黒き国の王子は想い馳せる。
懐かしき、少年時代を。
自分の憧れた
幼き頃、自分には沢山の
そして父には多くの妻がいた。
父は優しかった。
自分の母エカテリーナ以外の妻は、無理やり父に嫁がされた。
名のある貴族の娘たち。
父が彼らを拒めば、国は落ちる。
父は全てを愛していた。
子も、妻も。
自分は、そんな中生まれた。
正妻の子として、真の跡継ぎとして、第一王子として。
自分は、周りの大人達の望む姿でなくてはいけない。
けれど、自分はそれが苦手だった。
剣も、王族としての振る舞いも。
そんな時、父が自分の頭に手をやって撫でた。
「よいか、マークス。お前は皆の為に頑張ねばならぬ。」
「ですが、父上……私には……」
「お前しかおらぬのだ。お前が
そう言って、腰にあった剣をくれた。
神器『ジークフリート』、父が王位を継がれた時に先代から受け継いだモノ。
それを自分にくれたのだ。
それを大切に握りしめ、
「……父上……わかりました。私は努力します!」
この日、自分は決めた。
この
けれど、周りの大人達の醜い争いは続く。
自分は
彼らは、自身の子を使う。
次第に、母の様子がおかしくなった。
まるで何かに囚われるかのように、魘された。
そして、あっという間に死んだ。
父は悲しみに溢れ、王城からよく抜け出しては湖で泣いていた。
ある日、父がシュンメイと言う女性を連れて来た。
彼女を愛し、けれど、どこか儚げに接する。
彼女には子がいた。
彼女の子は、酷い仕打ちをされた。
多くの大人に、
何もできない自分が悔しかった。
そして父はあの日から、おかしくなったのかもしれない。
新しく入ってきたあの女性が、亡くなった。
遺体はなく、父はまたしても悲しみにくれた。
その日から、暗夜の王の周りは災厄が襲う。
他の妻達が次々と亡くなり、子らは王位争いを始めた。
自分も、それに巻き込まれていった。
争いが終わり、残った
すぐには仲良くはなれなかった。
けれど、
自分は諦めず、父の言葉を信じて歩む。
妹は愛情深い子で、他の
弟は聡明だった。
自分にはない、才能に溢れていた。
その実力故に、暗夜のもう一つの神器『ブリュンヒルデ』を継承した。
末の妹は元気だった。
王位争いをしていた頃、彼女は赤子だった。
だがらこそ、彼女の笑顔はこの暗き国の光だった。
そしてあの事件が起きた。
シュヴァルツトゥ公国で父は白夜王を殺し、白夜王国の王女を誘拐した。
彼女の恐怖と悲しみに満ちた、あの顔が忘れられない。
自分は彼女の元へ何度か様子を見に行っていた。
彼女には記憶の混乱があり、自分を白夜王国にいる兄と間違えていた。
次第に、妹達も遊びに来るようになった。
当時、彼女の遊び相手としていた少年が彼女を外に連れ出した。
それが悲劇を生んだ。
彼女は白夜の忍びと出会い、記憶を思い出す。
自分を見る彼女の目が変わった。
恐怖や悲しみに満ちたあの瞳。
そして、帰りたいと望む彼女への想い。
私は躊躇してしまった。
白夜の忍びが彼女を連れ出す。
けれど、それは罠だった。
自分がそれを知り、駆けつけた時にはもう遅かった。
彼女の記憶と心は完全に壊れ、放心状態が続いた。
自分は決めた。
この子の兄になる事を。
彼女は時折、思い出す。
あの日の悲劇を。
怖いと言って恐怖し、泣き出す。
けれど、夢は覚えていない。
彼女の頭を撫で、
「……大丈夫だ、カムイ。お前の怖がるお化けは、私が退治しよう。側にいて、お前を守ってやる。」
自分は彼女のそれを打ち切るため、彼女の部屋の下で鍛錬するようにした。
それが彼女の心を安心へと導いたかはわからない。
けれど、これは自分にとっての事でもあった。
父の変貌ぶり。
あの優しき父が、国を、民を平気で犠牲にするようになった。
恐ろしかった。
認めたくはなかった。
いつか、元に戻ると信じて……
彼女が剣を持って、鍛錬を共にやるのは楽しかった。
嬉しかった。
けれど、それと同時に恐れた。
彼女の体を。
まるで呪いであるかのように、時折体が弱くなる。
熱を出せば、そのままどこかへ連れて行かれてしまう。
もう会えなくなるのではないかという恐怖。
それくらい、彼女は脆く、病弱であった。
父が白夜王国への進軍を本格的に決めた。
あの子の故郷。
そして父は、あの子も使うと言った。
あの子に、自身の故郷を襲わせると……
あの子を守りたい。
けれど、自分は父を信じた。
いや、信じたかった。
あの子が父から魔剣をもらった日、夢を見た。
あの子が、これから行く国境の偵察。
白夜王国の兵が待ち伏せしているのを。
不安に駆られた。
そして、本当に白夜王国の兵がいると知らせが入った。
夢は続いた。
これからのあの子の選択。
白夜王国の手を取れば、あの子は暗夜の敵となり自分の前に現れる。
自分と末の妹の命、そして父の命を元に、彼女は平和をもたらす。
暗夜王国である自分達の手を取れば、あの子は故郷である白夜の敵となる。
愛しき
多くの白夜の者達の命を奪った。
そして、教えてくれた。
あの父が偽物だと。
そして彼女は平和をもたらした。
自分たちの手もとらず、白夜の手もとらないあの子の姿があった。
見えない敵、それらと立ち向かう。
