ぬらりひょんの孫*鬼   作:若禿

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菓子より甘き鬼の指

「な、なんですとぉ~!?」

 

 総大将の一言に鴉天狗が驚き、それに続き大妖怪とされる者、力なくとも歳を重ねた妖怪達が驚愕する。

 

「なっ......!本当ですかい総大将!?」

 

「ほお、まさか紫鬼(しき)様復活の知らせたあ、確かにびっくりじゃな。こりゃ期待してた以上じゃぜ総大将」

 

「そうか紫鬼様が目覚められましたか......それならばこの宴も納得ですな」

 

「成る程、それで私が......」

 

「紫鬼様......」

 

「なんと!?紫鬼様が......そうかそれは目出度い!」

「紫鬼様が居られれば百人力だ!」

「これで奴良組も安泰じゃな」

「紫鬼......?誰だそいつ」

 

 皆が口々に"紫鬼"とまくし立て盛り上がる中、いまいちこの異様な程上がった雰囲気に着いていけていない者達も居た。リクオもそんな中の一人で可愛いらしく首を傾げている。

 誰かしら、それもかなり慕われている人物が久々に此処へ来るという事だけは把握したリクオは、総大将へ単純な疑問をぶつける。

 

「おじいちゃんやけに皆盛り上がってるけど、その真鬼さんと紫鬼さんってどんな人なの?妖怪っていうのは予想着くんだけど......僕一度もそんな名前聞いたことないよ?」

 

「ぬ?おおそういえばリクオには話していなかったのう。そうじゃのうどこから話したもんか......」

 

 リクオの疑問に唸り考え込む総大将。その時今まで黙したまま静かに佇んでいた者が口を開いた。

 

「......総大将、話の腰を折るようで恐縮ですがどうやら丁度此方へ参られたようです。ここは一旦ご本人を交えてから昔話に花を咲かせる方がよろしいかと」

 

 静かな、しかし内に力を感じさせるように話すこの男は奴良組幹部、牛鬼組組長の牛鬼。かつて人間であり、親を殺された怨みから鬼を喰らい鬼になったかの有名な梅若丸伝説の当人である。

 

「ん?おお言われてみりゃ微かに感じるなあいつ特有の気配が。ふっ、昔から誰よりも早く気づくのう牛鬼や。やはり同じ"鬼"じゃからかのう?」

 

「私ごときが同じ鬼を語るなど恐れ多き事。あの御方こそが真の鬼。いくら完璧に抑えようともその強大さは隠しきれないものです」

 

「わーったわーった。相変わらず慕っておるのう。で、出迎えは?」

 

「若菜様が是非にと」

 

「そうかい、ならワシが行かんでもよさそうじゃな。さておめぇら聞いた通りじゃが真鬼の奴が来たようじゃ。今日の宴は真鬼の目覚め祝いとあいつが寝てから組入った奴、代替わりした奴との顔合わせを兼ねた席じゃ。ワシの"兄弟"分じゃからな。くれぐれも真鬼を怒らすような真似はするなよ。せっかくの料理が屋敷ごと消えるのは嫌じゃからの。はっはっはっ」

 

 恐らく冗談であるのだろうが、怒らせれば屋敷が消えるという言葉を聞いて青くなるリクオ。リクオの脳内では古来より伝承にある恐ろしい鬼の像を超える何かがマッスルポーズを決めている。

 奴良組にも何かと鬼を名に持つもの、鬼を宿す者は多く、リクオの側近である青田坊もかつて鬼に堕ちた破戒僧であり身長は優に七尺を超える。脳みそまで筋骨隆々な男なのだが情には厚い。

 妖怪にも位があり、高位とされる力ある妖は人と同等かそれ以上の知性がある事をリクオは知っているはずなのだが......どうやら今は余裕が無いらしい。脳内の鬼は巨大化し浮世絵町を焼きつくしている。

 

