Night of the full moon and they   作:緋月夜

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少女達は、幸せを求め、全てを失い、力を手にした―――


第二幕

――久々の温もりの中で目覚めた翌日の夜、私だけ、お母様に呼び出された。

フランはなぜ呼ばれなかったのだろう?何故今になって私は牢獄から出されたのだろう?それ以上に、何故お母様から呼び出されたのだろう……?

疑問と不安とが入り交じり、黙って俯いたまま、呼び出された通りに館の屋上の時計台へと足を向けた。

 

――屋上へと続く扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは蒼白く輝く満月だった。

季節が冬という事もあって、肌に張り付くような冷気が、辺りを包んでいた。

そして、その奥に佇む1人の女性―お母様。

牢獄に幽閉されてから3年、1度も顔を合わせることのなかった私達姉妹の母親。

そして、お母様はゆっくりこちらを振り返り、口を開いた。

 

 

――「弱い私を許して」

 

そう、涙混じりに語りかけてきた母の顔は、美しさを忘れ、酷くやつれてしまっていた。

私は、問いかける。

「何故助けてくれなかったの?」

そう、聞かざるを得なかった。

私達姉妹は、3年も牢獄に幽閉されていたのに、そんな暴挙を見て見ぬふりをし、私達を見捨てたのか。

そう、畳み掛けたくなるのを抑えて、あくまでも冷静に言葉を紡ぐ。

「私達は、幸せを望んでいただけなのに」

「何故私達は牢獄に入れられたの?」

そう、訪ねた。

そんな私の言葉を聞いていた母は、ゆっくり目を閉じて、語る。

私達姉妹が幽閉された時、2度と私達に近づかないと叔父に誓わされたこと。それを守らなければ、私達及びお前も殺すと脅されていたこと。毎晩夜の相手をさせられたこと。暴力こそ無かったものの、毎日暴言や罵倒は当たり前だったこと。

これらを話し終えて、母は言った。

「それでも、私はあなた達姉妹を見捨てることなんて出来るはずがなかった」と。

「あなた達姉妹の様子を、咲夜に見てもらうように頼むしかなかったの…私には」

ここまで話し、母は顔を背けた。

顔を背けた瞬間に、月の光を反射するものがあった。

母は泣いていた、静かに、しかし大粒の涙を流して。

「……なぜ泣くの?」

私は問う、何故そんなにも涙を流すのか。

三年もの間幽閉され、暴力を振るわれ、涙も枯れ果てた私には、母のその涙を、理解することは出来なかった。

すると、母は涙を流しながらさらに悲しそうな顔をして、言った。

「…3年も、愛するあなた達を見ることすら許されなかったのよ…いつの間にか、背も伸びて、髪も伸びて…本当なら、こんな形で成長していくのを見たかった訳じゃないのに……ごめんなさい」

