ジョージ・ジョースターの拳 Street Fighting Men (ジョジョX蒼天/北斗の拳) 作:ヨマザル
1919年:インド半島南端の町、ゴア
そこはニッパヤシが茂り、石造りの奇妙な神々が彫られた神殿が立ち並ぶ大都市であった。
肌を焦がすほどの熱気の中、大勢の住人は精力的に街を歩き回り、あれこれと売り買いをしている。その売り買いの喧騒はただことではなく、商人たちの交渉の声で耳が割れそうなほどだ。
そんな町のとある食堂で、大柄な日本人の若者が一人で食事をとっていた。
若者は一人で店のテーブルを一つ占領して、カレーをうまそうに食べていた。
テーブル中に広げられたバナナの葉には、山盛りに飯が盛り付けられている。若者は、その飯の上にあれやこれらのカレーをかけ、黙々と口に運んでいた。
その量は、優に周りの大人の5人前はあった……あったはずだ、だが、見る見るうちになくなっていく。
「ふぅむ。この長っ細くてパサパサしているインド米ってぇ奴も、慣れればなかなかいけるな」
若者はうそぶいて、自分の前の大量の食事間に腹に収めていく。
「だがしかしよぉ……今日も蒸し暑いぜ……まったくよぉ。ほんとに、ここにわが師、霞鉄心の行方が分かる手掛かりがあるってのかよォ」
長い人類の伝説・歴史・英雄譚の陰に、北斗神拳と言う最強の暗殺拳の存在があるッ!その北斗の歴史の中で最強と謳われし男が、第六十二代伝承者 霞拳志郎である。
このカレーを食べている男こそ、霞拳志郎その人であった。
のちに彼は、正式に北斗神拳を伝承し、魔都上海を舞台に壮絶な死闘を繰り返すことになる。だが今の彼はまだ18歳。伝承者候補とは呼ばれてはいるが、好奇心いっぱいのただの若者であった。
拳志郎はうまそうにカレーを食べ終え、テーブルを立った。
「ところで親父ィ、この量でその値段はないだろぉ? 確かにうまかったが少しはまけろよ」
「旦那何を言っているんです。アンタ……いったい何杯食べたと思っているんですか? 『適正』な値段ですよ『適正』なッ」
「バッカヤロウ親父ィ俺が食べたのは5人前だろうが? こりゃあ30人前の料金じゃねぇか」
「何言っているんですかッ! アンタあんなに食べて5人前ですって?」
店の親父と拳志郎は、ギャァーギャァーと口げんかを始めた。
その時……突然、店の外から大きな音がした。
ガラッ!!
グッシャァアアアア―――ッ!
店の親父と値段交渉をしていた拳志郎は、その物音を聞きつけて口を閉じた。
「なんだぁ? 何の音だ?」
店を出て、外の様子を調べる。
パォ―――ンッ
「……獣くせぇな……」
拳志郎はクンクンと空中に漂う匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
まだ色々喚いている店のオヤジに無理やり10人前の料金を握らせ、食堂から出る。
そこで目にした光景には、さすがの拳志郎もあんぐりと口を開けた。
「おいオイオイ、さすがインドだぜ」
パォ―――ンッ
バォ―――――ンッ!
意外ッ!それは『象』だッ!
『象』が暴走し、町の中を走り回っているのだ。
バリバリバリッ!
泥を跳ね散らかし、周囲の建物を踏み潰し、象が走る。
象に追われた皆が逃げ惑う。
「ウワァアアアアア―――ッ!」
「助けてッ」
「馬鹿野郎ッ、手を伸ばせよ」
「うわァアアア!孫がッ!誰か助けてくれぇ」
と、拳志郎の耳に幽かに老人の悲痛な叫びごえが聞こえた。
そこに向かって全速力で走りだすッ!
そこにあったのは、幼児が周囲を気にせずボールを追って遊んでいる姿!
