ポケットモンスター~カラフル~   作:高宮 新太

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50話「身の内は黒焦げだ」

「まったく君ってやつは、一度くらい普通に登場できないのかい?」

 

「ふん、余計なお世話よ」

 

 僕の真後ろを陣取っているブルーはそんなことに興味はないと言いたげにそっぽを向いている。

 さて、一体何の用事でこの僕なんぞに話しかけてきたのか。

 

「お仕事は終わったのかしら」

 

「なーんで君がそんなこと知ってんのか」

 

「あら?忘れたの?私だってオーキド博士とはそれなりに親しくやってんのよ?」

 

「ははは、それは面白い冗談だ。笑えるよ」

 

 どこの誰だったかな。博士の研究所から貴重な研究対称を盗み出したのは。

 

「それで?何の用?僕あんまり暇じゃないんだけど」

 

「セレビィのことよ」

 

 その一言で僕の目の色はわかりやすく変わった。

 なにせ、その情報を僕にもたらしてくれた張本人だ。情報の整合性など検討するまでもない。

 

「今日、セレビィの祠が光るわ」

 

「・・・・なんだって?」

 

 セレビィ。伝説のポケモン。その特異性は時を渡る能力と、ある条件下でしか出現しない希少性にある。

 その条件と祠が光るタイミングで、ホウオウとルギア両ポケモンからとれる羽を持っているものだけがセレビィを手にできる。

 その最初の条件、祠が光るのがいつなのか。それがまったくわからないからセレビィは伝説のポケモンと呼ばれた。

 それが、今日だって?

 

「なんでそんなこと知ってるんだい?」

 

「言ったでしょ?仮面の男から情報を奪ったって。それによれば今日、祠が光るわ」

 

 ふむ、それは確かに信憑性がある。

 でも、だとしたら。

 

「君もオーキド博士に僕の仕事を聞いたというのなら知っているだろう?仮面の男はジムリーダーの中にいる。つもりこの会場にきてるんだ。どうやってセレビィを捕まえる気だ?」

 

「そこまではわからない。でも、今日祠が光ってそしてそれを見逃す男ではないことは確実よ」

 

 ブルーの言葉は納得するには十分すぎるほど説得力がある。 

 

「そこで、アンタにも祠に先回りしてほしい。戦力は多いほど安心だから」

 

 おっと、僕も戦力に数えて頂けているとは有難迷惑だな。

 僕の目的はあくまで横からセレビィを強奪すること。それには仮面の男を止めなければならない。

 わけではなく、ただ一瞬、その瞬間だけ意表をつければいい。

 けど。

 それを果たして僕一人でできるのか、と疑問を持つくらいには僕は僕自身の実力をよくわかっている。

 ゴールド、シルバーを余裕で撃退し、マチスさんを(おそらく)本気を出さずにあしらうほどの実力の持ち主。

 そんな相手に、一瞬とはいえ隙を作らせることが。

 

「・・・君の提案に乗るのはやぶさかじゃあない」

 

「どこまでも素直に”はい”って言えない人ね。アナタは」

 

「性分でね。変えられないさ」

 

 ブルーの提案には乗る。

 けれどその前に一つだけ気になることがあった。

 

「そうまでしてどうして仮面の男はセレビィを捕まえたいんだろうね」

 

 ロケット団の残党をまとめ上げ、度重なる事件を介しホウオウを刺激してルギアを捕らえ。

 そうまでして何を成し遂げたいのか。

 そこにはなぜか無視できない程の強い執念じみたものを感じていた。

 

「・・・確か、過去に亡くしたラプラスを取り戻す。そんな理由だった気がする」

 

「————————————————————取り戻す?」

 

「ええ、昔聞いた気がする。昔過ぎて、記憶が曖昧だけど」

 

 いや、待て。その前に。

 

「ラプラスって言ったかい?」

 

「え?ええ」

 

 おいおい、それじゃあ一人しかいないじゃないか。

 クリス。君、値千金の情報を持ってきてくれたらしい。

 

「そうか」

 

「なに?アナタも似たような望みでしょ?共感でもしちゃった?」

 

 共感————————————————————、共感か。

 

「いいや、逆だよ」

 

「え?」

 

「許せなくなった。僕には、その男がね」

 

 いつの間にか対面していた僕たちは、先の、ブルーの一言で空気が一変する。

 

「悪いね、ブルー。君と一緒には行けなくなった」

 

「ちょ!?なによ?さっきの返答は嘘だったわけ?」

 

「嘘じゃないさ。僕にしては珍しくね。さっきまでは本当に君と一緒に行くつもりだったよ」

 

 だけど、知ってしまった。わかってしまった。

 そうなってしまったらもう、知らないかった前には戻れない。わからなかった前には戻れない。

 

「・・・・・・・・気に入らねえ。何もかもが」

 

