ぬらりひょんの孫*鬼 作:若禿
「あれ?もう皆集まってたんだ。ごめんね遅れちゃって。雪女に頼まれて母さん呼びにいったら総会の事うっかり言っちゃって......。張り切った母さんと色々あって......ってうわぁ!?広い!そ、それにいつものメンバーじゃないの......?あっ!皆様方失礼致しました。私目は関東元締奴良組の奴良リクオと申します。総大将の孫に当たります。総会があるとしか言伝てを預かっておらず、知らぬこととはいえ無礼があった事、遅れた事を恥ずかしながら代表してお詫び申し上げます......ってこれでいいかな首無?」
とまだ幼さ残る声で話すのは件の奴良リクオ。総大将の孫であり総大将より直接三代目襲名を推奨されている本人である。
そしてそのリクオと共に座敷へと来たのはリクオの側近達である妖達。主に二代目である鯉伴と共に奴良組を大きくした妖達だが、二代目が死去してから二代目の意思を継ぎ、百鬼の主となるリクオに期待と忠誠を持った者。
四年前覚醒したリクオを見た時よりリクオが百鬼を率いる日を今か今かと夢見る者達である。
ちなみに遅れたのはリクオの母である奴良若菜が「あら!総会があるのね、なら私も手伝うわ!」と台所に乱入したためである。
だがしかし実はこの若菜、家事が"壊滅的"に下手くそなのである。皿を洗えば必ず割り、火を起こせば周りを焦がし、ならばと野菜の皮剥きを任せれば野菜は皆ごぼうへと変貌し握っていた包丁が百発百中で誰かに刺さるという最早天災とも言える怪異っぷりである。
これで良く妻になれたなと思うだろうが、主にこの呪いとも言えるようで呪いとは一切無関係なドジは料理に関係した事か場でしか起こらない。それ以外は生まれもあり一般的に見てもレベルが高い器用さを持ち合わせているという何とも質の悪いな話なのである。
しかし何より質が悪いのは当の本人は純粋に皆を思って真面目に取り組んでいる事だろうか。弱音を吐かず、常に笑顔で汗水たらし真剣に頑張って混沌を喚ぶ。
そね健気な姿と"二代目の妻"という立ち位置もあり総大将か息子であるリクオ以外は強くは言えないといった感じになってしまうのだ。
今回もいつもの様に張り切る若菜をリクオがなんとか宥めて事が終わり、乱入による遅れを死に物狂いで追い上げた台所の小妖怪達は疲弊し干からびている。
そうそう後から聞いた話では若菜の放つ乱れ包丁、小妖怪達が名付けた"妖怪極女乱れ刃"の被害にあったのは既に疲弊状態でカサカサになってた唇襲とかなんとか。
「はいリクオ様。完璧でございます。まさに百鬼の主にふさましき佇まいであられました」
「うむ、さすがはリクオ様。拙僧も感激致しました」
「はっそらぁリクオ様はなんたって魑魅魍魎の主になられる御方だからな!」
「ちょっ、やめてよ皆!お客人の前で!それに今のは首無の言葉だし、なにより僕は百鬼の主になんかならないよ」
リクオを持て囃すのは上から首無、黒田坊、青田坊。三人ともかつて鯉伴の百鬼であり、今はまだ盃は交わさずとも現在リクオに忠誠を誓ったリクオの側近達である。
「うぬぬぬぬぬ......!くおらああああ!リクオォ!?テメェ何腑抜けた事言ってやがんだぁ!?」
「ぜ、鴆君!?鴆君も呼ばれてたの!?」
「おうよ!それよりテメェ聞いたぞ!総会にゃ録に顔出さねぇで毎日毎日へらへらしてんのをよぉ!?テメェは百鬼の主になるんじゃなかったのかぁ!?あぁ!?俺ァお前が魑魅魍魎、主になんのを見届けてぇんだ!ちぃせぇ頃の約束を今か今かっt......がっ......がはっ」
そう言って咳き込むのは奴良組幹部、薬師一派、鴆一派現頭領である毒怪鳥の鴆。幼き頃よくリクオと遊んでいた"義兄弟"である。
辛そうに咳き込むには理由があり、鴆一族は猛毒の羽を身に宿す強力な妖なのだが、その自らの毒により死ぬことはなくとも寿命は短くなり身体は弱まってしまう。無理なんかをすると簡単にばててしまうという通常より身体に負担のかかる脆い妖なのだ。
しかし何よりも仁義を通す妖怪でもあり、奴良組には弱き妖として苦汁を飲まされていた時代に拾われ、以後奴良組に代々尽くす義理堅い一族だ。
「だっ大丈夫鴆君!?」
「うるせぇ!さわんじゃねぇ!げほっげほっ......」
「鴆様少し夜風に当たりましょう。さすれば幾ばくか気が休まるでしょう。さぁ私目のお手を」
そう言って鴆に寄り添うのは鴉の側近である蛇太夫。
