この世の中が、ずっと、ずっと細かく区別された人々たちで埋まっていて。
その中で彼女は輝いていました。
足かせは、繋いだまま。ただ不自由を掲げて、輝いていました。

気まぐれ投稿です。
一応何話か投稿する予定はありますが、そう長くしないよう努力します。

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デカダンスとロマンスを間違えてる

僕は首を絞めている。

 

夕暮れの屋上、学校の最高峰で。

最高の状況と場所で、首を絞めている。

目の前の一つの体をコンクリートに押し付けて上に伸し掛かり。

右手も左手も、一人の女の子の首に手を掛けて。

聞こえるのは僕のみっともない吐息と、彼女の弱い喉鳴り。

 

親指は彼女のか細い喉笛を押しつぶし、残りの四指二組は鉤爪のように立って、首を走る血管を研ぎ澄ました狙いで塞いでいる。

少し伸びていた爪が、石膏のような肌に食い込んで不快な弾力を返している。

 

それにしても、喉というものは思ったより丈夫なものらしい。

手応えそのものもあまりないのだが。

 

……いや、それはそもそも僕の殺意がどうにも鋭くないらしい。

そうなるとわかっていた。

僕はそこまでの力を込められやしないと。

 

だからこそ、血管だけは狙い澄まして握り潰しているのだ。鈍る意志と裏腹になるように。

たしか、頸動脈とやらだ。これを塞がれてしまえば、どれだけ息をしても意味がなくなるらしい。

脳に血が巡らなくなれば、人は死ぬ。そもそも、どこかしらで滞るだけで体そのものが損なわれるのだから、これこそはお手軽な、僕にとっての二番手の殺意。

 

僕は彼女の顔を見ない。

目を閉じて、祈るように、自らの首をくくるように、この人に死んでくれと願ってその一心で首を絞める。

感じる拍よ、止まれと念じる。

 

だが、少し冷たい感覚。

僕の両手の指をくすぐるような動きをする、なにか柔らかいもの。

 

僕は目を開いて手を見る。

彼女の綺麗な指が、僕の手を撫でている。

 

それに震えて、息を呑んで、思わず視線を上げて彼女の顔を見てしまった。

 

こんなものが、どうして存在するのか。

 

とても形容出来ない美しさ。

特徴だけはなんとか述べられそうだが、それ以外は無理だ。

この女の子らしきものは、女神というしかない存在だ。

 

黒い髪、長い髪、艷やかで深い黒の髪。

烏の羽を濡らしたような、黒曜石のような髪。

 

それをなくしたとしても、何と言っても、この娘は顔がいい。

良すぎて不気味と言ってもいい。

二重だとか、鼻が高いとか、眉が細くてすうっと通ってるだとか、そんな色々な良い要素をどうにか無理やり詰め込みきって成立したような、人工物じみた美しさ。

いや、キレイさと言っていい。

この娘を構成した神らしきなにかは、徹底的に潔癖だ、どうも狂気的なくらいに。

これではまるで彫刻か人形か。

それを人間のように振る舞わせているような、これは機械仕掛けの女神様。

 

そうだ、この娘はまるで人間らしくない。

人間らしくないほどにお手本のような娘だ。

人間の倫理そのものと言っていい。

 

年寄りは気遣う、他人のして欲しいことを完全に汲み取る、大人の言うことを素直に聞く、そして、僕のような人にも優しく接してくる。

まるで他人すべてを愛して、いや憐れんでいるような、それに気付くならばあまりに吐き気のするような、完全に完成された人間なのだ。

 

完全な人間はいない。いないが、そんな人間は。

神、と呼ばれる。神話のそれを別にすれば。

 

彼女の顔を見れなかった理由は、それだ。

どんどん白く、さらに通り越して蒼くなっていく彼女の顔を見れなかったのは。

僕は彼女を手に掛けるということを、この上なく恐れていて、でもそのことに目を瞑るために、ただ首を絞めたのだ。

 

