ぬらりひょんの孫*鬼   作:若禿

1 / 5
妖怪住まう屋敷

 闇夜に静まりし丑三つ時、東京都浮世絵町にある一つの屋敷には怪しげな空気が漂っていた。

 それはまるで()()でも出てきそうな程に不気味で近寄りがたい雰囲気でありながら、どこか人を引き込むかのような力も感じる古い屋敷......。

 

 だがしかしそれは然るべき事であると言えよう。

 何故ならば、そこは"実際"に妖怪の住まう場所なのだから。

 

 (あやかし)、闇に生きる異形なる存在。昔から人々に恐れられ、人を喰らいし闇の化身。

 

 

 そんな魑魅魍魎集う場所なのだから__

 

 

 

 

 幾多の魑魅魍魎、関東妖怪を束ねし総元締である妖怪任侠一家である此処奴良組は、丑三つ時という普通ならば寝床に入る時間に関わらず騒がしい空気に包まれていた。

 さもありなん。前述通り此処は妖怪住まう場所であり、妖怪とは本来闇に生けし存在。深夜に起きていても可笑しいことなど無い。むしろ当然の事である。

 だが今この奴良組を包む騒がしい空気は、寄り集まる事による喧騒では無く、どこか慌ただしさを感じるものであった。

 

 この慌ただしさの原因はただ一つ、"元"魑魅魍魎の主であり現在総大将代理である、実質組のトップなる存在()()()()()()から緊急召集があったためだ。

 

 【ぬらりひょん】それは妖怪の頂点である魑魅魍魎の主であり、性格は自由奔放、天真爛漫。だがどこか憎めないまさに主としての風格を醸す粋な妖怪である。

 まあ簡単に言うと自分勝手な妖怪なのだが、百鬼を束ねし前より周りを困らせた続けたこの性格は、闇の薄まった現代__平成になっても変わることはなく、今回も例によって有無を言わさないまさに緊急"召集である。

 

 なら行かなければいいと思うだろうが、奴良組とは()()を通し()()を掲げし任侠一家である。

 なんだかんだ言いながら皆その頂点に立つ大将の人柄、その器に惚れ込んでおり、盃を交わした時点で百鬼夜行に加わった根底に在る畏れ、忠誠心は組が消えぬ限り決して消えないのだ。

 

「......とは毎度言うものの、何においても優先し集まれたしとはまた強引な話じゃのう。儂の数少ない楽しみである盆栽。その手入れをやり始めたばかりに今回の召集じゃ、すこしばかり気が滅入るのう」

 

「お主はまだ良き方じゃろうて。遊んでおる暇な時だったのじゃからのう。だが儂は達磨会における帳簿管理や管轄地区の木っ端妖怪から送られてくる情報整理で忙しい時だったのじゃ。主とは比にならん程に気が滅入る」

 

「はっ!遊びとは言うじゃねーか達磨よぉ。まあ確かに盆栽は趣味趣向で始めるもんだが結構奥が深いんじゃぞ?遊びにして遊びにあらずというものじゃ。お主今度儂の母屋に来るとよい。儂が盆栽のなんたるかを教えてしんぜよう。がはははは」

 

「魅力的な話じゃが遠慮させてもらおう。儂はやることが多いのでな。後肩を叩くでない」

 

「っにしても達磨よぉ、今回の召集はちと色が違ぇよな。総会は先日やったばっかだし、それに幹部全員、遠出中や隠居した組の大本まで集めるたぁ二代目に組任してから一度もなかったよな?どっかでけぇとこに出入りでもあんのかぁ?」

 

「さてな......。じゃが大事であるのは確かじゃろう。奴良組73団体構成妖怪一万匹。その上に立つ幹部勢、初代構成員、組の主力を強制召集じゃ。二代目がこの世を去られてからまだ短いが、人間にとっては長くはない時間が過ぎた......。今は総大将が代理を務めておられるが、総大将は生きておられても若くはない。ご自身の事も、組が弱体化を辿る一方なのも総大将は分かっておられるはずじゃ」

