Fate/Grand Orderの世界の話。

カルデアから去ってしまったマスターは一人旅をしていた。

グランドオーダーの、その後の物語。

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Fate/Grand Orderの終わった後の話です。
妄想てんこ盛り、Fateの設定にも明るくないので、ご不快に思わせてしまったら申し訳ありません。
あと、最終章ネタバレに、なるかもです。

宜しくお願い致します。

あと、別名義で出してましたが、こちらにも出してみます。


星空を見上げて

「ふむ。こういう時に何を言えばいいのか。私ほどの頭脳とこれまでの経歴を考えても、ちょっと難しい。いや、むしろ、だからこそなのかな」

 至高の天才は、決まりの悪そうに笑ってそう言っていた。 

「そうだね、まず私が言うべきことがあるとすれば――ありがとう。君のおかげで私も楽しい日々を送ることができた。あとは――お疲れ様。世界に多くの英雄譚、神話はあれど、世界を救った回数で言うなら君は間違いなくトップクラスだ。今まで多くの苦労はあったと思うけど、それは十分に誇っていいことだ。胸を張っていい。まぁ、君の性格からすれば、そんなことはしないかもしれないけどね」 

 その言葉には苦笑いしか出なかった。本当に、そう思ったから。

「受肉したわけではないけれど、ほとんど第二の生を送らせてもらった。その中で、唯一にして最も大きな後悔は、君に何も残せなかったことだ。君はあまりに記憶や記録に残らない戦いに臨みすぎていた。心ばかりの位があっても、君は名誉欲に溢れてもいないから、それが君を癒せるものではないだろう?」

 いや、そんなことはない。あの思い出たちだけで、十分に報酬に値する。

 そう返すと、むっとした表情を、彼女(いや、彼?)はした。

「そういうとこだよ、私が後悔しているのは。君はあまり欲がないけど、それは何も辛いと思わないということではない。飢えや痛みや、寂しさに耐えられるということにはならない。君は前に進むことができる人間だ。けど、これからは誰もその歩みを支えられる人間はいなくなってしまう。いまや、マシュもロマニも、私すらいなくなってしまうのだから」

 ゆっくりと、体が薄くなってゆく中で、寂しげな表情をさせてしまった。

 それはひどく申し訳なかった。

「いや、なに、君を責めたいわけではないんだ。ただそればかりが心残りなだけで。君の戦いの歴史はとても長く、それが故に私たちは良い関係を築くことができた。そしてだからこそ、私は心配なんだ。君が孤独を感じることにならないかと。寂しくないかと。今回の戦いの前に消えてしまうことになる私はそれにもわずかばかり申し訳なさはあるんだけど、きっと君なら乗り越えられると信じている。だからこそ、私はそれだけが後悔なんだ。ねえ、君はこの先のことをどう考えているのかな?」

 その問いにどう返したか。

 答えを知る前に夢は覚めてしまった。

 ゆっくりと覚醒し、電車でうたた寝をしていたことを認めると、嫌でも分かってしまう。もう遠い記憶となった思い出の幻想から、誰もいなくなってしまった世界に戻ってしまったのだと。

 

 あのファーストオーダーから、もう何十年も経った、ある昼下がりのことだった。

 

◆◆◆

 

 幾度も繰り返したレイシフトから離れて、もうどれだけの時が経ったのだろう。十年目から先はもう数えていない。それまでは定期的にカルデアに訪れることもあったのだが、刻み込まれた思い出の数々は古傷のように沁みて、新しく入った職員や後進の姿はまるでここに居場所はないと告げられるようで、いつからか足は遠のくようになった。

 ドクターの私物の数々や、マシュのカルデア内の制服も多分まだ残っているのだろうけど、その直されていない服たちを見るたびに、失われたものを強く感じてしまって仕方がなかった。