 ブルーの横を素通りする。僕の呟き、誰に聞かせるわけでもなかったそれをブルーが聞いたからか、ブルーはそれ以上。何も言わなかった。

 いや、多分。言えなかったが、正解かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと誰もいない廊下を歩く。廊下のその先、エキビションマッチが行われているであろう会場からは歓声が漏れ聞こえていた。

 きっともう始まっているんだろう。もしかしたらもう何試合かは終わったのかもしれない。

 

(ああ、そういえばアンズちゃんの試合を応援するの忘れてた)

 

 ミカンちゃんやカスミちゃん、マチスさんやナツメちゃん。

 まああとおまけでエリカちゃんも。

 皆知らない仲じゃあないし、見てて楽しかったかもしれない。

 まあそんな感情はもうなくなってしまったけれど。

 

「—————————トマレ」

 

「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたぜ?”仮面の男”」

 

「・・・フン、やはり私をおびき出すためのエサだったか」

 

 先ほどのジムリーダーを集めての捜索。

 その本当の目的。

 

「何も、ボロを出すのを期待するほど僕は楽観的じゃあなくてね」

 

 勿論、狙ってなかったわけじゃあないが。

 

「ああやってカマかけて、あからさまに探ってやれば危険分子を排除してきたアンタだ。この最後の大詰めでしくじりたくはないだろう。だからきっと僕のことも排除しにくると踏んだ」

 

 予想は大当たり。 

 だけど展開は期待していたのとは違う。

 本当はここで彼から羽を奪い取る気だった。

 けれど、今はそんな気はもうない。

 どころか、セレビィすらもはやどうでもいい。

 

「なあアンタ、自分のラプラスを取り戻すためにセレビィが欲しいんだって?」

 

「・・・・・・どこでそれを」

 

「んなどうでもいいこと聞くなよ」

 

 イラつく。

 

「アンタのその野望。悪いが泡沫の夢と消えてもらうぜ」

 

「フン、言ってろ」

 

 スチャっと両手にボールを握る。

 

 ああ、本当に男ってのはバカな生き物だ。

 

 何よりも優先しなきゃいけないものがあるはずなのに。

 

 何よりも寄り道してる暇なんかないってのに。

 

 何よりもプライドが大事だってんだから。

 

「来いよ。家族想い。てめえの歪んだ愛情、僕が捻りつぶしてやる」

 

 それは誰に言った言葉だったのか。

 それは誰に向けた感情だったのか。

 

 今となってはもう、どうでもいいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 誰もいない廊下で、誰かの気迫のこもった声が轟く。

 まさか自分からそんな声が出るなんて思ってもみなかったのでそんな他人事みたなことしか言えない。

 

「フン!!」

 

 デリバードを取り出した仮面の男は僕のカラカラとウインディの攻撃をなんなくいなしている。

 

「時を超える能力を持つセレビィ。その力を使って、過去に亡くした自分のポケモンをもう一回取り戻そうって!?小っちぇえなあ!小せえよ!」

 

 バトルの熱気からだろうか。僕の口からはただ素通りしていく言葉たちが熱を持って放たれていく。

 普段だったらあり得ない。精査して検査して考査した言葉だけが出ていっていいはずだったのに。

 今の僕ときたら、そこらにいるバカ共と何一つ変わらない。

 

「・・・・・デリバード」

 

 その冷たい、底冷えするようなゾッとする一言でデリバードの顔色が変わる。

 

「ぐっ!受け止めろカラカラ!」

 

 ”とっしん”してくるデリバードをカラカラは”ほねこんぼう”で受け止める。

 が、勢いは殺せずにそのまま勢い余ってこちらに飛んできた。

 

「がはっ!!」

 

 もろに、鳩尾に入って僕の肺は押しつぶされる。

 

「ぐ・・・・う・・・・・ウイン、ディ」

 

「ガウ!!」

 

 ”かえんほうしゃ”。

 そう言わなくても、僕のウインディは察して放つ。

 僕の目の前にいるデリバードめがけて熱の放射が一直線に伸びてきた。

 

「”まもれ”カラカラ!」

 

 このままだと僕たちだって黒焦げだ、がしかしこの至近距離ならデリバードだって直撃は免れないだろう。

 だからこその指示、そして”かえんほうしゃ”がぶち当たる寸全で僕らの前だけに現れる障壁は僕らを文字通りまもってくれる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 高速で目まぐるしく変わる戦況。流石に少し一息ついた時。

 

「チッ。”かげぶんしん”かよ」

 

 モウモウと立ち込める煙が晴れ、そこに現れたのは傷一つついてないデリバードと、隣りに立っている仮面の男。

 

「・・・なぜ邪魔をする」

 

「なぜ、だあ?」

 

 仮面の男は一言だけそう尋ねた。

 

「ブルーやシルバー、ゴールドたちとお前は違うだろう」

 

「—————————確かに、な」

 

 座り込んでいた両足に力を入れて、なんとか立ち上がる。

 

