ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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現在(2017.08)進行中のイベントのE-5~E-7攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


松輪と速吸と炊きたてご飯

深海領域のスエズ運河の完全確保に成功した鎮守府では、欧州再打通作戦の後段段階、地中海突破作戦を計画していた。

 

その上で重大な障害となるのが、暫定で地中海四人衆と呼ばれている姫たち。

 

アフリカの北岸を守る、集積地夏姫。

マルタ島に展開する深海機動部隊を率いる、港湾夏姫。

サルディーニャ島沖合いに陣取る、深海地中海艦隊東部方面旗艦の、戦艦夏姫。

ジブラルタル海峡を封鎖する深海機動部隊主力の、空母夏姫。

 

横須賀、呉、佐世保の三大鎮守府がそれぞれ一度ずつ、ジブラルタル海峡の強行突破に成功しているが、その際はいずれの艦隊も甚大な損害を被ったらしい。

 

「そりゃあ、これだけの敵を力技で突破しようとしたら、戦力がいくらあっても足りないよねぇ……みんな、無謀な作戦立てるなあ」

 

他の鎮守府の作戦報告を読みながら、呑気にお茶をすする提督。

大規模作戦が始まる前に地中海四人衆をキラ付けした戦犯だという自覚はないらしい。

 

(すみません、提督に悪気はないんです。ただ、どうしようもなくダメな人なだけで……犬に噛まれたとでも思って諦めてください)

 

大淀が心の中で、他の鎮守府の提督たちに謝罪する。

 

「さてと……まずはココとココを潰そう」

 

提督が地図に印をつける。

先日、集積地夏姫にビールとおつまみを差し入れしたお皿が、深海側拠点の詳細な情報と座標を記したメモとともに返却されてきた。

 

港湾夏姫からは「マルタ島ハ物資不足デ……アフリカカラノ補給ガナクナッタラ……モウ戦エナイ(チラッ)……欧州司令官ハ嫌ナヤツデ艦隊移動モ自由ニサセテクレナイシ……コノママジャ各個撃破サレチャイソウ(チラッ)……アア、早ク家ニ帰ッテゴ飯ヲ食ベタイワ……」というビデオレターが届いた。

 

「港湾夏姫の言う家って、ここの鎮守府のことじゃないでしょうね?」という加賀の懸念は置いておいて……。

 

空母夏姫も今回の作戦指揮を執っている欧州棲姫という新型深海棲艦の情報をリークしてきた。

 

隠し撮りしたらしい写真には、巨大な弩のようなカタパルトを構えた姫騎士風の欧州棲姫が写り、写真のあちこちに「性悪王室船」とか「シズンデシマエ……!」とか悪口が書かれている。

 

さらに、欧州棲姫が進めている、欧州各地に呪いの結界を施して深海領域を現実世界に侵食させ、人類絶滅の拠点とする途方もない計画の概要も記してあった。

 

増援を求められてバカンス気分で応援に行ったいつもの面々だが、作戦があまりにも厨二計画だったことにドン引きし、もう帰りたがっているようだ。

 

深海棲艦たちの憎悪の根源は、あの戦争での苦痛や無念だ。

人類に同じ苦痛や無念を味わわせることで一時的な爽快感に浸ることはできても、本当の意味の救済は、その苦痛や無念を誰かに理解してもらうことでしか得られない。

 

人類を滅亡させてしまったら、その誰かもいなくなり、自分たちの存在も忘れ去られてしまうことに欧州棲姫は気付いていないらしい。

 

提督にとって欧州棲姫は、かつて戦ってトラウマを刻み込んでくれた強敵(とも)たち、中間棲姫や戦艦水鬼、中枢棲姫たちと比べると、その強さはともかくとして、手段と勝利目的を履き違えた三流のゲームマスターにしか思えない。

 

「早く終わらせて、悪い子にはお尻ペンペンしないとね」

「オー、提督……カードゲームで極悪コンボ撃つ時みたいな悪い顔してるネー」

 

まず提督が狙ったのは、リビアの港湾都市トブルクに設けられた野営集積地と、ギリシャのナフプリオ港に設けられた秘密補給基地。

集積地夏姫を破り、中東・アフリカ方面から引き揚げ中だった戦略物資を焼き払って、マルタ島への補給を断った。

 

ビスマルク、ローマ、グラーフ・ツェッペリン、翔鶴、秋月、夕立の艦隊でサルディーニャ島沖の戦艦夏姫を攻撃し、これを撃沈。

 

一発で新艦娘の松輪を引き当てる幸運にも恵まれた。

 

そのまま勢いに乗り、一気に空母夏姫を攻めてジブラルタル海峡を突破しようとしたのだが……。

 

「提督、港湾夏姫から平文で緊急入電。大変なことを言っています!」

 

大淀が珍しく、血相を変えて報告に来た。

 

渡された電文には「今宵24時ヲモッテ、ガリポリノ呪イガ成就スル。同地ハ深海ニ没シ、冥府ノ蓋ガ開ク。提督ト艦娘ドモヨ、今サラ止メヨウトシテモ無駄ダ。己ノ無力ヲ嘆キ悲シムガイイ」と書かれている。

 

「えーと、要するに……ガリポリで呪いの結界が作動しそうなんで日付が変わって間に合わなくなる前に止めてきてね、ってことか……」

 

小学校低学年からすでに海外ボードゲーム好きのひねた子供だった提督は、特撮ヒーローもののテレビを見ては、悪の組織の幹部がわざわざ自慢げに手の内を明かすのはおかしいと思っていた。

 

