「でかすぎる壁を前に、将来有望な若手とやらが潰れてしまうかもしれないでしょう? それは悪魔っつう種族に取って大きな損失となるだろうし、俺だって若芽を摘んだからと後で責められても困る。
そういった揉め事を避けるために、穏便に済ませようってことで俺は若手同士の交流試合は辞退させてほしいんです」
ゼファードルをたった一撃で倒してみせるという証拠付きの進言だ。言葉の内容は不遜だが、全くの荒唐無稽というわけでもない。十分に受け入れられる可能性はある提案は、紅髪の魔王そのヒトの手によって否定される。
「悪魔は実力主義だと言ったろう? 強敵と戦わずにいれば確かに心が折れることはないだろうが、それでは真の強者は生まれない。君が彼らを折ってしまうほどに強いのであれば、尚のこと、若手同士の試合に参加してほしい」
強い戦士を生むためには、安全地帯での訓練だけでは足りない。実際に戦場に出て、鉄風雷火をその肌で感じ、命が次々と散っていく非日常を現実のものと認識することは勿論必要となる。
快適な温室育ちならば、数をそろえることは可能だが、それで生まれるのは戦士とは名ばかりの
故に、サーゼクスの言う『強者との戦いの経験を積む』という言葉も間違いではないし理解できる。ただ、魔王の狙いはそれだけではないはずだ。
強者と戦う機会が必要ならば、ルシファー眷属の『騎士』こと沖田総司がグレモリー眷属の『騎士』を指導するように、魔王が己の配下にでも相手をさせればいい。そもそも冥界には、多くの実力者が居る。元龍王のタンニーン、五人目の魔王とまで称される『皇帝』ディハウザー・ベリアル等々。
若手たちに格上と戦う経験を積ませたいのなら、わざわざグラナにでなくとも適任者はいくらでもいる。
そこまで思い至れば、散々渋るグラナを若手の相手にわざわざ指名する何某かの理由があるのだと予測は立つ。
―――大方、若手悪魔同士の結びつきを強くしたいってところか……。
ヒトは得てして、触れ合った相手に対して情を持つ生き物だ。誰彼構わず悪感情を向ける、狂犬のような者はただの人格破綻者。真っ当な思考回路と人格を持っていれば、他者に愛着を抱いたり気を遣ってしまうものだ。
まして、グラナとサイラオーグたちは同じ若手悪魔の枠に入れられる、所謂同期であり同族であり同胞。交流を重ねる中で友情や仲間意識が芽生えてもおかしくはない―――――と、普通なら考える。
――――ま、俺がそんなことになるわけないが。
胡散臭いディオドラや、外面だけ取り繕うリアス、家名しか誇るもののないチンピラ同然のゼファードルと仲良くする? あり得ない。ふざけろ。そんな妄言を垂れ流す口など捨ててしまえ。
ソーナやサイラオーグのことを気に入っていることは事実。されど、それは仲間意識には程遠い。有象無象の雑種を石ころとするなら、彼らはガラス玉。他より多少輝くものがあり、眺めて楽しむことも吝かではないが、しかし邪魔になれば粉砕することに躊躇しない。
シーグヴァイラについては知らない。情報がが少ないし、交流もないため評価を下せない。とりあえず、リアスやディオドラのように視界に入れるだけで不快になるわけではないので、好きにしていれば良いのではないだろうか。要は無関心。
「テロリストが元気によろしくやっている現状、手の内を晒すような真似は危険ではないですか?」
一派閥の長を務めるカテレアは、グラナからすればただの雑魚だった。カテレアを一つの目安として禍の団の実力を推測すると、烏合の衆と言う他ない。例え手の内を全て晒していたとしても、頭目のオーフィス以外に負けることはないだろう。
また実力差があるのは禍の団だけではない、この場に集う若手の悪魔たちも同様だ。バレたら不味いような切り札や奥の手を使わざるを得ない状況にまで追い込まれるとは到底思えない。
グラナの言葉は全くと言って良い程に実感が籠っていないただの詭弁。しかしながら、表面的には筋が通っていることも事実。
