ロビンの何気ない日常、徒然 作:シャーウッドの管理人
男は見た。
爆音が鼓膜に突き刺さり、足場が揺れる。ひときわ高いマストに立つ見張り番の男にとってそれは慣れた事だった。海賊をしていれば荒事には嫌でも慣れる。
怒号が飛び交う。大砲の火薬に負けないように、声と身振りが交わされて船が一つとなって動いていく。船員一人一人が歯車となって、海賊団という大きなものが迅速に駆動する。
そんな歯車になれず取り残されるように。
男は見た。
相対する海賊船のマストに立つ、緑の影を。二つの船が巻き起こす複雑怪奇な揺れをものともせず、不動で弓を構える影を。
大砲が行き交う距離で役に立たない筈のそれに、真っ直ぐに矢を番えて。
男が色彩へと還る前に、最期に見た光景がそれだった。
あぁ、それはなんと美しい――
「ふぅ」
海上戦を終え、ロビンは一つ息を吐いた。マストの物見台に座り込んで弓を閉じる。
やはり海の上は色々と勝手が違う。風が強いし揺れも酷い。集中し続け、ひどく目と腰が凝っている。
だがその矢は一発たりとも狙いを過つ事はなかった。ロビンがロビンである限り矢は外れる事がない――その自負がある。
「助かりやしたぜ、シャーウッドの旦那!」
名も知らぬ船員が手を振り、くしゃっと笑顔を向ける。それに対し手を振り返した。
アイアン・フックの海賊団は気の良い連中ばかりで、キャストではないモブではあるが腕も良い。彼らになら安心して船を任せ、狙撃に集中する事が出来た。
誰かを信じる、と言う事を意識する。変わり始めている自分と、それを意識的に止めようとはしない自分を。
「――変わっている、か」
いい事なのかどうかは分からない。正義以外の事に気を取られて生きている事が。
戦闘は終わったように見えるが、海の上では脅威は一つではない。なれば彼に手を振り返して語るより、身体を少しでも休め見張りに集中すべきではないか。そうしなかった事で何か不都合が起きてしまうのではないか。全力を尽くす事が出来なかった場合、言い訳をして巻き戻す訳にはいかないのだ。
訳も分からぬ焦燥感が、いつも胸の中にあった。
「おぉい! 降りてこい、ロビン!」
次にロビンに声をかけたのはアイアン・フックその人だった。
既に老齢に達するだろうに、屈強で壮健な男だ。片腕の義手も並の人間では振り回されるだけだろうに、船の上ですらそれを使いこなすのは驚くほかない。心も身体も、この男は根っからの戦士だ。
ロビンは、彼を先達として尊敬している。その事を意識したのも最近の事ではあるが――
「はい、今そちらに」
ロープを伝って甲板へと降りる。ヒーローのご帰還だ、などと囃し立てる船員たちの声が少しくすぐったい。
アイアン・フックが呵々と笑い、ロビンの背をバシバシ叩く。勿論、義手ではない生身の腕で。
「はっはっは! 今日はよくやってくれたな、お前のおかげで手早く済んだ」
「街に被害が出ていたのでしょう? なら手伝わない理由はありませんよ」
原典はともかく、この不思議の国では彼は海賊や海のばけものを狩る仕事をしていた。言うなれば海の義賊だ。
荒くれ者を束ねる彼は街で嫌われる事もあるが、少なくともキャスト達にとっては頼れるキャプテンだった。
「祝勝会には出るだろう? 港の、波間歌うマーメイド亭を予約している。あそこはアワビが美味い、お上品に飲む貴様の口にも合うだろうよ」
「はは、お気遣いありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「決まりだな――野郎ども! 森の仲間に、海の酒飲みの流儀を教えてやれ! 金は気にするな!」
野蛮な男たちの歓声が船を揺るがせた。ロビンは思わず苦笑する。
彼らは自分達より弱い。色彩となりこの世界から消えてしまう危険も――常に付きまとう。色彩と還った人がその後どうなるかは知らないが、知らないという事は死ぬのと同じようなものだという事だ。
常に死と隣り合わせだというのに彼らはよく笑い、よく動く。船長の手足となって。
「恐怖は……ないのでしょうか」
「あるだろうな」
独り言のつもりだった。だが、それを聞いたかアイアン・フックが言葉を返す。
誇らしげな笑みだった。
「だがな、ロビンよ。俺は恐怖を知らぬ無敵の兵隊より、恐怖を知る臆病な人間をこそ信頼する。何故だか分かるか?」
「……引き際を心得ているから、ですか?」
「それもある。お前らしい答えだ」
くく、とフックが笑みをかみ殺した。
「恐怖を知らぬのはつまり、他者を知らぬのと同じ事。仲間や、その後ろにある守るもの、その心を真には知らぬという事よ。恐怖を知るものは守るべきものを知っている――だから俺は、臆病を抱えながら立ち向かう事こそが人の強さだと考えている」
「臆病を……」
今の自分を肯定されている気がした。
それは自分の事ではない。自分の抱える悩みや焦燥が彼のいう事と同じかどうかは、ロビンには分からない。
だが自然と顔が綻び――それを隠すように俯いた。
「さて、今日は飲むぞ。恐怖を乗り越え戦った同胞のためにもな」
「はい!」
顔を上げ――同時、潮風が頬を撫でた。
刺すような痛みが頬に伝わる。
血が、出ていた。
「ん、砲丸の破片にでも当たったか? 一応手当はしておけ、小さな傷も下手をすると大事となる」
「……はい」
あぁ、これが恐怖なのだろう。
今日ばかりは深酒を許せと、ロビンは心の中にいる神に懺悔した。