これは
ある日できた病弱な妹ともう一人の母。
病弱な妹の秘密を
自分は病弱な妹に、日々病弱になっていく
生まれながらに病弱な妹を、自分は大切にした。
いや、していた。
自分は彼女を大切にすると共に、恐れていた。
彼女の中にある力を、王としての資質を……
自分は父と共に、病弱な妹を連れて城下に出た。
嬉しそうに駆け回る病弱な妹を、父も自分も心配する。
彼女の無垢な笑顔に、自分の器の大きさを知った気がする。
そして事件が起きた。
中立国で、
それだけではない。
病弱な妹までも奪われた。
自分は悔しかった。
情けなかった。
ただ見ているだけの自分が……
父の勇姿を。
泣きすがり、自分を求める妹の姿を。
自分は動けなかった。
自分は知っていた。
この日こうなる必然を。
あの人に忠告されたこの日の悲劇を……
あの日、動けなかった自分に誓った。
自分の中にあった彼女の中にある自分にないもの。
それを手に入れる事はできないだろう。
だが、それを補える事はできる。
なら自分は、それを手に入れる。
病弱な妹を
今度こそ守り通す。
病弱な妹も、母も、
ーーカムイはコトコトと、美味しそうな鍋の匂いを感じた。
薄っすらと、瞳を開ける。
それは自分の知らない風景。
藁に近い匂いの
窓も、ガラスではなく木だった。
そして美味しそうな鍋の匂いは、天井から吊り下がって火に当たっていた。
カムイは起き上がる。
すぐ側では、子竜姿のリリスが自分を守るように寄り添って寝ていた。
カムイはリリスを優しく撫でる。
「目覚めたか。さっきは不意打ちをしてすまなかったな。まさかお前だとは思わなかったんだ。」
奥から、部族の衣装を着た顔に刺青のある女性が現れる。
そして鍋の前で腰を下ろし、火を消して鍋をかき混ぜる。
「あ、あなたは……炎の部族のリンカさんですよね?」
「誰に見えるんだ?」
「い、いえ……雰囲気が少し違ったので……」
「まぁな。あの後、色々あったからな。」
彼女は、白夜王国に属する炎の部族長の娘リンカ。
以前、暗夜王国に捕虜として捕まり、カムイと剣を交えた。
炎の部族リンカはお椀に具を入れる。
それを近付いて来たカムイに渡す。
「食べな。」
「あ、ありがとうございます。」
「ほら、お前も。」
そして、起き出したリリスにも与えた。
どうやら、彼女はリリスの事をペットか何かと間違えているようだ。
だが、リリスはその方がいいと思ったのか、「キュン。」とひと鳴きする。
カムイは渡された鍋の具を食べながら、彼女の話を聞く。
「さて、カムイ。ここは炎の部族の村だ。安心していい。だが、私はお前を白夜王国に引き渡す。」
カムイはお椀を置き、
「そうですか……当然ですね。私は処刑されてもおかしくない事をしましたから。でも、ありがとうございます。私とリリスさんを助けてくれて。」
「……大丈夫だ。お前は処刑されないよ。なぜならお前は……」
と、外の方から馬の鳴き声が聞こえてくる。
炎の部族リンカはドアの方を見る。
「ん?もう来たのか。早いな。」
彼女は扉を開ける。
そこには白夜の忍びが立っていた。
「……スズカゼさん?」
カムイも立ち上がり、リリスを抱いて歩いていく。
彼の名は、白夜王国の忍びスズカゼ。
彼も、以前リンカと共に捕虜となっていた者だ。
と、白夜の忍びスズカゼの前に立つと、
「ご無事でよかった……カムイ王女。」
膝をついて、頭を垂れる。
カムイは困惑し、
「え⁇」
「さ、行きましょう。すぐに白夜王城まで、ご案内いたします。」
彼は立ち上がり、困惑するカムイを馬に乗せて駆けて行く。
後ろでは、炎の部族リンカも馬に乗り駆ける。
カムイは白夜の忍びスズカゼに連れられ、白夜王国に入った。
少ししか見ていないが、
何よりも、太陽の光が暖かい。
ピンクの花びらが空を舞っていた。
そのまま馬を走らせ、
そのままカムイは、王城の中へと連れられて行く。
王の謁見の間に着くと、玉座の前には赤き鎧を来た男性が立っていた。
白夜の忍びスズカゼは、彼の前で膝をつく。
「待っていたぞ、スズカゼ。ご苦労だったな。」
「はい、リョウマ様。」
「えっと、あの人は……?」