 

「というこたぁ......もしや三代目襲名って話とかかのう」

 

「なっ......!?」

 

「あり得ねぇ話じゃなかろう?隠居した爺まで集める理由は分からんが......総大将の事じゃ、茶でも啜ってるときにいきなり気が変わって若に組任す気になってよ、奴良組の妖怪かき集めて宴でもするかってな。はっはっはっ」

 

「......っ!笑えんぞ狒々!あんなうつけが組なんて継いだら奴良組は終いだ。儂はあんな餓鬼絶対に認めんぞ!」

 

「控えんか一つ目。四分の一のみとはいえ若は総大将の血を継いだ孫であらせられるぞ」

 

「けっ、四分の一なんてあってねぇようなもんだ。それにその妖怪の血が覚醒したのさえ四年前の一度きりのみ......。孫ってだけであんな人間と遊んでるような餓鬼に組継がれちゃ奴良組に未来はねぇんだ!それに本人にも継ぐ意志がねぇときた。二代目の側近共は随分甘やかしてるみてぇだが儂は反対だ。達磨だって若を知らねぇわけじゃないだろう。昼間のお姿、性格、全てあまっちょろい人間そのものだ」

 

「うぅむ。確かに若は妖怪としての血が薄い。覚醒も四年前の一度きりのみじゃ。そしてその覚醒した時も朝になれば人間に戻ってしまわれた......。昼間の若は主の言うように組を継ぐ意思も強さも無い脆弱な人間」

 

「なら......「じゃが儂は確かに見たのじゃ......。四年前のあの夜、妖怪を束ね百鬼の先頭に立つ主となる器を。その()()を。儂は肯定も否定もせん。ただ時を待ち見極めるのみ」

 

「ふっ......」

 

「......っ!ちっ......あーあーそうかよ。だが残された時間はあまりないからな!はぁ、せめてあのお方が総大将と共に居てくれれば儂も幾ばくか安心できるってのに......」

 

「うぅむ。まことにな......。きっとあのお方が居られれば二代目も......」

 

「ほれお前らそこら辺にしとけ、もうすぐ着くぞ」

 

 月夜に照らされた夜空を駆けるは恐ろしい顔を張り付けた車、妖怪朧車である。

 その朧車の引く台車にて会話をしていたのは奴良組幹部である関東大猿会会長である狒々、同じく達磨会会長木魚達磨、独目鬼組組長一つ目入道である。皆大妖怪と畏れられた存在であり、魑魅魍魎の主になるよりも前から初代の百鬼に居た古参大妖怪達である。

 

 そんな奴良組幹部の会話の内容は現状の奴良組を憂いたもの。

 それもそのはず、昔は関東最強と謳われた奴良組だが、現代の平成の世においてその力は弱まる一方なのである。

 これには理由があるのだが、ぬらりひょんが魑魅魍魎の主となってから幾年、総大将は実息子である奴良鯉伴(りはん)に組を託し引退した。

 

 鯉伴は魑魅魍魎の主となった京にてぬらりひょんが連れ帰った妻、どんな怪我や病気も治すという特別な力を持った人間である珱姫(ようひめ)との間に生まれた()()である。半分人間であった鯉伴だが、人と妖そのどちらの血も受け入れた鯉伴は半妖であるからこそ成せる力、強さをもって奴良組を見事繁栄へと導いた。それは奴良組全盛期と謳われた黄金時代。

 

 だがしかしその物語は二代目である鯉伴が"何者かによって殺された"事により突如幕を下ろす事となる。

 突然の二代目の死。頭を失った奴良組は犯人を見つけることも叶わず、初代の老いと共にずるずるとその畏れを失い続ける事になり今に至るのだ。

 

 鯉伴の築いた奴良組の畏れと、奴良組創設より組を支える重鎮達により形だけは保てているが、いつ崩れてもいいような状態が今の奴良組なのである。

 

