ロビンの何気ない日常、徒然   作:シャーウッドの管理人

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ロビンとマメールのおはなし

 冷たく鋭い風が、眼前の木の葉と髪を揺らす。

 樹上に構えた射手、ロビン・シャーウッドにとってその二つは区別されるものではなかった。清廉なる森の空気を肺一杯に吸い込んだ彼は既に森の一部だ。身体は枝で、血液は風、ただその眼と両腕だけが彼の個としてそこにあった。

 左の腕に備えられた仕掛け弓の弦を、右の腕で捕まえて絞る。眼に映る標的に矢が向けられた。

 

「――っ」

 

 呼吸を意識的に乱し、リズムを作った。瞬間、身体は個を取り戻す。

 隠密し、森に紛れる木々の一つより。悪しき存在を穿つ一人の男へと。

 びゅうと風を切り、矢が放たれた。彼はそれを意識する事すらない。ロビンがロビンである限り、その動作は乱れる事はない。

 矢が辿り着くまでの数瞬の間、ロビンは改めて標的を見た。悪辣の笑みを浮かべた何の変哲もない人間だ。何十、何百と処分してきた悪と変わらない姿。

 

 物語の世界は、人の心の世界。ロビン・シャーウッドという正義が紡がれる事もあれば、悪しき登場人物が現れる事もある。悪役(ヴィラン)と呼ばれる大物が現れる事もあるが、大抵はただの悪人程度だ。

 登場人物(キャスト)にもなりきれぬその他大勢(モブ)として世に出た悪意。小さな妬み嫉みを元にした彼らを狩るのはロビンの日常だった。

 

 心の中で反芻したのは数瞬。故に、矢はいま的中する。

 神筆使いがいる現実ならば目を背けたくなるような光景になってしまうらしいが、ロビンはそれを知らない。モブの頭部に向かった矢は、ぞぶりとその身体を貫いて世界の色彩へと返した。

 この世界を彩る空気や土へと還るのだ。これが物語の世界での死だった。恐らく、ロビン・シャーウッドというキャストとして呼ばれた自分は経験する事が無いものだ。

 キャスト同士の模擬戦では痛みはあれど致命的な傷を負う事はないし――ヴィランとの戦いで後れを取るつもりはない。

 

「さて」

 

 森から人となったロビンはようやくと立ち上がった。怜悧な瞳に、人並みの柔らかさが灯る。

 仕掛け弓が音を立てて閉じると共に、静かに、枝を傷つけないように飛び降りる。

 森を友として生きた『物語』としての記憶があるロビンにとってそれは容易く、そして当然の事だった。

 

「マメール嬢への報告にでも行きますか」

 

 

 ***

 

 

 磨き上げられた大理石の床にブーツの音は高く響く。見上げるばかりの本棚はその列を数えるのも億劫になるほどで、複雑な螺旋階段でさらにそれが積み重なっていく。確かな明かりはあるが光源は知れない。真上に見上げても、遠すぎて光しか見えないのだ。

 この図書館に来るたびにロビンは異界にでも迷い込んだ気分になる。なるほど、これが普通の人が知らない森に迷い込んだ時の気持ちなのだろうな、と。

 心がざわつくような静寂の中しばらく進むと、本棚と本棚の間から人影が現れた。

 

「あら、ロビン・シャーウッド。順調なようですね」

 

 『本当の物語』と神筆使いを結びつけるこの図書館の司書、マメールだった。図書館以外で見掛ける事はないのでその人となりはあまり分かっていない。ただ、穏やかな知性のある女性だなとロビンは思っている。

 この世界について確かな事は、実はロビンにも分かっていない。気が付けば物語――自分の生涯についてそれなりの記憶を持ったままこの世界に来たのだ。自分が物語の登場人物だという事も驚くほど素直に受け入れられた。そして神筆使いと出会い、たまに模擬戦などもしながら気ままに過ごしている。

 マメールの微笑に、同じくロビンも笑みで返した。

 

「えぇ、マメール嬢。森に巣食っていた盗賊たちを討ち果たした所ですよ。キャストの方々との戦いに比べればあの程度、容易い事です」

 

 その言葉に大きな意味はなかった。ただあいさつ程度のもの。

 しかし、その言葉でマメールの表情に少し陰りが生まれる。

 

「ロビン・シャーウッド……あなたは戦いに明け暮れていますね。戦うために呼び出されたとはいえ、少々の息抜きは必要ですよ」

 

 またお説教か、とロビンは眉を顰めた。心遣いはありがたい事だが、こうして咎められるのは少々気分が悪い。自分に非があっても、だ。

 この気持ちを何と言えばいいのだろうか……と、そう。考えている内、神筆使いの言葉が浮かんだ。

 

「『お前は俺の、母ちゃんか』」

 

 途中まで噴き出さずに言い切った自分を褒めてやりたい。が、もう限界だ。

 くく、と含み笑いが抑えきれないロビンを前にマメールはぽかんとしている。

 

「えぇ、いえ、すみません。確かに、他のキャストの方々に比べて休んでいないように見えるかもしれませんね。少々気忙し過ぎたかもしれません」

 

「見える、ではなくそうなのですよ。いいですか、身体の疲労はなくとも心は疲労していきます。あなた達のそういった所に気を配るのも私の役目なのですよ」

 

 冗談で言ったが、確かに彼女は「母ちゃん」かもしれない。最後に一つ笑い、ロビンは顔を引き締めた。

 生来の気質から柔らかい表情を浮かべる事の多い彼だが、そうしていると瞳は鋭い。ともすれば彼が嫌う悪と同じぐらいに。

 

「私も息抜きはしますよ、友と酒盛りもすれば街へ繰り出し酒場へ行く事も、森の友と月見酒をしたりね」

 

「結構ですがお酒は控えるように」

 

「酒ばかりなのは冗談ですよ。まぁ、それはともかくね。こうやって気ままに戦うのは……なんというか、性分なのです」

 

 ロビン・シャーウッドにとって正義とはただ、当然行うものでしかない。

 今回だって、街を歩いていると盗賊の話が聞こえてふらりと森へと向かっただけなのだ。ただ少し予定外の買い物をするだとか、その程度の事に過ぎない。

 そういう我慢が嫌いなのだ。手間や危険というリスクだけで自分の考えを曲げたくはない。そうやって自分を抑えている方がよっぽど心が疲労してしまう。

 ロビン・シャーウッドとは冷酷なまでに悪を憎む絶対正義ではなく、こういった子どもじみた頑固さを持つ青年だった。他人の話は聞くし、他人の事を慮って行動する事も出来る。ただ自分の事となるとどうにも縛られたくはないのだ。

 自然のままに、流れるがままに。心の向く方向に矢を向ける。それがロビンの義賊としての流儀だ。

 

「はぁ」

 

 怖いぐらい真っ直ぐな瞳の奥に、その頑なさを感じたか。マメールは溜め息を吐き、根負けをしたと言わんばかりに居住まいを正した。

 相好を崩したロビンに、マメールも諦めたように微笑む。

 

「分かりました、あなたには無粋なようですね。ただし連絡は入れるように……それと」

 

 す、と指を立てて。

 

「美猴さんが呼んでいましたよ。息抜きはする、と言うのならば行ってきなさい」

 

「あぁ、彼か! そういえば珍しい酒が手に入ったと言っていたな!」

 

「お酒は控えるように」

 

 ぺしり、と嗜めるように頭をはたかれた。

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