 カルデアから離れてからは、何かから逃れるように旅をした。彼らとの旅は決して悲しいものではなかったと証明するためのように、自分の奥底から聞こえてくる声に駆り立てられるように、世界中を旅した。線路を駆ける車輪のように、休むことなく歩み続けた。

 幸いなことに、辛いと思うことはあまりなかった。培われた経験は、整備された世界での旅においては持て余してしまうくらいで、漫然と日々を送っていると自分が何者だったのか忘れてしまいそうになる。

 ふと、自分の右手を見る。

 右手に刻まれていた赤い刻印は、生涯消えることはないと思っていたのに、今やその傷跡しか残らない。燃えるような輝きを放つあの令呪はもうこの手にはない。右手に残るその跡だけが、自分が仕事を全うしたと感じることが出来る唯一のものとなっている。

 強いてあげるとするならば、あとは、体の不老化だろうか。魂も精神も肉体も酷使し、自分でももう長くないとは分かるのだが、しかし見た目には老いはない。初めてカルデアを訪れた時とほとんど変わらない。

 終わりへと向かう体だ。本来ならば労わって、少しでも長く生きる努力をすべきなのかもしれない。マシュがこんな旅をしている姿を見たら、小言では済まないだろう。

 こんなロクデナシを真摯に慕ってくれたあの後輩に、今の情けない姿などとても見せられたものではない。

 しかし、もう疲れてしまったのだ。心は今にも折れてしまいそうで、残り少ない寿命を更に擦り減らしてしまうことに躊躇いなど抱けない。

 甲高いブレーキ音が聞こえ、電車はゆっくりと速度を落としてゆく。

 今日はここでいいかと思って席を立ち、少ない荷物を持つ。持ち上げた古着のジャケットのボタンが取れかかっていて、直さないと思うけれど、そう最初に思ってからもうずいぶん経つ。結局手を付けていない。

 降り立ったのは、北欧の小さな町だった。人通りもまばらでちょっと大きい時計塔くらいしか特徴的なものはなく、片田舎という表現がぴったり似合うような町だ。

 こういう所だと観光客や余所者もあまり立ち入らないから、それを狙ってくる人間も少なく、そういう客向けへの露店なども少ない。

 けれど、花売りの少女はいた。いつの間にかすぐそばに立っていたその少女は、こちらをじっと見つめ、花籠の持ち手をぎゅっと握る。

 ポケットに手を入れて、硬質なそれをいくつか見繕って少女に手渡す。するとそれだけでその少女は花のような笑顔で笑って、状態の良さそうなものをいくつか差し出てくれる。それを受け取り、そのまま少女にこんなことを言った。

「この近くで宿屋はないかな?」

 一瞬キョトンとした表情をした少女だったが、やがて合点がいったように頷き、手を引いて歩き始めた。

 案内されたのは小さな民宿のようなそれで、少女と別れて宿に入る。主と思しき老婆はやたらと無愛想だった。

 宿に泊まりたい旨を伝えると、一本のカギをカウンターに置いて、

「二階の一番奥」

「ありがとう」

 そんなことを返すと、ふんと鼻を鳴らされた。

 渡されたカギでドアを開け、自分の荷物を置くと、そのままベッドに横たわる。外観や主の接客態度の割には、布団はカビの臭いがしなかった。

 木造の古臭い天井を見て、目を閉じる。瞼の裏にはいつもあの後輩が笑顔でいて、先輩と優しく声をかけてくれる。

「マシュ……」

 そんな言葉が口から洩れる。

 あぁ、いつまでこの果て無き旅を続ければいいのだろう。あの後輩の温かな声を最後に聞くことができたのはもうずいぶんと昔の話で、繰り返されて擦り切れてしまって、彼女の声をきちんと思い出すこともできなくなってしまった。

 たぶん、その声が使い果たされてしまった頃だろうか。自分のことを彼女の先輩として、などと思えなくなってしまった。

 それはひどく悲しいことで、もう捨て去ってしまいたいのに、瞼の裏の後輩はいつまでも、声ではない声でこちらを呼び続けてくる。

 それに後押しされる様に、それから逃れるように、車輪の旅は終わらない。

 

