ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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天霧と狭霧と中華そば

夏が足早に去りつつある、9月のある日。

天龍は新人の駆逐艦娘、天霧と狭霧に製麺機の使い方を指導していた。

 

天龍も、最初に提督が勝手に購入した時には「バカヤロー!」と怒鳴って首を絞めた、本格業務用製麺機。

当初は本当に無駄な、業務用調理器具フェチの提督の趣味を満たすだけの機械だと思ったのだが……。

 

長門に赤城、加賀……いわゆる大型艦が着任するようになって、この製麺機「リッチメン」は大活躍を始めた。

 

一日100杯売れれば繁盛店と呼ばれるラーメン業界だが、ここの鎮守府で一日平均100杯のラーメンが食べられるようになるのに半年もかからなかった。

 

現在ではラーメン用麺玉は毎日コンスタントに200玉を消費しているし、ラーメン同好会の巡洋艦娘たちが特別メニューを出す日には、この製麺機のほぼ限界性能である1000食超えの提供も珍しくない。

 

「参ります……間宮券1枚をタップ。酢豚定食大盛りを注文し、本日の出撃勝利効果を使い、定食の中華スープを中華そばにチェンジ。演習MVPを発動、定食のライスを墓地に落として炒飯をメニューから引いた後、演習S勝利の効果を使って、全メニューの量を2倍にします」

 

「さすが赤城さんね、見事な展開よ。では、間宮券をタップ。注文はB定食大盛り……まず、演習S勝利の効果を使って、定食のお味噌汁を中華そばに変更してから、出撃MVPを発動して間宮券を手札に戻して出し直します……」

「む、その動きは無限ループですね?」

 

などと、提督が流行らせた某カードケームの影響を受けたローカル注文ルールが大食堂に蔓延し、爆盛りメニューや狂気じみた数の注文が、連日当たり前のように通された時期もあった。

 

まあ、食べきれないところまで注文競争がエスカレートして『間宮の怒り』(効果:全ての大食艦(クリーチャー)を破壊する。それらは再生できない。)が発動されそうになってブームは終焉したのだが……。

それでも、(食べ切る覚悟があるのならば)大食い注文OKの風潮は今も残り続けている。

 

『職域奉公 銃後の護りは炊事から! 決死増産! 胃袋粉砕!』

 

厨房に貼られている、勇ましいスローガン。

 

出撃後の空腹時には、大型艦どもは相撲取りのような牛飲馬食をするし、駆逐艦娘でさえ食べ盛りの高校球児並みの食欲を見せ、厨房は戦場となる。

 

「ま、今は腹ペコ軍団が押し掛けてきて修羅場になることはねえ。落ち着いて手順を覚えてくれ」

 

現在、提督は鳳翔さんたちと欧州旅行中。

出撃や演習、遠征も一切ストップし、ただ本部からの定期補給を受け入れるだけの日が続いている。

 

「基本の中華そば用の麺で教えるぞ。麺は使う小麦、加水率、太さ細さ、丸や平、ちぢれの有無で向いてるラーメンのタイプが分かれる。こいつはオーストラリア産の強力粉と、国産小麦の中力粉のブレンド、中加水で中細ストレートの丸ちぢれ麺」

 

天龍が麺用熟成庫「寝太郎」から、見本の麺を取り出して天霧と狭霧に見せる。

 

「大食堂でいつも出してる中華そばは、東京風の醤油ラーメンだ。ああいうのは、こういう麺が合う。こっちは俺が今度の特別メニューの日に、背脂味噌ラーメンで使う、低加水の太ちぢれ麺の見本。使ってる小麦の配合とかん水で色も違うけど、見た目の形から全然別物だろ?」

 

「あ、天龍がラーメン幼稚園を開いてるっぽい!」

「ちっ、夕立! さんを付けろよな!」

「嫌っぽい? 天龍は天龍っぽい。龍田さんが待ってるから、もう行くっぽい」

「何で龍田にはさん付けなんだよ!?」

 

天龍に茶々を入れ、食材の詰まったダンボール箱を持って駆けていく夕立。

 

「ちぇっ、ラーメン幼稚園て何だよ……えーと、まずはとにかく粉をこねるとこから始めっか。狭霧、緊張すんな。大丈夫、この機械に任せるだけで、ほとんど自動でやってくれるから」

 

何だかんだ言いつつ、とても面倒見の良い天龍だった。

 

 

天龍の指導開始からしばらく経ち……。

製麺機から、カットされた麺がウニウニと押し出されてくる。

 

「よし、こいつを束ねて玉にしたら完成だ。本当は少し寝かせた方が旨いんだが、すぐに食ってみたいだろ?」

 

天龍の言葉に、天霧と狭霧がコクコク頷く。

小麦粉の香りを嗅ぎながらの作業をしていたので、無意識にお腹が減っている。

 

「中華そばのダシは、鶏がら、豚げん骨、しいたけ、玉ネギ、長ネギ、ニンジン、生姜を煮込んで一晩寝かせてから、別にとった鰹節と煮干し、昆布のダシ汁と混ぜてるんだ」

 

2人が打ったラーメン玉を茹でながら、ラーメンの(どんぶり)に醤油ダレを加え、手早く熱々のダシを流し込む天龍。

湯気とともに、醤油スープの匂いがブワッと立ち登る。

 

馴れた手つきで湯きりをし、スープに麺を投入。

やや乱暴な手つきで素早く、しかし精確に具材を盛り付けて……。

 

「ほらよ、中華そば2つ、お待ち」

 

煮玉子にチャーシュー、メンマ、ナルト、のり、刻みネギと定番の具が浮かび、ほんのわずかに柚子の香りがする、澄んだ飴色の醤油スープ。

 

「おわっ、きたきた! いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

スープをレンゲにすくって口に運べば、脂分は少ないが風味豊かで芯のはっきりした動物系と魚介系の旨味が広がり、すっきりした醤油の後味にほんのりと野菜の甘みが残る。

 

「んっ、美味い!」

 

そんなスープをまとわらせて、ちぢれた黄色っぽい細い麺が唇の中に滑り込む。

ちょうどいい歯応えの麺を噛みしめると、主張しすぎず、しかし優しい小麦の味がじんわりと伝わってくる。

 

「とっても美味しいです。そうだ……後で、潮ちゃんや、綾波姉さんたちにもご馳走していいですか?」

 

シンプルだが、それゆえに絶対に食べ飽きない、大食堂が誇る定番の中華そば。

 

「天龍の姉御、特別メニューの日に出す背脂味噌ラーメンってのは、どんなのなんだい?」

 

「豚骨をガンガン炊き込んで、こってり濃厚ダシをとってな、三種類の赤味噌をブレンドしたタレに、背脂をたっぷり浮かべて……」

 

「うおっ、それも美味そう!」

「あったり前だろ。軽く世界水準超えてっからな」

「私たちで、お手伝いできることがあれば、なんでも仰ってくださいね」

 

「おう、頼むぞ狭霧、天霧」

「はい」

「任せとけっ!」

 

提督が留守でも、ここの鎮守府はみんな仲良くご飯を食べています。


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