「それでは、第一次試験を始める!」
ヨークシンに存在するホテルの巨大なパーティホールで、下剤入りジュースを勧めてきた新人潰しのトンパをスルーし、他の参加者を眺める事一時間。ようやく現れた試験官が声を張り上げる。
シン、と静まり返る部屋の中、試験の説明がされる。
「俺が求めるのはただ結果のみ! 試験突破に必要なのは、貴様らにはこれから三日以内に俺を見付けてもらう! できれば合格! できなければ不合格だ! なお、貴様らがここから出れるのは一時間後になっている! ヒントは無い! では、健闘を祈る!」
言うだけ言うと、試験官はさっさと出て行ってしまい、ヒント無しにこのヨークシンの中から人一人を見つけろという課題にざわめき始める。
実際、このヨークシンは世界でも有数の犯罪件数を誇っており、表に出ない分を含めれば、ぶっちぎりで世界一位という不名誉な地位に甘んじる事となるだろう。
そんな都市故に、犯罪者の隠れ家や地下競売場、マフィアの拠点に汚職政治家の別荘等々、人の潜める場所はそれこそ五万とあるし、後暗い店や一見お断りの店、最高のセキュリティを誇るホテルなんかも含めれば、三日以内というのは長いようでいて限りなく短い。
まあ、俺達の場合は問題なんて欠片も無いし、そもそも、試験として一定の配慮を成されているのだから、この程度は超えられて当然というか、索敵や情報収集というのは、ハンターとして生きるためには必須の技能なのだから、できない方が問題だろう。
「とりあえず、今は動かず、他の参加者でも観察しておこうか。この先の試験で敵対するかもしれない訳だし、危険な奴とかにはあらかじめ当たりを付けとくべきだろう」
「珍しく建設的な意見ですね」
「いや、実際どうにも気になる奴とかいるからな。明らかに空気の違う奴がパッと見ただけで三人いるし」
いかにも手練れです、といった風情の輩が三人。黒髪銀眼の黒いワンピースの少女は巨大な鉄製らしき扇を背負ってあくびをしつつも隙無く周囲の様子を伺い、スーツにコートを着込み、帽子を被る赤髪の男は慌てる連中を見やって、クスリ、と笑う。
最後の一人は、大胆にも部屋の隅で爆睡している坊主頭の少年だ。
三人とも念能力に目覚めており、纏の力量から化け物染みた実力者だとはっきり分かる。
他にも、念能力こそ覚えていないものの、明らかに他の一般人とは一線を隔している者も数人いる。
「例外的かもしれないが、今年は当たり年なのかもな」
「当たり年、ですか?」
「そう。当たり年。たまに、こういう実力者の揃う年があるらしい。試験内容次第では死人も大量に出るらしいから、気を付けないと俺達も危ないだろうな」
「試験の過程で出る死者ではなく、受験者の能動的な行動によって、という事ですね。人材の質が高いからこそ、その脅威も同時に高くなるという事ですか。面倒ですね」
「カグラの所へ行く前に俺が排除するから、手は煩わせないよ。お前を傷つけさせるなんて失態を犯す気は毛頭無い」
そんな事態になれば、ジャポンから国際指名手配されかねない。そうなれば、ネテロ会長や一部の怪物共には遠く及ばないものの、幻影旅団やゾルディックとも十分やり合えるような怪物や、様々な手練手管を使ってくる裏組織を同時に相手取り、実力未知数なブラックリストハンターとも戦わなければならなくなる。
生きるために念を身に付け、ハンター試験を受けるというのに、その過程で殺される事になるのならば本末転倒だ。
それに、心許せる幼馴染が怪我をするところなど見たくない。
「じゃあ、そろそろ行こう。もう一時間だし、面倒事には関わらないに限る」
「ヘタレですね。何が起きても俺が守ってやるくらい言えませんか?」
「………守るのはあらゆる理由で絶対だろう。あと、ヘタレじゃないし。護衛対象がいて、被害に遭うのが一般人じゃないなら関わらないのが最善だからそうしただけだし」
「言い訳はしなくてもいいですよ。私もわざわざ関わろうなんて考えていませんから」
「…………………はぁ」
文句が無いなら毒を吐かないで欲しい。おおよそ十年の付き合いだが、いつからか極々親しい間柄の極々僅かな、というか、俺に対してのみ毒舌を振るうようになったのだが、Mじゃないから嬉しくない。
以前、その旨を告げた時は「言われて喜ぶような人間に言っても面白くないでしょう」と返された。
今はもう大分諦めが付いてきた。
それよりも、今はこの場所から出て試験を終わらせる事の方が重要だ。あまり時間が経つのは好ましくない。
時間を気にしていた連中が協会の事務員を半ば突き飛ばすように出て行く中を、状況を理解できていない奴や、泰然と構えている連中の横を通り抜けて廊下へと出る。
今回の試験は、俺は完全に護衛要因となり、追跡はカグラ任せになる。
「一応聞くが、試験官のオーラは覚えているよな?」
「当然です。聞いた事を一時間で忘れる人とは違いますから。残滓もきちんと残っていますよ」
「相変わらず、原理の分からない便利な『眼』だな」
カグラの家系は、代々念の感知に関して発とは関係なく突出した能力を持っている。その能力ゆえにイズモ大社にて筆頭たる巫女姫の地位に立つ一族の中でも、カグラは歴代有数の感知能力を持ち、ともすれば開祖に匹敵するのではないか、とまで言われるほどだ。
少なくとも、オーラの残滓まで感知し、しかも視覚で捉えられるような人間は、カグラ以外に知らない。
そんなカグラは当然次代の巫女姫でもあり、こんな場所にいていい人間ではないのだが、今はその能力がありがたいと強く感じる。己の能力ではこの試験で落ちていたやも知れず、ヘタすれば原作の試験までズルズルといった可能性もあったのだから。
そんなカグラに付いて歩き、ホテルから出た俺は、時に彼女を抱えて屋根に上がって走り、一時間足らずの時間で試験官を発見した。
「ふむ。二番目と三番目は同着か」
「………さすがに、同じホテル内っていうのは予想外だった」
「灯台下暗し、ですね。私としては、私達よりも早く到着した方に興味があるのですが」
同じホテルの最上階スイートにいた試験官は、早々に到達した俺達に驚く事も無く、遠回しにもっと早い奴がいたと告げて読んでいた本を閉じる。それから、二枚のカードを協会事務員に持ってこさせてこちらに渡してきた。
このホテルのカードキーで、俺とカグラはそれを見やってから試験管を見る。
「一番目には別室で休んでもらっている。お前達も休むといい。ただ、部屋から出ることは許可できない。代わりに何か欲しいものがあればホテルに頼んで構わん。代金は協会持ちだ。それから、どうしても外に出なければならない場合は協会の事務員か俺に連絡を寄越せ。内容次第で許可しよう」
試験官にいくつか質問した後に了承した俺達は、踵を返して部屋の外へと向かう。
お互い、今回の試験は受かって当然という認識があるため、無駄に喜んだりはしないが、どうせ自分の金ではないのだから、すこしばかり盛大に祝おうかとも考える。
カグラが難色を示すようなら、合格の前祝い、という事にしよう。
とりあえず、第282期ハンター試験、一次試験突破だ。