夢中で遊ぶ幼児にはボールしか見えていない。
暴走している『象』が、幼児めがけて突っ込んでくるッ
「ウォォオオオオッ! クッ、間に合えェェッ!」
幼児を救うべく 飛び込む拳志郎 ッ
だがその指は……わずかに『届かないッ』
(あと少し……ダメか? クッソォオオッ)
「エィィッ!」
だが間一髪ッ!幼児は象に踏みつぶされる直前に、他の人物によって助け出された。
拳志郎に代わって、暴れ狂う『象』の進路から幼児を救い出した男。その男は、拳志郎とほぼ同じくらいの体格の、『金髪』の青年であった。
青年は幼児を抱きかかえたままクルッと前転をして、衝撃を吸収した。そして何が起きたのか理解できずポカンと口を開けている幼児を、『そっと』降ろす。
「よしよし、もう大丈夫だよ」
青年は、幼児の方をポンと叩いた。そして振り向くと、拳志郎に向かって大声で叫びかけた。
「君ッ、後ろに『象』がっ!」
「あぁぁ~~ん?」
拳志郎が振り返ると、はたして『象』がぐるりと方向転換し、再び突進してくるところであった。
『象』の目は、すんでのところでおもちゃをかっさわれた『怒り』に満ちていることが見てとれた。
巨大な角が、振り立てられる。
「オッとォォッ……オレの、カッチョピィーところを、見せつけちゃるかぁ?」
拳志郎は笑い、突進してくる『象』に正面から立ち向かった。
「ヘッ! とち狂ってんじゃねーぞ、この『鼻長』野郎ッ」
象が突っ込むッ!
バゴォォォッ!
……拳志郎は、いとも簡単に
『象』に『跳ねられた』ッ
だが空中の拳志郎は平然とした様子であった。
「へっ、『予想どおり』かよッ!」
拳志郎は空中でクルリと一回転した。
そして何事もなかったかのように、暴れている『象』の背中に乗り移る。
「さぁて……おとなしくしろよ」
『象』の背中に乗り移った拳志郎は軽く『象』の脳天を数か所、叩く。
「バォオォォ―――ン………」
すると急に、暴走していた『象』がおとなしくなり、静かに膝をついた。
拳志郎は、愛情込めて象の鼻をぴしぴしとたたいた。
「ハッッ……お前は、なかなかおとなしい、イイ奴じゃぁないか。こうしてみると、なかなか男前の象だな……よし、決めたぞ。いまから俺とお前は朋友だ。いいか?」
すると、象が嬉しそうにすり寄ってきた。 先ほどまでの、狂って突進してきた様子とは打って変わったおとなしい態度だ。まるで、拳志郎の言葉の意味が解っているかのような態度だ。
「パオっ」
象はその鼻を伸ばし、拳志郎の顔を嘗め回す。
「……よしよし、朋友になってくれるか。じゃあ、友としての証に、お前に新しい名をつけてやるかッ。そうだな、ゾオウっってのはどうだ?」
拳志郎はそう言いながら、ゾウの鼻を優しくなぜた。そして再び周囲を見渡す……
「!?……ッてオイッ」
パォーン
なんと、暴れる象は『もう一頭』いたのだッ!
新たに現れた象も、周囲の街を破壊しながら突進してくる。
再び現れた象によって、落ち着きを取り戻しつつあった町の人々が、再び悲鳴を上げて逃げ始めた。
みな、必死に逃げるッ!
「みんな、逃げろッ! 僕が時間を稼ぐッ」
その象の行く手に、一人の若者が立ちふさがった。
先ほど、拳志郎にかわって幼児を助けてくれた青年だ。
拳志郎はチッと舌を鳴らした。
ヒーローぶっているのか何か知らないが、ただの素人だとしたら無謀着まわりない。
「オイ、アンタ……さっさと逃げろッ」
「大丈夫さッ」
その青年は、チラリとさわやかな笑みを拳志郎に向けた。
そして、拳志郎と同様に、象が突進してくるのを悠然と待ち受けた。
バォォオオ――――ンン
象が青年に向かって牙と鼻を打ち下ろすッ
シュルルルルッ
青年は『すり抜けるように』して、その象の初撃をさけた。
象が打ち下ろす鼻の勢いを利用して、鼻にからみつく。
そして、流れるような動きで鼻を伝い、象の背中に移動すると……
象の脳天に拳を突き入れたッ!
