ジョージ・ジョースターの拳 Street Fighting Men (ジョジョX蒼天/北斗の拳)   作:ヨマザル

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狩猟

インドの南西部の海岸線には、密林が生い茂る湿地帯が広がっている。その湿地帯には5Mにもなる大型のヌマワニが、さらに海水と淡水がまじる汽水域には、6Mにもなる世界最大のワニ、イリエワニが巣くっている。さらには豹、各種の猿、極彩色の鳥が数多く住む、野性の大国だ。

 

バオーン

 

その密林の中を、二頭の象が進んでいく。

一頭の象の背には拳志郎が、もう一頭の背にはジョージとクーラが揺られていた。

 

バリ

バリッ

 

泥を跳ね散らかし、小川を突っ切り、ゆく手を遮る木々をへし折りながら、象は力強く進む。そうやって象の背に揺られて進む旅を、もう10日は続けているであろうか。

 

ジョージはハヤル気持ちを紛らわすため、象の背中をそっとさすった。ちくちくした象の皮膚が、手のひらを刺す。

(ああ、チベットは、波紋法のみんなは、無事かな……)

ジョージの脳裏には、美しいチベットの景色が思い起こされていた。

神々しくきらめく山々、轟音を轟かせて渓谷を流れ落ちる川、滝……

波紋法を学ぶ者たちが集う、太古からの寺院。その寺院に張り巡らした綱の上に、無数にひるがえっている、色とりどりの無数の小旗たち。

そして、いたずら好きな子供達、優しく微笑む老師、高弟たち……最愛の妻、エリザベスの姿。

 

まるで昨日見てきたように、ハッキリと思い出せる。だが最後に訪れたのは、世界大戦の前だ。

あの牧歌的な地が、果たしてまだそのままに保持されているのであろうか。

 

と、象が行く足を止めた。追憶にふけっていたジョージは、ハッと我に帰った。

ジョージの前で象を進ませていた拳志郎が不意に象を止めたのだ。そして、ヒラリとその背中から飛び降りた。

 

拳志郎は辺りを見回し、ほっと息をついた。長い移動ですっかりこわばってしまった体を、大きく伸ばす。

ついに、目指す川のほとりに到達したのだ。

ゴアから北に抜ける道は、この間の嵐で完全に崩れ、ひどいぬかるみにおおわれていた。

ゴアから北へ向かう道は、この先100Km、ひたすら泥道だと言う話をきき、三人はジャングルを突っ切って、このテレコール川のほとりに進むルートを取ることにしたのであった。

 

拳志郎は、ここまで自分たちを運んでくれた象の鼻をさすり、その労をねぎらった。

「おぉ、ゾオウよ、カイゾウよ、お前達が助けてくれて、助かったぜぇ」

 

ゾオウ、カイゾウは鼻をさすられて、嬉しそうだ。まるで子ブタのようにぶぅぶぅと唸りながら、拳志郎の体にその巨体をこすりつけている。

 

「おぃっ、くすぐってぇぞッ!」

普通の人間ならば、二体のゾウに体をこすりつけられたら、その圧力でペシャンコになってしまうだろう。しかし、拳志郎にとってはまるで犬にじゃれ付かれた程度のことだ。

拳志郎は迷惑そうに、だがちょっと嬉しそうに二頭を突き放した。

「よしよし、名残惜しいがお前達とはここまでだな……達者で暮らせよ」

拳志郎が腕を差し出す。するとゾオウ、カイゾウが、その鼻で拳志郎の腕をパチンと叩いた。

 

最後に、二頭は拳志郎に頬をこすりつけた。そしてクルリと三人に背を向けると、背後に広がる密林の中に入っていった。

 

「……もう、馬鹿な人間に捕まるんじゃぁないぞ」

二頭を見送りながら、ジョージがぼそっと言った。

 

「ちっ……」

拳志郎は、二頭に背を向けた。ジョージとクーラに見えないように、こっそりと袖口で目元をぬぐう。

そして、二人の方に向かって話しかけた。少しワザとらしげな快活な口調だ。

「フッ……奴らはアヘンの禁断症状にも耐えきったんだぜ。強えぇ奴らだ。……ゾオウたちは何があっても大丈夫だろうよ」

 

「そうだな……」

 

「ちょっとォッ、そこのカッコつけて密林を見ている『漢』二人ッ!」

腕組みをして象を見送る二人に向かって、クーラが声をかけた。不機嫌そうな口調だ。

「あのかわいそーだったゾウを助けたのは良かったけれど、この後はどうやって進むのよッ!……まさか、このジャングルを、何の装備も持たずに行くわけじゃないでしょうねッ!」

 

ハッと、拳志郎が肩をすくめた。

「細けぇこたぁいぃんだよ。クーラァ……元斗の伝承者様ともあろうものが、つまんねーことを気にすんなよ?」

 

「細かいことぉ?何を言っているのよッ!」

そう言うと、クーラはイラタダしげに手をパタパタさせ、あたりを飛び交う虫を追い払った。

「ああっ、スゴイ蚊ッ」「これ、この後もっとひどいことになるんじゃあないの?……あんまり蚊に刺されたら、マラリアやデング熱になるかもしれないのよ」

 

「まぁ、蚊にはやられるだろうな」

拳志郎も、ボリボリと蚊に刺された箇所を掻いた。クーラと同じように一匹、二匹……とやって来た蚊を手で追い払っていたが、すぐにあきらめる。

「だが、気合だよ。キアイィッッ。フンッ!」

拳志郎は全身から闘気を一瞬放出した。不意に吹き出した闘気にやられ、周囲の蚊がパタパタと落ちる。

「しかもクーラよぉ……こりゃあ、『気を練る』為のいい訓練になるんじゃあねェか?」

 

