ジョージ・ジョースターの拳 Street Fighting Men (ジョジョX蒼天/北斗の拳) 作:ヨマザル
1915年 イギリス:
メシリ……
爆撃による振動で、天井がきしむ音がした。
今は第一次世界大戦の真っただ中だ。イギリス本土は連日のドイツ軍によるツェッペリン飛行船からの空爆を受け、荒廃していた。
「あぁ……もうっ、イヤになってしまうわね」
エリナ・ジョースターは立ち上がり、腰を叩いた。
立ち上がったエリナの目に、自宅の居間が映る。
そこは典型的なイギリスの邸宅であった。少し古臭いがシッカリとした分厚い板で作られた床、6人が一緒に食事がとれるテーブル、派手さは無いが気品があり機能的なシャンデリア……20年近くを暮した部屋なのだから、目に映るすべてに何かしらの思い出が残っている。
壁のコーヒーのシミが見える。あれはお父さんがカップをもったまま歩き回り、転びかけたあの朝に付けたものだったはず。
このテーブルのひっかき傷は、息子がまだ小さかった時にイタズラでガリガリと引っかいた時にできた傷だ。
フフフっ……
エリナは思わず微笑んだ。
過ぎ去った懐かしい思い出たち……
エリナ・ジョースターは今年46歳であった。地元の高校で国語教師として働いており、生徒からの信頼も厚い教師として忙しい毎日を過ごしていた。
だが今日は休暇を取っていた。エリナは一人アパートにこもり、あちこちの部屋や倉庫から荷物を引出し、分類し、ホールに積み上げ、荷札を付ける作業を朝から続けていた。
もうすぐ高校の最終学期が終わる。その後エリナは戦地となったイギリスを離れ、幼少期を過ごしたインドに疎開するのであった。
額に汗を浮かべながら荷造りを進める。子供も授かり、年齢を重ねているにもかかわらず、未だにエリナは凛とした美しさを失わずにいる。汗を拭うしぐさも、美しかった。
軍隊に行った息子の写真は、自分の手荷物に。
父がインド土産に買ってきた神像は、バザーに出すための品として、ひとまとめにまとめておく。
息子のジョージが10歳のころに来ていた服は、もったいないがバザーに出してしまおう。
と、一枚の黄ばんだハンカチがトランクケースの隅から出てきた。
「あっ……」
その白いハンカチをの隅には “Jonathan Joestar” と刺繍が入っていた。
ハンカチを持つエリナの手が止まった。震える手で、そっとハンカチを頬に押し当てる。
それは、彼女が幼い頃、後にエリナが愛し、夫とした少年からもらったものだった。後で聞いたところ、その刺繍は彼の亡くなった母親が縫い付けてくれたもので、母親の数少ない形見だと聞いたことがある。
そういえばこのハンカチの刺繍を見て、初めて彼の名前を知ったのだっけ……
切ない気持ちで胸がいっぱいになり、エリナは目を閉じた。
目をつぶると、何年たっても思いだす例の光景がよみがえる。
爆発する船の中で、大事そうに『あの男の首』を抱きかかえたままこと切れている夫、ジョナサンの姿が……
エリナはしばらくの間、ただ体をぎゅっと丸めていた。
そして、再びグイッと立ち上がった。落ち込みそうになる気分を必死に奮い立たせる。
「さて……さっさと荷造りを終えてしまいましょ!」
そう、再びインドへ行こう。
インドで息子:ジョージ・ジョースターが無事に帰ってくるのを待つのだ。
(とは言えあの子……いつ帰ってくる気かしらね)
気まぐれで自由奔放な息子を思い、エリナは苦笑した。
(まったくあれじゃあ、リサリサさんも苦労するわよねぇ)
◆◆
1919年: チベット山脈中腹のとある高原
高原はがれきで覆われ、わずかな灌木が所々に生えているだけだ。太陽に近いこの地の空はどこまでも青く冷涼で、冷たい風が山を吹き抜ける音が延々とこだましている。この厳しい土地に住む者は少なく、ゆえにこの地は静けさに満ちていた。
人々の数少ない娯楽と言えば、チベット各地にある寺院をお参りすることであった。お参りの際も人々は余計な口を利かなかったため、参内者が多い寺院であっても、中は静かであった。
その静寂が不意に破られた。
ガガガガガッ!!