嗚咽混じりにそう言った母の言葉を、理解するのにかなりの時間がかかってしまった。

――そして、理解を終えた直後、私の頬に微かに流れ落ちるものがあった。

「……あれ?なんで…私…泣いて……?」

止まらない、すっかり枯れ果ててしまったと思っていた私の涙は、確かに今。私の頬を流れていた、

その時、ふと私を柔らかな温もりが包んだ。

「……やっと、抱きしめられたわ…レミリア…、やっと貴女に触れられたわ…今までごめんなさい…母親失格ね…私」

ぎゅぅ…と、優しく包まれるように抱きしめられ、私は更に涙が溢れた。

3年もの間、この温もりに包まれることはなかった。

私は愛されている、と実感などできなかった。

それでも今、こうして私は抱きしめられている。

……私は、私達は、ずっと愛されていたんだ。

アイツにどれだけ酷いことをされても、お母様は、ずっと私達を愛していてくれた。

それが分かって、私は涙を止めることなど出来るはずもなくて。

「…ぐす…っ…お……おかぁ…さまぁ……わたし、私…のこと、ずっと…」

「…えぇ、そうよ……私は、あなた達姉妹の事を、ちゃんと愛していたわ…あの人の逆鱗に触れるのを恐れて…直接何も出来なくてごめんなさい…私を許して」

この時、私の中に母を恨む気持ちなんて微塵もなくて、ただ、今こうして愛を確かめ合えている、それだけで地獄のような3年も、救われたと思えた。

「さぁ…怯えるのも、もう終わりにしましょう、レミリア」

しつかりとした口調で、母は私に言った。

「咲夜がしてくれたおとぎ話を覚えているかしら?」

もちろん、と答えると、母はさらに続けて、

「あの話に出てくる男性はね、私のお祖父さんなの…って言ったら信じられるかしら?」

と、衝撃の事実を言い放った。

そして、私はその一言で全てを悟った。

「…その顔は、全部理解出来たみたいね」

「…もし話が本当なら、生贄は……?」

私は、恐る恐る母に訪ねた、まさかそんなはずはないと思いながら。

しかし―――

 

 

「生贄は、私…よ」

 

 

――「そ…んな…」

最悪の事態が、そのまま現実になってしまった。

母は、私の頭を撫でながら

「…これは、罪滅ぼし…と願う私のわがままよ、自己満足…かしらね」私は、そんな母の言葉を聞いて、体が震えるのを感じた。

…そんなことをしたら、母は死んでしまう。

そんなのは、私の望む幸せなんかじゃない…!

「そんなことしたら…お母様は……!」

しかし、そこから先は口に出せなかった。

母の、真紅に輝く強い瞳を真正面から見てしまい、そして更に母の心が伝わってきたから。

 

「私はね…あなた達姉妹が幸せになれるなら、死ぬのは怖くないわ」

 

 

――お姉さまが連れ出されて、どれだけ経ったのかな…

何の話をしてるんだろう…私もお母様に会いたい…

そんな事考えていると、何やら足音が聞こえる。

…お姉さまが帰ってきたのか、咲夜が様子を見に来たのかな

しかし、その2人よりも足音が重い。

 

――「あぁ?レミリアが居ねぇじゃねえか、おいテメェ!レミリアはどうした!」

……それは、諸悪の根源――叔父だった

「ひっ……!」

なんで…コイツが!?しばらく出かけるって……!

「何とか言えよォ!このクソガキがよォ!!」

そう言って、叔父は私の顔面を殴った。

成人男性の拳は、大して鍛えていなくても十分凶器だった。

「痛…ッ…ぐぅ…!」

私は痛みを堪えるためにうずくまり、顔を抑えた。

「うるせぇんだよ、この出来損ないが」

そのままうずくまった私の腹に、容赦なく蹴りを放つ。

「がふ…っ……うぇ…!」

腹部に強い衝撃を受け、胃液が逆流していく。

「おぇ…うぅ…げほっ……」

床に血と胃液とが混ざったものが撒き散らされ、それが叔父のズボンにかかってしまった。

それを見た叔父は――

「汚ぇ…テメェ、何勝手に吐いて汚してんだよ!」

と、私の頭を踏みつけ、床にこすり付けた。

「あぁぁぁぁぁ!!」

靴のまま踏みつけられたので、顔に激痛が走る。

「うるせぇって、言ってん、だろう、がッ!」

そんな私の顔を何度も踏みつけ、最後には再度腹部を蹴った。

「がふ…っ!…げほっげほっ…ぐ…うぅ…」

どうやら、お姉さまが牢屋から抜けたことに対して、相当怒り狂っているらしい、今までの比じゃないほどの暴行だった。

「今まで生かしてやってきたが、もう許さねぇ、テメェら全員ぶっ殺してやる」

と、そのまま私の首を掴み、壁に押さえ付けた。

「かはっ…!?ぐぅぅ…!?」

首を絞められ息が出来ず、意識がだんだんと遠くなっていく様な気がした。

「どうだ!?苦しいかァ!?ハッハァ!そのまま死ねェ!」

ギリギリ、と首を絞める力が強くなっていく。

「ぐっ…!…けほ…か……っ…」

全身から力が抜け、叔父の手を掴んでいた両手の内左手が外れる。

その時――「まだ生きてんのか…早く死ねよ、出来損ないのお前の姉もこれから始末するんだからよ」

 

―――出来損ない…?……お姉さまが、出来損ない…?