両国の手を借りて。
けれど、この夢は曖昧だった。
だが、覚えている。
暗夜と白夜が手を取り合い、共に戦い、平和をもたらす。
あの夢のような時間。
けれど、その未来の先は破滅へと続いていた。
本当の敵を倒さねば、平和への道はこない。
滅びゆく世界で、彼女の悲しみの顔を覚えている。
泣きながら、謝る彼女の姿。
約束を守れなかったと、泣くあの子の姿を……
ーーカムイはヒノカ達と共に、国境前の平地へ向かっていた。
と、横の方から暗夜兵が襲って来た。
カムイ達はそれを撃退する。
が、カムイの背後に敵が迫る。
「カムイ!」
ヒノカが叫ぶと共に、カムイの前に一人の男性が立つ。
そして、カムイを襲いかかる暗夜兵を短剣で斬り裂いた。
「カムイ様!ご無事ですか!」
「ジョーカーさん⁉︎」
「合流が遅くなり、申し訳ありません。このジョーカー、只今よりカムイ様に従います!」
カムイは目の前に現れた彼を見る。
それは、ジョーカーだった。
ヒノカが薙刀を彼に向け、
「貴様、暗夜の者だな!」
「ま、待ってください、ヒノカ姉さん!彼は、大切な仲間です!」
「な、なに⁈だが、カムイ!」
「私は、ジョーカーと申します。我が主人、カムイ様の姉君であるヒノカ王女ですね。私は、カムイ様が暗夜の城にいた頃に使えていたものです。カムイ様が暗夜の王族ではなく、白夜の王族と言うのは先ほど聞きました。この私が怪しいと思うのであれば……どうぞ、殺して下さい。この命は、カムイ様のために捧げています。」
ジョーカーは、ヒノカの前で頭を下げる。
ヒノカは薙刀を引き、
「わかった。お前を信じよう。だが、もしもカムイを裏切るような真似をすれば、躊躇いなく斬る!」
「はい。それで構いません。」
ジョーカーは顔を上げる。
そして、彼らは国境前の平地へとやって来た。
遠くから、暗夜軍が見える。
沢山の兵を率いて。
その中に、暗夜の
彼らの到着と同時に、マークスとリョウマも到着する。
マークスはリョウマを少し見た後、カムイを見る。
「無事か、カムイ。よく生きていてくれた。」
「マークス兄さん!どうしてこんな戦争を‼︎」
カムイは拳を握りしめて、マークスを見ていた。
その瞳は怒り。
けれど、まだ信じたいと言う気持ちが見える。
マークスは、その目を受け止める。
手綱を握りしめ、
「……さあ、行くぞ、カムイ。父上が、お前の帰りをお待ちだ。我らに加わり、白夜を討つ。お前が加われば、戦いなどすぐ終わる。無駄な犠牲を出さずに、白夜王国を征服できるだろう。」
「マークス兄さん……私は……」
カムイは視線を落とす。
リョウマは馬から降り、カムイの前に立つ。
「……気をつけろ、カムイ。この男は暗夜王国の王子だ。」
「リョウマ兄さん……」
カムイは顔を上げる。
カミラがカムイを見て、
「ああ、カムイ……あなたが無事で良かったわ。だからお願いよ。私たちと共に来て。」
「本当だよ、カムイ姉さん。無事で良かったよ。やっぱり、悪運が強いね。」
「お願い、カムイお姉ちゃん!私たちと共に行こう、ね?」
カムイは泣きそうな顔で、彼らを見る。
ヒノカが怒りながら、
「何を言う!妹をさらった暗夜の者め!カムイは、私の妹だ‼︎」
「……けれど、私の妹でもあるのよ。何があっても。だから、誰にも渡さないわ。」
カミラはジッとヒノカを見据えた。
二人は睨み合う。
リョウマは刀を抜き、
「……騙されるな、カムイ。お前は、俺たちの家族だ。」
「戻ってこい、カムイ!また
そう言って、二人はカムイを見る。
そして叫ぶ。
「「カムイ‼︎」」
カムイは周りを見る。
白夜軍と暗夜軍に囲まれた中央。
白夜の
兄二人が自分に手を差し出す。
カムイはさらに手を握りしめる。
「私は……私は……決められません。だって……私は……」
「それでいい。」
突如、フードを深く被った少女が目の前に現れる。
「……高位魔術!姿を消して、ずっとそこにいたのか⁈」
レオンが驚いて、彼女を見ていた。
そのフードの彼女は、カムイの腹を肘で打つ。
「うっ⁈」
「カムイ様!」
ジョーカーが武器を構えるが、
「……ちょうどいい。お前が運べ。」
「は⁈ふざけるな!」
「ふざけてない。」
フードの彼女はカムイをジョーカーが突き飛ばし、腰の長剣を抜く。
ヒノカの薙刀を防ぐ。
「貴様!」
「……白夜の第一王女。あの貴殿が、何を持ってその武器を持つのか知っている。だが、貴殿が自分を責める必要はない。」
そう言って、薙刀を押しやり、蹴り飛ばす。
「くっ!」
「ヒノカ!」
リョウマが受け止める。
フードの彼女は、タクミの矢とレオンの魔術を斬り裂き、ジョーカーの横に立つ。
側にいたアクアの手を引き、
「……ついでにあなたも、もらって行く。」
彼女は魔術を練る。
そして、それを川に向かって放つ。
「くっ!全員後退!」
マークスは後ろの兵達に命じる。
そして、馬を走らせる。
リョウマも、兵達を見て、
「我らも後退!高台へ行け!」
ヒノカを抱えて、リョウマは走り出す。
フードの彼女はカムイを抱えるジョーカーを掴む。
「……さて、禁忌の国へ行くぞ。」
川の水が、彼らを飲み込む。
ジョーカーは、カムイを抱きしめた。