 リクオが馬鹿な妄想をする中、紫鬼が来たとの知らせを受けて小妖怪ら雑多妖怪は料理には手をつけていないが席を立ち既にお祭り騒ぎである。本来総会時に騒ぎ立てるなど恐れ多い行為ではあるのだが、総大将より既に総会という名目で集められた宴との話は出ているので幹部ら重鎮達も何も言わない。むしろ一緒になって騒いでるかのような陽気な軟らかい雰囲気を纏っている。

 

 そんな皆の雰囲気に落ち着いたのか、恐怖から緊張へと気を静めたリクオが改めて周りをを見渡す。どこを見ても本家でよく顔を合わせる妖怪達は勿論、外から集まった妖怪達も皆が心から喜んでおり、リクオは真鬼、紫鬼なる妖怪に興味が湧く。

 楽しそうだなあと自然と笑みがこぼれた時、ふと氷麗の姿がリクオの目に留まる。おかしな事に目に映る氷麗には座敷に集まる前のような普段の明るく元気な雰囲気は影も形も無く、感情を隠すかのように顔を俯かせ肩を震わせていた。

 

「つ、氷麗......?どうかしたの?」

 

 様子のおかしい氷麗に心配になったリクオが話しかける。

 首無ら他の者も氷麗の様子がおかしい事に気付き目を向ける中、氷麗はリクオの言葉に応えることなく立ち上がり座敷の襖を乱暴に開け放ち飛び出した。

 力を使ったのか、氷麗の居た辺りには冷気が漂っており近くに居た妖怪達が肌寒さに少し震える。

 

「ぬお?どうしたんだ雪女の奴ァ」

 

「さてのう。しかし宴の席といえ総会は総会じゃ。顔合わせという名目もある。紫鬼様がもうすぐ来られるというのに抜け出すのは感心せんな」

 

「堅いのう達磨。誰だって急に催す事ぐらいあるじゃろう。黙って見ないふりしてやるのが漢ってもんじゃ」

 

「お主ら......憐れ雪女......」

 

 三の口により、特定者の"話が行き渡る"ようになっている中、要らぬ恥を雪女に被せる幹部ら狒々達。

 そんな中何かを思案していた総大将がハッと顔を上げ、次に渋い顔をしながら心配そうな表情のリクオに話しかける。

 

「そういや雪ん子にゃ......。リクオや、てめぇの百鬼のもんが気になるってんなら追いかけた方が良いぞ。ああ、それとなんじゃが追いかけるなら湯持って行ってこい。恐らく玄関口に居るじゃろうがおもしれぇもんが見れるぞい」

 

「え......?おじいちゃんそれって一体......」

 

「ええい良いからはよ行かんかい。雪っ子が心配なんじゃないのか?」

 

「う、うん!よく分からないけどお湯持って玄関だね?ちょっと行ってくるよ」

 

 そう言って騒いでいた"湯鳴らし"というヤカンの妖怪を掴み座敷から出るリクオ。

 

「うりゅ......?う、うりゅりゅ!?うりゅ!う、うりゅ~!」

 

 氷麗の事で頭がいっぱいなリクオに掴まれ揺すられる事により、鳴き声と共に口からお湯を溢しながらもがく湯鳴らし。

 しかし悲しきかな。取っ手を掴まれた湯鳴らしには最早中のお湯が溢れないように短い腕で口を押さえるしか為す術はなく、悲痛な鳴き声を上げながらそのまま連れ去られるのであった。

 

 

「して総大将。リクオ様に仰られていた面白いものとは一体」

 

 紫鬼の名が出てから少し雰囲気の柔らかくなった牛鬼が愉しそうな総大将に尋ねる。

 

「ん?気になるかい牛鬼。ならぁ教えてやろう。面白いもん、それはな......"鬼の氷像"じゃよ」

 

 牛鬼を見て総大将がニヤリと笑った時、奴良組に誰かの叫び声が木霊した。

 

 

 

 