カムイは困惑しながら、隣にいる炎の部族リンカを見る。
彼女は腕を組み、
「ああ……白夜王国の第一王子、リョウマだよ。」
「……リョウマさん。」
カムイは赤き鎧の男性リョウマを見る。
彼も、腕を組んでカムイを見つける。
目の前の男性は、白夜王国の第一王子リョウマ。
白夜王国の宝刀にして、神器『雷神刀』の持ち主。
カムイは視線を落とし、リリスを抱きしめる。
「……もういいでしょう。私を処刑するのなら、早く……」
と、カムイの斜め後ろから足音が聞こえてくる。
そこを振り返ると、白き巫女がやってくる。
そして、カムイを見て、手を口に当てて涙を流し出す。
「戻ってきてくれたのですね……本当に……本当に……」
そして、カムイを抱きしめた。
「良かった……よく無事で……私の子、カムイ‼︎」
「え……えぇ⁉︎あ、あのどういうことです⁈私があなたの子?だって……私の母は死んだはずです⁈」
王妃ミコトはカムイを離し、
「いいですか、カムイ。あなたは、この白夜王国の王女。幼い頃、暗夜王国に攫われたのです。私は、あなたの母ミコト。私たちは家族なのですよ。」
カムイは困惑が続く。
その白き巫女は、ミコトと言う名の白夜王国の王妃。
現在の白夜を治めている人だった。
そして、
「そんな……あなたが、私の本当の母親?嘘です、そんなこと……信じられません!私の母は、幼い頃病気で死んだんです。そう聞いて育ってきたんです……」
「信じられないのはそうだろうな。だが、これが真実だ。……俺の名はリョウマ。お前の兄だ。」
「……私の……兄さん?」
兄リョウマはカムイの頭を撫で、
「そうだ。俺ははっきりと憶えている。お前が攫われた時のことを……」
そう言って、もう片方の手を強く握りしめる。
「あの時……当時はまだ友好関係にあったはずのシュヴァリエ公国を訪問していた父……白夜王スメラギは突如敵に襲われた。暗夜王ガロンの騙し討ちにあたったんだ。そこで白夜王は……お前の父親は、命を落とした。」
「白夜王スメラギ……それが私の本当のお父様……?」
カムイは眉を寄せて、俯く。
彼女に抱かれているリリスもまた、何かを想い俯いていた。
「本当に、覚えていないのか?少しでも思い出せないか?」
カムイは記憶を探る。
と、朧げなどが何かがチラつく。
白き衣を見に纏う誰が自分に背を向けて手を広げていた。
だが、ハッキリとはわからない。
靄のかかったように、ボヤける。
そしてその者が倒れこむ。
悲しい……
辛い……
今度は、黒い何かがチラつく。
恐い……
助けて……
違う何かを感じる。
懐かしい……?
ーー今は思い出すな。お前を、お前で守るにはこうするしかない。必要となった時、思い出す。
カムイは右手で頭を押さえる。
「ダメ……です。何も思い出せません……」
「……そうか。無理もないな。カムイ、今は信じろとは言わない。すぐには受け入れられない話だろう……」
兄リョウマは再びカムイを撫で、
「今は休むといい。この城の中は自由にするといい。」
と、離れる兄リョウマの服の裾を、カムイは無意識に握っていた。
リョウマはカムイを見る。
カムイは顔を赤くして、彼の服の裾を離す。
「あ!す、すみません……」
「ふふ。昔から、カムイはリョウマの後ろについていたものね。リョウマ、カムイと共に少し庭を歩いてみてはどうですか?」
「ですが、母上。それは母上の方が……」
「いいのです、リョウマ。カムイは、あなたの妹なのだから。」
「……わかりました。カムイ、庭の桜が満開だ。見に行こう。」
「桜?」
カムイはリョウマの手を引かれて、その場を後にする。
庭に出ると、先程目にしたピンクの花がたくさん咲いていた。
花びらが風に乗って、踊っている。
「……これは、桜というのですね。とても綺麗です。」
「ああ。幼い頃のお前は、この桜の下で遊んでは熱を出していた。体の弱かったお前にとって、遊べる場所といえばこの庭くらいだったからな。時々、幼いお前を連れて、父上と共に城下に出たこともあった。その時はヒノカ達……お前の姉であるヒノカと弟のタクミに内緒で行ったものだ。今はサクラという妹もいるぞ。そして、お前の体調のいい日には、この桜の下で花見をしたものだ。」