バォゴオオオオ――――ンン
さほど力を込めたとも思えない一撃。だがそれでも象は悲鳴を上げ、倒れた。
(ん? 何だ? 象の脳天に食らわせてやった時、一瞬アイツの体が『光った』ように見えたぞ……)
拳志郎は目をこすった。ジョージの背後に一瞬何かが『見えた』ような気がしたのだ。
「フゥ―――ッ」
青年は倒れた象にしゃがみ込むと、しばらく難しい顔で象の呼吸や眼球の動き、心臓の鼓動などを調べた。そしてほっとしたような笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。大きな怪我はないし、もう少ししたら落ち着くだろう」
拳志郎は ゆっくりと青年に近づいていった。握手もそこそこに興味津々、話しかける。
「ありがとうよ、あの子をたすけてくれて。ところでアンタは何者だ? さっきアンタの体が『光った』のを見たぜ……何か格闘技でもやっているのか」
「キミこそ僕以外にも真正面から『象』に立ち向かう男がいるなんて……びっくりさ。よかったら名前を聞かせてくれないか」
男はさわやかに答えた。
さわやかすぎて胡散臭いほどだ。キラリと、真っ白の歯が光るのが見えるような気がする。
拳志郎は、男の前で両こぶしをコツンとぶつけあわせてみせ、軽く会釈した。
「オレの名前は霞 拳志郎……見ての通り、日本人だ……第62代、北斗神拳の伝承……予定者だぜ」
予定者 と付け足した声は、少し小さかった。
「ほくとしんけん?東洋の武術かい」
「ああ、中国を源流とし日本で発展した武術だゼ」
「日本……では僕らは同盟国の出身だね。僕の名は……ジョージ・ジョースター。英国空軍のパイロットさ」
「よろしくな、ジョージ……」
「こちらこそ、拳志郎……」
二人の男は、グッと握手を交わした。
その二人の背後に、一人の老人が姿を現した。
老人はヨロヨロと二、三歩歩き、倒れた。苦しげにうめく。象の襲撃にやられたのだ。
「!?ッ」
「大丈夫か、じ――さん」
二人はあわてて老人に駆け寄った。
拳志郎は老人を優しく抱えた。シャツの袖をまくり、老人の怪我の様子を丁寧に調べた。
「ああ、アンタ大丈夫か……あっりゃあああ〰〰こりゃあ、腕が折れているね……結構ぽっきりいっちゃっているぜ、これ」
「そ れはたいへんだ。手当をしよう、この添え木を使って……」
ジョージは象が破壊した建物の木材を拾ってきて、老人の腕にしばりつけた。
拳志郎は老人の折れた腕をまっすぐに伸ばした。あっという間の技ではあったが、老人には激痛が走ったはずだ。
老人は脂汗を流しながらも、気丈に痛みに耐えていた。
「ガッ……あ、ありがとうございッ……ま、す……」
老人の手当てをしながら、ジョージは、幼き日、幼馴染のリサリサと共に『波紋』を教わった事をチラッと思い出していた。
チクリとジョージの胸に罪悪感が広がる。
(もし、僕がリサリサの様な『才能』があって、波紋が使えたなら……そうしたら大した痛みもなく、こんな骨折すぐに直してあげられるのに………)
ジョージは下唇をかみしめた。頭をよぎるのはストレイツォに波紋の呼吸方法を初めて教わった時の、苦い記憶だ。
それは幼少の時、幼馴染のリサリサともに波紋の簡単な手ほどきをうけたときの記憶だ。ついに念願の『波紋』をまなべる。そう思ってわくわくしていたのをよく覚えている。はじめだけ……
ジョージは、そのとき『何もできなかった』のだ。
もちろん、ジョージも精いっぱい頑張った。だが、何度挑戦しても、波紋については一片の可能性も感じられなかったのだ。
一方、ちょっと教わっただけで簡単に波紋を操って見せた幼馴染の姿は、今でも眩しく覚えている。
その屈辱の記憶は、今もジョージの胸をうずかせていた。
拳志郎が、ジョージの手当てをほめた。
「おっ、オマエなかなか手際よいな……じゃあ俺は」
拳志郎は老人を優しく抱きかかえ……
グサッ!
