第七話 宣誓
――「え!? 首席なんですか!? 横須賀の!?」
食堂内に響く吹雪の声。
「じゃあ、なんでこんなところに?」
「知らん。 けど、首席であることは原因の一つに過ぎないと思うんだ」
「思い当たる節はないんですか……?」
「知らん。 それが分かってたらさっきの話しないだろ」
「あ、なるほど」
納得し、顔が晴れやかになる吹雪。
「……ところで、きみは何故?」
「うーん。 一つだけ思い当たる節があるんですよ」
「ほう。 まさか養成所で事件起こしたとか?」
「そんなわけないです!」
海原に怒りの表情を見せる吹雪。
「……座学が断トツ一位だったんですよ」
「……なるほどね」
何かを察した海原。
「つまり、色々危険そうなやつは地方へと離れさせようとしたのか」
「え、でもそこまでされるほど――いや、されるぐらいかもしれません」
「何故に?」
「うーん……私、川崎の時に《頭だけ》って言われてたんですよ」
「……それぐらい頭が良いのか」
「いえ、それだけでないんです。 実は私――」
この次に繰り出される言葉は、非常に奇特なものであった。
「実践だとまるっきりダメで……模擬戦では勝ったことないんですよ」
「……すごいね。 それ。 というかそれ艦娘としてやばくない? 存在価値が暴落するよ」
「それの補完のために頭脳を鍛えたんですよ!」
「ふーん。――? 待てよ。 模擬戦で一回も勝てずに卒業したんだよな?」
「はい。そうですけど」
「戦闘要員ゼロじゃん……」
深海棲艦に戦わない鎮守府など、ただの箱だ。
「……つまり、戦闘できる人をこっちに来させろって上に言うんですか?」
「当たり前だ。 っていうか、いなかったら鎮守府じゃねえじゃん」
「まあ、そうですね…… 今度、上層部に要請を送っておきますね」
「よろしく頼む」
「はい。 あ、そうだ。 鎮守府内の案内をしなくちゃ」
「……確かにな」
どこか後ろめたい気持ちになる。
「大丈夫ですよ。 ある程度掃除はしましたから」
「そうか。 なら良いけど。 まあ、吹雪だってここに来てからまだ三日しか経ってないし、これから掃除して綺麗にすればいいし」
「……ありがとうございます。 ……では、行きましょうか」
二人はそのまま廊下へと出た。
―――「案外広かったな……もっと小さいかと思ったよ」
施設案内を終え、しばらく経った執務室。
既に夕日は傾いており、夜がもうすぐ来ようとしている。
「そうなんですよ。 私もここに初めて来たとき、広くてビックリしたんですよ! ここ、こんなに広かったんだなあって」
「……? ここに一回来たことがある?」
「え、知らないんですか?」
呆れたような表情になる吹雪。
仕方なく話す。
「この鎮守府、五年前にある事件で有名になったんですよ」
「……ふーん。 どんなの?」
「なんか、暴力団とかとつながっていたらしくて……でも、艦娘は処罰されなくて、当時の鎮守府の司令官だけが処罰されたとか……っていうか、バカですよね。 わざわざそんな組織と繋がるなんて……なんか意味あったんですかね」
「……そうだな」
「ですよねえ……あ、司令官見てください」
吹雪はある一点――窓を指差した。
窓の奥には、綺麗な夕日が映っている。
「この鎮守府、ここからの景色が良いんですよ。 沿岸部に近づけば、もっといい景色が見られるんですけど、時間がなかったり、面倒なときはここから気軽に見ることができるんですよ」
「……息抜きポイントっていうことか」
「はい。仕事に疲れた時に見てモチベーション上げられます!」
「……経験談だな?」
「あ、バレちゃいましたか」
「バレバレだよ。 そんなの」
微笑みを含めて返した。
「えへへ……あ、そろそろ夕食の準備しないと」
「そうだな。 俺も手伝うよ」
「昼に続き、ありがとうございます!」
感謝する必要なんて――そんなことを考えていたが、この頃には既に心のなかは充実感で溢れていた。
―――「弱すぎませんか、司令官」
「いや、そっちが強すぎるんだろ」
夕食後、たいしてやることのない二人は執務室にあった埃かぶった将棋盤で将棋を楽しんでる。
