いや、まだだ。まだ焦るタイミングじゃない。
彼女達は言わば練習台なんだ。
だからこれも練習なんだ!⇦錯乱
「鈴、大丈夫か?」
何とかあの特殊空間から抜け出した一夏と鈴。
鈴は少し頭を抱えている。
「…ちょっと痛いわね。思ってたよりダメージが大きいみたい」
「なら、早く離脱した方が良い。束さんがいるからって、絶対じゃないんだからさ」
「…なんか、言葉に力があるじゃない。どうしたのよ?」
「…夏休みの時の四足歩行型のビーストは覚えてるか?」
「え、えと、そりゃあ、まあ…」
夏休みと聞いて、鈴は自らの罪の事を思い出す。しかし、四足歩行型のビーストはそれより少し前の時だ。
「その時にさ、メタ・フィールドでウルトラマンが倒れただろ?」
【外】で簪が聞いてる事を考え、一夏はウルトラマンと呼ぶ。
「……」
「その時にさ、思ったんだ。どんなに完璧に思える生き物にも、どこかで壊れちまうってさ。だから束さんが壊れちまう確率を、少しでも低くしとこうぜ?今、束さんが学園からいなくなったら困るのも事実だろ?」
「…分かったわよ。大人しく戻るわ」
「そうしてくれ」
一樹に本音、クロエはゆっくり廊下を進んでいた。
「ねえかずやん」
「ん?どうした布仏」
「何で遠回りしてるの〜?」
しかも一樹は、わざと遠回りしている。それが本音には不思議でならない。
「…今、隔壁が降りててな。これでも近道なんだ」
本当は、本音たちに地獄絵図を見せないためなのだが…
本音は、一樹の雰囲気から何かを察したのか、それ以上は何も言わなかった。
わたくしはセシリア・オルコット。
イギリスでも屈指の名企業、オルコット社を束ねる若き美人総帥ですわ!
「ふう…」
本日の業務は全て終了、 わたくしは特別製の小さなプラチナ・ベルを鳴らした。
チリリン…
きっかり3秒後、燕尾服に身を包んだ青年が入って来た。
「お呼びでしょうか代表」
恭しく頭を下げるその青年の名は、昔からわたくしに仕えてくれる____織斑一夏。
彼が入ってきたことで、顔が嬉しさのあまりにやけそうになるけれど、ここはぐっと堪える。
「…わたくし、今日の業務は全て終わらせましたの」
「失礼しました。お嬢様」
再び恭しくお辞儀をする一夏さん。
でも、違う。そうじゃない。
「もう…2人きりですのよ?」
「はは、ごめんなセシリア」
幼なじみである彼はたまに、こういうイジワルをしてくる。
けれど、それすら嬉しく思ってしまうのは惚れた弱み…ですわね。
『ワールド・パージ、開始』
「…?一夏さん、何か言いまして?」
「ん?何も言ってないけど」
一夏さんがそういうのならそうなのでしょうけども…何でしょう、この違和感。
「それより良いのか?そろそろ夕食の時間だぞ?」
「急いで行きますわ!」
決まった時間に食べなければ、太る原因になってしまう…
一夏さんとの今後のためにも、わたくしはこのスタイルを維持しますわ!
『ワールド・パージ、完了』
「じゃあ行こうかセシリア。今日も腕によりをかけて作るからな」
「ふふ、楽しみにしてますわ」
ああ…一夏さんとの時間、幸せですわ!