◆◆◆

 

 カルデアのことはたまに夢に見る。

 しかし、それはたいてい在りし日のものではなく、みんながいなくなってしまった後のカルデアだ。

 そこには苦労があり、事件があり、決別があり、笑顔と出会いがある。

 それが一層昔日の記憶を刺激し、胸を締め付ける痛みが強くなる。

 見知った職員も先日この世を去ってしまった。もう、あの日々を知る人間はいないのだ。そう考えてしまって仕方がない。

 あの旅の日々に後悔はない。別れを思い返して辛くなるのは、先立った者への不敬だろう。

 けれど、そこには確かに喪失がある。

 それに対して何も感じない程、心は強くあれなかった。

 

 誰かに揺り起こされ、目が覚めた。

 枕元を見ると、先ほどの花売りの少女がこちらを心配そうに見ている。手をついて体を起こすと、冷汗が布団をしっとりと濡らしていることに気づく。あと、よほど奥歯を噛みしめたのか顎が痛い。

 どうやらこんな少女に気を遣わせてしまったらしい。

「ごめんね、大丈夫。どうかしたの?」

 そう言うと少女は首を横に振り、代わりに服の裾をしきりに引っ張ってくる。どこかに連れていきたいようだが、よく知りもしない人間を連れていきたい場所とは、どこだろう。

 なんとなく興味が沸いたのでついてゆくことにした。

 階段を降りると、先ほどの主がまだいた。こちらを一瞥して、またふんと鼻を鳴らすと、頬杖をついて興味がないかのように目を閉じる。

 しかし、外に出るために扉に手をかけると、

「今夜は新月だ。気をつけな」

 と声をかけてくれた。

 外に出ると、寒々しい空気に触れる。外で待っていた少女はこちらの姿を見ると、真っ直ぐに歩き始めた。

 月明りのない新月でも、星の光で足元は見える。しかし、少し先を歩く少女は、輪郭くらいしかわからない。どこに連れていかれるのか。ぼんやりと考えながらついてゆく。

 こんな夜に、名も知らぬ少女と町中を歩く。思えば、誰かと行動を共にするというのも、ずいぶん久しぶりだ。状況の奇妙さも相まって、なんだか愉快な気持ちになる。

 少女が足を止めたのは、町にある時計塔の前だった。あまり利用されていないのか、扉はやや錆びついているように見え、夜であることもあって不気味な雰囲気だ。

 しかし少女は迷いなく扉に手をかけ、ずんずんと進んでゆく。ついてこない心配など、まるでしていないらしい。

 少女について階段を上り、最上階まで行くと大きな鐘が目に入る。少女はそれに見向きもせず手すりのほうへと向かう。そのまま少女についてゆき、空を見上げて、

 ――言葉を、失った。

 そこには、満点の星空があった。

 日本とは少し異なる天の川も、北極星も、名も知らぬ小さな星々も、どれもこれもが眩しいくらいに輝いていて、月のない夜空を照らしている。

 その淡く、頼もしい光の数々は久しぶりに見た気がする。もちろんそんなことはないはずなのだが、すっかり意識から外れてしまっていた。いや、長い旅路の中で。改めて星空を見上げることなどなくなったというほうが近いだろうか。