いきなり老人の首、背骨、そして腰骨の辺りに連続して指を突き入れたッ‼
ヒィツッ
老人が悲鳴を上げる。
「!?ケンシロウ、何しているんだ」
「なにって、俺なりの治療だよ」
拳志郎は首をすくめた。
「……消毒もしていない指を、ご老人に突き入れるのが『治療』だと」
なんて奴だ。
ジョージはイライラと言った。
そのすぐ横で『拳志郎に指を突き入れられた』老人がピョンと立ち上がった。
「!?あれっ、ずうっと、何年も、悩まされていた腰痛が………」
立ち上がった老人は驚き、困惑しながらも嬉しそうに言った。
「フフフ、気分はどうだね、ご老人? 悪いが勝手に腰の気脈の流れを直す『秘孔』を突かせてもらったぜ」
拳志郎が満足そうに話しかけた。
「俺たちの起こしたドタバタに巻き込ませて悪かったな。その骨折はまだ治るのにしばらくかかるだろうが、まっ 代わりにあんたの腰痛を直してやったぜ。………だから、これでオアイコってことで許してくれないか?」
老人はブンブンと首を振った。
「許すなんて、とんでもない! 貴方たちが助けて下さらなかったら、あのゾウにもっと酷くやられていたに決まっています。アンタがたは恩人です。何でも言ってくださいッ、お礼せねば」
「ご老人、俺たちは、ただこの辺りをぶらついていただけだ。何も気にしないでくれ」
「そうですか……」
老人は目を伏せ、すぐに二人にしがみついた。
「お二人ッッ、でっ、ではッ、その腕で我らを助けてくれませんか?」
「ご老人、何を言っているんですか?」
「お願いします、今の王を、追い払ってくださいッ。今の王が即位されてからのこの何年かと言う物、税は暮らしていけないほどに上がり、税の献上を断れば、あの王が気まぐれに暴走させる象や、放火、それから……」
ウッウウウッ……
話しているうちに、老人は泣き始めた。何か、嫌なことを思い出したのだろう。
ジョージは少し後ろめたい気持ちで、老人をいたわった。
「ご老人、気持ちはわかります。きっと、その苦労もいつかは終わるよ……」
嘘だ。
ジョージはこの国の宗主国、イギリス空軍の男だった。
そして、この地の残虐な王の地位を保証しているのは、間違いなく宗主国である大英帝国だということが、重々わかっていた。
「あっ、ありがたいことデス」
老人は感激して、ジョージにしがみついた。
そんな様子を見て、拳志郎は鼻を鳴らした。
「おいジョージ、お前はただ慰めるだけなのか?それでいいのか?」
「……もちろんよくないさ」
「だったらグダグダ言ってんじゃぁねェ。ここまできたら行動あるのみだろう―がよォッ!」
「拳志郎、少し話をしよう………でもここは話をするのに向いてないから僕の家に来いよ、ついでにこの辺りの案内もしよう」
ジョージは老人に「これで美味しい者でも食べてください」と、手にしたコインを手渡した。そして拳志郎を自宅へと案内した。
◆◆
ジョージの家は、それは立派なコロニアル様式の邸宅であった。フットボールができそうなほど広い庭には赤やピンクのバラ、熱帯の派手な植物などが品よく植えられており、その庭の真ん中に高級なマホガニーの木材がふんだんに使われた2階建ての邸宅が
建っていた。
だがそんな豪邸を見た拳志郎は、感心しない……というふうに鼻を鳴らしただけであった。
「こりゃあ豪勢な家だな」
「母の実家がこの国で医師をやっていてね……それから、国から少し恩給をもらっているからね」
ますます拳志郎は、大きく鼻を鳴らす。
「……なるほどねぇ〰〰ご立派なもんだ………こんな豪邸に住んでいたら、この土地に暮らす奴らの気持ちも、生活の苦しさも、全然感じねぇ―だろうなぁ」
「……確かに、僕たちは恵まれている。それはいつもそう思っている……痛感しているよ。だから僕たちには責任があるってことを理解しているつもりさ」