兄リョウマは懐かしむように、腕を組んで語る。
カムイはそれをジッと見つめていた。
「…………」
「ん?どうした。」
「い、いえ……私が病弱なのも知っていたので……やはり
「今は、無理して兄と言わなくとも良いのだぞ。」
と、カムイの頭を撫でた。
カムイは少し頰を赤くする。
それを見て、リョウマは苦笑した。
その姿は、幼き頃と何一つ変わらない。
「それでなんだ?」
「あ、はい……えっと、ミコト様じゃくてお母様……は、お若いですよね?それでその、リョウマ…兄さんを含めてその……」
「ああ、成る程な。俺を含めたヒノカ、タクミ、サクラの母はミコト母上ではないのだ。」
「え?」
「お前の母、ミコト母上は赤子だったお前を連れてこの城に来た。世で言う妾の子だな。だが、我が母であるイコナ母上は、ミコト母上を受け入れた。無論、父上は我が母も、ミコト母上も愛しておられた。その子供であるお前も、我が母は愛しておられた。お前も、我が母をもう一人の母として慕っていた。タクミを身籠ってからは、我が母は体調を崩すようになられたが、タクミとサクラを産んで愛した。今は亡き、我が母の形見としても、もう一人の我が子としても、ミコト母上は沢山の愛情を俺たちにくれた。勿論、お前にもな。お前が攫われた後も、母上はずっとお前の身を案じていた。それは俺たちもだが、母上はそれ以上の想いもあったろうな。」
カムイは涙を流していた。
宙に浮いていたリリスは、カムイの頰をする。
その涙を両手で拭う。
「すみません……なんか嬉しくて……でも、信じられなくて……信じたい。私はこんなにも想われてたんだって……なのに自分は何も覚えてなくて……ごめんなさい……」
「いいさ。少しずつ、昔のように母と子の親子を、兄と妹の
「…………はい。」
カムイは宙に浮いているリリスを抱きしめる。
それは、ここにはいないもう一つの
と、リョウマはカムイの抱くリリスを見て、
「俺も聞いていいか?そのどこか竜のような子はなんだ?」
「この子はリリスさんです。私の友達で家族なんですよ。暗夜の城で住んでいた私の城は、限られた人しかいませんでした。マークス兄さん達が会いに来れない時は、リリスさんやフェリシアさん、フローラさん、ジョーカーさん、ギュンターさんたちがお話やお茶会など、色々なことをしてくれました。辛い時、悲しい時、怖かった時はいつだって側にいてくれた大切な友達で家族です。」
「そうか……カムイをずっと守ってくれてありがとうな。」
リョウマはカムイに抱かれているリリスの頭を撫でた。
リリスは「キュウ。」と、ひと鳴きする。
リョウマはカムイを見て、
「さて、城に戻ろう。あまり外にいては、お前の体にさわる。いくら日が出るとはいえ、冷えてしまうからな。」
「は、はい……あの、リョウマさ……リョウマ兄さん。」
「ん?」
「その……花見というのを今度してくれませんか?あ、いえ……やっぱりしなくていいです!」
「……そうだな。するか。家族みんなで花見をしながら、昔の話をしよう。そして、今のお前を教えてくれ。」
リョウマは小さく笑った。
カムイは瞳を揺らし、そして笑顔で頷く。
「はい!」
それを見て、リョウマはカムイを見つめて、
「やっと笑ってくれたな。やっぱりお前の笑顔も、昔と変わらないな。」
「え?」
「さ、行こう。」
カムイに、手を差し出すリョウマ。
カムイはその手を握りしめ、二人は城に戻った。
ーーマークス達は暗夜城へと戻って来ていた。
先に離脱したはずのカムイ達が戻って来ていないことに、不安で、心配を隠せなかった。
そして、マークス達は
「……マークス。カムイを助けに行ったそうだな。」
「はい。カムイの任務先で、白夜王国の兵がいるとの話を聞いたので、援軍として。父上が、カムイの試練として我々を行かさなかったのは知っています。ですが、多勢に無勢ではカムイでも無理があります。ですからーー」
「別に構わん。儂が知りたいのは、カムイの生死だ。」
「……カムイの遺体は見つかっておりません。おそらく、どこかに身を隠しているのではないかと。あの場は、暗夜も白夜も入り乱れていましたから。」