 忘れてしまっていた。星空がこんなにも美しいのだということを。

 それを思い返すほどに、この空は美しかった。

 確かに、流星群や月食が見れたわけではない。世界にはもっとしっかりと星を見ることのできる処もあった。

 しかし。

 名もない夜に、小さな町の中で見るものであっても、この光景は強く強く、胸を打って仕方なかった。

「どう?」

「すごいよ。うん。ほんとにすごい……」

 少女の小さな声に、それしか返せなかった。

 それが面白かったのか、少女はクスクスと笑った。

「そう。いくら私といえど正直な話ちょっと自信がなかったんだけど、その顔を見れて安心したよ」

 それが、その少女が喋ったとは一瞬、分からなかった。

 振り返り、少女の顔を見ると、そこにはあの花のような笑顔ではなく、いたずらっぽい笑みがあった。

 その笑みに強烈な既視感を覚える。そう、この表情はよくよく慣れ親しんだあの人の顔をやたらと想起させる。

 やや間をおいて、とりあえずこんなことを口にした。

「……至高の天才といえば?」

「おやおや、そんな愚問を投げかけるのかい? そんなのは決まっているさ。万能の天才、科学や芸術に留まらず、並ぶ者なき才能の塊といえば史上振り返ってもただ一人。そう、レオナルド・ダ・ヴィンチ以外いないだろう!」

「……え、本当にダヴィンチちゃんなの?」

「そうとも!」

 晴れやかな笑顔でそう答えると、少女の姿をしたその人は、あの懐かしい笑顔を作って、

「久しぶりだね。万能の天才・ダヴィンチちゃんに会えなくて、寂しかったかい?」

 そうだ。この笑顔、この口調、この自信。

 何度も面倒ごとを持ってきて、何度も呆れさせられ、そして何度も救ってくれた、あの天才のものに他ならない。

 本当にダヴィンチちゃんなのか。

 困惑する気持ちもあれど、これまで突拍子のないことばかりしていたダヴィンチちゃんならこれくらい、わけないことなのかもしれない。

 けれど、まずはツッコミを入れねばなるまい。

「なんで少女の姿なの?」

「おお、よくぞ聞いてくれた。前回の私はモナ・リザの姿をベースに作ったわけだけど、折角の再登場に同じ姿だとつまらないじゃないか。そこで新しく少女の姿をデザインしたのさ。書き下ろしというやつだね。まぁ、モナ・リザという生前の代表作に対して、死後の新作というわけだ。可愛いだろう?」

「そうですね……」

 相変わらずなようだ。それでこそダヴィンチちゃん。

 確かに、天才が作ったに相応しく、かわいらしい姿だと思う。そんなことを言って胸を張る姿は確かに可愛い。けれど、その中身がダヴィンチちゃんと思うと、前回よりもギャップが激しく、やはり困惑する気持ちは拭えない。

 ただ、その困惑はひどく懐かしかった。

「ふふ。安心したよ。最後に会ったのはもう随分と昔だし、変わってしまったのかとも思っていたんだが、君は私の知っている君のままだった」

「何も変わってないってことは、ないよ」

 そう返し、ダヴィンチちゃんと別れてから、カルデアを離れてから自分がどんな生活を送っていたか伝えた。カルデアに向き合うことが辛くなってしまったこと、数えきれない時の間旅をして何かを失ってしまったこと、夜空の星々の美しさすら忘れてしまったこと。全部話した。

 失望されるかもしれないと思ったが、話を聞き終わったダヴィンチちゃんはただふーん、と頷くだけだった。

「なるほどねぇ。これはちょっと軽率な発言だったかな。でもね、私はそれでも変わってないと思うよ。確かに君は旅をし続けることで星空の美しさを忘れてしまったかも知れない。自分というものに対して胸を張る自信がなくなってしまったかもしれない。でもね、君の長所というのは、そういうところではなかったと私は断言する」

 変わらないその自信満々な言葉に思わず少し笑ってしまう。自分自身では分からないけど、この天才ならば、確かに知っているかもしれないなと思わされるから。

「長所?」

「そう。君の長所はね。素晴らしいものを素晴らしいと思うこと。何を忘れてしまっても、何を知らなかったとしても、君は自分が良いと思ったことを、良いときちんと言える。それが君の長所であり、君という人間だ」