「
「そうだ」
ガチャッ
ジョースター亭の扉が開き、中から満面の笑みをたたえた妙齢の女性が顔を出した。
ジョージの母、エリナ・ジョースターであった。
エリナは今にも飛びつきそうなほど息せき切ってジョージに駆け寄った。
「ジョージッ待ってたのよ。長旅ごくろうさま……あら、この方は」
「母さんッ、元気そうで何より。それで彼は……ええとぉ……?」
ジョージは、さっき知り合ったばかりの年若い友人を母に紹介しようとして、口ごもった。
そういえば、拳志郎の事をあまりよく知らないのだ。
困っているジョージをしり目に、拳志郎は如才なくエリナに微笑みかけた。
「初めましてマダム。私は霞拳志郎と申します。日本人です」
エリナは笑みを浮かべる。
「えぇと、ケ……ケ…ンシ・ロ……ウさんね。わかったわ。お会いできてうれしいわ」
「こちらこそ美しいマダム」
意外なことに、拳志郎は愁傷な態度であった。先ほどの粗雑な態度とは打って変わった立ち振る舞いあった。。
深々と頭を下げる拳志郎に、エリナはすっかり好意を抱いたようである。
エリナと拳志郎は、和気あいあいと談笑しながら歩く。ジョースター家の門をくぐり、庭を抜けた。
そこでエリナは庭に咲くバラを拳志郎に見せ、拳志郎は礼儀正しくバラの香りを嗅ぎ、品種を当ててみせた。その後ろを、ジョージが黙ってついて行く。心なし、苦虫をかみつぶしたような表情に見える。
まさに拳志郎が屋敷に足をふみ入れる直前、拳志郎の訪問に異議を唱える者が三人の前に現れた。
文句を言っているのは、ノーマンという名のジョースター家の召使い頭であった。
ノーマンは玄関の前に立ちふさがり、建物に入ろうとした三人を押しとどめた。そして胡散臭げに拳志郎を睨みつけながら宣言した。
「奥様、申し訳ございません。あろうことか、アヘン臭い東洋人がかってに神聖なるご邸宅に侵入するなど、あってはならぬこと……すぐ叩きだします」
「ノーマン……」
エリナは顔をこわばらせた。
「奥様ご心配なさらず」
ノーマンは、そんなエリナの表情を見て、さらにイケダカな口調で言った。
「オイそこの東洋人、わが由緒あるジョースター家の玄関を、お前の様な薄汚いアジアンのガキが足を踏み入れられると思っているのかッ! さっさと出ていけ。臭いにおいがお屋敷に移ったらどうするんだッ」
シッ
ぶしつけに拳志郎の手を掴もうとしたノーマンの手をエリナがつかんだ。
「……奥様、お手をお放しになってワタシにお任せください。心配はご無用です。すぐに下賤な輩はたたき出しますから」
慇懃無礼なノーマンの口調に、エリナの顔がゆがむ。そして尚もなにか口を開こうとしたノーマンの横顔を、問答無用に張り飛ばしたッ!
「ノーマン……心配するのはあなたよッ! 我が息子が連れてきた『友人』を叩きだそうなどと言語道断ッ。たった今あなたはクビよッ、即刻出ていきなさい」
エリナは、はいつくばるノーマを冷たく見おろし、そう言い捨てた。
「なッ……そんな、奥様……」
ショックを受けたノーマンが、エリナに向かって手を伸ばす。
だがエリナは、その手をステッキで弾き飛ばすッ!
「うるさいッ……ジョージ……この男をたたきだしなさい!」
すっかり激昂したエリナがジョージに命令した。
「了解だ、母さん」
ジョージは嬉々として、ノーマンを羽交い絞めにした。そのままずるずると玄関の外へ引っ張り出す。
「よせっ、やめてくれッ、おっ、奥様ぁぁぁあああああぁぁぁお慈悲を」
ノーマンが啜り泣き始める。
「早くジョースター家から出て行けッ!」
ジョージはノーマンにこれまでの給料を無理やり握らせると、哀願する声を無視して邸宅の門を乱暴に閉めた。
パタンッ!