「……そうか。」
マークスは拳を握りしめる。
身の安全ではないのだ。
そして、生きているかもしれないという結果は、
「くはははは!そうか!そうか!」
突如、暗夜王ガロンは笑い出す。
そして両手を広げ、
「やはり、我が神の言う通りであった!これこそが、必然!これで白夜は落ちる!くはははは!」
「……父上?」
「お父様、どうしちゃったの?」
「まるで、僕達が見えてない……いや、忘れているかのようだ。」
「ああ、一体何が……」
なおも、暗夜王ガロンは笑い続ける。
マークス達を忘れて。
と、扉が勢いよく開かれた。
「ん?」「なんだ⁈」
暗夜王ガロンは笑いを止め、そこを見る。
マークスは剣に手をかける。
そして、扉のところに立つ者を見て、剣を抜く。
そこには、フードを深く被った者がいた。
「……兵たちは何をしている⁉︎」
マークスは眉を寄せる。
フードの者は中央まで来ると、
「初めまして、暗夜王ガロン……いや、お久しぶりと言うべきか。」
「……貴様は……そうか。このようなところに、一人で来るとは愚かだな。白夜王スメラギの敵討ちにでも来たか?」
それを聞いたマークスは、ハッとして瞳を揺らす。
だが、フードの者は暗夜王ガロンの問いには答えなかった。
「……私は最後に確かめに来た。暗夜王ガロンが残っているか、のな。」
「……なんだと?」
暗夜王ガロンは眉を寄せる。
そしてフードの者は、近くにいたエリーゼの腕を掴み、引き寄せる。
「キャッ‼︎」
「動くな。」
その手には短剣が握られていた。
すぐに反応したマークス達を止める。
だが、暗夜王ガロンは微動だにしない。
「……お前に、まだ子を想う気持ちがあるのなら答えろ。なぜ、白夜を欲しがる。」
「くはははは!お前に、殺せるのか?」
「殺れるさ。そのために、私はここにいる。」
そう言って、エリーゼの腕を切り裂く。
「っ痛‼︎」
「エリーゼ‼︎」「くそっ!」「ああ……エリーゼ‼︎」
マークス達は反応する。
だが、それでも暗夜王ガロンは表情一つ変えない。
「なるほど……お前たち、目の前の賊を殺せ。」
「しかし父上!エリーゼが!」
「構わん。殺れ。」
「……っく!」
マークス達は眉を寄せて、武器を構える。
「……え?お、お父様⁉︎た、助けて‼︎」
「……暗夜の王族なら、その身をもってその賊の足止めでもして死ぬがよい。それが、お前の失態を失くす唯一の手段だ。」
「……お……父様……」
エリーゼは涙を流す。
フードの者は冷たい笑みを浮かべ、
「ああ、その姿こそが今のお前だ!あいつの思い通りの操り人形。破滅を呼ぶための器の一つ。死してなお、彷徨う哀れな傀儡の姿。」
「ならばお前は、哀れで、愚かな存在だ。己の全てを捨てた者。お前の手は、幾多の犠牲で血塗られておる。」
「……ああ、そうだ。この手は全てを破壊し、奪ったもの……ここに私がいる事こそが、我が犠牲になった者達の嘆き、怒り、憎しみだ。私は全てを捨てた。親も、子も、
「……なぜ受け入れない。」
「なぜ受け入れた。あの、心優しき暗夜王ガロンは地に堕ちた。最早……いや、やはりお前は最初から哀れな傀儡でしかない。お前は、ここでは暗夜の子らを殺せない。ここで暗夜の子らを殺しては、お前の神の必然は訪れない。暗夜の子らも、所詮はお前の神の道具でしかないのだから……」
二人は少しの間、黙り込む。
いや、睨み合う。
が、フードの者はエリーゼの耳元で、
「……すまなかったな、怪我をさせて。」
「え……?」
フードの者はエリーゼを突き飛ばし、
「……もういい。答えは知れた。」
魔法を放つ。
煙幕が辺りを覆う。
「……先の質問。白夜王の仇は取らない。彼と約束したからな。それに、お前を討つのは私ではない。かつての汝の子らとカムイ……そして白夜だ。そして私は受け入れない。私が例え堕ちても、奴を討つ。そして忘れるな、貴殿らの敵は目に見える者ではない。目に見えない者であり、暗夜王ガロンだ。」
煙幕の中、駆ける足音が聞こえる。
マークスは剣を握りしめ、
「待て!」
「僕も行くよ!」
