銀行が吹っ飛んだ。
今回は繋ぎ回。
ストーリーに大きな進展はないです。
「ダルい……」
七月十七日、その昼下がり。
うだるような暑さは午前から留まることを知らず、思わずポツリと愚痴が漏れる。
学生が集う街であるここ、学園都市は常に科学の最先端を行くが、残念なことに気候を自在に変えられるまでには至っていない。その代わり、学園都市では
学校を出て灼熱の陽射しのもとで、更には欠伸が漏れる。
振り返ってみれば、昨日のちょうど今頃だろうか。
たまたま連続発火強盗に遭遇した吉良は一夜明けて、完全に寝不足だった。
「あづい……」
今日の学園都市は昨日と比べても随分な暑さで、太陽の自己主張も随分と激しい。
昨日も日は照っていたが、それでも夏にしては涼しめだった。
これなら大丈夫だとクーラーを消してから寝たのだが、どうやらそれが間違いだったらしい。
目が覚めれば感じたのは不快感、続いて倦怠感に疲労感。ロクなもんじゃない、と吉良は思う。
おかげでいつも真面目に受けていた授業も終始上の空。内容は全くといっていい程身につかずに何度か注意され、小萌にもクラスの三バカにも心配されてしまった。
――ああ、それもこれも全て風紀委員ってやつのせいなんだ。
誰に言うでもなく、吉良は内心で溜息をついた。
というのも、事の発端は昨日の昼過ぎだ。
前述したように、銀行にいた吉良は件の強盗事件に不運にも巻き込まれてしまった。
これはいい。単なる偶然だ。
まさかの人質に大抜擢されたときは吉良自身死んだ魚のような眼をしている自覚はあったが、それもまぁ仕方ない。誰だって自分が突然拳銃を突きつけられる、なんてまるで洋画みたいな状況の被害者になると思って生きてはいないだろう。
だからこそ、この後が問題だった。
(なんであんなことしたんだよ俺……)
今から思えば、その時の吉良は相当に苛立っていた。
昨日は単に日用品を捜すために繁華街へと向かっていただけといえばそれまでだが、そういったウインドウショッピングが吉良は好きだった。
だからこそ午後をエンジョイするために予定を立てたのだが、それにも関わらず降って湧いたのは強盗事件。吉良の自由時間が刻一刻と消費されていく中で大声を上げて喚く強盗を見て――これ以上ないくらいに感じたのだ。
ただ、学校で寝ていた上条への怒りとは比べ物にならないレベルで―――本当に癪だと。
気付けば吉良の思考は「早く終わってくれ」から「どうやったらこいつらをブチのめせるか」へと変わっており、ちょっとしたアクシデントはあったものの強盗の一人を完全に鎮圧させて見せた。いや、鎮圧してしまったのだ。
ちょっと考えればわかることだった。
一般人が犯罪者相手とはいえ攻撃を行ってしまえばどうなるか。
『ちょっとお話を伺ってもよろしいですの?』
吉良の脳裏に、赤っぽい茶髪のツインテールを揺らした少女が浮かんだ。
あの時、助けた風紀委員の少女――初春飾利と名乗った彼女の無事を確認し、周囲の利用客らを安心させるために落ち着けさせていたところで、その声の主は現れた。
始めは本当に話を聞こうとした程度だったのだろう。状況を把握した彼女は吉良に事の経緯を話してほしいと頼んできたのだが――飾利の話を聞いて、その表情は一変した。
吉良よりもはるかに小さい身長から放たれた威圧感はとてもではないが年下とは思えないもので、まるで『ゴゴゴゴ…』といった擬音が聞こえてきそうな程。あの時は本当に心底震えあがっていた。
有無を言わさない笑顔を張り付けたままの彼女――白井黒子にコクコク、と首を縦に振れば、彼女の所属しているらしい風紀委員活動第一七七支部。通称一七七支部へと通され……かなり長い事情聴取とお叱りを頂戴した後、吉良は帰路に着くこととなった。勿論のこと、その日の予定をすべて潰して。
いや、何となく吉良も自身が悪いことは認めていた。あの行為は正当防衛とはいえ必ずしも行うべきことでは無かったし、極論すれば別の利用客を死の危険に晒す可能性だってあった。
『――ですが、それでも初春を助けていただいたことは事実ですの。本当にありがとうございました』
しかし、白井黒子は吉良に対して最後にそう締めくくった。まるでお手本のようなお辞儀と共に。
フォローが上手いと言えばいいのだろうか。見事に落として上げられた吉良だが――素直に嬉しいと思ってしまったあたり、やはり自分は単純らしいと頭を掻いた。
(……まぁ、それにしても)
それはそれとして、問題のシーンを思い出す。