「まぁ……確かにそうやって薄く気を貼っていれば、蚊も寄ってこないけどね」

メンドクサイのよ。

 

「僕はそんなに悪くないと思うけれどなぁ……ものは考えようだよ」

うんざりした様子のクーラに、ジョージがニコニコと話しかけた。

特に『気を張っている』様子もないのに、なぜかジョージはまったく蚊に刺されていないようだ。

「そうだ。カヌーを作ろうよ。それで、川を下って海まで進むんだ。カヌーをこいでしばらく北に上がっていけば、次の町に出るから、食糧とか何かを調達して、また進めばいい」

 

「はぁ?かぬぅ――?」

ジョージの提案に、クーラは露骨にいやそうな顔をした。

「嫌よ、この沼にカヌーを浮かべるなんて。ここ、まさに蚊の巣窟じゃあないの」

 

「イヤイヤ……君たちは気合いで蚊を吹っ飛ばせるじゃあないか。僕は蚊にはやられない体質だし……楽しいと思うよ。それにたった700Kmぐらいの行程じゃあないか。700Kmも行けば大きな町がある。そこからは、陸に上がって陸路でチベットに入るつもりだよ」

 

「嫌なら引きかえしてもいいんだぜぇ、クーラぁ?お前が逃げ出したことは、言わないでやるからよォ」

拳志郎があおった。

 

「あぁぁ?」

 

「おおっ?闘りたいかぁ?だが元斗の正統伝承者どのとは言え、おりゃあ女とは闘らねぇぞぉ」

 

「くっ……わかったわよ。行くわよ。行けばいいんでしょ?」

クーラが、やけくそ気味に言った。

 

     ◆◆

 

それから半日、三人は悪戦苦闘しながらカヌー作りに取り組んだ。ジャングルの木を切り倒し、中をくりぬく。ようやく中々に立派なカヌーを作り上げることに成功した時には、すでに夕方に近くなっていた。

 

本来なら、ここで夜を明かし、朝を待ってから次の行動に移るべきであった。だが蚊の襲来にすっかり嫌気がさしていたクーラがすぐに出発することを強硬に主張した。結局その意見に従い、三人は早速カヌーに乗ってテレコール川を下り始めることにした。

ジョージ達を乗せた丸木舟が、茶色い水が満ちた川に浮かんだ。ゆっくりと流れる川の流れに乗って、カヌーは進みだす。時折、ギャァギャァとけたたましい声を出しながら、極彩色の鳥が川を渡って飛んでいく。

周囲にはうっそうと生い茂った木々や蔦が絡み合い、先をふさいでいた。

三人は、木と蔦のわずかな隙間を探しては、丸木舟の先端を突っ込み、進んで行った。まさに、『冒険』と言う言葉にふさわしいやり方だった。

拳志郎は直ぐに楽しそうに鼻歌を歌い始めた。ジョージも満足そうだ。ずうっと文句を言っていたクーラも、時折笑みを浮かべる。

三人とも、わくわくしていた。

 

だが道中ほとんど変化がなかった。そのため早くも数時間後には、拳志郎はすっかり退屈していた。

 

退屈するのも無理はない、見えるのはどこまで漕いでも茶色の川と、川岸までべったりと生える緑の樹々、曇り空 といった代わり映えしない景色なのだ。しかも、モウモウと絶え間なく襲い掛かってくる、蚊の集団のおまけつき……だ。

 

「ジョージっ!あとどれくらいだ?チベットまで」

とうとうオールを放り出し、拳志郎はカヌーの船底にゴロリと横になった。

蒼い空を見上げると、川の対岸へ向かって猿が飛ぶのが、ちょうど目にとまった。

 

「後3週間だッ……」

ジョージは答え、一休みするか、と自分もオールを引き上げた。

 

 

 

漕ぎ手不在のまま、カヌーは川の流れに乗ってゆっくりと流れていく。

 

「フ―――ッ たまらないねェ……お前、パイロット何だろ?飛んで行こうぜ……どっかに飛行機が落ちてねーかな」

 

「そんなの落ちてるわけないでしょうが、馬鹿ね」

 

「……オイ、クーラ……なんだ?なんでお前ひとりだけ、何もしねーでただカヌーに乗ってやがる?」

 

「はぁ??アンタたちみたいな馬鹿でかい男達がいるのに、なんで女の私が汗水かいてカヌーを漕がなきゃいけないよの。ふざけないでよ」

それに、今はアンタだって休んでいるじゃない。

 

「キミ……初めて会った時は女性だからって特別扱いされるのをあんなに嫌っていたじゃないか」

 

「!?ジョージッ、もちろん冗談よ。ただちょっとこの筋肉ゴリラをからかっていただけ。もちろんチャンと漕ぎますわよッ」

バシャッバシャッ

クーラはカヌーの底に一本だけ残っていたオールを掴み、川面をチョコチョコとかき混ぜ始めた。

 

ジョージが、二人を慰めた。

「二人とも、楽しんでいこうぜッ。よく見りゃ、きれいな景色じゃあないか。なんかこう、雄大でさ…………それに、このあたりのマングローブの森の中はワニはいるし、毒蛇や毒虫、それから……なにかもう色んなものがウジャウジャいるんだ。ここは、とっとと抜け出したほうが、賢いぜ」

 

「このつまんねー景色を見て楽しめるお前が、羨ましいぜ。だがまぁ、お前の言うことも一理あるっちゃああるか。仕こうなりゃぁこの旅をできるだけ楽しんでやろうじゃねーか」

