ぬらりひょんの孫*鬼   作:若禿

4 / 5
月夜に浮かびし鬼の蔭

 後ろへと伸びた頭、強さを感じさせる鋭い目。ニヤリと見定めるような、見透かしたような不敵な笑みを浮かべながら上座中央に腰を下ろすこの男こそ奴良組元総大将、現在総大将代理のぬらりひょんである。

 よっこらせと爺臭い、実際に"訳あって"見た目年老いた総大将は腰を下ろすと、集まった妖怪達を見ながら今宵の総会開幕の口上を述べる。

 

「おうおめぇら待たせたな。リクオもよう出てくれた。何人かいねぇ頭目も居るが......まあこれだけ居りゃ十分じゃろう。さて、さっそくといきたいとこじゃが先ず始める前に一つ。此度の総会、急な呼び出しにも関わらず集まってくれたことを奴良組総大将としてワシが......ぬ?お?おおお!?ほぉ~こりゃまた豪勢な食事じゃわい。ワシも手ぶらで来る奴ぁいねぇと踏んでいた......というかワシがうまいもん持ってこいって言ったんじゃがこりゃ期待以上じゃな!はっはっはっはっ!リクオや、食いきれんかったら儂にわけちょくれよ」

 

 百鬼の主に相応しい箔のある口上の途中、思わず並べられた料理に目を落とした総大将が場の整った空気を壊すかのように大きく笑う。

 総大将より少しずれた位置に座るリクオは、いつもはそれなりに締めるときは締める祖父が口上中に関わらず笑うのを見て、それだけ今宵の料理は豪勢であるということが改めて分かった瞬間ではあったが、いきなり呼び出され待たされた挙げ句に先の態度。皆が一斉に呆れたような雰囲気を放ち、その視線が全て祖父に注がれている。

 一つだけ呆れではない怒りに近い憐れな者の視線上に晒されているため、それなりに肝が据わっているリクオも苦笑いである。

 

 勿論その憐れな者とは、リクオが来たことにより夫のセクハラ行為に対する怒りを"なんとか自重"した椿に今の今まで叩かれていた鴉天狗である。

 鴉天狗にとって昔より総大将の突拍子のない行動は日常茶飯事ではあったが、いつも変わらずに、だがしかしいつも以上に何があるのか分からない故に身構えていた鴉天狗は、皆の前で妻に叩かれ続けていた鬱憤を晴らすが如く大きな声をあげる。

 

「総~大将~!一体今回の総会は何が目的なのですかっ!?これだけの妖を集められるなど......。我々一同何の詳細も受けずにこの場に居るのです!料理などにうつつを抜かさずに早くお教えになってください!」

 

 鴉天狗の最もな言葉に皆首は振らずとも頷く様な感じを見せる。

 

「おお鴉天狗や、回状まわしてくれて感謝するぞい。それと濡鴉、お前もよう来てくれたわい。相変わらず夫婦円満の様で何よりじゃ。じゃがあまり鴉を叩いてやるなよ?これ以上ちんまくなって周りを飛ばれちゃ鬱陶しいからのう。はっはっはっ」

 

 鴉天狗の言葉をぬらりと交わしながら椿に話しかける総大将。

 

「総大将!!何を訳のわからぬ事を言っておられるのですかぁ!」

 

 しかし即座に鴉天狗から横槍が入れられる。

 ちなみに総大将の言った"ちんまい"とはそのままの意味であり、毎回実家に帰る度に椿に叩かれ搾られる鴉天狗は現在手のひらサイズ程に小さく可愛らしい。

 妖怪としての畏れを高めればかつての人と同じ程度の大きさに戻るのだが、二代目襲名以降お目付け役としての板がしっかりついた鴉天狗がそれを行う事はめっきり減った。

 さらに本人の鴉天狗は椿に叩かれる度に自分が小さくなっているという事を自覚していないため、椿による愛を受けないという事もないまま今に至るわけである。

 

 明らかに分かりそうなものではあるはずなのだが......本人も特に問題は無さそうだしそこだけは"鳥頭"だから仕方ないと、総大将以外皆椿の飛び火を恐れて見て見ぬふりである。