恐れているのに。こんなにも見られていて、身の毛もよだつ苦痛を味わうのに、それでも僕は彼女を殺したい。この世界から消し去りたくて仕方がなかった。

こんなモノはあってはいけないのだと言いたかった。

でも、

 

「死ねる」

 

一つだけの言葉を聴いて、彼女の目を見てしまった。

あんなに無機質に輝いていた瞳は曇りに曇り、代わりに甘えたげな涙が瞼のうちで揺れている。

同時に、断末魔の代わりも聴いてしまった。

彼女の人間らしさを、見てしまった。

彼女という存在の傷を目の当たりにしてしまった。

神ならば存在しないはずのその痛みを。

 

ああ、ああ、ああ。

殺せない。

彼女が人間だから、殺せると思っていたのに。

彼女ですら人間でしかないと分かってしまって、僕の行動に意味がなくなってしまった。

 

彼女が神だったから、この世界ごと壊したかった、そうだったから。

 

もう手に力が入らない。

握力を失って、離れていく手と首の距離。撫ぜるほどのところで彼女の体が大きく撥ねた。なんとなく、破裂する風船の逆だ。

 

髪を振り乱しながら寝返りを打って、僕に左頬を覗かせる。

無意識か、全身が強張って震え、縮こまる。

真っ黒なセーラー服、その袖の3本線の先、真珠から彫り出したような手指が屋上のコンクリートを掴むように引っ掻いている。

命を諦めた意志とは裏腹に、神様のようなその体が生きようとする。

深く、しかし速く、汚らしい音色で喉を鳴らしながら息をする。

厭な音、末期の息のような不吉さなのに、艶やかですらある。

この娘の体は生きようとしている。生きようとしているのが、少し可愛かった。

 

僕は彼女を見ていた。

さっきまで青白かった顔は一気に血色がよろしくなり、それどころか林檎のように赤い。

唇もまだ紫っぽいが、そのうちまた宝石のような桜色を取り戻すだろう。

顰めた眉は直ぐに緩んで、安堵のものになった。

 

これの姿は、元通りの女神様に戻っていく。

 

僕は呼吸を聞きながら、俯いて座り込んでいた。

苦しげにコンクリートに横たわるその傍で、自分がなんだったのかと問いかけながら。

 

その背景として、生温い風を受けて、すこしくすんだ網フェンスが音を立てていた。

 

 

僕の話をしよう。

 

僕は言うなれば、悪の存在らしい。厳密に言うと、必ずや悪事をしでかす運命にある存在であるとか。

人間誰しも何かしらの悪さはするものだ。挙げればキリはないが、とりあえず罵詈雑言、悪戯、万引き、詐欺、暴力その他もろもろ。恐喝とかもあるだろう。根回し不足とか整理しそこねで結果的に不倫とか、そういう色恋がらみもあるだろう。そんなチャチなの以上の害をなすとされる括りの人間だ。

例えば、殺人とかそういうの。

 

僕の親は人殺しだった。

だった、というのも、もういないのだし。

そのもういない、それまでとりわけ善良な存在と認められてきた父と母だったが、突然人の命を奪ったのだ。

聞く話によると、最後まで彼らは人が変わったようにはならず、彼らは彼らのままにとある人を殺したのだと。

それが却って、彼らの悪性の強さを決定付けた。

恐ろしく知能的で、悪に対して自覚的かつそれを欺瞞しあらゆるこの世の人々を裏切り、最終的に正体を現した。そう見られて。

 

そんな訳で両親はその場で極刑、というか殺処分された。墓もなけりゃ位牌もない。拝むにも写真一つ残っちゃいない。記憶も薄らいでいくから、自分で鏡を見てなんとなく思い出しつつ何もないところで手を合わせている。月並みだけど、僕の中の彼らに。

 

その有害物質の副産物たる僕はその後、管理されるという形で生き長らえてこうしている。

善良な人たちに囲まれて、別に意地悪もされず、しかし信用されず、別の生き物、虫を見るような目で見られながら生きている。

生活とは言えない、飼育されているのかもしれない。というか多分そうだと思う。

 