余計なことを口走ったという自覚はあった。
一七七支部での事情聴取において、ではない。
それより少し前。現場での、拘束が解けた後に強盗へ向けて言った台詞だ。
『射程距離は2m』
『キラー・クイーンは触れたものを爆弾に変える』
はぁ、と再びため息が漏れる。
あの時、吉良が口走ったのは犯人の気を反らすための真っ赤な出鱈目――ではない。
一応恐怖を煽ることが目的としてあったことは間違いでないが、それでも他に使えるような台詞はあっただろう。
例えば――――
「お前は既に死んでいる……とか」
周囲に人がそれ程歩いていないことを確認して、軽くポーズをとって口に出す。
「……無いな」
似合っていないことを秒速で理解する。
明らかに、吉良のキャラではなかった。
キラー・クイーン。
いつの間にか吉良の横に現れ立つようになったソレを、いつしか吉良はそう呼んでいた。
覚えている限りでは、初めて見たのは四歳の頃。家のリビングで遊んでいたときのことだ。
自身より少しだけ背丈の高い獣人のような見た目をしたソレは気が付けば吉良の横に立っていたが、喋りかけても何も返さず、握手を求めても全く動じなかった。
全く反応をせず、ただこちらを見ているだけ。
不思議と不気味に思ったりはしなかったものの、反応してくれないことに機嫌を悪くした幼い日の吉良はその獣人に対して一言だけ、
『どこかへ行っちゃえ!』
変化は一瞬だった。
獣人が少し悲しそうな顔をしたかと思うと、辺りに夜闇の色をした煙が巻き上がり――それを纏った獣人は気が付けば、跡形も無く消え去っていた。
その時の吉良は泣いたりもせず、ただ茫然としている間に両親に心配されて寝かしつけられたが、
『また、来たの?』
翌日、吉良の目の前には昨日のままの獣人が立っていた。その次も、またその次の日も。
相変わらず獣人は何をするということも無かったが―――――そのうち、吉良は気付き始めた。
この獣人は自発的には動かないが吉良の言うことを、あまりに現実的でない命令でない限りは確実に実行すること。
触れたものを爆弾に変えてしまうこと。勿論、解除も可能だが。
そして―――――これは吉良以外には見えていない、ということを。
それから十年と少し。
吉良は学園都市に住むようになり、今年の春から高校生になった。
身長は170を少し上回る程度。争い事が嫌いなことは昔から変わらない。
キラー・クイーン。猫耳の様なものを携えた獣人も昔からずっと吉良より少しばかり背が高く、気付けば180cmの大台を超えつつありそうだ。
そして何より、このキラー・クイーンはこの10年余りで最も吉良が信頼する存在になった。
学園都市で暮らしていても相変わらず視える人間は見つからず、その上ちゃんとした能力だと判定すら受けていないものの――――まぁ、それもいいかと吉良は思う。
一切表情を変えないが、それでも紛れも無くこの獣人は吉良の半身だ。
そして、だからこそ。その扱い方も吉良はよく分かっている。
(……バレたら解剖モノだな)
何せ天下の学園都市。奇人変人の集まる街といっても差し支えないだろう。
ちゃんとした能力として扱われていない、というよりそもそも気付かれていないのだが―――これがバレた時に起こることなんて一つしかない。培養液行きだ。
いや、前例が無いということで生かされる可能性もあるだろうが――
(何にせよバレないに越したことは無い、か)
はぁ、と三度目の溜息。
相も変わらず太陽は元気で茹で蛸になるほどの暑さだが、
「――――よし」
パチッと軽く頬を叩いて気合を入れる。
昨日が一日潰れてしまった分、今日やることは山積みだ。
ゆっくりと、それでいて確かな足取りで吉良は繁華街へと向かっていった。
「あー……がー!全ッ然!資料がまとまりませんの!」
「白井さん、休憩しましょう?紅茶要りますか?」
「……頂きますの」
いつも通り――と言えばいいのだろうか。
間もなく夕暮れ時になろうという頃、風紀委員活動第一七七支部ではたった今も書類に四苦八苦しているツインテールの少女、白井黒子の怒りを含んだ悲鳴が上がっていた。
黒子と同期で風紀委員の試験に合格し、今ではこの支部の情報処理をほぼ一人で行っている初春飾利も初めこそこの悲鳴に若干辟易していたが―――今ではもう慣れたもの。
いつもと変わらぬ表情でやかんからティーポットへとお湯を注ぎ、紅茶の準備を始めていた。
「昨日の連続発火強盗の件ですよね?もう解決したんじゃないんですか?」