門を閉めると、ジョージはまた爽やかな笑顔を見せ二人のところに戻ってきた。
「よし、片づけ終わった。待たせたね、拳志郎」
「いやいや、面白いものを見させてもらったぜ」
うそぶく拳志郎に向かって、エリナが深々と頭を下げた。
「お客人、このたびは『召使だったもの』が失礼しました。ご無礼、どうかご容赦してくださいませんか」
「いやぁ、気にしないでください。なんとも思っていませんよ。この程度を気にしていたら、大英帝国の統治領にアジア人の身で入ってはいけないですからね」
拳志郎が皮肉たっぷりに言った。
「……」
エリナとジョージは返答に困り、ちょっと黙り込んだ。
誰に指摘されるでもなく、自分たち英国人がこのインドの地にいる事の不自然さは、二人とも十分にわかっていたのだ。
「拳志郎、とにかくここは自分の家だと思ってくつろいでくれよ。遠慮はいらないさ」
沈黙を壊すように、ジョージが勤めて明るく言った。
◆◆
その夜、夕食の場で:
「まぁ、ではアナタがジョージを助けてくれたのね」
エリナが拳志郎の両手を握りしめた。
「イッヤァアーそういう訳ではないんですがね。むしろ俺の方が息子さんに助けてもらったようなもので……」
「あら、そうですか……なんにせよ、あなたはジョースター家の客人です。ここでは自分の家のように、くつろいでくださいね」
エリナはそう言った直後、呼びに来た別の執事に呼ばれ、パタパタパタと音を立てて食堂から出て行った。
後には、ジョージと拳志郎の二人が残った。
「……いいお母様だな」
「そうだね、でもいい年して子離れしてくれなくてね」
ジョージは手にしたワインをグイッと一飲みにして言った。
「なるほどな……でも、うらやましいぜ。俺には母親がいなかったからな」
「そうか………実は僕には父親がいない。僕がおなかの中にいるときに、僕と母さんを守るために命を投げ出してくれたんだそうだ。」
「そうか………ジョージよ、お前には父親の記憶が無い。おれも母親の記憶はないって訳か。俺たちにも少しは共通点があったってぇ訳だ」
「ハハハそうだね」
ジョージはさびしそうに笑い、拳志郎にマンゴーをすすめた。
「ここのマンゴーは絶品だよ。絶対試すべきだ」
「へぇ……」
拳志郎は勧められるがままに皿の上に載った山盛りのマンゴーに手を付け、目を輝かせた。
「ほぉ、俺にはちょっと甘すぎる気もするが、確かにうまい」
「今の季節は、うまいんだよ」
二人は少しの間黙って、テーブルに乗せられた料理を食べることに集中した。
その静寂を破ったのは、拳志郎であった。
「……ところでジョージ、質問がある」
「何だい?」
「お前が放ったさっきの拳の話だ。あの光る拳はいったい何だ?」
「光る拳?」
「オイオイ……ジョージ隠すなよ。なぁ……お前、どんな『力』を持っているんだ?」
「何を言っているんだい?……僕に『特別な』力?そんなモノは……ないよ」
ジョージは少し困惑しながら答えた。
『特別な力』と聞いて思い出すのは自分ではなく、『特別な』才能を持つ幼馴染、リサリサの姿だ。自分ではない。
(亡き父や……幼馴染のリサリサのように、僕にも波紋の才能があったなら、あの怪我した老人も、もっと助けてあげられたのに………)
ほろ苦い思いが、胸につく
「ところで、キミこそさっきあのご老人に施したのは何だい? 君があの老人の体を『押し』たら、あの老人の腰痛が『治った』。あれは、一体どういう技なんだい? もしかして……」
ボリボリッと拳志郎が首の裏をかいた。
「あぁぁ~~~、なんつぅーーか、あれは『経絡秘孔』って奴だ……つまり、ヒトの体には、体の動きや治癒、成長をつかさどる機能があるだろ? 『経絡秘孔』っってぇのは、その機能を動かす、スイッチみたいなものだ……わかるか? 俺の『北斗神拳』はその『秘孔』を操ることが出来るのさ」
「『北斗神拳』?」
ジョージは首をかしげた。正直、そんな名前の拳法は聞いたことがない。
拳志郎は、自慢げに言った。
「ああ……『北斗神拳』だ。俺が学んでいる、不敗・無敵の一子相伝の暗殺拳だぜぇ!」
「不敗?無敵? それはすごいね。すげーうらやまし――」