「なんだか、普通なことのような気がする」

 正直な感想を漏らすと、ダヴィンチちゃんは綺麗に片眉だけあげてみせた。

「普通? とんでもない。君はカルデアで人類最後のマスターとなったね? あれは半ば強制的なものだった。でも君はそんなことなど悩みもしないで、理不尽に命を奪われることを防ぐとか、助けることばかり気をもんでいた。与えられたタスクであるかないかなんて気にもしないで、純粋に目の前の『そうしたほうがきっと良い』ことばかりに目を向けていたんだよ。正直、あの在り様はかなり奇特なものだったと言える。だからこそ、あの個性豊かな英霊たちは君と契約して、そして、ロマンすら救っていたんだ。きっとね」

「そう、なのかな……」

 しばらくぶりにこんな風に言葉をかけられた。ただそれだけで、こんなにも満たされることもまた、忘れてしまっていた。

「これを長所と言わずしてなんとする。いや、私が保証しよう。星空を素直に美しいと思えるそれは、君の長所と言っても申し分ない、素晴らしい性質だ」

 そんなことを胸を張って言われる。それだけでこんなにも胸の奥が暖かくなる。

 今まで多くの肩書を持つことすらあれ、それを誇りに思えるようなものは正直、あまりない。ただただ目の前のことに注力し、歩けるだけ歩こうと思っていたら、そういったところに行き着いてしまっただけの話だ。

 確かに、他の人が経験したこともないようなことは多くあった。

 英霊を助けることもあれば、助けられることもあった。

 とある少年の、英雄としての萌芽、開花に立ち会うこともあった。

 反英雄の苦悩を見ることもあった。

 怪物の怪物たらんとする矜持に胸を打たれることもあった。

 しかし、それよりもなお。

 ただただ、普通の人々の魂の輝きを見ることがあった。

 確かに、苦労ない旅はなかった。自分が人間から離れてしまう感覚。多くの出会いと、それに伴う別れ。悲劇に見舞われた人々の叫び。

 直視したくない現実の数々は、とても忘れることはできない。正直に言ってしまうと、その数多の現実に直面することは怖かった。

 しかし、今日見た小さな町の風景を思い出すだけでも、自分が何故向き合うことができたのか思い出すことができる。

 少年の笑顔がある。店主の精いっぱいの呼び込みがある。忙しなく家事に勤しむ主婦の姿がある。

 それは誰もが当たり前の姿で、何よりも尊いものだった。

 例え苦渋の選択を迫られていても、悲嘆に暮れていても、大きな喪失を抱えていても。闇夜のような絶望の中にあっても、ただ日常を生きている人々は星のように儚く、眩しいくらいに輝いていた。

 あの姿を素晴らしいと思うことが、誰のためでなく自分のためにあの素晴らしい光景を求めることが自分らしさだというなら、確かに自分は変わってないと言えるかもしれない。

「ありがとう」

「なぁに、親愛なる我が友人に、これくらいは安いものさ。そもそも君は私に最後に言っていただろう? ほら、君のこれから先のことをどう考えているって聞いた私にさ」

「…………」

「なに? 覚えていないのかい? あのね、君はこう返したんだよ。『特に何も』ってね」

 ああ、思い出した。ダヴィンチちゃんの最後、消えゆく彼女にこれから先のことを問われた、あの時だ。

『特に何も』

『おいおい、それはあまりに無体に過ぎる回答じゃないか。君はこれからかなり大変な思いをするはずだぜ。それは試練だけじゃない。すべてが終わった後には、全てが終わった感覚が間違いなくやってくる。それなのに何も考えてないってことはないだろう』