「事件そのものは解決しておりますけど……少し引っ掛かることが」
「引っ掛かることですか?」
黒子の言葉に、飾利はわかりやすくハテナマークを頭上へ浮かばせた。
飾利の主観ではあるが、昨日の連続発火強盗は被害もそれほど大きくならずに解決できたのではないだろうかと考える。
美琴の超電磁砲によって路面が焼けてしまったり、飾利がほんの一時ではあるが犯人に拘束されてしまったりしたが、それでも無事に解決できたのだ。始末書以外に悩むような事柄があるとは思えないが―――
「あの男ですのよ。昨日、初春を助けた男」
「吉良さんですか?えーと、フルネームは吉良吉陰さん。学校は特に有名どころでは無いようで、能力は大能力の
「それですの!」
黒子の疑問に答えるために飾利が近くにあった資料を取って流し読んでいると、待ったとばかりに黒子の制止が入った。
「そもそも、念動使いというのは本当なのでしょうか?」
「え、でも
「偽造、という可能性も。過去にそういった例があったとは聞いていませんけれど、無くはないことですの」
黒子は始末書や報告書、その他もろもろを書き上げる為に昨日から今日にかけて長い時間書類と格闘してきたが、その中でどうしても気になる節があったのだ。
というのもそれは、
「拳銃、ですか?」
「正確には強盗の一人が持っていた、が付きますの」
黒子が飾利に向けて提示したのは、昨日の事件で吉良と対峙した強盗が持っていた拳銃の写真だった。
飾利の用意した紅茶を受け取り、一口飲んでから黒子は話を進める。
飾利や周囲からの証言の内容は黒子の頭に入っているが、共通して話していたのは「拳銃がいきなり壊れた」ということだった。
この吉良という少年の能力は大能力の念動使い。一見、能力を使用して破壊したように思えなくも無いが―――
「この拳銃、引き金以外はほとんど新品に近い状態でしたの。しかも肝心の引き金の留め具辺りは綺麗にそこだけが無くなっていて、ごく小さな爆発痕のようなものも発見されましたわ」
黒子も爆発物に詳しい訳ではないが――一般常識の範疇で考えても、誰にも気付かれずに尚且つこれだけ小さい部品の周囲のみを爆発で吹き飛ばすことは出来ないだろう。そう、能力でもない限りは。
だが、吉良吉陰の能力は念動使いだった。
書庫によれば、周囲2mの物体をある程度の重量までなら自在に動かせる能力――となっているが、そうなると辻褄が合わないことになる。例え精密動作によって破壊できたとしても、それなら爆破痕の残る理由が説明できない。しかしながら別の人物がやった可能性も、周囲の証言と爆破の正確性からほぼあり得ないと断言出来た。
しかも爆破となると――――もしかするとこの連続発火強盗だけでなく、最近話題に上がっている虚空爆破事件に関与している可能性さえ出てくるのではないだろうか。
「うーん………」
「と、取り敢えずその吉良さんについては置いておくとして、先に書類整理を済ませた方がいいのでは――」
「それはそうなのですが……はぁ、わかりましたわ。疲れているのは確かですし、早いところ書類整理の方を済ませてしまいましょう」
言うが早いか、黒子は手に持っていた紅茶の入ったティーカップをコトリと置いて、乱雑にまとめられた紙束と睨めっこを開始。飾利もその様子を見届けてから、持ち場である数台のモニタが置かれた机へと腰を下ろして作業を開始した。
――――直接話を聞きに行くのもアリ、ですの。
完全に作業に没頭しきる前に黒子はもう一度だけ、自身が嫌疑をかけている吉良吉陰の姿を思い出す。
黒子より20cm前後高い身長に、とてもではないが害の無さそうな落ち着いた顔。
だが、その雰囲気と彼の取った行動はあまりにもかけ離れているのも、また事実。
幸い、事情聴取の際にそれらしい理由をつけて連絡先は入手してある。
近い内……早ければ明日にでも連絡を取ってみることにしよう。
そう考えて、黒子は意識を再び書類の山へと落としていった。
(追記)
文中で表現を間違えたりルビを振り忘れていたところがあったので少しばかり分の方を修正いたしました。
それと誤字報告の方、ありがとうございます。
ランキングを見ると、日間の総合とルーキーの方にこの作品の名前が。
滅茶苦茶嬉しいです。読んでいただいた方、評価や感想を下さった方本当にありがとうございます。
少しずつ要望に沿えるようなものを書いていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
まる。