これならば無視できまいとばかりに、グラナが踵を返そうとした刹那―――
「ほぉ、あれほど威勢良く啖呵を切っておきながら下賤なテロリスト風情に恐れを為すと?」
悪意が零れ落ちた。たった一つの
修羅が嗤う。
「いやはや全くその通り! 口先だけでなら何とでも言えますからな。巷でのグラナ殿の噂も当てにならぬということか」
彼らの口から零れているのは、何とも下らない戯言。しかし、数というのはそれだけで大きな暴力と化す。事実、結託した上役たちを非難すれば貴族達との関係性が大きく悪化する恐れがあり、魔王をして手出し出来ない程だ。
修羅が嗤う。
「しかし、それはそれで凄い事でしょう! なにせ言葉だけで己の強さを遥か上だと国全体に誤認させているのですから!」
嘲笑と侮蔑。この空間があっという間に悪意に満ち溢れる。まるでヘドロの海に落ちて溺れるような息苦しさと生理的な嫌悪をこの場の大半の悪魔が感じていた。直接的に悪意を向けられたわけでもない観客ですら強い嫌悪を覚える程の醜悪な世界。
しかし、その中心にあるグラナの心は、この場の誰よりも静かだった。彼の配下のように怒るわけでもなく、彼を嘲笑する上役のように興奮を覚えるわけでもなく、魔王のように無力を痛感するでもなく、若手のように嫌悪を感じることもない。
なぜなら、この流れこそがグラナの狙いなのだ。
誰かの掌で踊っていることに気づきもせずに、嘲り嗤う上役たちは愚鈍で愚劣で救いようがない。手の施しようがない程に末期であるが故に、末期であるからこそ容易く利用されてしまう。
「そうですね。では、そこまで仰られるなら前言を撤回し、若手同士の試合にも参加しましょう」
「………それは、どういう心境の変化かな?」
上役たちの暴言を止められなかったことを気に病んでいるらしく、そう言って問いかけるサーゼクスの声は消沈気味だ。
無論、グラナに言わせれば彼の傷心なぞただの自慰行為。国の安定を理由に、貴族の横暴を止めることは出来ないし止める気もない。けれど、その結果生まれた悲劇については一端に悲しんでみせる。何とも
「舐められっぱなしってのも問題があるでしょう? ここらで一丁、俺と配下の実力如何を見せつけるべきだと思っただけですよ」
交流試合に参加するか否か。どちらの道にもメリットとデメリットがあり、そしてグラナが選択したのは
試合に参加すれば時間的拘束を受けるが、それを対価として支払ってもいいだけの利益がある。しかし、試合に参加するにあたっての障害があった。
「俺には他の若手と違って『家』っつう後ろ盾がない。守りたいものは自分の腕で守るしかないんだから、戦うべき時には戦います」
そこで登場するのがヘイト値を上げることに余念がない上役たちである。
彼らとグラナは、虐げる者と虐げられる者、加害者と被害者という歪な関係を何年も続けている故に、グラナが彼らの性根を分析し、行動を予見することなど朝飯前。必ずや散々に嘲笑し、侮蔑を向けてくるだろうと確信していた。
「先ほどは雑魚呼ばわりした相手と試合するのは面倒って気持ちは変わらん。けど、可愛い配下を守るためならその程度必要経費として切り捨てる程度の度量はあるつもりです」
そして、その予想通りに上役たちは行動した。あとは簡単だ。持ち前の鋼鉄の仮面と演技力をフル活用し、少年漫画の主人公よろしく上役たちに対抗するかのように決意を顕わにすれば良い。グラナの誇る屈指の技巧だけでなく、そもそもこの話の流れを引き込んだのは上役たちだという事実が、厚いヴェールと化して真実を覆い隠す。
これぞ黄金流『相手に主導権を握らせつつもちゃっかり舞台裏で糸を引いてぷぎゃーする術』である。
ただし、ここまでやってもまだ、計略を完全に見破る男がこの場に一人いる。
――あ~、やっぱりそう来るのか……。
無論、その程度のことは計略の仕掛け主も事前に予想していた。
――お前なら読めるよな。けど、だからどうした? お前には何も出来ねえだろう?