 

「あーったく五月蝿い奴じゃのう......分かった分かった。分かったからそう急くでないわい鴉天狗」

 

 ふう、といつの間にか手にしていた高級感ある煙管で一息着く総大将。ただ吸って吐くという単純な仕草だが総大将がやれば其処らの喫煙者とは比べる程もないぐらいに様になる。

 また何か言いかけた鴉天狗であったがその風情溢れる仕草により再び座敷の空気が整い、いよいよ本題に入る事を察し押し黙る。

 

「さて、それじゃあ気になってしょうがねぇって奴ばかりじゃろうから長ったらしいのは抜きにして本題に入るとするかのう。今宵集まってもらったのは他でもねぇ、"宴"をするためじゃよ」

 

「なっ!?宴......ですか?」

 

「そうじゃ。今宵は祝いの席じゃ。この意味がわかるか?」

 

「まっ......まさか総大将!遂に......!?」

 

「ぬ?」

 

 鴉天狗が驚愕に顔を染めると同時、ざわりと動揺に包まれる座敷内。

 その中でも特に動揺しているのは奴良組幹部とリクオ達である。

 

「おいおい、まさか本当に若が三代目襲名か?こりゃ儂の予想が当たったかのう」

 

「なっ......!?じ、冗談じゃねぇぞ!」

 

「なんと!?遂にリクオ様が!?」

 

「きゃー!遂にリクオ様の晴れ姿をお目にできるのですね!......あれ?でも赤飯は確か炊かなかったような......」

 

 狒々の一言から始まり、各々が総大将の祝いの席と聞き前々より進展のない三代目襲名についての祝い席と"勘違い"し座敷全体に動揺が広まる。

 

 これはリクオも危惧していた事であり、前々よりリクオが総会に出る度に現状の奴良組を憂いた発言から三代目の話に移行する。

 本人は継がないと言ってはいるものの、総大将がそれを認めないため、幹部達から哀れみや疑心、怒りや侮蔑の視線に晒されるうちにリクオは総会が嫌いになったのである。

 

 今回も本当は出る気はなかったのだが、総大将から"絶対"に出ろ、と三代目の件は関係ない、と言われていたため重い腰を上げたのだが......もしかして騙されたのかと思いその口を開く。

 

「お、おじいちゃん!今日は三代目の話は無いって言ってたのに......!それに何回も言ってるけど、僕は三代目を継ぐ気なんてないからね!」

 

「なっ......!?いけませぬリクオ様!今日は奴良組の全頭目方が居られるのです。そのような発言をなさっては......」

 

「やはりあれが噂の......」

「なんと......まさか本当に人そのものであるとは」

「総大将は無理矢理リクオ様を継がせるおつもりなのだろうか」

「あんな奴が次期三代目か......奴良組も地に落ちたのう」

「うきゅ......メシ......」

 

 リクオの言を発端に座敷に居る妖怪達がさらにざわつき三代目に関する事を思い思いに話し始める。

 数が数なだけに座敷全体が喧騒に包まれる中、呆れた様子を感じさせる総大将が"流れ"が傾かぬように指示を出す。

 

「ええい!黙らんか貴様ら!まったく......どいつもこいつも困ったもんじゃ......管狐」

 

「御意。......筆鑢・睡」

 

 総大将に呼ばれ頷いた管狐がその懐から真っ黒な筆を出した瞬間、管狐の持つ筆から淡い靄が放たれた。

 靄は瞬く間に座敷全体に行き渡り、それに包まれた妖達は先の喧騒が嘘の如く静かになりどこか虚ろな目をし始める。

 

「なっ!こりゃ管狐の妖術か......ふぅ、気が"無理矢理"鎮められるな......」

 

「こりゃまた強引な......弱い奴は呑まれたの。まあかなり抑えてあるようじゃが......本気なら儂ら以外皆落ちる程強力なのに小妖怪共が眠らない程度のむず痒い程度に抑えるたぁ、相変わらず器用な事じゃ」

 

「うむ。当然じゃが呪いも乗せられてはおらぬな。相も変わらぬ便利な畏れじゃのう管狐」

 