例えば、何もさせてもらえない。

むしろあらゆる人たちからご機嫌を取られるように、腫れ物を扱うような対応で接されている。僕に殺されたくないから。自分が殺されたくないから、誰かよりも自分に優しくすることで逃れようとしているのだ。僕が間違いなく、人を殺すから。そう知っているから。

僕にとって、そんな誰にも彼にも順位は付かないのに。

周りの人たちは虚しくそんな無意味なレースに興じている。

 

そう、興じている。

この世の人たちにとって、優しくすることは一つの競技なのだ。絶対に到達出来ない高みを除いた、その中で頂点を目指すような。神に一番近い優しさを目指して。

人を憐れむことは目的なのか手段なのか、僕には分からないが、確実に本来のポジションからはズレている。

気付いている人がどれだけいるかは分からない。だけど、この優しさに他人がないことはなんとなく分かる。

 

確実に優しさそのものの結果は正しい。そういう言い方でいいのかは疑わしいけれど、そこに間違いはない。

ただ、それは方法論で作られたものだ。

善良な人が善良な人にして差し上げる行為として最適化されたそれだ。

 

だから、僕の神経をひたすら逆撫でる。

 

 

そこで、彼女の話をしよう。

 

最初に一言で完全に言い表すと、彼女は人類の生きた経典なのだ。

それは例えの言葉でも、讃えの言葉でもない。

 

彼女のような存在は世界にはいくつかいて、その中でこの国にいるのが彼女。

だからこの国はこの娘が全て。この娘に全ての正しさを託して動いている。彼女こそがこの世の真の善性を知る存在だから。

 

そんなものが、存在してなるものか。

 

 

そして彼女の両親の話をしよう。

神の親、その二人は既にこの世にない。

彼女が生まれたらその時点で存在意義そのものは失われるから、結果的には別段世界の損失でもなんでもなくなった。だが、とにかく死んでしまっている。彼らの生きた意味はどうにか全て彼女が持って行った。どんな人だったかを問う意味はない。それは彼女に聞くことですらない。

彼女は彼らの存在を知っているだけで、それによって生まれたと分かっているだけで、人生の中には一度たりとも存在しなかったからだ。

 

僕の記憶に残っているところでは、彼女より不完全な、でもどちらも彼女によく似た、言うなれば近似値だったろうとは思うけれど。

 

また彼女の話をしよう。

 

人生の一瞬にすら彼らがいなかった、ということだが、それは生まれる瞬間にすら存在していなかったということだ。

彼女が自分を生きていると気付く前、そこで死んだのでもない。

 

彼女は母親の死体から生まれてきたのだ。

経緯はよく分からないが、当事者の一番近いところにいたからよく分かる。

齢2にして物心つき、色々なものを解し、人としてあまりに忙しい速度で成長していた僕だから。

僕も、彼女の両親が死ぬのを見ていたから。

 

 

そして僕の両親の話をしよう。

 

僕の父と母が、僕を椅子に座らせて、僕の好きなレモンシャーベットをテーブルクロスの掛かったテーブルの上に持ってこさせて、素敵で静かなパーティーの終わりを迎えさせようとしていたその時、会場のシャンデリアから灯りが消え去った。

全て、一息のうちに消えた。

 

僕はそれを何かの余興が始まるのかな、と予感した。

余興というと穿った言い方だけど、所謂サプライズか何か、その類。

目の前のシャーベットもそっちのけで、周りを見回す。暗闇じゃ何も見えないのは当然だけど、こういう時仕掛け人は明かりをこっそり隠し持っている。それを探していた。

 

見えた。

ぼんやりとしているけれど、白い光。

誰かが手元に光源を持って足元を照らして歩いていく。

あれは、父と母。

流石に機微までは分かる歳じゃなかったから、両親がそんな楽しい企みをしているとはついぞ気付かなかった。

 

だからとりあえず、天井を見上げて電気が付くのをぼんやり待っていた。

暗闇の中でシャーベットに手を付けることも考えたけれども、あいにくどこに器があるのか見えてはいない。

こぼしちゃいけないと思い、そうしなかった。

ただ僕の両親の考えが巻き起こすなにかを楽しみに待っていた。

 