若手悪魔、上役、超越者、この場には様々な肩書を持つ悪魔がひしめくがそれらは全てエキストラ。此度の計略は上役たちを利用したものだが、それは一方的に搾取するだけのものであって、グラナと上役たちとの頭脳戦とは決して言えない。
火花が散るのは、計略を見事に看破する一人の男とグラナの間だけだ。
水面下では数百手先まで読む頭脳戦が繰り広げつつも、グラナは何も知らない愚かな紅髪との会話を続けていく。
「ただし、条件をいくつか付けたい。第一に、殺さぬようにこちらも加減はするが、もし相手側の精神が壊れるなど――――折れてしまった場合については関知しない」
「認めよう」
上役の一部が騒ぎそうになっていたが、サーゼクスは頓着しない。魔王自身が若手には強者との戦いの経験を積んでもらいたいと既に明言している以上、この要求を飲む他ないのだ。
グラナは二本目の指を立てて交渉を続ける。
「第二に、試合の結果がどうなろうと後々文句を言わない、及び言わせないための努力をスタッフたちに義務付ける」
要約すれば公正公平な試合を行い、語るものは結果が全て、ということ。これも試合を行うにあたって当然のこと。答えは聞く前から分かっていた。
「それも認める」
そしてこれで最後。三本目の指を立て、最後の要求を突きつける。
「第三に、何度も試合をするのなら、総合成績で頂点に立った者に相応の賞金を出していただきたい」
「成績優秀者に褒美を出す、か。レーティング・ゲームに限らずにそういった話はよくあるものだ。その要求を呑むことに否はないが、この要求を出した理由を教えてくれるかい?」
「試合を行うためには相応の時間が犠牲になるでしょう。試合に出ればいつかも話したように魔術の研究や他の仕事が滞る。第三の条件はその分の補填ですよ」
優勝者のみに賞金が与えられるという制限も、グラナにとっては制限になり得ない。まるで自身が優勝することが既に決まっているかのような物言いは、他の若手からすれば挑発そのもの、そしてそれもまた布石の一つだ。
「それも認めよう。君だけでなく、若手皆の健闘を期待している」
と、そんな具合に話がまとまり、ついでとばかりに対戦カードまでその場で決定された。内訳は、グラナとリアス、サイラオーグとゼファードル、ソーナとシーヴヴァイラとなり、若手悪魔が偶数なので余り者となったディオドラは一試合少なくなるが、彼にはそれぞれの試合を見た後で自身の相手を決める特権が与えられたことで公平を期す。
ちなみにその後―――
そこらかしこで火花を飛ばして若手たちが啖呵を切り合っている光景とか。
例に漏れず、グラナも対戦相手のリアスから宣戦布告染みた代物をぶつけられたが、興味がなかったので完全に無視したこととか。
グラナがまたもやナチュラルに若手を挑発したこととか。
様々な出来事があったのだが、それらについては割愛する。どこかの褐色男が地味に策謀を巡らせていることも含めて、特筆する必要のない通常運転だからだ。
そして現在。眷属を引き連れて居城へと舞い戻ったグラナは、レイナーレと向かい合っていた。互いの手に握られているのは、愛刀と光の槍。場所は修練場とも闘技場とも呼ばれる、グラナの一派が鍛えるために城の内部に設置された施設だ。場所と二人の立ち位置、そして武器を構えていることからも分かるように、模擬戦の真っ最中であった。
「ほら、いつでもいいぜ。好きなときに打ち込んで来い」
「じゃあ、遠慮なくッ!」
レイナーレの踏み込みに迷いはない。態勢を低くすることで的を小さく出来るが、バランスが悪くなるという欠点も存在する。しかし、影の国で数年間に渡り鍛えられたレイナーレの体幹はまるでブレない。
的を小さくすることと高い機動力の維持の両立。初手の技巧だけでも、彼女が多くの研鑽を積んだことが理解できた。
無論、グラナはそれに容易く対応する。
構えた刀を振り下ろす。すでにレイナーレはグラナの懐深くにまで入り込んでいる。刀剣の―――正確には刃で迎撃できる間合いではない。ならばとばかりに、グラナは槍を