拳志郎が、再びオールを手に取った。

「ホレッ、リズムを合わせてこぐぞ」

 

気を取り直した一行は、カヌーを進めようと真面目にこぎ始めた。

「……って、ジョージ、オメ~のリズムが一番むちゃくちゃだぞ。合わせろ」

 

「……人に合わせるのは苦手なんだ。大嫌いなんだ」

ジョージが仏頂面で答えた。

 

ビシャツ。

ジョージの漕いだオールが、クーラと拳志郎のオールにからまった。

 

「オイオイ、何やってんだよ」

 

「お前がボクに合わせればいいじゃないか」

 

「ふざけんなよ。お前が俺に合わせろよ」

 

 

「わ……私は構わないわよ。私がジョージに合わせるわよ。拳志郎、アンタもよ」

「クーラ、すまないね。ボクは回りに合わせるのが苦手なんだ。助かる」

 

ハッ

拳志朗が首をすくめた。

「なぁに言っているんだよお前。だいたいお前は軍人なんだろ?人に合わせるのが苦手な奴が兵士としてやっていけるのかよ……っていうか、お前もいい年こいたオッサンなんだから、若者に合わせろよ。それが、いい大人って奴だろうが」

 

「……パイロットは大勢で息を合わせて行動したりしないからね……それから言っておくが、ボクはオッサンじゃあない。まだ20代なんだからな、訂正しろッ!」

 

ブッ、拳志郎が吹いた。

「20代……ウソだろ? 英国紳士たる者ウソはいけないぜ、嘘は」

 

「なっ!ぼくは29だッ!」

ジョージが口をとがらせた。

 

へぇ……と、クーラと拳志郎が顔を見合わせた。

「そうなの?お……大人っぽく見えるのね……」

「おりゃあ、……アンタは40くらいだと思っていたぜ。だが、俺にとっては、やっぱりオッサンだぜぇ~~19の俺と比べたらなッ」

 

得意げに言った拳志郎に向かって、今度はクーラが吹きだした。

「じゅうきゅうッッ!?アンタ、私より3歳しか年下じゃないっての?もっとガキだと思っていたわ」

 

「ガ、ガキィ?俺がか?」

 

「ハッハッハッ!極東アジア人は、幼く見えるからなぁ?……それとも、精神的にガキだからかな?」

形勢逆転のチャンスと見たジョージが、拳志郎をからかった。

 

むうっ……形勢不利とみた拳志郎は、ぷぅ とむくれ、再びオールを手に取った。

「うっせぇ!さっさとこぐぞッ!オッサンとババアッ」

 

プチッ!

 

「あぁぁあああッ?何だと、クソガキッ!」

親しい中にも言って良いことと、悪いことがある。

次の瞬間、クーラとジョージは見事に息のあった動きを見せた。

二人は時間差で拳志郎に跳びかかった。

始めに飛びかかった自警団

あっという間に組伏せた。そして、なおも抵抗する拳志郎を二人がかりで抱えあげ、船縁から放り出した。

 

バシャッンッ

 

派手な水しぶきをあげ、拳志郎は頭から川に突っ込んだ。

「クッ……卑怯だぞ、二対一なんてよぉ」

ブシュツ

川面から頭をだし、拳志郎が抗議した。

 

「ウッサッ!川に放り投げただけで許してやったんだから、感謝してさっさと上がってきなッ」

その拳志郎の顔面に、クーラが水をかけた。

「……大体、アンタ生意気なのよッ、一介の『候補者』ごときが、正式の『伝承者』さまに対して……、何て口をきいてるのよッ」

 

「この海には、マーダー・クロコダイルがわんさかいる。ワニにかじられたくなければ、早く上がったほうがいいぜ」

ジョージは、ニヤニヤしながらオールを拳志郎に差し出した。 大人しくオールに掴まった拳志郎を、一気に持ち上げる。

 

「ちょっとォ、もっとゆっくり上がってきなさいよ。水を跳ね散らかさないの。濡れちゃうでしょうが」

泥水が服にチョッピリかかり、クーラは眉をしかめた。

 

(この、アマ……)

拳志郎は、せめてもの当てつけに、まるで子犬のように盛大に体を震わせ、体の泥水をはねちらかした。

 

ブルブルブルッ

 

「ウワッ、わざとやったわね……。かわいくないねェ」

 

「うるせ―― ……チッ、お前達のせーで泥だらけになっちまったじゃネーかよ」

 

「ちょっとぉ、綺麗に泥を流してから戻ってきなさいよ。臭いじゃない」

 

(このヤロ――) 

向かっ腹をたてた拳志郎は、暴れるクーラを強引に小脇に抱え込んだ。そして、もう一度、クーラもろとも川の中に飛び込んだ。

 

     ◆◆

 

カヌーは川の流れに乗って順調に進み、夕方になる前に海までたどり着いた。

三人の拳法家たちは、力をあわせてカヌーを漕ぎ、日が沈むギリギリまで海岸沿いを北上していった。

 

その晩は、マングローブの森の中に見つけた小さな泥の島に、カヌーを止めた。

他にちょうどいいところもなかったので、三人は一晩をこの島で過ごすことにしていた。

 

幸い、軍隊の特殊訓練を受けていたジョージは、このような場所でもキャンプをする術を心得ている。

三人はジョージの指示で、マングローブの木によじ登り、その枝を束ね、木の上にいごこちの良いシェルターを作った。その上に網をかぶせ、簡易的な蚊屋とする。

熱帯雨林の森には、恐ろしいほどのヤブカが巣くっているのだ。

 