 総会にていきなり氷麗が飛び出した時より遡ること数分前、闇に染まりし関東の大空を一線の影が通り過ぎる。その線は瞬きをする間には消えており、その様はまるで流れ星の影の如く。

 勿論その影の正体は妖怪であり、その名も"陰縫車(かげぬしゃ)"。朧車よりも何倍もの速度で駆ける事のできる高位妖怪である。

 

 そしてそんな陰縫車に乗る者こそ噂の鬼、伝説や神話とされる"黒紫鬼無双(こくしきむそう)"の怪の本人羅刹鬼(らせつおに)黒紫鬼無双、名を真鬼もしくは紫鬼である。

 しかし鬼と謳われているが紫鬼の頭に角は無く、背は六尺弱に黒髪黒目、体躯も少し太い程度のものであり如何にも"普通の人間"という容姿だ。

 紺色の着物を着崩し小さな桜の花弁と鬼という文字があしらわれた羽織と、赤い紐で腰に結ばれた瓢箪を纏う姿はどこか妖を感じさせるが、逆に言えばそれ以外に妖と感じる要素はない。

 

 この妖にして妖らしさを感じさせない紫鬼ではあるが、これでも奴良組で最強として知られていた妖怪であり、そしてまた奴良組73団体の中で最強と言われる守り手、高尾山地底にて居を構える"鬼王(きおう)組"の"元組長"である。

 義兄弟である総大将が魑魅魍魎の主となってからは表だって動くことはあまり無く、知っての通り訳あって50年の間眠っていた事と、これまた訳あって表には出てこない鬼王組により半ば奴良組内においてもその存在が稀薄になっていた訳だが今回漸く眠りから目覚め本家へ出向いている最中だ。

 

 腕を組みながら目を瞑り揺れの無い籠にて本家到着を待つ紫鬼であったが、窮屈な籠の中で何もせず待つのが退屈なのか、迎いにて座る"もう一人の妖"に話しかける。

 

「もうここか。後数分もすれば着くな。流石の速さ......といいたいとこだがこれじゃあ寝られねぇ。もどかしい時間だなー......。どうだ雪麗、飴でも食うか?」

 

 どうしまっていたのか、懐から壺を取りだし中から茶色い飴玉を差し出す紫鬼。

 

「嫌よ!その飴不味いもん!というかなんであんたは話切り出すときにいつもその飴取り出すのよ!」

 

 そう言って頬を膨らますのは陰縫車に乗るもう一人の妖怪、雪女の"雪麗(せつら)"である。

 かつて奴良組本家に仕えていた古参妖怪であり、現在高尾山にて暮らす紫鬼の"妻"である。

 

「いやぁ俺お菓子ってこれぐらいしか持ってないし」

 

「お菓子ってそれ二日酔いに効く薬でしょ!苦いし何か舌ひりひりするし......そんな不味い飴たくさん持ち歩く物好きなんてあんたとぬらりひょんぐらいよ!まったく」

 

「ははは、すまんすまんちょっとした冗談だよ。ほら、お前の好きなわり氷だ。これ食って機嫌直してくれ」

 

 これまた懐から菓子を取り出す紫鬼。そのまま頬を膨らました雪麗の口元へと運ぶ。

 

「あむっ......馬鹿、あるなら最初から渡しなさいよっ......」

 

 紫鬼の指ごと口に加えた雪麗が頬を染めながらそう言う。

 すっかり、というか元から怒ってない雪麗はもじもじとしながら紫鬼の手元に残っている菓子を見つめる。

 言葉にせずともその意味を理解している紫鬼は先程と同じように指で摘まみ雪麗の口元へと運ぶ。そして雪麗もにへへ、という感じで口元を緩ませながらゆっくりと菓子を咀嚼する。

 

 もうすぐ氷漬けに遭う事も知らずに暢気にいちゃつく伝説の鬼。

 

 陰縫車駆ける闇深き夜の空には菓子何かよりも甘い甘い空気が漂っていた。

 

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