「知ってたけど! 知ってたけど! 槍を柄で弾くとかどんな反応速度と馬鹿力よ!?」
全速で踏み込み、全体重を乗せた、全力の一槍。それを軽々と防がれたレイナーレは呻く。しかし、悪態を吐きながらも反撃の刃を回避してみせるあたり、彼女の成長は確かなものだ。
グラナはからからと笑いながら、斬撃とともに己の知識を渡していく。
「なんだ、どれだけあのヤンデレ女神のところで成長したのか確かめるつもりだったが予想以上じゃねえか。………ただ戦うだけじゃちっと暇だし、そうだな……レーテイング・ゲームに備えて色々と話すか。
まずはレッスン1だ。ひたすら考え続けろ 一度戦場に立ったら呼吸の一つに至るまでもが戦いだ。思考を止めたやつから死んでいく」
「ッでしょうね。あの女神も似たようなこと言ってたわ!」
レイナーレの両目は真剣さを帯び、僅かな変化さえ見逃すまいと細まる。集中し感度が高まったのは視覚だけではあるまい、今の彼女は聴覚や嗅覚、触覚までも最大限に活用し戦況の推移を見定めているはずだ。
会話が成立するのは余裕があるからではない。会話から得られるものがあるかもしれないと、貪欲に求め続けているが故だ。
「えぇ、マジか。もう言われてたのかよ。レッスンとか言ってたさっきの俺がちょっと恥ずいんだけど……まあ、いいか。レッスンとかやめだ、やめ。もっと普通に話す感じでいこう。
イメージするのは常に最強の自分だ。イメージトレーニングってのがあるように、自分の勝利やそこに至るまでの道のりを明確に脳裏に描けるか否か………それが結構重要なんだ。道標もなしに目的地にまで辿り着くことは出来ないだろう? どうやってそこに辿りつくのか、何を使えばいい、何が邪魔だ、何が必要となる。それらを想定し、一つ一つクリアしていけば、気づいた時にゃ目の前に
長々と語りながらもグラナの動きは淀みなかった。レイナーレの足元に隙を見つければ足払いを仕掛けて、足元にもっと注意を配るように言外に伝える。構えが崩れればそこから攻めて、構えを修正させる。文字通り、教えを叩き込んでいく。
「で、今語ったのはどの種族にも共通することだ。けどな、イメージの大切さは、悪魔に限ってはもう一つの意味がある。
悪魔だけが有する魔力。こいつは使用者の意思に応じて形や性質を自在に変えるっつう特性を持っているわけだが、それがちっとばかし厄介なんだわ」
「どうして? 意思一つで火にも雷にも水にも風にもなるなんて便利な力じゃない。バアルの『滅び』なんてチートかってくらいに攻撃力が高いし――――はぁッ!」
疑問とともに放たれる三連撃。それぞれが急所に向けられたものであり、しかも全力。模擬戦で使うには過分な攻撃だが、それを放つのは、この程度で死ぬはずが無いというグラナへの信頼故。
当然の如く、その信頼にグラナは応えて三度の槍撃を打ち落とす。正確性は勿論として、レイナーレの槍に傷一つ付けない絶妙な力加減までプライスレスで付けられている。
「その柔軟性の高さが問題なんだよなぁ。ぶっちゃけた話、魔力は使用者の無意識まで汲み取っちまうんだよ。例えば、自分のスレンダーボディにコンプレックスを抱く女が居たとして、その女がグラマーな体型に憧れを抱いたとする。本人が知らぬ間に魔力はその意思を汲み取って、実際に女の胸や尻を大きくしたって事例がある」
「……? それの何が問題なの? 女なら美容や体型に気を遣うのは当たり前だろうし、それを魔力が手伝ってくれるんなら御の字じゃない」
「この特性は何もプラス方面にばかり働くわけじゃねえのさ。例えば、『自分は弱い』、『自分は駄目だ』、『自分には何も出来ない』、そうした負のイメージを魔力が吸い上げ、実際に当人の実力に枷を嵌めちまう。これは戦闘能力に限った話じゃあない。