「あぁ......すまねぇな蛇太夫。げほっ......すまんが親方々、俺ァ少しばかり席はずさしてもらいやす。落ち着き次第すぐ戻りやすんでもしその間に始まったら総大将によろしくお伝え下せぇ。では失礼」
「鴆君......」
蛇太夫と共に席を外す鴆の背を悲しそうな表情で追うリクオ。
幼き頃仲良く遊んでいた鴆。自分が主となる事を誰よりも期待していた兄弟。
リクオは今何を思っているのか。知る人はリクオ本人のみである。
「リ、リクオ様!そろそろ総大将が参られるお時間です!ささ、早く席に参りましょう!今日は美味しい料理がいっぱいなんですよ?私も頑張りましたのできっと気に入ってもらえると思います!」
「あ......うん、そうだね......」
元気の落ちたリクオを励ますのは雪女の氷麗。リクオを幼き頃より世話してきた侍女兼側近であり、誰よりもリクオ慕う妖である。
話は変わるがこの氷麗、リクオより何倍も長生きしていても妖世界にしてはまだ若く、雪女の凍結の力をまだ上手くコントロールできていない。そのため若菜程ではないが感情が高ぶると料理を全て氷漬けにするという駄目っぷりを発揮したりする。
「つ、つらら......これ......」
上座にて席に着くリクオだが、目の前の膳を見て動きが固まる。
「はいリクオ様!こちらが酒虫の妙薬漬け、こっちが蓬年樹の根菜、こっちはなんと巳堕れ鳥の炭焼です!親方様方の差し入れ何ですけど凄いですよね!一つ一つが滅多に食べられない貴重なものなんですよ!」
「あ、あはは、確かにそれは凄いんだけど......。もしかして僕のは氷麗が......?」
「はいー!何せこれだけの食材ですからっ!小妖怪達になんか任せられません。ちょっとだけ冷たいかもしれませんが味は保証致します!」
「そ、そう。あ、ありがとう」
「はい!」
もじもじとしながら華のように笑う氷麗を見てリクオは思う。ちょっとどころか見事なまでにカチコチに凍っているが、この料理だけは食べねばならぬと。
せっかくの貴重な食材、氷麗が丹精込めた料理、もとい氷。食べねば............。
(く、首無......)
と思ったのはほんの数秒。すぐさま側近である首無にアイコンタクトで助けを求めるリクオ。きっと首無ならば何とかしてくれると思い目で訴える。
(リクオ様、世の中何事も諦めが肝心です。洗練された雪女の氷は中々に溶けることはありませんが、幸い込められた妖力はそれほどではない様子。恐らく歯が折れる事はないでしょう。......根性ですリクオ様!)
だがそんな思いは虚しくも散ることとなる。
首無はリクオに向かって無駄にハンサムなウインクをし片手を決めるのみ。
その瞬間、リクオには何故か首無がまるでそう言っているかの様な言葉が聞こえたみたいだが、実際後から聞いた話によると一言一句同じであったのはさすが魑魅魍魎の主の孫と言ったところか。
深夜に起こされた気だるさ、総会への不安、鴆との仲違いによる気落ちと既に総会前に疲弊したリクオであったが、最後にキツイ一撃をお見舞いしたのは何よりもリクオを慕いリクオを見守る側近の氷麗であった。
◆
奴良組緊急総会。
急きょ総大将直筆による回状、召集により集まった数多の関東妖怪達。
奴良組本家に遣える幹部は勿論の事、初期に奴良組に居た猫目や管狐など大老とされる面々、傘下妖怪の親分衆、リクオやその側近ら含む皆が"強制"参加を言い渡された総会はもうすぐ始まろうとしていた。
迷い家の怪である三の口により広げられた座敷には、優秀な女衆及び小妖怪の死闘により既に料理は出揃い、皆が割り当てられた席、座に着いている。勿論鴆も始まる前に気を休め既に着席済みだ。
久々に顔を合わせた者、初めて顔を合わせた者などが各々談笑、もしくはその時を静かに待つ張り詰めた時間。
妖怪とは存在そのものが恐れである。
本人達にその気はなくとも、大妖怪と謳われる者達はそこに居るだけで恐れとなり、小妖怪、中級妖怪達は皆緊張し冷や汗だらだらである。
まあ中には肝っ玉の据わった者も居り、滅多に味わえない料理に冷や汗でなく涎をだらだらと垂らす者も居るのだが......。ほとんどの者は総会開始時刻に迫るにつれ徐々に張り詰める疑心と焦り、畏れ集いし期待と高揚感織り成す熱気に酔っていた。
そして待つこと数分。蒸し料理の熱が程よい温度に下がった頃、座敷奥から微かな足音が聞こえ皆が態勢を改める。
徐々に近づくその足音は襖の手前で止まり、一拍置いた後スッと襖が開かれた。
そう、かつて数多の妖怪を束ねその頂点、魑魅魍魎の主となった存在。
奴良組総大将ぬらりひょんの登場である。