 幸い闇の薄まった現代において表立った妖怪同士の抗争は少ないため島が危機に陥るには至らずとも、危惧する事までは無いことにはできていない。

 今の奴良組はとても不安定であり畏れ危うし現状なのだ。

 

 これを打破するには奴良組を支える畏れ、その頂点となり組の形、強さである大将の存在が必要不可欠なのである。なら三代目を早く決めれば良いと思うだろうがそんな簡単な話ではない。

 大将とは組の心臓とも言える存在だ。半端な者じゃ組は潰れ構成妖怪は塵と消える結末を迎え、かといって力ある妖怪を据えるだけでは欲や業に呑まれて滅ぶ。

 奴良組の代門である『畏』を真に継げる強者。それを見極め組の全てを託す事はとても難しいものなのである。

 

 しかし希望がないこともない。初代の孫、鯉伴の実息子である"奴良リクオ"という存在が居るのだ。

 だが残念ながら先の話のようにリクオにある妖怪の血は半妖である鯉伴とその人間である妻、"奴良若菜"の子として生まれたため四分の一にまで薄まっている。

 四年前、組の内乱時に覚醒し妖怪としての力の片鱗を見せるもそれ以降覚醒する事は無く、朝と昼は完全に人間であり、性格も人間としての面が強いため、奴良組ではリクオを三代目とする事に賛同するものと反対するものに別れているというこれまた先行きの不安な陰が射している。

 

 組の危機に関わらず、いや危機だからこそ組そのものが割れてしまう可能性。

 初代はリクオを三代目に襲名するつもりであるらしいが、リクオ本人は正義感溢れる性格のため、幼き頃英雄視していた身内が実際は悪行を行う妖怪集団であることを忌避し組を継ぐ気がないのだ。

 しかしリクオは自らの側近である妖怪達とは縁を切らず仲良くしているという()()()()()()()()()()()()()()な様が火に油を注いでいる。

 柱となっている初代の意思はリクオを三代目とすることに固まっているが、重鎮達、反リクオ派はそれに首を振る。ここのところ行われてきた総会はこれの繰返しであり、解決へと至る道は一光に見えぬままだ。

 

 大きな問題は無くとも小さき問題が降り積もり軋みをあげる奴良組......。

 そんな中動いた初代。期待と憂い、その両方を抱き組員にあるまじき話が交わされるのも仕方なき事と言えよう。

 

 

 

 

 ガラガラガラ、グルグルグル。

 そんな音を出しながら朧車が奴良組本家へと到着する。降り立つ際に穏行を解き、後ろの籠の中から狒々達が降り立つ。

 外に出て周りを見渡せば提灯お化けと共に何台もの朧車が休んでいた。

 

 珍しく本家を離れていた達磨と一つ目だったが、どうやら他の幹部連中は既に集まっているらしい。

 幾体もの朧車を見ながら一つ目がニヤリと顎を擦る。

 

「おうおうこりゃまた壮観だねぇ。呂呂蛇会、陀螺鳳。総会にもあまり顔出さん連中の朧車が沢山だ。隠居爺が持ってった大八火輪朧車も並んでらぁ」

 

「うむ......まさかこれ程とは。今夜は懐かしい顔が見れそうじゃな」

 

「ぬおぉ?あっちにあんの高尾山の天狗とこの朧車じゃねぇか!まさか濡鴉のお嬢も来てんのか?......こりゃ鴉天狗に血の雨が降るな」

 

「はっ!いいねぇ、畏れが集まってるのを感じるわい。身を固める前の燃えるような感覚......血がたぎってくるのう。さて鬼が出るか蛇が出るか。期待してるぜー総大将」

 

 そう呟き奴良組本家の門に手を掛ける狒々達。

 

 ちらりと面の隙間から覗かせた狒々の顔は、犬猿妖怪に相応しきギラギラと獰猛な、そして酷く楽しそうな笑みを浮かべていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。