意識が眠りにつき、そのまま目を覚ますことなく緩やかに死に向かうっつうクソ面倒な病が悪魔にあるんだが、不治の病として市井に知られるこれも、魔力がマイナス方面へと作用した結果だ。ちなみにこういったものを俺は便宜上、魔力の暴走と呼んでいる」
外見年齢や体型などを自在に操ることを可能とするということは筋肉や骨、神経、皮膚に至るまで魔力は大きな影響を及ぼすということ。どうしてヒトの意識を司る脳髄にだけは影響を及ぼさないと言えるのか。分類するのなら、精神疾患の一種になるのかもしれない。現実で重度のトラウマ等を抱えた悪魔が、現実への強い忌避感を覚えた結果、魔力が肉体を眠りにつかせてしまうのだ。
ちなみに、魔力の暴走とも言える病を引き起こした根本的な原因は現実における辛い体験なので、患者の周辺環境を含めるトラウマの原因を排除しなければ、一度奇跡的に目を覚ましても再度眠りについてしまうことだろう。しかも二度目の眠りは、傷口に更に傷を刻まれたことでより深いものとなる。二度目の奇跡はあり得ないと断言出来る。
「それ聞くと、単に『便利な力』とは思えなくなってくるわね。そんなものが自分の体に宿っているって考えるだけで少し背筋が寒くなる」
「悪魔の中には理性を失った獣に堕ちるやつがたまにいるが、それも魔力の暴走が原因だ。過剰に力を求めたり、憎悪や憤怒と言った感情に振り回されたりと、発端は様々だけどな。
もちろん、そういったことは極端な例だ。そうそうそんなことにはならん。危機意識を持つのは良いが、ビビりすぎるのは良くないぜ? そういったネガティブな感情が魔力の暴走の原因なんだからな。
まあ、あんまビビらすのも何だし……、魔力の有用さについても話しとくか」
鍔迫り合いの状態で会話しながら視線を交えること数秒。同時に獲物を振り払い、互いの体を押し飛ばし、自身は後方へと跳ぶ。一旦距離を取ったことで呼吸を整え、再度、同時に突貫。両者がぶつかり合ったのは、開いた距離の丁度中間地点だった。
槍が弾かれ、刀が躱される。決して止まることなく繰り出され続ける武器は残像を残し、幾重にも分身したようにも見え、しかしどちらの体にも刃が届くことは無い。それ故に攻守が入れ替わり、立ち位置も一秒ごとに変化するような激しい接近戦であっても、さながら演武の如き美しさがある。
「魔力には大きく分けて二つの能力っつうか特性みたいなものがある。
一つ目が性質変化。これはさっきお前自身が言ってたような、火や水に魔力が変化する力のこと。バアルの『滅び』然り、レヴィアタンの『水』然り、上級悪魔の家に伝わる特色の多くがこれに関係する。
二つ目が形態変化だ。天使や堕天使の使う光も同じ特性があるな。これを極めれば、刃や盾を始め様々なものへと魔力の形を変えて再現することが出来る。俺の場合、水を高圧水流にぶっ飛ばしたりとかだな」
「ッ前から気になってたんだけど、魔力がイメージ通りに変化するって言うなら、
「可能か不可能化で言えば、可能だ。ただやる意味が薄いな。上級悪魔の場合、生まれつきその特性と付き合いがあるだろう? 仮に転生悪魔が特性を再現できたとしても、付き合ってきた年月に差がある以上、どうしたって習熟度じゃあ及ばねえ。貴族を名乗るだけあって上級悪魔の魔力量は恵まれたものだし、同じ土俵での勝ち目なんざ無いも同然だ」
必死になって転生悪魔が上級悪魔と同様の力を手に入れたとしても、そこに出来上がるのはただの劣化版というわけだ。何が違うかと言われれば、生まれただ一つ。そういう意味では、確かに上級悪魔は選ばれた者なのだろう。
伊達に一万年もの間、貴族制度が続いているわけではない。貴族には貴族の強みがあるから、中級・下級、あるいは転生悪魔を見下すことが出来るのだ。無論、そうした悪徳の温床になっていることを踏まえれば、上級悪魔のの誇る特色も素晴らしいばかりのものではないと言える。
「じゃあ、転生悪魔じゃ上級悪魔に勝てないの? ………ってわけないわね。エレインとかルルなら普通に圧勝するでしょうし」