『んー、でも、今までも特に何も考えてなかったから。きっとこれから先も何も考えないんじゃないかな』

『…………』

『ただ目の前に起きたことに全力で向き合うことしか出来ないから。何か考えるとしたらその後だよ。寂しいなら、その寂しさが終わった後に考えるだけだと思う』

『ふふん。そうか。確かにそれは君らしい。私達がいなくなった後の回答としては満点には届かないけど、及第点くらいはあげよう』

『ありがとう。まぁ、強いて言うなら旅でもしようかな。寂しさに挫けてしまうまでは、世界を見て回って、できることを探してゆくと思う』

『そうかい。それなら精々君の旅に幸あることを祈っているとしよう』

 そう言うと、ダヴィンチちゃんは綺麗に消え去っていた。

 いつか夢に見た続きを思い出して、少しスッキリする。

「そんなこともあったね」

「そう、だから君が旅をし続けているのは見て分かったからね。私からすれば、変わっていないと思えてしまったんだ。目的を失ってしまっていても、君は旅を続け、見知らぬ少女の笑顔を見て、嬉しそうに笑っていたんだ。変わってないなと思っちゃうってもんだぜ」

 そういえば、ダヴィンチちゃんから花を買っていた。思い出して、少し気恥ずかしくなる。自分がどんな表情をしていたか覚えていない。

「そんなことは、ないと、思う」

「ハッハッハ。そうかいそうかい。相変わらず頑固だね。では、そんな君に最後のダメ押しといこうじゃないか」

「ん、ダメ押し?」

「はい。ダメ押しです」

 幻聴かと思った。

 その声はもう二度と、聞こえないはずの声だった。ダ・ヴィンチちゃんのほうから、階段のほうへと顔を向ける。

 そこには、彼女がいた。

 

◆◆◆

 

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 記憶の中にいるそのままの姿で彼女はこちらに声をかけてくれた。

 鼓膜に響く声は、懐かしくて温かで、本当に現実かと思ってしまうほどに心地よいものだ。

 それは瞼の裏にこびりついたものよりずっと鮮やかに、そして確かに目の前にあった。

「ってあれ、えと、あれ? ダヴィンちゃん、反応がないのですが、私、何か失敗してしまったんでしょうか?」

 恐る恐るといった様子で、眼鏡の少女がダ・ヴィンチちゃんに話しかける。ダヴィンちゃんはそれに笑って、

「いやいや。違うよ。君の登場はグッドタイミングだった。けれど、そうだねぇ。世の中には良過ぎるということもある。そのせいでこうして固まってしまっているわけだ」

 それに対して、懐かしい服に身を包んだ少女は慌てる。

「わ。わかりました。登場からやり直してきます!」

「まぁまぁ、待ちたまえよ。とりあえず落ち着いて、もう一度声をかけることから始めてみよう」

「はい、分かりました。頑張ります」

 ぐっと可愛らしくこぶしを握り、彼女がもう一度こちらに顔を向ける。瞳の色すら懐かしく、けれど、うまく言葉にできない。

「先輩」

「……うん」

「お久しぶりです、マシュ・キリエライトです。覚えて、頂けていますでしょうか?」

 その謙虚な姿勢すら変わらないマシュの姿がそこにはあった。

「うん」

 何を聞いているのだろう。

「もちろん」

 こんな健気で、努力家で、慎ましく、けれど時に勇気ある後輩のことなど、

「忘れるわけがない」

「ふふ。それは光栄です」

 そう言って、マシュは嬉しそうにほほ笑んだ。

「さてマシュ。君の愛しい先輩はどうやら自信を失ってしまったらしい。だから元気づけてやってくれ」

「そうですか……。自信、ですか。分かりました、頑張ります」

 そう言って真っすぐこちらを見るマシュの瞳に、ちょっと気まずくて目をそらす。面と向かって自信をつけられるというのは、それに年下の後輩の女の子にとなると、なんだかとても恥ずかしい。

「というか、そもそも先輩は、何の自信がないのでしょうか?」

「正面から聞いてくるね……」

 しかし、問われてみれば、やや言語化が難しい。先輩らしくなんてないということは前から思っていたことだし、先輩らしさなんて見せられたことなどほぼ皆無だ。かと言って、漠然と、マシュの先輩を名乗れないと思ってしまっている。