それから、ジョージは、泥を掘り返して小さな竈を作った。

ジョージは一本の木を切り倒し、器用にたきつけを作った。そのたきつけを竈に押し込める。

泥だらけですべてが湿っているマングローブの密林の中、あっという間に竃に火を起こしてみせた。

 

その日の夕方……

クーラと拳志郎は、連れだって、なにか食べられるものがないか、探しに出かけた。

ジョージはひとり、火の番をしながら、物思いにふけっていた。

 

パチッ

「ふぅ、なんとか今日はここで寝れそうだね。あの調子なら食料も簡単に調達できそうだ」

 

パチッ

 

(波紋の里が、襲撃された?だって?なぜ、何のためにだ)

 

パチッ

 

ジョージは、揺らめく焚火の奥に、懐かしいチベットの景色を思い起こした。

あれは、世界大戦が始まる数年前のことだ。チベットの寺院の近くで、エリザベス――リサリサ――と、彼女を養育したストレイッォ叔父と、三人で焚火を見つめていたことがあったっけ。それは、懐かしくも心温まる思い出だ。

(リサ……エリザベス……どうか、無事で……)

 

バキボキボキッ

 

と、ジョージの物思いは騒々しくキャンプに戻ってきたクーラと拳志郎によって破られた。

 

「ジョージ、泥を掘ってカニをとってきたわ。おいしそうよ」

 

クーラがほうってよこしたズタ袋の中を開けると、そこには丸々と太ったマッド・シェル・クラブが詰まっていた。

 

「フフフ……大量よ。それに、たまたまそこに寝ていたでかいワニと、帰りがけに見つけた大蛇を一匹、捕まえてきたぜぇ」

拳志郎が、肩に担いだ獲物を二匹、自慢げに見せた。

「どうだ、うまそうだろ……どうやって食うんだかわからねぇがよぉ」

 

「……皮をはいで、内臓を掻きだすんだ。海の水をかけると塩がをつく。でかい木の枝を突き刺して、火にかけて焼こう」

 

「おお、いいねぇ。それで、誰が料理するんだ」

 

「……僕がやろう。ここで処理すると何か肉食の獣が寄ってくるかも知れない……海の近くまで持って行って、処理するよ。こっちの火も安定してきたし、薪もあるしね」

 

「お願いねッ、おいしく焼いてねぇぇ〰〰!」

 

「ハイハイ……君たちはカニのほうを頼むよ」

 

     ◆◆

 

マングローブの密林、外洋との境目にて:

 

ジョージは解放された気分で、日が沈みかけ、紅くそまる水平線を眺めていた。水平線の上には、雲が黒々と伸び、紅い色は海と雲の間に挟まれている。ふっと、海から風が吹き、ジョージの襟を揺らした。

確かに三人での旅は楽しい。だが、根っからの一匹狼気質のジョージには、この、『一人の時間』がたまらなく嬉しく感じていたのだ。

周囲をアブや蚊がブンブンと飛び回っているが、不思議とジョージをさす虫はほとんどいない。湿地帯の密林の中で、ジョージは快適な時間を過ごしていた。

 

ジョージは、海沿いの砂州に竈を作り、キャンプから持ってきた種火をもとに、豪快に焚火をしていた。その焚火に、落ちていた木を丸々一本使って巨大な串をつくり、下処理したワニと大蛇の串焼きをしていた。

どちらも大きな獲物なので、一通り火を通すのにも時間がかかるだろう。

 

パチパチパチ

 

竈から火がでると、周囲にいるトビハゼが、驚いて一斉に ピョン、ピョンと跳ねて逃げ出した。

 

(チベット、波紋の里 か……ストレイツォ小父さん、リサリサ……以前あったのは何年ぶりだろう?久しぶりに会えるといいな)

ゴウゴウと轟く波の音に、ジョージは嬉しくなり、調子はずれの歌を歌いだした。

その脳裏に、最愛の妻との思い出がうかぶ。

 

ジュワッ

ジュワァアアアア――――

焼き肉が香ばしい匂いと音を立て始めた。

 

「おっと、焼けたかな。どれどれ、ワニってどんな味だ?……おっ、うまいな…」

ジョージは、焼けた大蛇とワニを火から離した。ちょっと味見をしてみて、近くに生えていた植物の葉をちぎり、獲物を覆った。

「……………後は、コイツを持って帰るだけか」

 

そのとき……突然『人声』が聞こえた。

 

「!?誰だッ」

表情険しく、周囲を探っていたジョージは、不意に大慌てで海に飛び込んだ。

抜き手を切って、近くで転覆しかかっていたカヌーまで泳いでいく。そして、カヌーの船べりをつかみ、岸まで引っ張り上げた。

 

そのカヌーに乗っていたのは、10歳になるかならないかと言う年齢の、少年、少女たちであった。

「助けてくださいッ!」

子供たちの中で、一番年長と思われる少女が、ジョージに懇願した。

 

     ◆◆

 

再びマングローブの密林、ジョージ、拳志郎、クーラのキャンプ地にて:

ジョージが突然連れてきた子供たちの話が、終わった。

ジョージ、クーラ、そして拳志郎は、その衝撃的な話に、しばし言葉を失った。

黙り混んだまま、クーラが子供たちを抱き締める。

 

コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……

 

「つまり、人狩りだとぉ?」

拳志郎はこぶしを震わせた。

 

「そっ……そうなんですッ。ワタシたちのお父さんも、お母さんも、みんな奴らにやられて……ウゥゥッ……」

リマと名乗った、子供たちの代表格の女の子が、そう答えた。リマの目には涙がいっぱいに溜まっており、その声はひどく震えていた。

 