「か、簪…この扉、開かないぞ?」
先ほどから何度もノブを回しているのだが、一向に開く気配が無い。
『多分、セキュリティレベルが上げられたんだと思う。織斑一夏が、2人いるって事が無いように』
「【俺】がまたこの先にいるのは確定なのね…で、どうすれば良い?」
『変装』
「…はい?」
『変装すれば、織斑一夏という認識ではなくなる筈』
「(うん…対人だったらそうかもしれないけど、相手はコンピュータだっていうのは無粋なツッコミかな?)」
一夏が心の中でそんなツッコミを入れていると、突如一夏の体が光った。
「ん?これは…」
光が収まると、一夏の服装が制服から全身黒ずくめ+ガスマスク状態となった。
肩からはぶらんと自動小銃がぶら下がっている。
「どっかの国の特殊部隊か?」
『うん。英国特殊部隊SASのミッション・ドレス。こっちから衣装データをインストールした』
それだけで、次に入る扉が誰なのか分かった一夏。
「次はセシリアか…しかしこの格好は映画みたいだな」
『…かっこいい』
「ん?何か言ったか簪?」
『何でもない!』
急に大声を上げる簪に戸惑う一夏。
一方現実世界では、セリーが冷たい目で一夏に向けて火球を放とうとしてるのを束が止めているのだが、それは別の話。
『気をつけて…またニセ一夏が出て、戦うことになると思うから』
「大丈夫だ。今回は武器がある」
肩にぶら下がっている自動小銃を構えて、笑ってみせる一夏。
『…実銃、撃ったことあるの?』
「……」
思わず「ある」と言いかけた一夏。
しかし、そう答える訳にはいかない。
「……男はいつだって1発勝負だ」
苦し紛れにそう言う一夏。
『無いんだ』
とりあえず簪の反応からごまかせた事が分かると、逃げる様に扉を開けた。
夕食を食べた後、わたくしは一夏さんとの2人きりの時間を堪能している。
「肩凝ってるなあセシリア」
「あふう…良いですわあ」
一夏さんのマッサージは最高に気持ち良い…このマッサージをしてもらえるのは、世界でわたくしだけ…
「…ハッ!」
いけない。このまま寝てしまっては折角の2人きりの時間を無駄にしてしまう。
「それだけは何としても…」
「何が?」
「一夏さんとの2人きりを堪能したい、です、わ…」
「ん?どうした?」
途中から声に出してしまっていたらしい。目の前の一夏さんの顔が、獲物を見つけた狩人の目をしていた…
「し、知りませんわ!」
あまりの恥ずかしさに、ヘソを曲げてしまう。
素直になれない自分が、心底嫌になる…
「セーシリア」
「なんです、の…」
不機嫌顔で振り向いてみれば、一夏さんの顔が間近にあった。
「綺麗だよ、セシリア」
「と、とととととと当然ですわ!なにせ、わたくしはセシリア・オルコットですもの!」
ああああああどもり過ぎですわー!これでは一夏さんの思惑通りに…
「セシリア…」
ああ、そんな凛々しい顔を近づけないで、抗えなく、なる…
「だから
そんな叫び声と共に、特殊部隊装備の男が、一夏さんを突き飛ばす。
「い、一夏さん!?」
『ワールド・パージ、異物を確認。排除開始』
一夏さんがその様な事を呟いたと思ったら、頭部に激痛が走った。
「あああああああ!!?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!?!!?
頭が、焼ける様に痛い…
『排除、はい…』
「感情も篭ってねえ奴に負ける程落ちぶれちゃいねえよ!」
特殊部隊の人物は、機械じみてきた一夏さんに向けて飛び蹴りを放った。
『はい…じょ…はい…』
「いやぁぁぁ一夏さぁぁぁん!!?」
「いや待てセシリア!一夏は俺だ!気配で分かれよバカ!」
「バカ!?バカとおっしゃいましたね!!?このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットに向かって…」
イギリス代表候補生?
……そうだ、わたくしは…
そこまで考えた時、【世界】が崩壊を始める…
「逃げるぞセシリア!」
特殊装備の人物は、マスクを放り投げるとわたくしを抱えて走り出す。
そのマスクの下の顔に、わたくしは納得する…
彼こそ、わたくしの心を惑わすいけない
「遅いですわよ、一夏さん…」
どーしてもこの辺りの話は、一樹の出番が減ってしまう…