…お姉さまを…お姉さまを愚弄するな…!!

 

―その時、ドクン、と私の心臓が高鳴る。

そして、私の右手の中に、何かが現れた感覚があった、わけも分からずにそれを握りつぶした。

そうすると私は、叔父の手を掴んでいる右手でそのまま―――

 

 

―――ベキィッ!!

 

 

―――叔父の手を、へし折っていた。

 

 

「ぐおあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

叔父が痛みで私の首から手を離し、私は解放され床にズルりと落ちた。

「げほっげほっ……!はぁっ…はぁっ…はぁ…」

やっと解放され、深く息を吸いこんで、呼吸を落ち着ける。

「テメェ…!よくも俺の腕を……!?」

そして、叔父はそこで気がついた。

自分の右手が、手首から先が存在していないということに。

「俺のっ…!俺の手がァァァ!!??」

右手を抑え、床をのたうち回る叔父の姿は、酷く滑稽に思えた。

「はぁ…はぁ…ふぅ…、意外と、脆いのね、アンタ」

そう吐き捨て、右手に持った叔父の手を投げ返す。

「テメェ……!調子に…乗りやがって……!」

やはり右腕をおさえながら、こちらを睨んでくる叔父は、最早恐怖の対象では無くなっていた。

自分でも、未だに理解出来なかった。

今の自分にこんな力があったナんて。

…まるデ、おとぎ話ノ吸血鬼みたイ。

……吸血鬼?あァ、そウね…

……今夜は満月、血を流した人間、酷く傷付いた私の体……

……やることは一つしかない、わね。

「アンタが存在していることは、私の望む幸せな日常には不要なの」

…だから、アンタの狂気ごと、私が抑え込んで吸血鬼になる。

……私に還りなさい、文字通りに、ね。

 

「や……やめろ!何する気だ!?…ぐぁぁぁぁぁぁぁ!?痛い痛い痛い!!やめろ!やめてくれェ!!しにたく、じにだぐない…!ダずゲ……!」

 

―――「…不味いわ、アンタの全てが」

 

そして、私の背中から七色の宝石を下げた翼が生えてきた所で、意識は途切れた。

 

 

 

――私は、未だに決めかねていた。

母を屠り、贄とし、自分が吸血鬼となって力を手に入れることを。

躊躇う理由などいくらでもある、母を殺して、永遠を手に入れたくなんかない、幽閉される前のように温かい家庭で過ごしていたかった。

でも、それはもう叶わないと知った、だから力を手に入れるしかなくなってしまった。

 

ふと、母から何かを手渡された。

――それは、白銀に輝くナイフだった。

 

「それで私を刺して…そして私の血を飲んで、そうすれば、あなたは永遠を知る吸血鬼となる」

母は、ハッキリとした口調で、これ以外に方法はないと伝えてくる。

 

―私は震える手でナイフを構え、母に向けた。

涙すら流していたと思う、それでも、こうするしか無かった。

「あ…ぁぁぁぁぁっ!!」

私はそのまま、母の体に刃を突き立てた。

「ぐぅぅ…!がはっ…!!」

母の口から鮮血が吹き出し、私の服や顔、両手を真紅に染めていく。

そして私は、流れる母の血を飲んだ。

口の中に広がる鉄の味、吐き出しそうになるのを必死に抑え、飲み込む。

 

――その時、とくん、と、胸が鼓動する。

その瞬間、体に力が漲り、背中からは蝙蝠の羽のような翼が生えてきた。

 

自分の変化を見届け、母の方を振り返る

「…なれた、のね…私と…同じ吸血…鬼に…」

口と傷口から絶え間なく血が流れ、命の灯火が消えかかっているのがはっきりと感じ取れた。

「お……かぁさま…私は…私は…!」

私は涙を流しながら、母を抱きしめる。

すると、母はこう言った。

「あなたには…私の母と…祖母が…繋いで、育んできた…特別な力を与える…わ」

息も絶え絶えに、母は続ける。

「運命を…操る力を…貴女に…託すわ」

運命を操る力…?