「オラオリャオリャッ!!!!!」
「ギャハハハハッ!」
チベットのとある寺院に突然無法者が襲いかかったのだ。
無法者集団を率いるのは、特徴的な髪形の大男だった。大男はスキンヘッドの頭頂部にわずかに残した髪を、赤く染め逆立てていた。
「ヒヤッホォ―――ッ! お前たちに鉛弾のプレゼントだぜぇ〰〰!」
ガガガッ
大男は大人二人分はある巨大な機関銃を振り回し、目をつけた個所を片っ端から破壊していく。
「ヒャッ、天朝を信じない不届きものメッ、邪教の神像、建物ッ、それを信じている豚どもッ、どれも公平に、がれきに変えてやるぜぇぇ!!」
覆面をした大勢の男たちが大男の背後につき従っていた。『覆面の男』たちも手にした拳銃を振り回し、そこらじゅうに発砲していく。
大男が叫ぶ。
「皆殺しだッ! チベット野郎は一人も逃がすんじゃねェ――ッッ、特に女、子供ッ! コイツラは子供を産む、大人になるッ、次世代の平和のため、根絶やしにしろぉぉぉぉ―――ッ」
ガッガガガガッ!!
ギャシャッ!
それまで平和に祈っていた寺院の参拝者・修行僧たちは、突然の凶悪な襲撃者にパニックになった。
「なッ、何だッ」
「嘘だろっ?」
「いやぁぁああああっ」
人々は泣き叫び、飛び交う弾丸から必死に逃げようとする。
その中……
一人の子供が、逃げる途中で床のでっぱりに足をひっかけた。
少年はバランスを崩しもんどりうって地面に転がった。
「にっ、にぃちゃあああンン!」
少年は叫び、遠ざかる群衆へ向かって必死に手を伸ばす。
群衆の中から少年の兄が振り返り、叫んだ。
「リクッ! 待ってろッ 今にぃちゃんがッ」
「ばかやろッ、お前は逃げるんだよ」
弟の元へ駆けよろうとするその少年を、近くの僧侶が羽交い絞めにした。暴れる少年を必死に押しとどめる。
「でも、リクが、リクがァァ!」
兄が叫ぶ。
その叫びは、最悪の結果を生んだ。
床に突っ伏している弟 ――リク少年―― を大男が見つけたからだ。
「おっ……さっそく獲物ダァッ!」
大男は嬉しそうに、ろくに狙いもせずにリク少年に向かって銃を構え……
ガッ!
大男の機関銃が火を噴いた。直撃こそ免れたものの弾丸は近くの石像を砕き、弾かれた石像の破片がリク少年の下半身を砕くッ
「ウッ!!!」
リク少年は悲鳴を上げ、ばったりと倒れた。
「うっ……ウソだろ……ウウウゥゥゥゥ!!!!」
羽交い絞めを振りほどき、兄がリク少年のほうへ駆け寄っていく。
だが兄のその行く手は、大男によって妨げられた。
「ヒャッヒャッヒャッ、次はお前ダァ」
大男はおどけた表情で兄を揶揄して見せる。
「クッ、クッソォオオオオオ」
兄は泣きながら大男に殴りかかる。
「ぶひゃひゃはっ、けなげだねェ」
大男は、手加減抜きで兄を思いっきり蹴り飛ばしたッ!
「げぶっ!」
兄はまるで車にはねられたように吹っ飛び、寺院の壁にひどく背中をぶつけた。その首がガクガク動き、だがすぐがっくりとこうべ垂れた。
大男はへらへらと笑いながら、兄に向かって機関銃を向けた。
「うっへっへっへぇぇぇええええっ! 死んじゃいな、ガキィッ!」
男の子は、大男をにらみつける。
「リクッ……くそぉ……」
その時……
大男が、いきなりぶっとんだ。
「おりゃっ!」
大男をブッ飛ばしたのは黒髪の精悍な目つきの男であった。
黒髪の男は被っていたマントを脱ぎすて、大男を睨みつけた。
……『波紋法の師範代』ストレイツォだッ!