すると、ぱぱん、ぱぱん、と音がした。

先走った誰かがクラッカーを鳴らしたのかなって、僕はおかしくて吹き出した。

 

そして電気が付いた。

 

状況は僕の予想を全て裏切って凄惨だった。

 

人が二人死んでいた。

そして、しばらくして、もう二人死んだ。

 

呆然と見ていて何も感じられなかったけれど、記憶は確かだ。

 

説明しよう。

僕の父は彼女の父を、母は彼女の母をそれぞれ撃ち殺した。

同時に二発を二度、賞味四発を撃ち込んで。

どちらも頭を撃たれ、男は生殖器、女は身重だったからその腹も撃たれていた。

 

その後、直ぐに殺処分隊が来て、僕の両親を蜂の巣か何かみたいにして処分した。

 

白い絨毯に、四人分の血が染みた。

 

 

最後に、彼女の話に戻ろう。

 

普通ならそこで死ぬ腹の胎児は、やはりほとんど死んでいた。

母親の胎内で拳銃弾によって貫かれて。

 

しかし処分担当がすぐ来るなら救護担当もすぐ来るわけで。

死体4つのうち3つには一瞬にして見切りを付けて適当に運び出したが、彼女の母の死体だけは大急ぎで大事そうに担ぎ出して行った。

 

そうして、女神の命は守られて、そのままこの世に生み出された。

彼女はそうやって無理やりにでも作り出された。どうしても死ぬことを許されなかった。

 

 

「先輩も、私に死ぬことを許してくれないんですね」

 

底冷えするほど恨めしさを込めた声。

怒りか悲しみか呆れか、強張った声で僕を責める。

俯いた僕は、彼女がどんな顔か見られない。

 

「先輩のお母様なら、私を殺してくれたのに」

 

全て知っていて、だからこそ僕に期待していたのか。

僕が特級の悪のレッテルを持つ理由を全て知っていて、その繰り返しを宛てにしていたのか。

神殺しを唯一実行した、僕の両親を根拠にして。

 

けれど、僕は彼らじゃない。

結局、彼らが為した人殺しを同じように実行は出来なかった。

出来なかったことは人として完全に正しい。

殺人は本当にやってはいけないことなのだ、どんな理由があろうとも、それは確かなことだ。

僕は人として彼らより正しくある、そう言いたかった。

でもそれを言ったところで、いつかの殺人が無いと誰が信じてくれる?

信用のマイナスを、いかなる方法ならばひっくり返せる?

そう、既に神殺しに二度挑んでしまった系譜だ。そんなことは出来ない。

僕も同じ穴の狢だ。

それでも、

 

「やめろよ、僕はそんなことできない」

「うそつき、喉も潰せないから息を止めようとしたくせに」

 

彼女は頭が良いのだ。それを改めて思い知る。

僕の殺意の鈍さも、それを補う二段構えの絞首だったことも、全てお見通しだった。

僕には彼女を殺せる、殺さなかったことこそが気の迷いだったと彼女は言ったのだ。

 

「もう一度、お願いします」

「は?」

「いいから、その。もう一度」

 

思わず、傍の彼女に向き直る。

声は相変わらず強張っていた。

でも、顔はなんというかまだ赤かった。

さっき僕を見た目が僕から逸れて、どこかへ視界を飛ばしていた。

 

……なにか、よく分からない雰囲気を感じた。

波動と言ってもいい。僕の心に伝播してきそうな何かを感じている。

 

「窒息、ぷりーず、わんもあ」

 

彼女の頭が激烈に悪くなって、まるでただならぬ女の子になって、

 

「君、変態かよ」

 

倒錯した官能をねだる甘ったれになるとは、

 

「予想外に快でした、もう一度」

 

僕に呆けた顔で向き合って言うその言葉。

本当に想定外だ。

 

 

不自由の女神があらわれた

 

1節 デカダンスとロマンスを間違えてる

 

 

「あと、すごくロマンティックでした」

「デカダンスとロマンスを間違えてる」

 


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