マークスとレオンが駆けていく。
煙幕が晴れ、カミラはエリーゼを抱きしめる。
暗夜王ガロンはカミラを見て、
「出て行け。お前らの失態は、後で下す。」
「……はい、お父様。」
カミラはエリーゼを支えて部屋を出る。
誰も居なくなると、暗夜王ガロンは手を広げ、
「我が神よ、どうされますか?…………わかりました。この宵の悲劇は美しく……そして残酷に。」
そして、暗夜王ガロンの笑い声が響き渡った。
マークスはフードの者を追いかけた。
辺りを警戒し、フードの者を捜す。
と、後ろから、
「……ここだ、暗夜の第一王子。」
「貴様、どういうつもりだ!」
マークスは剣を構える。
だが、フードの者は構えない。
「……目が覚めたか?」
「……なに?」
「あれが、貴殿が
「貴様は何者だ……」
「私は禁忌の国の者。」
「禁忌の国?そのような国は……」
「かつて、若き暗夜王ガロンと白夜王スメラギの時代に交流があった国。しかし、あの国は呪われた。この世で知る者は、すでに少ない。」
「……なぜ、我らに関わる。」
「……救って欲しいと言われた。いや、救うと約束したからな。貴殿らの大切な者達に。そこに隠れている暗夜の第二王子。貴殿は鋭く、常に周りを気にする。貴殿は違和感に気づけるはずだ。
フードの者は背を向ける。
そして、彼らに伝える。
「……カムイは生きている。」
「本当か?」
「……ああ。白夜にいる。この意味、貴殿なら解るな。」
「そうか……」
そして、フードの者は走り去る。
木の陰からレオンが出てくる。
「マークス兄さん、あいつの言うことは本当なの?これからどうするのさ。」
「……もう少しだけ、考えさせてくれ……」
マークスは剣を強く握りしめる。
ーーカムイは母ミコトと兄リョウマと食事をしていた。
無論、リリスも側にいる。
カムイの目の前には、白い米のオニギリ、味噌汁、お漬物、肉団子、厚焼き卵が置かれていた。
カムイはオニギリを食べながら、隣を見た。
隣の兄リョウマとは食べ物が違った。
「ん?どうした、カムイ?」
カムイはオニギリを置き、
「い、いえ……私とリョウマさ……兄さんやミコト様……お母様とは違うなと思って……」
「気を悪くしたのならすまぬな。」
「い、いえ……私は元々暗夜兵でしたし、こうして食事まで用意していただいた身ですから……」
「いや、お前に出した料理は、単に食べやすいからだ。暗夜での生活が長かったのだ。箸は使い辛いと思ってな。この料理なら、ほとんど刺したりして食べられるからな。」
「あ……そ、そうでしか。でも、確かにそうですね。暗夜ではお米ではなくパンですし。それに、ナイフとフォークで食べるのが基準……実はリンカさんから頂いた鍋も、お箸が使えなくて残してしまいました。リンカさんに、悪いことをしてしまいました……」
「大丈夫だ。そのリンカが、お前のその様子を見て、この料理を進めてくれた。」
「リンカさんが?」
「ああ。箸は苦手みたいだってな。」
「そう、ですか……良かった。」
カムイはホッとして、微笑む。
そして、兄リョウマの食べていたモノを見て、
「ところでリョウマ…兄さん。それはなんですか?」
「ん?これは刺身だ。」
「刺身?」
「ああ。魚を生でさばいて食べるのだ。」
「お魚を生で食べるんですか?私たちのところでは、魚は焼いたり、蒸したりします。確かに、生もありますが稀ですね。」
「無論、白夜でも焼き魚とかはある。だが、他にも揚げたりもする。……カムイ、刺身を食べてみるか?」
「いいんですか?」
「ああ、ほら。」
兄リョウマは刺身を一切れとってカムイの前に持っていく。
カムイは口を開けて、それを食べる。
「ん、美味しいです。あ、刺身の側に付いてるその緑のは何ですか?」
「これはワサビだ。辛いが……試してみるか?」
「は、はい!」
兄リョウマは刺身にワサビを少しつけて、カムイの口に運ぶ。
カムイは眉を寄せ、口をギュッと閉じる。
「んん!」
「カムイには、やっぱりまだ早かったか……」
その様子を見た兄リョウマは笑う。
そして、お茶をカムイに渡す。
カムイはそれを一気に飲み、
「でも、美味しいです!」
