ロビンの何気ない日常、徒然   作:シャーウッドの管理人

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ロビンと美猴のおはなし

 周囲の喧騒が消えるようにロビンは錯覚した。だが違う、自分がその喧騒の一部として溶け込んでいるのだ。

 射手は戦場を選ばない。慣れ親しんだ森でしか矢を放てないのならばただの無能――しかし、ロビンは無能ではなかった。

 ブーツが木の床を踏み締め軋ませる音も、仕掛け弓に張られた弦がキリキリと鳴く音も、そして自らの衣擦れの音さえも、全てを捉えて喧騒へと消していく。

 

「すーっ……」

 

 息を吸った。酒と煙の香りが鼻をくすぐる。

 腕と眼だけになったロビンの唯一に映るのはきらきらと鏡のように光を跳ね返す酒瓶だった。宝石のように輝く御伽の国の酒瓶は、自らを見つめるロビンの表情を跳ね返す。

 切れ長の瞳の青年が、怜悧にひたむきに前だけを見ている。その瞳の奥の心を自分だけが知っていた。

 いや、知っていると言えるのだろうか? 「何故だかここにいた」と言う事しか分からない自分に? 自らの心の奥というものは、本当に自分が認識している範囲だけのものなのだろうか。もしかすると御伽の国にいる自分はただ誰かの空想で、考えているという事すら糸で操られた人形のように踊らされているだけなのかもしれない。そう、例えば神筆使いなどに。

 自我なんてものを認識出来るものなのか。自我とは一体何なのか。人間ですら辿り着けないその答えを、登場人物(キャスト)などが辿って何の意味があるのだ。

 

 そのような思考も、ロビンにとっては雑念足りえなかった。耳に喧騒が戻ると共に矢は放たれ、テーブルで囃し立てる人の波を縫って飛んでいく。

 宝石のような酒瓶は見事その真芯を射抜かれ、この酒場を星のきらめきで賑わせた。物理法則、なんてものが曖昧な御伽の国ではまま起こる事だ。

 

「よーぅ、ロビン! 酔いどれ共の足の間を縫って的中たぁ、相変わらず大した腕だぜ! 敵には回したくねぇなぁ、こいつは!」

 

 酒臭い息を吐いて囃し立てるは、同じくキャストである美猴だった。人並み外れて毛深い、というより人より外れた妖怪である大男だ。

 今は腰に吊るした瓢箪ではなく、酒場のマスターが出したブランデーをちびちびとやっている。彼にとってのちびちびち、だが。

 彼の吐く息の前にマッチでも灯せばすぐさま燃え上がりそうだ。マッチ売りの彼女だけはこの場に連れてこないようにしよう、とロビンは苦笑する。

 

「えぇ、まぁ余興程度には。曲芸にはあなたより私の方が向いていますからね」

 

「キキッ、違いねぇ! 俺が暴れちゃ、酒の席も丸ごと吹き飛んじまうからな!」

 

 上機嫌で美猴は傍らのグラスに鷲掴んだ氷を放り込む。数個の氷がグラスの中で弾けて宙を舞うが、それには頓着せずに酒を注いだ。テーブルに半分ほどおすそ分けがいく。

 彼も歴戦の戦士だ、抑えようと思えばこのぐらいの酔いはなんてことない。だが彼自身その酩酊感を楽しんでいるのと……生来の大雑把さのせいだろう。

 彼のこういった所が、ロビンは嫌いではない。互いに我は強いが、尊重し合う事が出来る。

 

 友の注いだ酒を、ロビンは高らかに掲げた。

 

「では、えー……この美しい月夜と」

 

「射的王ロビン・シャーウッドの、新たな偉業に乾杯!」

 

 グラスが割れないよう、その乾杯だけは控えめだった。日々増えていく『射的王』の御業の数々を肴に、二人は一口舌を濡らす。

 口の中を満たすまったりとした刺激を楽しみながらロビンは窓から夜空を見上げる。適当に吹いた事だが、確かに今日の月は美しい。

 

 神筆使い達のいる世界では一日は24時間と決まっているらしい。一年と言うサイクルの中で、日の出ている時間と月の出ている時間もきちんと決まっているのだ。

 この世界では時間の感覚が曖昧だ。なんとなく気が付けば夜になっていたりするし、朝を望めば朝日が見えているような気もする。

 それが物語の世界に生きるという事なのだろう。人と同じ考えで生きるのは、なんというか、無粋だと思う。自分達の世界をあるがままに楽しまなければと。

 折角今宵の月は綺麗なのだから。先ほど矢を射る時に考えた細かい事など忘れてしまえばいい。

 

「あぁ、ところで美猴王よ。先日の模擬戦での動きなのですが、二分三十秒を過ぎたばかりの頃あなたの動きが」

 

「あーあーあー! まぁた始まったぜ! 折角の酒の席なんだからよォ、絡み酒はやめろって」

 

「何を言いますか、酒の席でないとあなたは捕まらないでしょう。いいですか、有利を取って調子に乗るのはいいですが十分な警戒をして」

 

 酒のおかげかいつもよりも余計に舌が回る。美猴もまた眉根に皺を寄せながらも、ちびりちびりと幾つめか分からない瓶を用意する。

 美しい月の夜は、穏やかに更けていった。彼らがそう望んだのだから。

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