かつて『波紋法の仲間』老師トンペティ、高弟ダイアーそして……ウィル・A・ツェペリと共に、イギリスの地でジョナサン・ジョースターと肩を並べて吸血鬼と戦った男、ストレイツォ。
そのストレイツォが、機関銃を持つ大男の前に立ちふさがっていた。
コォォォォオオオオオッ!
ストレイツォの口元からは、不思議な呼吸音が響く
「この外道がッ 喰らえッッ!オーバードライブッッ」
ストレイツォは渾身のアッパーカットを放つ!
「ヒェィツッ」
大男は機関銃を投げ捨てると後方へ大きくバック転を決めた。
回転による動きをうまく使って、ストレイツォの一撃をかわす。
巨体に似合わぬ俊敏な動きだ。
大男は明らかに武術の心得がある足さばきで、ストレイツォの周囲を回りはじめた。
「フフフ、恐るべき一撃よな……マトモにあたっておれば、俺は一撃で昏倒させられていただろう。さすがは 波紋の一族ウゥゥッ!この地に来るまではその名を聞いたこともなかったが、恐ろしい力だッ!」
「……」
「だが、ショセンは山奥のド田舎拳法よ……我が『泰山寺天狼拳』の敵ではないわッ」
大男は、ストレィツォの周りをまわりながら、腕を動かし始めた。ゆったりとした奇妙な軌跡だ。
「……笑止ッ!」
ストレイツォは軽やかな動きで大男に近づいていく……
大男の間合いに入る……
バシュッ!
次の瞬間、突然ストレイツォの右手首に『小さくえぐれた穴』が開いた。
「なっ……」
ストレイツォは驚愕のあまり数歩後ろに下がった。
「……馬鹿な、貴様のあの軽く振った『指』が触れた個所が、え……えぐれているッ……痛みはない。だが、つッ……冷たいッ!」
「フフフ……泰山寺拳法最強の我が拳、『泰山寺天狼拳』をまともに喰らったな? 我が『泰山寺天狼拳』のえぐる動きは、あまりの速度ゆえに流血の間もなく凍気を呼び、傷口に冷気を感じさせるッ」
「……なっ、なんだとォ?」
やがて、ストレイツォの右手首の穴から、ゆっくりと血が浸みだしてきた。
出血はどんどんひどくなり、あっという間にストレイツォの足元に血だまりを作る。
「その出血では戦えまい……俺の勝ちだ」
ブヒャヒャヒャヒャ
大男は下品な笑い声を上げた。
ストレイツォは多量の血を失い、どんどん青白い顔になっていった。だが普通の人なら出血多量で失神していてもおかしくないほどの血を噴出させながらニヤリと笑い返す。
「フッ……これきしのかすり傷で、何を誇っている」
そして、ストレイツォは『奇妙な呼吸』を続けた。
コォォォォオオオオ
すると、次第に手首から噴き出る血が弱まっていく……
「なんだと、奴の傷口の出血がどんどん止まっていく……そうか、これが、この地の原住民がひた隠しにしていた『波紋』か…………」
大男は、ストレイツォの傷口が完全に治る前にとどめを刺そうとしかけ……その手を止めた。
「!?ッ」
「ブッ!」
「ゲボゥッ」
突如、『覆面をした男たち』が『まるで電気ショックを受けたかのように』身をよじらせ、昏倒していったのだ。
覆面をした男を昏倒させたのは、新たに現れた長髪の若い女性であった。
波紋法を学ぶ新たな俊英、リサリサだ。
リサリサは手にしたリボンの様なものをくるくる回しながら、『覆面をした男たち』の間を駆け回っていく。
不思議なことにそのリボンに触れた男たちは、まるで電気ショックを受けたかのように硬直し、昏倒していく。
そして、リサリサの後を追って、チベット族の男たちが新たに現れた。明らかに戦闘訓練を受けていると思われる男たちは、軽やかな動きを見せ、『覆面をした襲撃者』に対抗していく。
男たちには、リサリサが指示を出す。その指示の元、チベット族の男達はどんどん覆面の男たちを倒していく。
素晴らしいチームワークであった。
リサリサが叫ぶ。
「ロギンズッ、メッシーナッ、残党どもの掃討は任せたわよッ」
「了解だ、リサリサッ」
だがロギンズとメッシーナの返事も待たず、リサリサは覆面の男たちに突っ込む!