 強いて言うなら――

「えと、なんとなく」

「そうですか。それは深刻ですね」

「深刻かな」

「はい。尊敬する先輩が悩んでいるというならそれは一大事ですし、原因が分からないというならそれは深刻な問題だと言っていいでしょう」

「それは、どうだろう」

 マシュもマシュで相変わらずだ。

「えと、先輩は私の先輩であることが、嫌なんでしょうか」

 そんなことはあり得ない。大事な後輩だ。マシュの先輩であることが、嫌なわけがない。

「では、私としては問題ないのですが……」

 そうだろうか。自分のことばかり考えてしまう、ダメな人間なのだが。

「はい。先輩がご自身のために自分らしくして頂けていれば、間違いなく私の先輩です。ご安心ください」

 そう言って愛しい後輩は笑いかけてくる。

 なんと根拠のない言葉だろう。無根拠に、愚直に、そして真摯に、この後輩はこちらのことを信じてくれている。

 けれど、思わず笑ってしまった。それだけ真っ直ぐな気持ちを向けられてしまったら、拒むに拒めない。その期待に、応えたいと思ってしまう。

 そうだ、この後輩がそう言うなら、信用する他ないのだ。

 ただただ優しいこの少女の気持ちを裏切るなんてこと、どうせ自分にはできないのだから。

「うん、ありがとう」

「いえ、私が先輩のお力に少しでもなれたなら良かったです」

 そう言うと、マシュはこちらの手を掴んだ。

「では先輩、早速ですが、行きましょうか」

 突然の言葉に首を傾げる。何の話かわからないといった顔をすると、マシュのほうも何故分からないのかという顔をする。

 しばし見つめ合い、ダヴィンチちゃんに顔を向ける。すると悪びれもせず笑顔で彼女は言った。

「ああ、すまない。まだ説明はしていないんだ。マシュから端的に伝えてくれ」

「もう……。あのですね、先輩、世界の危機です」

 またか。

「はい。またです。今回は七人の反英雄による、人類の現代から未来に渡る人理改変です」

 ああ、この感覚は、ひどく懐かしい。唐突で、予想外で、定番のパターンだ。

 マシュの言葉に、自分の状況を伝える。

「力になりたいのは山々だけど、もう令呪も消えちゃったし」

 そう言う途中から自分の右手に熱を感じた。慌てて見てみれば、懐かしい赤い刻印が右手に戻っている。

「令呪も戻ったね」

 ダヴィンチちゃんが楽しそうに言う。

 しばし令呪を眺め、マシュのほうを見ると、申し訳なさそうにこちらを見上げている。

「あの、先輩がどうしてもというなら、無理強いはできないのですが……」

 マシュがそう言うと、令呪のほうも色が薄くなってゆく。どうやら今回はある程度マシュに決定権があるらしい。

「マシュは、どうして欲しい?」

 そう聞くと食い気味に可愛い後輩は

「先輩と一緒に、行きたいです!」

「じゃあ、先輩として断るわけにはいかないな」

 「先輩」だなんて簡単な言葉だと言われるかもしれない。でも、この後輩にそう呼んでもらえるならば、残り少ない寿命などあってないようなものだ。

 そこで、やたらと自慢げに笑っていたダ・ヴィンチちゃんが一つ咳をした。

「さて、話も纏まったところで、正式にオーダーを伝達しよう。ファイナルオーダー・人理保護の発令だ」

 今回が最後の旅になるだろう。もしかしたら途中で尽きることもあるかもしれない。

 けれど、どうしても願わずにはいられない。

 どうか、どうか。この愛しき後輩に末永く先輩と呼ばれるようにと。

 

 

 




お楽しみいただけましたでしょうか。

封印指定とか、魔術協会のあれこれとかは、色々考えてカットしちゃいましたが、どうでしたでしょうか。

脳内設定的には、英霊の残滓を行使できるとか、マスター礼装がブレスレット型に圧縮されているとか、五感が鈍くなり始めてるとか、あったんですけど、カットです。

また機会があればよろしくお願いします。

感想とか頂けたら、うれしいです。一言だけでも!

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