「......」

 

「無口なのも変わらんな......」

 

 奴良組元幹部、関東妖狐会大取締役の大老管狐が使ったのは管狐の筆を用いて発する妖術。

 本来は竹筒にある墨と共に用いる事で対象に様々な呪いを与える管狐の技、畏れなのだが、今回は騒がしい空気を鎮めるためだけの睡眠術である。

 ちなみにこの管狐、大老であるが容姿は幼子程に若く小さく、背負う竹筒は身の丈以上ある。滅多に喋らないが声は高く、中性的な顔に狐の半面と見ただけでは性別は分からない。

 総大将によると性別は一応男らしいのだが、管狐が主にコミュニケーションをとるのは総大将のみなので実際のところ真意は不明だ。

 

「静まったな。ご苦労、もうよいぞ管狐」

 

「御意。......解」

 

 辺りが静まるのを確認した総大将が再び管狐を呼ぶ。名を呼ばれただけだが、まるで意思疏通しているかのように明確に総大将の意図を把握している管狐が解術の言と共に術を解く。

 術を解くと辺りの靄は瞬時に晴れ、ふらふらとしていた妖怪達の目に光が戻る。

 皆管狐の"黙れ小僧共"という念が込められた靄に当てられたため、術が解けても妖怪達は静かだ。

 

 ちなみに皆術にやられて気付いていなかったみたいだが、リクオは最初に少しふらついただけで以後問題は無い様子。

 中級妖怪とされる者に酔いがまだ残る中、それだけで済んでるリクオは管狐の畏れに対し中級妖怪並の耐性を人間状態で持っているという若干人の域を出ている。

 

「まったく、ワシは祝いの席とは言ったが三代目に関する事など一言も言っとらんじゃろうが。それに組継がせるつもりはあっても、発展途上なリクオにいきなり任せるなんてことせんわい。良くて正式な三代目候補じゃ。狒々も分かっておろうに」

 

 管狐により静まった妖怪達を見下ろしながら総大将が続きを話し始める。

 

「はっはっはっ。いやぁ総大将の事じゃからのう?いつもみたく驚かせてくれると思ってな。すまんかったの」

 

 悪びれた様子もなく狒々が笑う。

 

「で、では総大将此度の総会......」

 

「お前らが考えてるような事とは全くの別件じゃよ。急ぎとはいえ詳細を省いたのは失敗じゃったかのう。まあじゃが安心せい狒々。期待通り驚く事ではあるからのう」

 

「な、なんだじゃあ僕達の勘違いか......。でもおじいちゃん、三代目就任とか関係無く祝いの席って......そんな驚く様なことって今日何かあったっけ?誰かの誕生日とか?」

 

 はぁ、と焦りから安心へと顔を緩ませたリクオが疑問を口にする。

 鴆が不機嫌を隠そうともせず眉間に皺を寄せるがリクオは気付いていない。

 

「リクオや、長命な妖怪がいちいち自分の生まれた日祝うわけないじゃろう。もっとでけぇ話じゃ」

 

 そう言って顎を擦りニヤリと笑う総大将。その顔は酷く楽しそうである。

 そして奴良組の妖怪達が静かに耳を澄ます中、遂に今回の総会の発端、その元凶の名が主より語られた。

 

 

「いいかおめぇらよく聞いとけよ?吉報じゃ、"真鬼(しんき)"がやっと起きよった。もうすぐ此処に乗り込んでくるぞい」

 

 

 総大将よりその名が語られた直後、再び座敷内は先程より大きな喧騒、畏れの嵐に包まれた。

 

 

 

 

 月明かりに照らされたとある岩場。

 月見草揺れるどこか幻想的なその場所には、幾つかの影がその白き花と共に揺れ動いていた。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 

「もう行かれるのですね......」

 

「ああ、さっき"唇襲"から伝ってきてな。もうすぐ全員集まるらしい。本当はもう少しお前らと居たいとこだったが......まあまた会えるしな。久々の本家だ。暫くは向こうでやってくさ」

 

「兄さん......俺ァ......」

 