「このぉっ!」
「遅いッ!」
リサリサは巧みなステップで、周囲を飛び交う弾丸や、無法者たちの手をかいくぐっていく。素早く集団を突き抜け、奥にいたストレイツォの元に駆け寄る。
「リサリサか……よくやった。修行僧を連れてきてくれたか。お手柄だ」
ストレイツォが、ほんの少し顔をほころばせた。
「ストレイツォ先生ッ!こやつらは?」
「わからん、こやつ等が突然襲ってきたのだ」
「ハッ! こんなところで集団をつくっている貴様らが悪いッ」
大男は、ペッとつばを吐いた。
「貴様らッ! 罪のない人々を相手に、なんてことを」
リサリサが大男を睨みつけるッ
「私と先生が貴様を踏み潰すッ! 虫けらのようにィッ」
「ハハハハハッ! 元気のいい御嬢さんだ……」
大男は、上機嫌に笑った。と、急にその笑顔を引っ込めた。懐中時計を確認し、急に真顔になる。
「だが……フッ、『アイサツの時間』は終わりだな。撤収するか」
大男は身をひるがえし、ベランダに向かって走るッ
その大男をリサリサが追うッ!
「待てェッ、この野郎ッッ」
「ハッ……遅いぜッ!」
だが大男は、追いすがるリサリサを容赦なく蹴り飛ばした。
ドガッ!
「げぷっ……」
その一撃をまともに腹に喰らい、リサリサはよろめく……
「女よ、今は生かしてやる……だが次にまた小生意気にワレの前の顔を出したら、殺すぞ……」
崩れ落ちるリサリサにそう言い捨てると、大男は悠然とストレイツォに向かって言い放った。
「ストレイツォよ、今は引いてやろう……だが、忠告する。お前ら全員、『チベット』から出ていけ。さすればお前たちのクソッ垂れた命ダケは助かるだろうぜ」
「貴様、何者だ?」
ストレイツォの問いに、大男はにやりと笑った。
「貴様に名乗る名など持ち合わせておらん……我らは中華の平和を目指す『マルクス主義研究会』よ……争いは好まんが……我が道を遮るものあれば、叩き潰すのみッ」
そう言い捨てて、大男はベランダの淵から岸壁に向かって身を投げた。
◆◆
「ハッ……」
大男の一撃で気を失っていたリサリサは、全身に流された冷たい波紋の衝撃に息をふき返した。すると目の前に師、ストレイツォの後ろ姿があった。
ストレイツォはリサリサに背を向けたまま、彫像の下敷きとなった少年のかたわらにしゃがみこみ、その手をそっと握っていた
「……あ……スト様…」
ボロボロの少年が、ストレィツオを見て微笑んでいる。
「動くなよ、リク……」
そう言いながら、ストレィツオは優しく少年の手を握りつづける……そして……
コォォオオオオッ
ストレイツォは、砕けた少年の足に『波紋』を送り込みつづけていた。
すると、見る見るうちに砕かれた少年の足のむくみが消え、肌の血色がよくなっていく。
やがてリク少年はまぶたを開いた。
「リクッ!よかった……」
傍らに寄り添っていた兄が、泣きながら弟に抱きつく。
「これで良し、だがしばらくは無理するんじゃないぞ」
ストレイツォがニヤリと笑った。
「ウンッ!ありがとう、スト兄ィッ」
抱き合って喜ぶ兄弟をストレイツォは優しく見守った。その目の端で、リサリサが目覚めた事に気づく。
「リサリサか……あんな奴にやられおって、まだ修行不足だな」
先ほど少年に向けた微笑みをさっと消して、ストレィツオはしかめっ面をする。
「……すみません、先生……先生……でもそれで、奴らは……」
「逃げた……だが、奴がまた現れた時には、このストレイツォ 、容赦せんッ!」
銃弾によって寺院の壁にうがたれた穴からは、眼下に迫る山々が見える。雪を抱いて輝く、勇壮かつ神聖な山々は、チベット人の心のよりどころである。
そんな山々を親の仇のようににらみつけながら、ストレィツォは苦々しげに言った。