいなくね!? 確か先に着任してて、今日来るって伝えられているよな……じゃあなんでいないんだ……? あ、あれは」
執務室は非常にボロボロで、部屋の隅には埃が溜まっていた。
そんな部屋には彼以外誰もいなかったが、誰かのボールペンはあった。
つまり、艦娘はしっかりと着任しているということ――
「……いつ来るんだろう」
そのようなことを呟いた瞬間、部屋の外で床が軋む音がした。
この音に気付き、驚いて立ち上がる海原。
「……こ、こええよ!」
思わず口を荒げてしまう。
「……いや待てよ、艦娘かもしれないな……」
(じゃあ、あんまり独り言を言わないほうがいいかもな……)
恐怖の心を落ち着かせようとする。
そのようなことを考えている内に、軋む音はどんどん近づいてくる。
やがてその音は執務室の間近にやってきた。
(……さぁ、こい! 誰が来ても大丈夫だ! 多分!)
しかし彼の体は少し小刻みに震えていた。
その思いとは裏腹に。
――部屋のドアが開かれた。
しかし、開かれた後に聞こえた声は、可愛らしい少女の声だった。
それも、一度は聞いたことのある――
「つ、疲れた~。 ってあれ!? 司令官ですか!?」
「……吹雪?」
「は、はい!? そ、そうです、けど……」
瑞鶴の次は吹雪――やはりここは《艦これの世界》であった。
「あ! 司令官、どのくらいここで待ってましたか!?」
「いや、そんなに待ってないから……」
(でももう少し早く来てほしかったけどね)
「んで、なんでここを留守にしてたかは――」
吹雪の両手には重そうなエコバッグ。
バッグの中には食料が入っていた。
(まさか、食べ物は繁華街に行かなきゃいけない!?)
顔を青ざめる。
「あ~、察していらっしゃると思いますが、今日司令官と一緒に食べようと思いまして、ついでに一週間分の食べ物をと……」
丁寧に説明する吹雪。
しかしその説明の一つ一つが彼の心にグサッと刺さる。
「……あそこのスーパーまでいったの?」
「あそこがどこかは分かりませんが、まぁあの街の中にあるスーパーではあります」
再び青ざめる。
「それほど……長い時間歩きたくないのですか……?」
「……いや、もうスッキリした」
腹をくくる――という表現が正しいのだろうか。
「んで、これからなに作るの?」
「はい! 今日は金曜日ではないのですが…… 歓迎の意味を込めて、カレーにしようと思います!」
苦笑いをする海原。
その理由はもちろん――
(またか……昨日もカレーだったんだけどな……しかもそこに瑞鶴が入ってきたし)
「あれ……? もしかしてカレー苦手ですか? では、今すぐ―」
「いや、別に嫌いじゃないし。 というか今からまた行っちゃうともう昼飯って時間じゃないよ」
部屋に備え付けられていた時計は一時をもうすぐ示そうとしている。
「あ、確かに……では、カレーを作りますね!」
バッグを持って部屋を出ようとする吹雪。
「あ、ちょ、待って」
ドアノブに手を掛けていた吹雪がこちらを振り返って見る。
「なんか、ここでじっとしてるのはちょっと性に合わないんだけどさ。えーと……」
首を傾げる吹雪。
「……カレー、一緒に作らない?」
(なんか、変なこと言ってるな。 俺)
「……え、大丈夫、ですか……?」
「大丈夫じゃなかったらこんなこと言わないだろ」
「あ~、確かにそうですね」
ピースがハマったようになっとくする吹雪。
「では……カレー、一緒に作りましょうか」
「そうだな。 って、どこで作るのか分かるの?」
「あ、それは大丈夫です。 私、ここに三日前に来ましたから。 なので、この鎮守府のことはほとんど知ってますよ!」
三日前――まだこの世界に転生してない頃であった。
「はは……そんなに早くから、か……」
「では、厨房に行きましょう!」
元気良く飛び出す吹雪。
そのあとに続くように、恐る恐る歩いていく海原。
廊下は相も変わらず軋んでいた。
「じゃーん。 ここが、我が新潟鎮守府の誇る、こじんまりとした厨房です!」
(なにも誇るところはないよ……)
厨房は執務室と違い、それなりに綺麗な場所であった。
料理する部屋だからか――
「では、このエプロンを着て下さい!」
渡されたエプロンは、実に女の子らしいピンクを全面に出したデザインだった。
「いや、別に大丈夫だから……」
「いえ、こういう時は形を大事にするんです! それだけで、料理は楽しくなります!」
吹雪に押される形で、仕方なくピンクエプロンを着る。
「……うん。 可愛いですよ。 司令官」
「男に可愛いは意味ないと思うけど」
「いえ、男子でも可愛いは大事なんです!」
「はいはい。 じゃ、カレー作りましょうか」
「あ! 話強制的に切りましたね! こちらの持論を聞いてください!」
「はいはい。 それはまた今度ね」
「言いましたね? 今度、ちゃんと聞いてくださいね!」
「はい。 約束するよ」
「約束ですからね!?」
「わかってるって。 じゃ、早いうちにカレー食べようか」
それまで不機嫌そうな表情をしていた吹雪が機嫌を直した。
「はい! 美味しいの、作りましょう!」
「ごちそうさまでした!」
海原、吹雪、この二人の目の前にはそれまでカレーが盛られていた皿がある。
二人は色々なことがあったものの、しっかりとカレーを作り、その後、厨房から直接行ける食堂のテーブルの一角に対面しながら座っていた。
「久しぶりに他の人と協力して料理を作りました!」
「その分、美味しいと……」
「そう! その通りです!」
突然顔を輝かせる吹雪。
「これまでも、一人でご飯を作っていましたけど、二人だと話し相手がいるのでその分楽しいです!」
「それはありがとう」
「いえいえ…… あ、そういえば……」
なにかを思い出したような顔になる。
「自己紹介、まだしてませんでしたね。」
思い出したことは、人と人のコミュニケーションに必要な"自己紹介"であった。
「あ~、確かにしてなかったね。 じゃあさ、俺からやっていい?」
「あ、はい。 どうぞどうぞ」
その言葉を聞き終えた後、一呼吸置いて話す。
「今日、ここ新潟鎮守府に着任しました。 海軍少尉の海原海斗です。 これより、よろしくお願いいたします!」
「はい! よろしくお願いします! ……では、次は私の番ですね」
吹雪も同様に、一呼吸置いてから話す。
「……川崎養成所からここ、新潟鎮守府に着任しました。 駆逐艦、吹雪です! これから、司令官の秘書艦として頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」