ロビンの何気ない日常、徒然 作:シャーウッドの管理人
最近ふと気が付くと図書館に足が向く事がある。不自然の象徴のような、あまり立ち寄りたくはない場所に。
キャスト以外の住民はこの図書館には近寄らない。そういう風にこの世界が出来ているからだ。他の世界との境だというこの場所に、マメールが住むこの場所に、立ち入ろうと思うのはキャストだけだった。
どこまで続くとも知れぬ本棚、静寂の闇の中、ロビンの耳は確かに音を一つ捉えていた。それは大きな癖にとても密やかで、驚くほどに音がしない。石畳を叩く音よりも先に、それの身体がぐねぐねと蠢く音が耳に届いたほどだ。
恐らくは、自分の上にいる妹を気遣った動きなのだろう。
「ロビン、兄さんが心配しているわ」
第一声がそれだった。植物で組み上げられた生き物のような何か、彼女の言う『兄さん』の上に寝そべったキャストはエピーヌ。アイ・マスクをした少女は独特の価値観で物事を考える。
即ち、常に彼女の頭には『兄さん』しかいないのだ。良心的でおおらかな少女のようではあるが、それは『兄さん』と共にあるからだろう。
ロビンは苦笑し、彼女に向き直る。視線を合わせるのに見下ろさなければならないというのはいささか苦労する。彼女は目を晒していないが。
「あぁ、すみません……心配とは」
「あなた、最近変よ。お酒を飲んでいるか、生きている的を見つけては射殺す正義のお化けと大違い。まさか図書館に来るだなんて」
「いや、流石にそれは偏見では」
自分だって、神筆使いに借りた機械を操ったり、食事を作ったり、鍛錬をしたり、色々としている。色々と合間の時間は多いのだ。
……そう、合間の時間。自分は常にそう考えてきた。自分の赴くままに行う正義がない時間、彼女の言う生きている的がない時間だ。
自分のやりたい事、やるべき事は常にそれだったのだから。
「流石に、些か一本気過ぎたでしょうか」
「えぇ、機械のようだわ。兄さんだって凄いと言っている。そんなあなたが、どうして今更人間みたいな事をしているの?」
人間みたいな。それは、どうやら悪夢の悪童に関わったせいらしい。
思考が乱される。彼の事を理解し、彼の見る景色を見てやりたいという挑戦心が湧き上がってくる。自分と違う考えの彼を軽蔑する事も許容する事も出来なかった以上、ロビンの身にある衝動はそれだった。
きっと他のキャストだって、モブの人達だって、自分の考えを多く持っているのだろう。そういう話をするに向かないロビンに直接話はしなかっただけで。
自分の悩みについての見解を、彼女に聞いてしまっていいものだろうか。
彼女は快く答えてくれるだろう。だがそれを聞いてしまった後、自分は果たして自分でいられるのだろうか。正義を追い求めるだけの機械が人間になってしまったら、やるべき事は変わるのだろうか。
ロビンは、今の自分を心地よいと感じている。悪童への答えに嘘はない。なれば、この考えこそが悪で間違いなのではないか。怪しい誘いに過ぎないのではないか。
「凄い皺よ、眉間」
ここ、と『兄さん』がエピーヌの眉間を触手で差す。
その様子がなんだかおかしくてロビンは噴き出す。
「あら、なにかおかしかったかしら?」
「い、いえ、申し訳ない。勝手に、その、ツボに入っただけですので」
そうだ、今の笑いと同じ衝動なのだ。自動的に吐き出せないからこうしてもやもやと溜まっているだけで、一度抱いた衝動は自然に止められるものじゃない。
構うものか、と。ロビンは口を開いた。
「悩み、なのですがね。ナイトメア・キッドとここで逢いまして。彼は、この世界を人間が作った偽りで、操られているだけのものかもしれなくて、そして、その中でも自分が望まれない存在なのではないかと……そのように言っていました。私は私自身の存在に、なんら含む事はありません。ですが、彼に何も言ってやれない自分が、なんだか不完全で不出来で、変わらなければという気持ちがあり……」
とりとめのない言葉が次から次へと溢れ出る。自分の気持ちを素直に口に出したのはいつ以来だろうか、中々纏まらず口の先で右往左往するように言葉がふらふらと彷徨っている。
ふとエピーヌの方を見ると、彼女は口をあんぐりと開けていた。目元が見えないので表情が読みにくいが、驚いているのだろうか。
「驚いた、驚いたわ」
どうやら驚いているようだ。
だが、一体それは何にだろう。ロビンは思わず口を止める。
「ロビン、あなた、きちんと人を見て考える事が出来たのね」
また失礼な事を言われた。
だが、彼女の言葉は素直なだけで悪い事を言おうとしているわけじゃない。むしろそうでないとロビンの心にはきちんと届かないだろう。
「確かにあなたは誠実で礼儀正しいわ。でもね、あなたのそれは余所余所しいの。誰でもいいの。お友達とお酒を飲むときだってそうじゃないの? 兄さんだって、好きな人や話題はあるものよ」
それは確かにそうなのかもしれない。人といるのは楽しいが、誰といるのが楽しいという事はない気がする。
誰にだってロビンは同じ事をするだろう。求められれば、人々の笑顔が見えればそれでいいのだから。
ロビンのそんな部分を、皆は分かっていたのだろう。
「私は……どうするのがよいのでしょうか。余所余所しい、というのはあまり良い事ではないでしょう」
「でも、誰に対しても他人事のような誠実さを保てるのも美点というものよ。それに、それを変えようとするのはやろうと思って出来るものじゃない。何かをやりたい、と思えなければね。逆に、今そう思えているのならばやってみてもいいんじゃないかしら」
兄さんもそう言っているわ。
彼女はそう締めくくった。