クーラが、リマの涙をそっと拭った。

「かわいそうに、怖かったでしょ。でも、もう安心よ」

「うわぁあああん」

クーラの優しい声をきっかけにして、子供たちが一斉に泣き出した。

 

「ヨシヨシ……よくお前たちたちだけでここまでこれたな。偉かったぞ」

拳志郎が、そっと子供たちの頭をなぜた。

 

「道中、この子たちに聞いた話だと、そのヤクザ者どもがやってきたのは、一週間前のことだそうだ……」

ジョージが言った。

「奴らは、村の長老を殺し、村の備蓄をすべて取り上げ、たわむれに適当に選んだ村人たちを 『追跡して殺す』 殺人ゲームをしているらしい……」

 

「なんてヤツラ……許せないわね」

子供たちを抱きかかえた、クーラの目が怒りに燃えた。

 

「すぐ、ぶっ潰すしかないわね。そんな奴らは」

「そうだなクーラ。だが、まずはこの子達を 休ませないとな……」

ジョージは、一番年長の子供に、そっと優しく語りかけた。

「狭い、みすぼらしいキャンプで申し訳ないけど、もう君たちは安全だよ。まずは少し休むといい。ほら、肉もある。腹ペコだろ?」

 

だが、子供たちはモジモジとして、出された肉に手を出そうとしなかった。

 

「どぉーした、ガキども。うっめぇゾォッ!」

拳志郎が、元気よく子供たちに勧める。だが、それでも子供たちは肉を手に取ろうとしなかった。

 

「あの……その…」

 

「ほら、遠慮すんなよ」

 

「!? あら、あなたたちもしかして……」

さすがに気が付いたクーラが、なおも肉を進めようとする拳志郎とジョージを止めた。

 

「そうです……ワタシたちにはそれ、ちょっと食べられないんです……あの……スミマセンッ!」

ペコリ、とリマが頭を下げた。

 

「わかっているわ。神様が禁じている食べ物ですものね……じゃあ、水でも飲む?」

 

「ありがとッ!おねェちゃん」

子供たちは、パッと晴れやかな顔をして、ゴクゴク ゴク ゴク と差し出された水を飲み始めた。

 

そのかたわらで、ジョージと拳志郎はちょっと恥じ入ってうつむいた。

「……そうか、これは、君たちにとって『悪い食べ物』なんだね、それは悪いことをした」

「……」

 

「仕方ないわよ。知らなかったんだから……インドの文化の奥深さを理解するには、何年もかかるわよ」

 

「いや……でもボクは、子供たちに無理やり食べさせようとしてしまった……」

 

「俺もだ……」

 

「大丈夫、アンタ達に悪気がなかったってことは、この子たちもわかっているわよ」

クーラは、二人の肩をポンポンと叩いた。

 

やがて、ようやく安心したのか、子供たちがうつらうつらとし始めた。ついには全員が、地面にごろりと横になり、寝入ってしまった。

 

「あら、寝ちゃったのね。フフフ」

拳法家たちは、子供たちを一人一人ゆっくり抱きかかえ、蚊帳の中に優しく寝かせていった。安心したのか、子供たちの寝顔は少しだけリラックスしたように思えた。

その様子を確認した拳法家たちは、再び蚊帳の外に出ていった。

やるべきことは、わかっていた。

 

「……ところでクーラ、俺たちは『用事が出来た』から、ちょっとここから離れるぜ……」

拳志郎は、岸に上げていたカヌーをもう一度水に浮かべた。

ジョージが、クーラの肩をつかんだ。

「その間、子供たちの面倒を頼んだよ」

 

クーラは不承不承うなづく。

「……そうね、わかったわ、でも次はあんた達二人の内どっちかが留守番役だからね」

 

「わかっているよ。任せくれ」

そういって立ち去ろうとするジョージと拳志郎に、クーラが背後から声をかけた。

「……ジョージ、拳志郎、私に代わってヤツラをシッカリぶっ潰してやってよね」

 

――――――――――――――――――

 

ある村近くの、ジャングルの中:

 

ガサガサガサッ

バキッ ガサッ

泥だらけのジャングルの中を、十数人の男たちが必死に走っていた。

 

「みんなッ!走れッ 苦しくても立ち止まるなッ」

一行のリーダー格の男が、皆を励ます。

だが、皆疲れ切っていた。

 

「そ……そんなこといっても、もう……走れない」

そう言って、一人の男が立ち止った。

 

「馬鹿野郎ッ! 足を止めるなッ」

 

「もう、疲れたよ、ほっといてくれ……」

 

グサッ

 

走ることを止めた男の胸に、不意に矢が突きたった。

男は声もなく倒れた。見る見る間に、その周囲が血に染まっていく。

 

矢を放ったのは、見るからに裕福そうな白人たちであった。白人たちは、逃げる男たちを見渡せる位置に作られた櫓の上に立ち、双眼鏡と弓を片手に、楽しそうにワインをがぶ飲みしていた。

その背後には、巨大なオリが作られ、櫓から吊り下げられていた。そこにはジャングルを走る男たちの家族 ――妻や幼い子供たち―― が閉じ込められていた。

男たちの家族は、オリにしがみつくようにして、逃げる男達を見守っている。

愛する家族が人間としての尊厳さえもはぎ取られ、無残にも狩られていく。その光景を見せつけられている彼らの目は、憤怒と絶望に歪んでいた。

 

ワインを片手にした白人たちは、倒れた男を見て、悦に入った歓声を上げた。

「ウヒャヒャハハハハハハッ! ほれほれ、必死に走れッ! お前たちが必死に逃げねーと狩りができねーだろっ?」

 

「さっさと逃げろッ!あと30秒したら、この庭にマーダ―・クロコダイルを放つんだからなッ!5頭の腹ペコのマーダ―・クロコダイルたちだッ!」

 

「ほれっ!真剣味が足りないんじゃないか? いいのかぁ? い いの か ぁ??? お前達の家族が おっ チんじゃう ぞぉぉぉおおお?」

 

「ぶっヒャッヒャッヒャヤヤヒャァァッ」

 

「ウォォォおおおおッ」

人でなしどもの笑い声を聞き、『獲物』とされた男たちが走る速度をあげた。だが……

 

バビュンッ!

