白き騎士は知らなかった。
自分の弟が、自分や主を裏切るなど。
いつから弟は、自分達を恨んでいたのだろうか。
あんなに冷たい笑みや瞳をする子ではなかった。
神竜ハイドラ様に、人は彼に酷い仕打ちをしてしまった。
だが、主は竜を説得していた。
竜もまた、人を遠ざけていた。
けれど、人が嫌いになった訳ではない。
そう自分は信じる。
暴走した神竜ハイドラ様。
自分と弟は、王と王妃、幼き姫をお守りした。
けれど、王は無念にも友と慕っていた竜に殺された。
ある日、行方知れずとなっていた巫女が赤子を連れて来た。
記憶を失い、さ迷っていたとある方との子だと。
その彼は巫女と心を通わせ、これから自分のできることを成すつもりだと。
そして、巫女は言う。
この子は、いずれ透魔王国の光となる、と。
自分は彼女の抱く赤子を見る。
可愛い女の子だった。
その子は竜の血が濃いようだった。
白銀の髪、赤い瞳、尖った耳。
だが、巫女には竜の血は流れていない。
そして、彼は気づいたのだ。
巫女が想いを寄せ合ったのが、竜である事を。
今ではもう暴竜となってしまった主人の友竜を。
巫女は言う。
彼は、その竜の欠片だと。
自分は、巫女の話を聞いた。
人が竜にしてしまった仕打ちに悲しみ。
そして、自分が人にしてしまった仕打ちを、人を信じる事ができなくなった事を悔やんでいる。
その事を。
そんな竜のカケラは望んでいると。
暴れている暴竜ハイドラを殺すことを。
やれるのなら、自分がやりたい。
けれど、力は限られている。
欠片の存在である今、暴竜ハイドラの方が強いと。
その事が、彼にとっては悔しいと。
それだけ言うと、巫女は帰って行った。
自分達は竜のカケラに会うことにした。
けれど、それは弟の裏切りによって叶わなかった。
された同時だったのだ。
暴竜ハイドラによって、この透魔王国が崩壊したのは。
巫女の元へと急ぐ。
大切な彼らを守るために。
そう、自分は守らねばならない。
王の残した大切な彼らを。
だが、自分は弟の手によって死んだ。
自分が気付かなかったせいでもある。
彼は何かを知っている。
けれど、それ以上に何かに囚われている。
そう思った。
心残りなのは、二人は無事なのかどうか。
そして、叶うのであれば……
幸せに笑う幼き姫の笑顔をもう一度だけ見たかった……
そうだった。
自分は弟に殺された。
目が覚めた時には、自分は
自らの意志ではもう動けない。
欠片の彼も、もうすでに居ない。
そう聞かされていた。
けれど、ある軍師が言う。
欠片は生きていると。
軍師は続ける。
この国の元姫と、竜の子は生きている。
私は安堵した。
歌姫は生きている、その事実を。
再び見た弟は昔と変わらない。
あれから随分と経っているはずだ。
けれど、昔と違って隠そうとしない本心。
自分の知らない事を知る弟。
そして、自分の知らない子を弟子と言う弟。
そんな弟を憎む少女。
遠目だけだが、彼女を見た。
彼女は、弟にどんな恨みを持つかは知らない。
けれど、あの憎しみの姿は……
まるで悲しみに満ちていた。
そして彼女は、自分を知っているかのようだった。
その少女の漂う空気。
あれは、我らの軍師は似ている気がする。
けれど、別人だ。
同じなのにどこか違う。
だが、やはり同じのように自分は感じる。
いつか解るだろうか。
弟が変わった理由を、あの少女が弟を恨む理由を。
哀しく、それでいて憎むような、それでも信じたいと思うような瞳の理由を。
そして我らの軍師が時折見る弟への瞳を。
彼女の本当の目的を。
だが、自分は知る事はないかもしれない。
だから自分は待とう、あの幼き姫が自分を殺しに来るのを。
我が主の忘れ形見を。
できる事なら、彼女の成長を見守りたかった。
あの城で、もしかしたら
いや、そもそも出会わなかったかもしれない。
けれど、自分は思ってしまうのだ。
『アクア』と『カムイ』は出会う運命なのだと……
ーーカムイとアクアは白騎士カインの前に出た。
お互いに武器を構え、睨みあう。
ふと、白騎士カインは視線を横に向ける。
その先には、暴竜ハイドラの欠片であるもう一人のハイドラ。
そして、その彼を護る仮面の少女。
我が弟の弟子だというあの少女。
自分の知らないあの少女を見ていて思う。
我らが軍師ルフレと類似しているのに。
だが、やはり違う。
けれど、どうしても違うとは思えない何かを。
視線をカムイとアクアに戻し、
「アクア様。あの仮面の少女にはお気をつけください」
「……イムカ?」
「ええ。あの少女はどこか我らが軍師と類似している。違う人物だという事は承知しています。ですが、私の中の何かが、それを否定している。けれど、肯定もしている」
「カイン、あなた何を言って……」
「アクア様。申し訳ございません。ですが、私は――いえ、敵の言葉など聞く耳持たないでください。ですが、最後に一つ。あなた様の騎士としてなるはずだった者として……アクア様とカムイ様が並び立つことを嬉しく思います。ですが、このような形ではなければなお良かった……本来ならば、