「まあな。ルルの場合は剣術、エレインは吸血鬼としての能力や魔術。魔力に依らない強さを身に付ければ、貴族たちの誇る魔力においての優位性なんぞまるで関係ない。もちろん、勝負事に絶対は存在しねえ。転生悪魔でもやろうと思えば魔力で、生まれついての貴族サマに勝てる」
「う、うぅん? 魔力の量は上級悪魔のほうが優位で特性もあるのに?」
「量に関しては、相手が並の上級悪魔である限りはほぼ気にする必要はない。それこそ天と地ほどもの差じゃない限り、工夫次第で簡単に覆せるからな。
魔力の使い方は色々あるが、その代表的なものとして身体能力の強化が挙げられることが多い。使い勝手が良いし、難易度も低く普及しているメジャーな技だからってのがその理由だ。同様にこっから先の話の例にも、それを使う。
身体能力の強化。これのやり方は使うだけなら簡単だ、何せ強化したい部位に魔力を流し込むだけ、早い話が力を込めりゃあ発動するくらいだ。誰にでも出来る簡単な技術、それこそそこらのクソガキにだって出来る。だから、真面目に研鑽しようって考えが多くの悪魔にはねえんだよなぁ」
「力を込めるだけで発動するような力を研鑽って……まあ、確かにやるやつは余程の変わり者くらいでしょうね」
例えるならそれは、1+1をどれだけ早く正確に解けるのかと努力を積むようなものだ。研鑽の対象が初歩過ぎるが故に、そもそも誰一人として研鑽しようとは思わないし思えない。
また、レーティング・ゲームの影響も悪い意味で存在する。ド派手な攻撃が飛び交う光景は大衆を魅了するエンターテインメントとしては優秀だが、それ故に大衆の心へ与える影響は馬鹿にならない。身体能力の強化はあくまで補助、魔力は大火力で放つことで真価が発揮される、そうした先入観を払拭することは非常に難しい。
グラナは先入観も何も一切合切を捨てて、一から見直すべきだと言う。
「魔力はイメージで操るんだぜ? 当然、基礎の身体強化だってイメージが重要だ。ただ漠然と『腕力を強くしたい』とイメージするんじゃその技の入り口に立っただけなんだよ。
筋繊維の一本一本がより柔軟かつ強靭に、全ての骨は決して砕けないほどに硬く、指の先まで神経はより鋭敏に、そうやって細かくイメージするだけでも大分強化率は変わってくる。ま、実際に効果の違いが分かるほどになるには、反復練習をかなり積んでイメージを強固なものにする必要があるけどな」
「あなたの言う考えに従って鍛錬を積んで実際に効果が目に見える形で現れたら腑に落ちると思うけど、今は正直、納得出来るような出来ないようなって感じね。
……あぁ、身体強化の可能性みたいなことについては分かったけど、それだけで貴族サマに勝つにはちょっとキツイんじゃないかしら。……他にも何かあるの?」
「もちろん。イメージで強化率が変わると言ったが、他にも肉体を鍛えているかどうかでも違いが出てくる。下地となるものの質が高けりゃ、そりゃ結果も良い。当たり前の話だわな。
ついでに言うと、武術を嗜んでいれば尚良し。速さが足りないのか、力が足りないのか、耐久が足りないのか、その辺りを判断するにはもちろんとして、強化された自分をイメージすることにも武術の経験と知識は一役を担ってくれるんだ」
「はぁ……溜息って感心しても出るのね。基礎技術だけでも、色々と工夫っていうか、そういうのがあるのね」
「そういうわけだ。身体強化でそれだけ工夫のしどころがあるように、他の技だっていくらでも工夫、研鑽の道はある。
魔力を固めてぶっ放す魔力砲、多くの悪魔が力任せにやるだけだが、これだって改良出来る点はいくらでもある。魔力の流れをより綺麗に、魔力をより収束させるだけで威力や効率はかなり変わるってのにな……ガキと同レベルのことを良い歳した大人がドヤ顔してやってると思うと、貴族サマたちが途端に馬鹿にしか見えなくなってくるぜ」