「良いって、何も言わんでも分かってるから。両方俺に任せとけよ。なに心配ないさ、リクオが主として一人前になれれば何も問題はねぇ」

 

「すまねぇな......兄さんばっかりに......」

 

「はぁ~......ったくお前は"あの時"から女々しくなりやがったなぁ。何回も言う様だが俺がお前のために動いてんのは好きでやってる事だ。それにお前は俺にちゃんと"強さ"示したんだ。貸しでもなんでもねぇ、胸はって自分誇れよ。女が泣くぞー?」

 

「ああ......本当に恩に着るぜ、兄さん」

 

「ふっ、おうよ。だが"瑠人(りひと)"も勘ぐってるし本家も荒れてるみたいだからな......少しばかり苦労しそうなのは確かだな。まあ"仕込み"は"50年前"に終わってる。早く、とはいかねぇだろうがもう少しの辛抱だ。時が来るまで昼寝でもして待ってるこったな」

 

「ちょっと真!もう喋ってる時間無いわよ!早くしないと総会に遅れちまうよ!まったくもう......」

 

「おいおい別れの挨拶の途中だぞ?"娘"に会いたいのは分かるがそう急かすなって」

 

「馬鹿!!会いたいんじゃなくて会わせてやりたいんだよ!」

 

「おうおう分かった分かった。分かったから怒るなよ。本当にお前は可愛い奴だな」

 

「なっ!?ななななっ!?うぅ......もぉー!にゃから不意討ちは卑怯だって毎日言ってるでしょばかぁー!うわぁーん真愛してるー!うぇええーん」

 

「は、走って行ってしまわれましたね......」

 

「はっはっはっ。ほんに可愛い奴だ」

 

「ひゅ~熱いねぇ兄さん羨ましいぜ。姐さんも"愛してる"なんて尖ってた頃が嘘みてぇだ」

 

「ははは、そうだろうそうだろう。俺らは相思相愛だからな」

 

「ふふ、羨ましいです」

 

「だってよ。二人きりの時間は後少ししかないからな。お前も悔いのないようにたっぷり可愛がってやれよ」

 

「はは、んなこたぁ兄さんに言われなくたって分かってらぁ。俺は女泣かせるような男じゃないからな」

 

「けっどの口が言ってんだか。本当に気障な野郎だなお前は」

 

「......さて、それじゃそろそろ本当に行くとするかね。......いいかお前ら、何回も言うが次会うのは"全て終わってから"だ。あいつらに感づかれたら全てがパーだからな。"門"も"黒"も"白"も使わねぇ。今からが戦争だ。もし危険な状況に陥ったなら護符使って"焔"のとこに行け。あいつなら時間ぐらいは稼いでくれる」

 

「ああ分かってるって。ここまでしてもらったんだ、もう二度とへまはしねぇよ」

 

「そうか、それならいいんだ。......よし!じゃあ行ってくるわ!きをつけろよお前ら!またなっ!」

 

「ああ......!頼んだぜ兄さん」

 

「ご武運を......」

 

 

 

 

 

「..................行っちまったな」

 

「はい......」

 

「どうした?兄さんの事が心配か?」

 

「はい。だって起きたばっかりなんでしょう?私達のためにあれだけ無理をなさったというのに......。あの方にもしもの事があったら」

 

「ははは、そりゃ心配しすぎだよ。確かに兄さんの力がどれくらい戻ったか分からねぇが兄さんの事だ。"もしも"なんて事があってもそんなもん笑いながら軽くぶち壊しちまうだろうさ。それは兄さん近くで見てた俺らがよく知ってる事だろ?」

 

「はい......。そう、ですよね。あの御方ならきっと大丈夫ですよね!」

 

「そうそう、俺らは兄さんに言われた通りゆっくり昼寝でもしてりゃいいのさ」

 

「ふふふ。はい、ゆっくりとお昼寝いたしましょう」

 

「よしっ!んじゃぁそうと決まりゃあとっとと帰って寝るとするか。生憎とお天道様は顔出しちゃいないがお月様は元気よく笑ってやがる。好きな女の膝で寝りゃあいいー夢が見れそうだ」

 

「ふふ。はい、なんなりと」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。