「それって…!?」

力について聞こうとした瞬間に、母の体から力が抜けて行くのが感じられた。

「お母様…?お母様!?しっかりして!お母様!!」

必死に体を揺すり、必死に母を呼び止めようとする、しかし

「…あなた達は、必ず…幸せになって…それが、私の最後のお願い……お別れじゃないわ……母さんは、あなたの中で…永遠になる……から」

そして、微かに言葉を紡ぐ。

「…あり…がとう…ね」

そして、そのまま母は眠るように逝った。

 

 

―――「お母様ぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 

 

―――それからの事は、よく覚えていない。

館の中に戻り、暴走する吸血鬼の力を抑えきれず、屋敷内の妖精メイド達を皆殺しにしていってしまった。

そして、ふと我に帰ってあたりを見回すと、館の中が鮮血で何処も彼処も染まっていた。

…私は絶望し、意味もなくその足を進めようとする、と、その時、

 

 

――カツン…

 

と、小さな音がした、

足元を見ると、血がべっとりと付いた懐中時計が落ちていた。

ハッとなって、辺りを見回すと、血だらけの咲夜が壁にもたれて倒れていた。

 

「……さ、くや…?」

呼びかけるも、返事はない。

「そんな……いやよ……咲夜…目を開けてよ…咲夜……!」

咲夜の側で、彼女の名前を呼び続ける、すると、

「…おじょ…うさま…私は…貴女さまの傍に……いられて…幸せでした……どうか…おじょうさまの…お心の…ままに…」

と、笑顔で私に伝え、この世を去ってしまった

冷たくなっていく彼女を抱きしめ、ありがとうと、伝えることしか出来なかった。

 

力を手に入れても…独りになるなら死んでしまいたい。

そんなことをぼんやりと頭に浮かべながら、牢獄へと戻ってきた。

そこには――

 

―――七色の宝石を下げた翼を生やしたフランが、こちらに背を向けて立っていた。

「…フラン…?」

と、私が声をかけると、彼女は振り返り、一言。

 

「……寒い」

 

「……っ!」

私はそれを聞いて、フランを抱きしめることしか出来なかった。

 

そして、私達姉妹は、全てと引換に吸血鬼になった。

 

 

 

 

 

―――「ん……ぁ」

…やはり、夢か。

……でも、私もフランも吸血鬼になって、皆居なくなってしまった。

 

私は、あの時から、闇に幸福と平和な日常を願い、月には母の安寧と冥福を祈り続けている。

……それこそが、全てを壊してしまった私の罪滅ぼしなのだと、自身を戒めるために。

 

「…お嬢さま?」

と、私はその一声で我に返った。

「あれ…咲夜?」

ここは、私の寝室のはず、何で咲夜が?と疑問を抱いていると、咲夜は不安そうな顔で

「実は…お嬢さまの事が頭を過ぎってしまい、寝室にご様子を伺いに来たのですが…お嬢さまがお眠りになりながら涙を流していらっしゃったので…」と、話してくれた。

 

私は、心配されている事がこれだけ嬉しいのかと、認識した、

「紅茶、お飲みになりますか?少し落ち着かれた方が…」

と、咲夜が気を使ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

 

彼女が淹れる紅茶を飲むと、心がじんわりと暖かくなる。

ふと一息ついて、窓の外の景色を見てみる

するとそこには―――

 

「綺麗ですね…」

「ええ、本当に……」

 

――そこには、母の最期を看取った日に出ていたのと同じく、蒼白く輝く満月があった。




第一幕よりも長くなってしまった…おかしいな((

これにてNight of the full moon and they完結となります。
急ぎ足で書き上げてしまった気もする……((
当初、5千字前後で纏めるつもりだったんですが勝手に話が進む進む((
結果二話完結になってしまいました、お楽しみ頂けましたでしょうか?

―――それでは、緋色に月が輝く時にお会いしましょう
……なんちゃって((←

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