上級悪魔の内には、生まれ持った才能だけで戦うことが美しい、努力など泥臭いといった考えがある。力と資金と環境を持っていながら碌に研究しないという宝の持ち腐れである。
中級、下級悪魔は生まれの差を覆そうと、立身出世を夢見て努力する者が多いが、そもそも彼らの大半は最初から力を持っているわけではないし、資金や環境も恵まれているとは言い難い。そんな状態で出来る研鑽には限りがある。
結果、悪魔は、魔力という最も身近かつ強力な能力についての理解が進まない。一万年の歴史を持つ国よりも、二十年前後しか生きてないグラナのほうが深い知識を有していること一つを取っても、悪魔社会の歪さがどれほどのものか察せるだろう。
「そして、上級悪魔ご自慢の特色ってやつ。馬と縁があるだの怪力だのといった極一部を除いて大半が魔力の性質変化由来のものってのはさっきも言ったな。そもそも、この特色が何なのかって話になるんだが、要は魔力の性質変化における親和性の高さだ」
「え……っと、相性が良いってこと?」
「そう。例えばレヴィアタンなら『水』の方面に特化してるってことだ。一分野にのみ秀でているが故に他の属性に関してはからっきし、魔力を炎や風に変化させることはまるで出来ねえ。まあ、あれだ、ゲームで言うと一部のステータスに極振りしてるってわけだな」
「また分かり難いような分かりやすいような、微妙な例えを出して………一応分かったから良いんだけど。じゃあ特色がない悪魔の場合はどうなるの?」
「いわば万能型。魔力を想像力次第で、炎にも水にも風にも変化させるとが可能だ。ま、個人個人の得手不得手はもちろんあるけどな。ゲームのステ振りでも、自分の好みで一部の能力値に偏らせたりするだろう? それと似たようなもんだ」
「じゃあ、特色があるか無いかの違いって……」
「方向性の違い、それだけだよ。たったそれだけのことで、上級悪魔の大半がふんぞり返ってるんだからアホ臭い。連中は自分の得意分野じゃ負けないことを理由に威張り散らしているが、特化型と万能型が前者の土俵でぶつかれば結果は見えてるよな。マジで馬鹿としか思えんわ、あいつら」
この模擬戦が成立しているのは―――ひいてはレイナーレがグラナとそれなりに良い勝負をしているように見えるのは、グラナが手加減に手加減を重ねることで漸く成立している。グラナは全力を出してしまえば、レイナーレなぞ文字通りの秒殺が確定することを理解しているし、それでは模擬戦も糞もないので、相手に合わせて力を落としているのだ。
そして、彼は徐々に力を解放している。その変化は相対するレイナーレにさえ分からないものだが、速度や威力は上昇しているし、使う技もより高度なものとなっていく。
しかし、レイナーレは最初から全力だ。力を封じていたグラナとは違い、彼女は速度も筋力も変わらない。けれど、強者との戦いに慣れているが故に実力差を前にしてもめげることなく、強くなりたいと願うが故に足掻くことを忘れない。
そんな彼女に出来ることは考えることのみ。
視線を奔らせて情報を収集し、呼吸を整えて脳をリラックスさせ、戦局の推移を分析し、これより先の未来を予測する。
『一度戦場に立ったら呼吸の一つに至るまでもが戦いだ。思考を止めたやつから死んでいく』
即ちそれは、グラナがこの場で最初に説いた教えの発露だ。レイナーレを追い込むことで教えを理解させ、そして実践することを強制する。実に荒っぽい手法だが、徐々にスペックを解放していく彼にレイナーレが食らいつけていることから、その効果が確かなものだと察せられる。
「仮に下のやつらが貴族サマに勝とうと思うのなら、その万能型としての強みを伸ばせばいい。どの属性も扱える可能性を持っているんだから簡単にメタを張れる。それだけでもかなりの優位に立てるはずさ。応用力もあるわけだし、時間を掛けて技巧のほうも磨いていけば、貴族のボンボンをぶちのめすのなんざ朝飯前だ」
今話では、原作を独自解釈した設定が結構出てきました。まあ、きっとこんな感じだと思いますよってね。