 

またしても、人でなしどもが射った矢が、一人の男に突き立った。

「ァ……おれ、なんで……クソッ、これじゃあ 子どもに、つまに……」

 

「アナタッ!」「オトォーーサァアアンッ!」

オリの中で見ていた男の妻と子が、悲痛な悲鳴を上げた。

 

あまりにあっけない死……その元凶の人でなしどもは、しかし、不平を漏らしていた。

「オイオイオイッ!すぐやられやがってッ!これじゃあ、つまらねーぇじゃネーかッ」

 

「おっ!いい『代わり役』がいたぞッ!」

 

「えっ?」

父親の死に嘆き悲しんでいた妻と子は、不意に手荒く檻の外へと連れ出された。

 

「ブヒャヒャハヒャヒャッ! だらしがねー父親に代わって、家族のお前らが責任を取るんだよォォッ! オイ、コイツラを叩き落とせッ」

 

「イェッサ……」

兵士たちが、二人の腕を背中に向けてねじり上げた。

 

「お願いです……お慈悲を……」

「うわぁぁぁ―――ン。怖いよぉぉッ! オドウザンッ!だずげでぇぇッ」

 

恐怖に震える妻と子に、人でなしの一人が、ブヒャヒャヒャっと醜く笑いながら、言い放った。

「フフフ、じゃあな、お前たちをこっから突き落としてやるッ!落ちたらしっかり走れよォォオオオ 首の骨を折らずにいられたらなぁぁぁッ!」

 

抵抗むなしく、二人は見張り台から下に、ほうり落とされた。

 

バッ!

 

「キャッ………………えっ?」

見張り台から突き落とされた妻と子供が、恐る恐る目を開けると、二人は屈強な白人の男に抱きかかえられていた。

「あなたは……?」

「お兄ちゃんが助けてくれたの?」

 

「……もう安心さ、よく頑張ったね。あとは僕たちに任せて」

その男、ジョージは優しく二人を地面に下した。膝をついて少年の頬を撫で、母親の体を気遣う。

そして、背後に控えていた拳志郎に話しかけた。その顔は、憤怒の表情に代わっている。

 

「拳志郎、アイツらは僕がたっぷりと制裁するッ!キミはジャングルを逃げる男たちを頼むッ」

「……わかった」

 

ジョージは見張り台に飛びついた。台を支える柱を蹴り、その反動で反対側の柱へ、そしてまた次の柱へ……と言うように見張り台の柱を順繰りに蹴り、登って行く。あっという間に階上の見張り台にとりつくッ!

 

バッ!

 

ジョージは、階上に登り切ったとほとんど同時に、檻の中に銃を向けていた兵士たちに襲い掛かった。

「この、クソヤロォォォッ!ウォォオオオッ!」

 

バキッ!

ゴキィッ!

 

ジョージはめまぐるしく動き、あっという間に見張りの兵士を倒していく。

不健康にワインを飲みながら、人狩りを楽しんでいた『ひとでなしども』がハッと我に返った時には、遅かった。

ジョージはすべての兵士を無効化し、人質を解放していた。

 

コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……

 

「ヒッ、ヒギッ」

状況を理解した『人でなし』どもが、衝撃を受けて、ざわめく。

 

一方で、『あるもの』を目にしたジョージもまた、激しいショックを受けていた。

「貴様ら……その制服、まさか、まさか」

それは、栄えある大英帝国軍の制服ッ!

 

┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨……

 

「スッ……”スター”どの……」

目の前にいる男が誰だか認識した『人でなし』どもが、こびへつらうように笑い、ジョージの、『戦闘機乗りのエース』としての、通称を口にした。

 

それが、ジョージの怒りにさらに火をつけた。

「貴様らが、僕をその”通り名”でよぶなぁッ」

 

「ピギィッ」

動揺した『人でなし』の一匹が、手にしていたクロスボウを『英国空軍のエース』 ”スター” ジョージに向け、放つッ!

 

だがジョージはいとも簡単に、そのクロスボウから放たれた矢をはたき落した。

「この、馬鹿者どもが……」

 

「おっ……お許しをぉぉ」

 

「許さんッ! ゴラゴラッゴラゴラゴラゴラッッ」

怒りに燃えるジョージは、一人残らず『人でなし』どもをぶちのめした。

「この、大英帝国軍の恥さらしがッ」

 

だが……たった一人だけ、ジョージの攻撃を防いだ男がいた。

「情けねぇ奴らだぜ。まるでアリンコがテーブルから払いのけられるように、簡単に落とされちまってよぉ」

その男は、階下に払い落とされた仲間を嘲笑った。下に向かって唾を吐きかけ、ジョージをにらみつけた。

「ハハハハハ……はっ!栄えある 英国空軍の”エース” ジョージ卿が 腕っ節の方もここまでとは、聞いていなかったぞッ! だがッ!」

その男は再び繰り出したジョージのこぶしを、またしても『簡単に』抑えて見せた。

この蒸し暑いのにワイシャツの上にベストを重ね着した、リーゼントの男だ。

 

「キサマ……『拳法使い』か?」

 

いかにも、とその男は笑う。

「俺の名はセンッ! ”スター”殿、戦争の腕ではあなたにかなわぬ。だが、素手の『拳法』ならば、俺は、アナタにも引けを取らんッ!我が、『南斗紅雀拳』の極意、その身に受けてみるがいいッ!」

センと名乗る男は、自信満々に両手を高く掲げた。

まるでクジャクのように上から下へ、下から上へ、手のひらをヒラヒラと動かす。

対戦相手を幻惑させるための、動きだ。

「我が南斗紅雀拳は、南斗聖拳の中で最も華麗かつ残忍といわれている拳ッ! 覚悟しろよぉ、”スター”どのぉッ」

 

「ああ、そうかいッ!」 

ジョージは、自分の言葉も終わらないうちに、超高速のタックルをセンに見舞うッ!