「僕にはアイツらほどの正義感も、義務感も、因縁すらないに等しい」

 

 でも、それでも。

 

「アンタは許せねえのさ。僕のプライドにかけて、そして家族にかけて。アンタのようなやつが僕は一番許せない」

 

 これは勝手なエゴだ。崇高でも誰かに感謝され、褒められるようなことでもない。

 ただ、僕の気持ちが許せない。僕の誇りが許せない。

 ここでコイツを見逃して、ただセレビィを横取りするだけじゃあ、決して。

 

「だから僕はアンタの前に立つよ。アンタのその歪んだ愛情ぶっ潰して僕は胸張って復讐する」

 

 たった数分、たったそれだけだった。対峙した時間は。

 それでもわかる。この目の前にいる敵は僕よりはるかに強いと。

 

(それがなんだってんだ)

 

「なにをわらっている?」

 

「へらへら」

 

 悪いな。これが僕なんでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・フン。無謀なヤツだ」

 

「ゼェ・・・ヒュー・・・ゼェ・・・ヒュー」

 

 息がか細くなっていくのが自分でも感じられる。

 肺が熱い。喉が焼ける。四肢は爛れ、視界は揺れた。

 

「結局、お前がしたことは少し時間を伸ばしただけにすぎん。まったくの無意味だ」

 

 ゴホッゴホッ。

 咳き込む度に血反吐が出た。

 あーあ、ちくしょう。ここまで戦力差ってやつがあるとは。

 我ながらにして少し悔しいと思った。

 もうちょっといい勝負できると、思ってたから。

 

「・・・カラ、カラ」

 

 凍傷と裂傷が激しいカラカラは僕の傍に横たわっている。

 一番長く一緒にいた。きっと僕の気持ちが一番よくわかっているのはこいつだ。

 だからこそ、この戦闘でも一番長く立っていてくれた。

 

「お前の頑張りなど虚しく、私は今からホウオウを手に入れそしてセレビィも手に入れる。お前は結局、”物語の主人公にはなれないんだよ”」

 

 地面に伏している僕の横をなんでもないかのように通り過ぎようとしている仮面の男は、最後に「ああ」と付加えて。

 

「ブルーから聞いたんだろう?セレビィのことは、あの娘は私のところから”にじいろのはね”と”ぎんいろのはね”を盗んでいったからな」

 

「・・・・・」

 

 僕はただ黙っていたがそれでも仮面の男は少し機嫌が良かったのかお喋りが止まらない。

 

「そうそう、今思い出した。優秀な子供を各地から攫っていた時、お前も候補にいたんだったなあ。”カラー”」

 

「・・・・!!」

 

 最早、喋る体力すら残っていなかったが、それでもその事実は耳を疑うほどには十分で。

 

「まあ結局、お前にその能力はないと判断して止めたんだが」

「その判断は正解だったと、今証明されたよ」

 

 ああ、そうか。

 我ながらどこかで諦めがついた。

 自分は実はもうちょっとやれるんじゃないか。

 そういう思いが心にどこかにあったから。

 日頃のすかしたような態度も。

 バトルであまり全力を出さないのも。

 本当は、怖かったんだ。

 自分の実力が大したことないってわかってしまうのが。

 本気を出したらわかってしまうくらいの、その程度の実力しかなかったから。

 

 なんとなく、なんてことはもうなくて。

 

 どこか遠くに聞こえる足音を聞きながら、そんなことを思った。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、それでもさあ」

 

 

 

 

 

 

 どこか騒がしくなった廊下で、僕は一人呟く。

 

「この胸に焦がれるほどの衝動が、無くなるなんてことはないんだよ」

 

 悲鳴と、硝煙の匂い。

 壁は崩れ、人の波は押し寄せてくる。

 何かがあったのは明白で、誰がしたのかも火を見るよりも明らかだった。

 

「ぐ・・・ううう!」

 

 力の入らない両足に無理矢理活を入れて、立ち上がる。

 仮面の男はもうとっくにいない。

 通路を横目で見れば、人が団子状に所狭しと押し詰められていた。

 幸い僕がいた廊下は出口とは繋がっておらず目の前の人混みに巻き込まれずにはすんでいたが。

  

「あーあ、ホント嫌になるぜ」

 

 ここまでボロボロになってもまだ、消えてくれない。

 もういいかと、何度も思った。

 前を向くかと、何度も諦めようとした。

 

 

 でも、できなかったんだ。

 

 

 どうしても。

 どうしても。

 それだけが、できなかった。

 他のすべてのことは諦められるのに。

 それだけが。

 

「できなかったんだ」

 

 そして物語は続く。

 




どうも!黄金の風!高宮です。
秋アニメ最高じゃね?ジョジョにSAOに禁書目録って黄金タイトル目白押しじゃん。
皆さんのおすすめはなんでしょうね。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。

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