ロビンの何気ない日常、徒然 作:シャーウッドの管理人
黒く、黒く、黒く、黒い! 果てしなくあるようでいて、何もないような、ドス黒さ!
心に思い描くのはそれだった。憤怒を、果てしなき憤怒を。必要なのは誰かに向けた一時の殺意なんかではない、慢性的で倦んでいる粘り気のある怒りだ。
世間に対する怒りを右手に。自分に対する怒りを左手に。振るう刃は高らかに。込める弾は念入りに。
それは身近にあるものだ。誰にだってあるものだ。ネガティブとされるものだ。良くない余分なものだ。どこまでも続くけれど奥深さなんて一つもない、救いようもない腐った感情だ。
人はそれを悪意や苛立ちと呼ぶ。少年はそれを悪夢と呼ぶ。
「消し飛びな!」
拳銃から放たれたのはそれだった。少年が心に秘めた『黒』は風の精霊の加護を受け、確かな威力となって敵を穿つ。
いずれヴィランと呼ばれるようになる獣の額に大穴が穿たれる。獣は数度もがき、そして世界の色彩へと還って行った。
「はっ、雑魚だ、どいつもこいつも雑魚揃い。司書サンとこで別世界の俺らを相手にしてた方が手応えあるぜ」
手の中で幾度か拳銃を弄び、少年はホルスターにそいつを収める。
武器は収めるが、その苛立ちは収まらなかった。いつだって少年には激しい闇が満ちている。
「ったく、いつだって俺達に回ってくるのはこんな木っ端のゴミ掃除だ。そろそろさぁ、司書サンが飼ってるようなデカブツと訓練以外でやりたいと思わねぇか? なぁ――」
少年は振り向く。
その先では純白の輝きが舞っていた。輝く結晶を彩りに、双剣は踊るように敵を切り裂く。獣がいる野蛮な空間とは思えないほどに、彼女は華々しく美しく理想であり続ける。
それは彼女が姫であるから。
「灰被りさんよ」
姫――サンドリヨンもまた振り向いた。二人が向き合う形となる。
サンドリヨンは勇ましくも美しい、人々の理想の姫だ。その表情、態度には一切の闇というものが見られない。こうして向き合っているだけで、少年は相手を怪我しているような気分になる。自分が、まっさらなハンケチの端にある黒い染みのような、そんな心持にさせられる。
苛立つ、苛立つ、苛立つ。なぜ自分がこんな気持ちになどならなければならない! 自分の世界に踏み入る邪魔者は、あの女の方だ!
「めっ」
まっさらな姫の第一声がそれだった。
「あまりそうツンツンしていてはいけませんよ、ナイトメア・キッドさん。無事に戦いを終えて一息ついて……それなのにそんな怖い顔をしていると休んでいる暇がありません」
お説教をしながら、無遠慮に、この黒い染みにずんずん近づいて。
そしてサンドリヨンは少年の頭を撫でた。少女らしい柔らかい手つきで。
「今日も無事に終わった事を、背中を預けたあなたに感謝します」
「……あのよォ」
その手を払いのける。不機嫌さは増すばかりで、だというのに目の前の姫はにこにこと笑顔を崩さない。
「前から言ってる事だが、俺をガキ扱いすんな。テメェも俺も、物語の主人公として『そう』書かれただけだ。見た目の歳とか関係ねぇだろ」
「子どもだからではなく、ナイトメア・キッドさんだからこうしているのですよ」
サンドリヨンは胸を張る。彼女の中でそれはまったくの真実で、なんら含むところはないのだろう。とても善良な考えだ。
善とは無知だ。少年はそう考える。
人は物事を知れば知るほど悪に近づくものだ。知識があるとは物事の意味を知る事で、意味を知った上で物事に対して含みを持たずにいる事は出来ない。そしてその「含み」は必ず表に出るものだ。
例えば世にも美しい宝石があったとしよう。自分がそれを手に入れるまでに多くの人間を貶めたとしよう。
何も知らねば美しい宝石を愛でる事が出来る。本当に、心からの笑顔を浮かべる事が出来る。
だが血を知ってしまえば、人はどうするだろう。多くの犠牲を宝石の価値とほくそ笑もうが、血塗られたそれを嫌悪しようが、欺瞞に満ちた知らない振りを続けようが、世間はそれを悪と断じる。悪感情を抱くものがいるからだ。誰かが悪と言わずとも、他の誰かが悪と糾弾するのだ。
真の善とは、無知の中のものに他ならない。
「触るんじゃねぇ」
故に少年は不愉快なのだ。何かを知る自分に対して、何も知らない者が干渉する事が。したり顔で無知を晒していく事が。
目の前の輝かんばかりの笑顔は、下等なものでしかないのだ。
「いいか、頭を撫でるっつーのはな、宥めたり褒めたりとか、そう、つまり下に見る事だ。お前は俺の上には居ねぇ、そう認めてはいねぇ」
「どうすれば、頭を撫でる事を認めていただけるのですか?」
間髪入れず、姫は変わらない笑顔を浮かべながら言う。
そういう所だ、と。口を突いて出そうになった言葉をぐっと飲み込む。その言葉はあまりにも知性がない。
「俺が認めるのは、俺と同じ程度にゃ世界が見えている奴さ。お前みたいな能天気に笑ってる姫様には一生分かんねぇ世界がな」
言葉を吐き出して、少年はサンドリヨンに背を向けた。もうこれ以上語る事はない。
その背を見るサンドリヨンの瞳に宿った暖かさを、見つける事もなく。少年は自由の風に乗って宙を駆ける。
どこにだって行けるのに、どこにも行けやしなかった。