まるで地面を這うような超低空からの、伸びあがるようなタックルだ。

 

ザシュッッッ

 

そのタックルが、センに 決まった。

 

「!?ウォッ」

センの顔が、ゆがむ。

 

「口だけか、もらったっ」

ジョージは、タックルから寝技に移行し、センの腕をねじり上げた。

 

一方、そのころ……

 

     ◆◆

 

「さて、どこにいったかな? ……ぬっ?」

救出した妻と子を安全な場所に待たせ、自分は男たちを追おうとジャングルを走り出した拳志郎が、不意にタタラを踏んで立ち止まった。

 

 

そこには、凶悪なマーダ―・クロコダイルが三頭もいたのだ。

巨大なクロコダイルであった。拳志郎の身長の優に3倍はありそうな怪物だ。

 

三頭のクロコダイルが、拳志郎に襲いかかるッ!

「フンッ!」

 

ボガッ

 

拳志郎はその恐るべき腕力を見せつけた。襲いかかってきたクロコダイルを、拳一つで吹き飛ばしたのだ。

「オイオイ、ゾウの次はワニかよ……俺はム〇ゴロ―じゃねぇーし、動物使いでもねェ――……俺は、拳士なんだぜぇ」

拳志郎はぼやいた。

 

だが、いくら拳志郎のこぶしといえども、強力な甲冑のような鱗を持つマーダー・クロコダイルを一撃では、倒せなかった。

クロコダイル達は、巨大な口を開け、拳志郎を一飲みにしようと再び襲い掛かった。

ワニの噛む力は1平方センチ当たり約260キログラム、それは地球の歴史上最大、最強の肉食動物であったティラノサウルス・レックスに匹敵する恐ろしいほどの力だッ!

しかも、瞬間ではあるが走力は最大で時速60Kmに達し、その分厚い鱗が持つ防御力は、チャチナ銃弾など簡単に跳ね返すッ!

 

拳志郎は、巧みな足さばきをみせ、襲いかかるクロコダイルの牙を、爪を、尻尾の間をすり抜けた。

 

「フフフッ 良く避けたな……。この酷い足場でよくそこまで動けるものだ。だが、まだまだ甘いな」

 

「何だとォ?」

 

クロコダイルをひきつれて現れたのは、三叉戟を手にしたやせぎすの男だ。赤いバンダナを頭に巻いたその男は、三叉戟を構えて拳志郎を挑発した。

「俺の名はマット!そしてコイツラは我が可愛い マーダ―・クロコダイルよ」

マットは、ヒラリと跳躍し、一頭のクロコダイルの背に乗った。

「我が秘術、驚鞉操鰐術 (きょうとうそうがくじゅつ)の秘儀を喰らえィツ」

 

「ああぁ?キョウトウソウガクジュツだぁ?」

 

「フフフフ、俺は、4体のマーダ―・クロコダイルを、自分の手足のように操ることが出来るッ! ……一匹、どこかにほっつき歩いているようで、少し気分が悪いがな」

 

 

 

驚鞉操鰐術 (きょうとうそうがくじゅつ)

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南アジア一帯には 野生のマーダー・クロコダイルが 多数生息しているが、一八世紀初頭 かの地ではこれを飼い慣らし、操る術が発達した。

この術を応用し、村人は村の周囲に堀をつくり、その中に飼育したワニを放ち、外敵の侵略を撃退したという。

このためワニは守護神として人々に大切にされた。

現在でも 南アジア某国には、ワニを殺したものは死刑との法律が残存しており 、昨年 うかつにも、ワニ皮のハンドバッグを所持していた日本人女性が、終身刑となったのは周知の事実である。

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民明書房刊

「クロコダイル・ダ ンディ―爬虫類よもやま話―」よ り

 

 

拳志郎が、『やれやれだぜ』と言わんばかりに首を振った。

「あぁああん?ワニをけしかけて戦わせるだとぉ? この卑怯者めッ。こんなうまそーなワニ、片っ端から喰ってやるぜッ!」

 

「ばかが、ワニのえさになるのはお前の方だッ!幾多の人間をその腹に収めてきた、血に飢えたマーダ―・クロコダイルの強さを特等席で体感するがィィィッ」

 

マットの指示にこたえ、ワニたちが一斉に襲い掛かるッ!

 

ワニの強大な体躯からくる恐ろしい圧力が、拳志郎を襲う。

 

「ハッ!くだらねぇーぜッ」

拳志郎は飛び掛かってきた最初の一頭をかわす。

かわしざま、むき出しのワニの腹に正拳を叩きこむべく、拳を引く。

 

そこへ、マットの三叉戟が襲う。

 

「ああぁぁ?物足りねぇーーなぁ、スローすぎるぜッ」

拳志郎は後方に飛びさすり、三叉戟の突きを躱した。

三叉戟が引き戻される動きに合わせ、再びマットの懐に飛び込む。

 

同時に、噛みついてきた二頭のクロコダイルを、ぶっ飛ばすッ

 

ドガッ!