と、ガッツポーズを取る。
すると、母ミコトが口元に手をやって笑う。
「ふふ。昔を思い出しますね。子供だったカムイは、リョウマと同じモノが食べたいと言って、間違えてワサビを食べてしまったのを。」
「そうですね、母上。あの時のカムイは泣き叫び、父上にしがみ付いていました。おかげで俺は、しばらくカムイの前で刺身が食べれませんでしたよ。」
「ふふ。そうでしたね。」
と、二人は笑みを浮かべる。
が、それを聞いたカムイは驚き、
「そ、そんなことが……」
「ええ。そうですよ。他にも、あなたの姉のヒノカがつけている髪飾りが欲しいと、ヒノカとお揃いの簪をつけたり、弟のタクミのオヤツを間違えて自分が食べてしまって、泣き叫ぶタクミの横で自分も泣いてしまって……スメラギ様が二人を肩に乗せてあやしたものです。妹のサクラが、イコナ様のお腹にいた時は毎日お花を持って、会いに行っていましたよ。」
「……そう、なんですか。まるで夢のような話です。」
「だが、現実にあったことだ。焦らなくていい。少しずつで良いんだ。」
「…………はい。」
カムイはオニギリを食べだす。
それはまだ、暗夜の
彼らも、自分の大切な家族なのだから……
兄リョウマは苦笑して、
「お前の部屋は、昔のまま残してある。母上に、連れて行ってもらうといい。」
「……分かりました。」
カムイは母ミコトをみる。
彼女はカムイに優しく微笑みかける。
食事を終え、カムイの部屋に行く。
戸を開けると、墨の絵や字、オモチャが広がっていた。
カムイは目をパチクリして、中に入る。
そして、膝をついてそれらを見る。
「散らかってるでしょ。でも、これを片付けてしまうと、あなたが二度と帰ってこない気がして……当時のまま残して置いたの。その絵はね、カムイが私とスメラギ様に描いてくれたのよ。」
カムイが持っている墨の絵を見る。
母ミコトは目を細めて、
「スメラギ様に私、そしてカムイを描いた絵だそうよ。幼いあなたは、それを持って私たちのところに来て言ったの。」
「そう、ですか……」
カムイはそれを大切そうにしまいながら、周りの物を片付けていく。
それは、この部屋にいた頃の自分を知るために。
リリスはカムイが片付けをしている間に、ミコトに近づいた。
《……あ、あの……ミコト様。》
「なんですか、リリスさん?」
《……ミコト様は気づいていらっしゃるのでしょ。その……私の正体を……》
ミコトは手を握りしめて、
「ええ……あなたの加護は、すでにあの方のモノではないわね。でも、竜の血はあの方のモノ。」
《はい……私の加護は星竜モロー。でも、私の血の父は怖かった。私は、父にとって道具でしかなかった。でも、あの心のお父様が私を受け入れ、愛してくださった。命を奪った私のことを……》
「……そう。辛かったわね、ごめんなさい……」
ミコトはリリスを優しく抱きしめる。
そしてリリスに微笑み、
「そして、ありがとう。カムイを守ってくれて。あなたは私のもう一人の子です。カムイが嬉しそうに言っていましたよ。『リリスさんは、私の大切なもう一人の妹』だと。」
《ミコト様……ありがとうございます!》
二人は涙を流す。
片付けを終えたカムイが二人を見て、
「……どうしたんですか?」
「いえ、嬉しくて。さ、今日はもう休みなさい。また明日、お話ししましょう。」
そう言って、母ミコトは布団をひく。
カムイはそこに入る。
暖かいお日様の匂い。
懐かしい匂い。
それに包まれ、カムイはリリスを優しく包んで眠る。
それを見届け、母ミコトは部屋を出る。
「……おやすみなさい、カムイ。リリスさん。」
そっと戸を閉め、廊下を歩いていく。
「……どなた?」
庭の木の陰からフードを深く被った者が現れる。
その者は、どこか少し疲れていた。
「……なぜ、取り上げない。あの魔剣の存在に気づいているバズだ。」
「……ええ。でも、カムイはまだ信じている。
「……それが、何を意味しているかを理解した上か。」
「ええ。」
「……わかった。約束は守る。」
フードの者は消えた。
ミコトは祈るように手を握りしめ、
「……ごめんなさい……許してね……」
小さく呟き、涙を流した。