そうか……あの幹部はヒーローと内通していて、自慢に見せかけて組織の計画を暴露していたのか……と、さらにすれた感想を抱く。

 

「妖精さんに頼んで、護符を用意。連合艦隊を編成しよう」

 

狡猾なゲーマーの顔つきになり、命令を下す提督。

 

アイオワ、瑞鶴、大鳳、赤城、加賀、コマンダン・テスト。

大淀、利根、大井、北上、ヴェールヌイ、朝潮。

 

惜しみなく戦力を投入してガリポリに上陸、発見した結界に護符をありったけ投入し、一応妨害する素振りを見せて出撃してきた港湾夏姫を撃退した。

 

 

新しく鎮守府にやって来た幼女艦娘、松輪を膝にのせて、眠り猫のような顔でのほほんとお茶を飲む提督。

 

「すごく固い結界だったねぇ」

 

途中から編成を変えて輸送量を増やしても、結界を完全沈黙させるまでにかかった出撃回数は20回。

 

「提督、続けて空母夏姫を撃沈し、ジブラルタル海峡を制圧しましょう。北大西洋への進撃が可能となります!」

 

輸送作戦中、陸上型深海棲艦である港湾夏姫相手に、WG42ロケットランチャー二連装備で桁外れダメージを量産しまくり、ピカピカに戦意高揚している大淀が進言してくる。

 

「……無理だよ。大淀、君らしくもない……倉庫に行って見てごらん」

 

鎮守府の資源は底を尽き、提督のやる気も燃え尽きた。

 

欧州棲姫を退治する役は、特撮ヒーローのような熱血漢の呉提督にでも任せよう。

昼行燈は昼行燈らしく、燃え過ぎた闘志を静かに消す。

 

「松輪、お腹すいただろう。ご飯を食べに行こう」

「はい、提督。助かり、ます……」

 

 

さっぱりした生姜風味の、瓜の鶏そぼろ餡かけ。

優しい味の、小松菜と油揚げの煮びたし。

ピリリと刺激的でゴマ油の風味が香る、青唐辛子の佃煮。

酸味がさわやかな、海老とオクラとミニトマトのゼリーよせ。

 

「あの……はい、とっても……美味しい、です」

 

嬉しそうに料理を食べて無邪気な笑顔を見せる松輪に、最近は大規模作戦優先の性活(誤字?)に浸っていた提督も、日常と家族の大切さを取り戻していく。

 

明日はこの地方では珍しく、30℃を超える真夏日となるらしい。

艦娘寮になっている旅館のプライベートビーチ(実際は砂利の磯場が300メートルほど続いているだけの海岸)で、駆逐艦娘や海防艦娘たちに磯遊びをさせてあげよう。

 

そうだ、松輪や狭霧、天霧、旗風、リシュリューたち、新しく家族になった艦娘たちに、水田や畑も見せてあげなくては。

 

コリコリした歯ごたえの、カンパチの刺身。

素朴ながら心に染みる定番の味、イカと里芋の煮っ転がし。

甘じょっぱくて腹いっぱい食べりゅううううと言いたくなる、瑞鳳の玉子焼き。

赤味噌が効いた、茄子の味噌汁。

 

どれも奇をてらわない当たり前の品だが、ご飯に合うものばかり。

松輪が恥ずかしそうにしながらも、三杯目のおかわりを速吸に願い出ている。

 

「はい、松輪ちゃん。いっぱい食べてねっ!」

 

速吸が、茶碗にご飯を大盛りにして松輪に渡す。

 

「速吸はおかわりはいいのかい?」

「ええと……毎年この季節になると、少しお腹が痛くなるんです。うひひ…なんででしょうね……?」

 

速吸は、ヒ71船団の護衛作戦中に松輪とともに撃沈された過去がある。

それは1944年の8月の今頃……。

 

「あ、けど大丈夫です! 美味しいご飯を沢山いただいて、いつだって艦隊と提督さんをサポートします、はい!」

 

心配そうな顔を見せた提督に、速吸が慌てて笑顔を作り、自分のご飯を勢いよくかきこむ。

ふくよかな香りと、もっちりした甘みのある、粒の輝く炊きたてご飯。

 

「司令、あの……松輪も、みなさんとご飯が食べられて、とても……幸せです。お仕事、がんばります」

「うん、期待してるよ」

 

提督が優しく松輪の頭を撫でる。

 

これで終われば、めでたしめでたしだったのだが……。

 

 

「何これ?」

 

翌日、艦娘たちと磯場で遊んでいた提督は、長門と加賀から、先行鎮守府による北大西洋での戦闘報告書を突きつけられた。

 

「警戒隊に駆逐棲姫、群狼群に潜水新棲姫、輸送船団に駆逐水姫、ブレスト港の出撃拠点には港湾夏姫と集積地夏姫、チャンネル諸島の北に空母夏姫、ドーバー海峡に戦艦夏姫……」

 

欧州棲姫は全く諦めていないらしく、頑強な抵抗を続けていた。

 

「呉は7出撃で欧州棲姫への到達1回のみ、佐世保は8連続大破撤退……」

 

横須賀は航路に何らかの呪いがかけられていると踏んだのか、解呪方法を探すために海域中の様々な場所に出撃を繰り返している。

 

「うちとしても、このまま何もしないわけにはいかん」

「とはいえ出撃しようにも、先立つ資源がありません」

 

そして渡されたのが、緻密な24時間体制の遠征スケジュールと、同じくらいハードな提督のキラ付け予定表……。

 

提督の夏はまだ終わらないようだ。


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