 

マットは引き戻した三叉戟の柄で、拳志郎の拳をギリギリのところで受け止めた。

 

吹っ飛ばされたワニたちも、すぐさま平然と身をおこし、再び拳志郎に向かって突撃してきた。

 

「ウォッ!さすが爬虫類最強だぜ。俺の一撃をまともに喰らっても襲ってくるだとぉ?」

 

ガブっ!

ガリっガリッ!

ブワンッ

 

避けきれずにワニの尻尾の一撃をまともにくらい、拳志郎が吹っ飛んだ。

「……やるねェ、さすがワニ、恐ろしい威力だぜ」

 

「ブヒャヒャヒャッ、勝った。どうだッ!貴様の北斗神拳は通用せんぞぉッ!どうだ、ワニに経絡秘孔があるか?ウワッハハハハハ……ハハハ」

 

「ヘッ!ワニ公なんざ俺にとってはただの飯の種だぜッ!たった今も、馬鹿でかいワニの丸焼きを喰らってやったところだぜ。お前たちもまとめて食ってやるゼ」

 

その言葉を聞き、マットが手を止めた。

「……オイ、まさかとは思うが……そのワニ、6Mぐらいの大きさで、黒っぽい背中に白っぽい傷がある奴だったか?」

 

「……おう、そういえば、そんなだったかもしれねぇーな」

律儀に拳志郎が答えた。

 

「きッ……キサマ」

その答えを聞いたマットが体をわなわなと震わせ、怒り出す。

「キサマッ!喰らったなッ!俺のカワイイ鰐を『喰いやがった』なァァァァ」

 

「なんだってぇ、あれはお前の飼っていた鰐だったのか?……そりゃ~~あ 悪いことをしたな。だが、おいしくいただいたぜ」

 

「………」

 

「まぁあれだ。ちゃんと成仏したと思うから、許してくれや」

 

「貴様らッ 殺してやる。殺して、お前達をワニのえさにしてやるぜェェェ!!!」

 

「あぁあああ、何だとォ 上等だこのヤロォ――― 俺が食ったモンに文句があるなら、俺にかかってこいやぁッ」

 

バゴッ!

ブギッ!!

ボゴォォッ

 

ワニ公の、尾っぽを鞭のようにしならせた一撃ッ

太い前足の、振り下ろし攻撃ッ

 

拳志郎は、二体のワニの攻撃をいなした。

続けて放たれた三叉戟の連続突きも、簡単に払いのける。

だが……

 

残った一頭が、拳志郎の二の腕に噛みついたッ!

ワニのその噛み千切る力は、数トンにも及ぶッ!

 

しかし、そんな強力な力を持つワニの牙が、拳志郎の腕を通らないッ!

 

「ほらよっ!」

拳志郎は軽々と拳をふるい、自分の二の腕に噛みついていたワニの顎を砕いた。

 

まるで、雪のように白い破片が飛ぶ。

ワニの牙だ。

 

続いて、残り二体のワニが、驚異的な速さで襲い掛かってきた。

 

拳志郎はさらに素早い動きで迎い撃ち、二頭とも吹っ飛ばした。

 

「ブッゴォオオオッ」

ワニはピクピクとその体を痙攣させ……やがて、その動きも止まった。

 

残るは、マットただ一人になった。

「バッ……馬鹿な、なぜワニにかまれたのに、奴の腕は何ともないんだ。」

 

「うるせぇな、気合いが違うんだよ、気合いがッ!」

 

バーンッ

 

「オイッ!こんなかわいいワニ公を殴らせやがってッ!……てめー、この動物好きの拳ゴロ―さんを怒らせたなッ!ゆるさねぇ」

 

ドガッ

 

「ウワァタァッ」

ボゴボゴボゴッ!!

 

(そんな……さっき、ワニを見てうまそうだっていってたじゃん……)

マットは、瞬時に拳志郎にボコボコに殴られた。

 

「フンッ」

 

ブスッ

そんなマットの頭側部に、拳志郎の親指が突きささった。

 

「『頭維』と言う秘孔をついた……お前はこの指を抜いてから、三秒後に、死ぬ」

 

冷静な死刑宣告にマットは冷や汗をかき始め、拳志郎に懇願する。

「へッ……いやぁあああ、抜かないで、抜かないでッ」

 

「ぁあああん?お前のワニに喰われた犠牲者も、今のお前と同じように命乞いしただろうに」

「……ダメだ」

 

ヌタッ

 

「そッそうだ、じ……自分で指を入れればいいんだ……へへへへ」

ブスッ と、マットが自分の頭に空いた傷口に、自分の人差し指を差し込んだ。

傷口に再び自分の指を入れる。そのあまりの痛みに、マットは脂汗を流した。

「いっ、痛ってぇぇ。だ、だがこれで大丈夫だァ……」

 

そんなマットに向かって、拳志郎は無慈悲に宣告した。

「……ご苦労様だが、残念なことに秘孔は指でついただけじゃあ効かねぇんだよ。秘孔をはたらかせるためにゃあ、一ミリの間違いもなく指を突き入れたうえで、相手の命脈を乱すように、正確無比に気をおくりこまなくてはな……」

 

「え……そっそんなッ…………イやっ、やだぁッ」

マットの顔が、恐怖のあまりどす黒く染まる。そしてボコボコと膨れ上がっていく

エブシィッ!!

ブシャッ

 

マット:頭維と言う秘孔をつかれ、三秒後に死亡


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