しかし、何度やっても、座学において一位となった吹雪が常に勝負を有利にしている。
「……そろそろハンデつけましょうか?」
「いや、いい。 なんかプライドが削られそうだし」
「そうですか……」
少し呆れる吹雪。
「そうだ。 吹雪、今日どこで寝る?」
「え、今日ですか? そうですね……」
この鎮守府にはしっかりとした艦娘の寮がある。
しかし一部の部屋は埃が多い。
「うーん。 一番綺麗な部屋ですかね……」
「そうか……っていうか、一番綺麗な部屋って?」
「この前に掃除したところです。 この執務室に一番近い部屋です」
執務室から艦娘たちの寮まではそれなりの距離がある。
「結構遠くない? なんかあったとき困らない?」
「なんかって……なにがあるんですか……」
「なにかは……」
「……さては司令官、《幽霊》が怖いんじゃ?」
「そんなわけあるか!」
思わず激昂する海原。
「……ふふっ。 なんか面白いです。 その反応、悪くないです」
そう言った後、吹雪の右手が勢いよく駒を叩きつけた。
「……あ」
「王手。 これで終わりです」
「ははっ……参りました」
「……まあ、私も最初はめっちゃ怖くて、この執務室で寝泊まりしてたんですけどね」
「え、マジで!?」
「はい。 ですが、司令官のプライバシーを侵すわけにもいきませんし……」
少し思案する海原。
「……嘘だな?」
「バレちゃいましたか」
「いや、バレバレだって。 まあ、今日初めて会った男の人と一緒に寝るなんてねえ…… なんで嘘ついたん?」
「だって、そのことを直接言ったら気まずくなるじゃないですか」
「別にそうはならないよ……まあ、気にしてくれたのはうれしいけどね」
「お気遣いありがとうございます」
「はいはい。 それじゃ、お風呂入ってきなさい」
慈愛のある言葉を発する。
「あ、そうでした。 では、入ってきます」
吹雪が立ち上がる。
「……あ、そうだ。 その将棋盤、片付けておいてください」
「……は!?」
驚き固まる。
「これまで何回負けたと思うんですか。 これは罰ゲームです」
笑いながら――しかし楽しそうに言う。
「ではではー」
その言葉の後、仕方なく片付ける海原。
しかしその表情には、不満など一切なかった。
「それじゃ、お休みなさい」
「ふい。 お休み」
時刻は夜の十一時。
吹雪がいなくなったことを確認し、呟く。
「凄いな……前世だと寝るのもっと遅いぞ……」
この時間帯に寝ることに慣れていないのか、睡魔はまだ襲っていない。
「まあ、寝るか……」
そのまま、部屋へと持ってきた布団の中に入った。
(……ここに来て、しばらくは不安だったけど……)
顔が晴れやかになる。
(なんとか、なりそうだな)
――「こっちです! 司令官!」
司令官――海原の手を引きながら歩く吹雪。
「どうしたんだよ……この先になんかあるのか?」
「まあ、とりあえず来て下さい!」
手を引きながら歩き――しばらくして、目的の場所に着いた。
「ここです!」
「……? 波止場がどうした?」
「海風、涼しくないですか?」
「……確かに涼しいな」
「決戦の時、艦娘を見送るのはここですし、ここは色々縁があると思うんですよ」
「そういう意味でもか……」
「なにより、綺麗な空と併せたらすごく景色が良いんです! こんなところ、そうそうないんですよ?」
「昨日の夕日も含めて、ここの鎮守府は絶景が多いんだな」
「はい! 私、その点は気に入ってるんですよ!」
満面の笑みで言う吹雪。
そんな話の最中にも、海風は強く吹きつける。
「……俺も、ここが好きだ」
「分かってくれましたか!?」
「うん」
淡々と答える海原。
「……いつかさ、戦争が終わったとき、ここで敬礼してみようぜ。 日本は平和になりましたよって」
「先人に、ですか」
「それもあるし、海の向こうの人々という意味もある。 まあ、この世界に生きる全ての人々に対してって感じかな」
「……なんか良いですね。 それ、賛成です!」
「よし、それじゃ決定という事で」
「はい!」
強い意志を持った二人。
彼らは誓った。
"平和な海を取り戻すこと"を――