「そうだろ?……ところで、あの象があばれた理由がわかったぜ。………あの助けた象なゾオウって名付けたんだ。で、ゾオウの健康状態を調べたところ、高濃度の『アヘン』が打たれた形跡を見つけたゼ………つまり、ゾオウはわざと錯乱させられ、あの村に放たれたのだ。暴れたのは、ゾオウのせいじゃねーぜ」
「なんだってぇ!」
ジョージは顔をしかめた。
「なんて酷いことを……」
「幸い、ゾオウも、お前が気絶させた象……カイゾウって名前にしたぜ……も、まだ致命的な中毒にはいたっていなかったぜ。だから、しばらくすれば元に戻るだろう。俺が『経絡秘孔』を突いて解毒しておいたからな」
そう言うと、拳志郎は唐突に立ち上がった。
「!?どうした拳志郎? 」
「……ジョージよ、世話になったな。飯、うまかったぜ。エリナ婦人にも飯の御礼を、伝えてくれ。アイサツもせずに出ていく非礼も、わびておいてくれ……俺は、行くぜ」
「ここを……でていくのか」
「なに、ちょっとばかり、『落とし前』をつけにね……ヤボ用だぜ。それに、やはりアジア人の俺には、ここが相いれないことは良くわかったぜ。悪いが、この支配者然とした建物が鼻についてしょうがねぇ」
「…………」
「ハハハッ気にすんなよ。アバヨ、ジョージ」
拳志郎がそう挨拶して、客間のノブに手をかけた。
1人で、マハラジャの元へ乗り込もうというのだろう……
ギュッ……
まさに出て行こうとするその背中に向かって、ジョージが声をかけた。
「待て、ケンシロウ」
「なんだ、怒ったか?」
「僕もやる……」
「フッ……」
決意に満ちたジョージの顔を見て、拳志郎は満足げにうなずいた。
◆◆
屋敷の外に出ると、そこには解毒され、すっかり元気になったゾオウとカイゾウがまっていた。
「パオ―――ン」
二頭は拳志郎とジョージの姿を見て、のそっと立ち上がり、二人にすり寄ってきた。
「おお、ゾオウ。お前も一緒に来てくれるのかッ! ありがとよぉ……じゃあ、お言葉に甘えて、背中にのせてもらうとするかい」
拳志郎はイタズラ好きの子供のように、ククク と笑った。
◆◆
ゴアを治めるマハラジャ(王)の邸宅は、町を見下ろす丘の上にあった。
それは高い城門に囲まれた、家と言うよりも城というのがふさわしい、豪奢な建物であった。 城内には100名以上の衛兵が住んでおり、マハラジャの身を守っている。
ガッシャァアア―――ン
突然、その邸宅に大きな音が響いた。
何事かと見張りの兵が見に行くと、巨大な二頭の象の背に乗った男が二人、邸宅の正面に突撃してくるところであった。
にわかには信じがたい光景だ。
慌てた兵隊たちが、口々に叫びだす。
「!?何だ?なにが起きた?」
「報告いたします……なッ、なんと……象が、先ほど町に放った象が戻ってきて暴れていますッ! 今の音は、主門が象二体に破壊された音ですッ」
「なんだってェ! すぐに王様と……クーラ様に連絡しろッ!」
ガシャァアアアンッッ!!
慌てふためく兵士達をしり目に、城門はあっという間に完全に破壊された。
壊れた城門を二頭のゾウが潜り抜けた。
象は礫をまき散らしながら走り、城内を破壊する!
その象の背に乗っている拳志郎は、すっかりご満悦な様子であった。
「ワッハハハッ、ゾオウッ、それからカイゾウッ! ありがとうよッ。さすがは哺乳類最大種のパワーだぜェ! あんなでっけぇ門が、紙クズみてぇにぶっとんじまった。楽しいなぁ、オイッ」
「ブァオオオオ――――ンン!」
ゾオウ・カイゾウ、二匹のゾウが力強く吠えた。
一方、楽しそうな一名と二匹を横目に、もう一頭の象の背に乗っている男、ジョージは頭を抱えていた。
「……何も考えず正面からの突撃ってぇ〰むちゃくちゃだ」
「ふっ……これは操象戮狟闘法 (そうぞうりくかんとうほう)って奴よ、象を操り戦闘に利用する技をつかって、この城をうばうって料簡よ。なぁ、お前も聞いたことあるだろ? 操象戮狟闘法のうわさはよォ」
拳志郎は偉そうにそういうと、煙草に手をやりかけ……その煙草を道に投げ捨てた。自分が象の上に載っていることに気が付いたのだ。象の背中を焦がす訳にはいかない。
「そうぞうりくかんとうほうぉ??そんなの聞いたこともないぞ?」
「馬鹿野郎、お前勉強しろよッ、こりゃあ、ものの本に書いてある由緒正しい戦い方だぜェ~~ッ」