「そうね。実際、そういう時期もあったわ。けれど、そのカムイとこのカムイは違う。私はこの子の友であり、仲間である。そして、姉としていたいわ。そして大切なこの子と共に、今度こそあの未来を。あの未来の先を共に皆で過ごす為に」
「……では、その為にまず私を倒して下さい」
「ええ。行くわよ、カイン」
アクアとカムイは互いに息を合わせて闘う。
その姿を見て、心の底から安堵している白騎士カイン。
だが、それを表情として、そして闘う姿に露わにならないのは流石といえるだろう。
リョウマとマークス達も透魔兵を倒し、急いでカムイとアクアの元へと向かう。
その直後だった。
白騎士カインに変化が起きる。
彼の握る剣を強く、強く力を込め、
「……ああ。なんと言うことだ。あの方は私の意思を奪う事にしたみたいです。手加減しているつもりはありませんでしたが……もうあなたの、あなた達の勇姿を見る事は許されない。ああ、悲しい事だ。私の意思が残っている今くるとは……」
「カイン……」
そこからの戦いは変わった。
白騎士カインの中にあった騎士の心とも言える敵への配慮が消えた。
ただ、ただ、敵を力の限り壊し、倒すような戦いへと……
それは意思がある彼にとってはとても苦痛とも言えるだろう。
白騎士カインは血の涙を流す。
剣を構えているその姿はあまりにも辛い。
カムイは剣を強く握り、
「カインさん……なんて苦しそうに剣を……」
「ええ。こうなってしまった以上、私の責任よ。私が早く……そして力があれば……。そうよ、だから私は彼を解放するの。そして、彼を解放させるにはしなきゃいけないのよ。自我があるのがどんなに辛いか……」
アクアは凪刀を構える手に力が入る。
本当は彼がこうなる前に解放したかった。
こんな辛い思いをさせたくはなかった。
そして、リョウマとマークスが1番に到着した。
アクアの隣に行き、剣を構える。
「アクア。思い詰めるな。今のお前は一人ではない」
「そうだ、アクア。確かに、仕えていた君主の形見であるアクアに……なりより家族だった者に剣を向ける辛さ……私には分かる。何よりも、辛いものだ。」
「リョウマ、マークス……」
アクアの瞳は潤みだす。
それを聞いたカムイは、左手を強く握り締める。
リョウマは、なおも語る。
それはここに至るまでのアクアの思いを知っている。
どれだけ繰り返していたかを知っている。
だから声にも力が満ちる。
「いいか、二人とも。俺たちは逃げるためにここに来ている訳ではない。そして、死にに来てる訳でもない。俺たちは平和を掴み取るために、戦いに来ているのだ。俺たちは、お前達と共に行く未来を信じてここに来たのだ。例え絶望的な闘いでも、己の信念の為に最後まで闘い抜く為に。」
「そうだ!我々は共に歩み行くための未来を。そして、透魔王国の者達を救う為にもいるのだ。今度はお前達だけには背負わせはしない。今度は我々も一緒だ」
マークスは叫ぶ。
カムイは深呼吸して、共に並ぶ。
「はい!そうですアクアさん。私たちはその為にここにいる。だから行きましょう、アクアさん!」
「ええ、カムイ。」
そこに皆が集まり、武器を構える。
強い強い絆と想いを胸に立ち向かう。
白騎士カインの一撃、一振りが重い。
それだけでも、彼が強いことが本当に良くわかる。
だが、それはカムイ達も同じ。
抱く想いがのっている。
そして、ここに来るまでにそれなりの場数も踏んだ。
その結果だろう。
カムイとアクアを導くための道ができた。
カムイが竜の力を使い、白騎士カインの剣を薙ぎ払う。
そして、懐に近づいたアクアが白騎士カインへと薙刀が振り落とされる。
白騎士カインは自分に最高の一撃を与えたカムイとアクアを見る。
そしてその瞬間、走馬灯だろうか……
懐かしいあの花畑を思い出す。
だが、すこし違った。
自分の知るあの花畑だが、そこにいる
……いや、違う。
自分は知っている。
そうだ、彼は……
「ああ……そうか、そうだったのですね…」
白騎士カインは仰向けに倒れ込んだ。
そして、天井を見上げて小さく微笑んでいた。
アクアが駆け込み、抱え込む。
「カイン!」
「アクア様……私は
そして白騎士カインは奥にいたイムカを見る。
その姿がやはりあの軍師と被る。
今は
「ああ、本当に……」
白騎士カインは一筋の涙を流す。
彼は青い炎に包まれながら呟いて消えた。
アクアは白騎士カインの温もりが残る手を握りしめる。
「カイン……ありがとう。ありがとう、カイン」
「アクアさん」
「大丈夫よ、カムイ。感傷に浸るのは後にするわ。今はまだやるべきことが山ほどあるわ。それに、ミコト様やアベル達のこともある……でも、すこしくらいは泣いてもいいかしら……」
「もちろんです、アクアさん。だって、私だって悲しいんですから。関わりのあったアクアさんの方がもっと悲しいはずです。それに……泣ける時には泣いた方がいいと、私は思います」
「ありがとう、カムイ」
そう言って、アクアはカムイを抱きしめて小さく泣いた。
少しして、彼らは次の道へと続く扉を開けて進み出した。
イムカは白騎士カインのいた場所を見て、
「カイン……」
小さく呟き、胸に手を当て目を閉じた。
だが、すぐに目を開けて彼らの後を追う。
これから先に来るであろう敵。
彼らが直面する敵を想って……