「ほんとかよ? 信じられないな」
拳志郎は踏ん反りかえっている。
「ははは、本当だぜ。ついひと月前に、知り合いのインド人に教わった技なんだぜェ~~」
操象戮狟闘法 (そうぞうりくかんとうほう)
――――――――――――――――――――
陸上最大の生物・象は 、最大の破壊力をもつことで有名である。
象の欠点とし 鈍重な動きがあるが 、それを特殊な訓練法により 恐るべき敏捷性を身につけさせ 、これを数々の秘技をもつ戦闘法として確立したのが古代インド人である。
古代インドでは 戦争の時 、象の多寡で勝敗が決するとさえ言われた。
ちなみに 英語で象をエレファントというが、これは 当時象の訓練を 、インド洋上のエレファン島で行っていたことが語源といわれる。
――――――――――――――――――――
民明書房刊「闘う動物大百科」より
一方、衛兵たちはようやくパニックから回復しかけていた。
「くっ、今からでも遅くはないッ! 被害を最小にとどめるんだッ!」
「ハイっ!」
「ヨシ、撃ち方準備だッ!」
そこに、ようやく見張りの兵士たちも城門に顔を見せ始めた。
ブンッ
そのうちの一人が、拳志郎に向かって矢を放った。
「甘いぜッ! 2指真空波だッ!」
拳志郎が右手を振りまわした。
すっと二本の指で矢を掴むと、グルッと手を回して矢を射かけた見張り兵に投げ返す。
「!?」
言葉にならない悲鳴を上げ、見張りの兵が倒れた。
拳志郎はトントンと象の背を叩いた。
「よぉし! ゾオウ・カイゾウ、ようやく見張り兵が出てきたから、お前たちはここまででいいぞぉ……奴らがお前たちに毒矢でも放ったら、ことだからな。だから、ちょっと城を出て、この先の森で待っていてくれや……だがいいか、その前に俺達を……」
拳志郎が、イタズラっぽく象に向かって囁いた。
「パォオオンッ」
ゾオウとカイゾウが、承知したというように鼻を高く上げた。
まずはゾオウの鼻がくるくると動き、拳志郎を抱え上げたッ!
つづけてカイゾウの鼻が、ジョージの胴体に巻きつけられた。
ジョージは自分がグイッと持ち上げられ、足が地面からはなれたのを感じて大いにあわてた。
「えっ?? オ……オイ、よせッ」
「パォオオオオンン!」
カイゾウ(ジョージが倒した象)は、鼻で大きく振りかぶると、掴んでいたジョージを一気にマハラジャの居城の奥へ、放り投げたッ!
同時に、拳志郎もゾオウによって投げられるッ!
「うぉおおおおおおッ!」
象に投げ飛ばされ、宙を舞う二人ッ!
空中で拳志郎はジョージに向かって拳を突き出す。
「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、さすがすごいパワーだねェ。面白いな、ジョージィ」
「ワハハハハッ、拳志郎、なんてめちゃくちゃな奴だッ! だが、付き合うぞッ」
なぜか、少し楽しい気分になってきたジョージが笑みを浮かべた。
拳志郎が突き出した拳に自分の拳をコツンとぶつける。
ザシュッ
ジョージと拳志郎の二人は、城壁を越え無事に着地した。
二人は、ジャリジャリと音と土埃を立てて地面を滑った。硬い地面の上を砂埃を立ててゴロゴロと転がり、投げられた勢いを殺す。
二人が放り投げられたのは、どうやら城の三階にある中庭の様な所であった。
二人は埃を払いながらゆっくりと立ち上がると、グルグルと肩を回したり、ポキポキと指を鳴らした。
「さぁジョージィ、もう後戻りはできねーぞぉ」
「めちゃくちゃな奴め……だが、わかっているさ……こうなったらとことん行くしかないッ、このまま上まで突っ切るぞ」
「そうこないとねぇ」
男たちは不敵に笑い……すぐに真剣な顔に戻った。
「☆X@$SGTH!」
「&^VHGTH@!」
中庭のあちこちから怒鳴り声が響いたのだ。すぐに、武器を手にした兵士たちがバラバラと中庭に姿を現し始めた。
兵士たちは、拳志郎とジョージを遠巻きに取り囲んでいく。
だが、二人の男は、悠然としたたたずまいで、その光景を眺めていた。
「ほうら、さっそくやってきたぜ。ジョージ、気合い入れろよォお」
「お前もなッ、拳志郎ッ!」
絶体絶命の状況の中、なぜか二人の漢たちは楽しげに笑いあっていた。