辺境の鎮守府を出てから成田空港まで、車で8時間半。
その後も長い搭乗手続きと待ち時間を過ごして、やっと国際線に乗り込み、提督一行は永遠の都ローマを目指す飛行機に搭乗していた。
離陸前からずっと、初めて飛行機に乗る鳳翔さんは落ち着きがなかった。
怖がって隣の座席の提督にしがみついてくる。
せっかく落ち着いたベージュのワンピースを着ているのに、行動がまるで子供だ。
「空母なのに……」
「く、空母は自分で空を飛びませ……ん、ああ、あ……動き出しましたよ? ひゃっ、飛びますか? もう飛んじゃうんですか?」
そんな調子で大騒ぎをし、離陸後もしばらくグッタリ放心していた……。
せっかく窓側の席にしてあげたのに、シートベルトサインが消えた途端、通路側の大鷹と席を交換してしまった。
「私は大丈夫です」
赤いスカートに白のシャツ、春日丸だった時の巫女服風艤装を思い出させる服装の大鷹は、落ち着いていて緊張の色はない。
提督たちの前の3列シートには、能代、ろーちゃん、リベッチオ。
こちらも初めての飛行機に臆することもなく、キャッキャと盛り上がっている。
後ろの3列シートには、ローマ、愛宕、伊良湖。
ローマと愛宕はさすがに大人の余裕でおしゃべりを楽しんでいた。
提督と間宮と何度も飛行機に乗って国内外の食材買い付けに行っている伊良湖も、慣れた様子で購入品リストをチェックしている。
もう1人の随伴艦、防空棲姫は異世界の海を航行して地中海を目指し、シチリア島で落ち合うことになっている。
他の鎮守府の艦隊と出くわさず、無事に着いてくれるといいが……。
まあ、空母水鬼と軽巡棲鬼、潜水棲姫(夏姫モード)も一緒だと言っていたから、連合艦隊が相手でもなければ負けることはないだろう。
うん……他の鎮守府の艦隊が出くわさないことを祈ろう。
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着陸1時間半前の機内食には、チーズとハム、サラミを挟んだパン、フルーツゼリー、コーヒーの軽食が出た。
少し物足りないが、到着の現地時間は夜7時。
飛行機を下りてから、美食の街ローマでゆっくり夕食を食べろということなのだろう。
いいでしょう。
「それなら見せてもらおうか、ローマ料理の実力とやらを」
提督が小さな声で某赤い人の声真似をするが、提督にしがみつきながら眠っている鳳翔には届かないのだった。
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食事開始30分経たずに白旗、全面降伏でした。
まず出された前菜の薄切りパン、炭火で炙ってカリカリに焦がしたブルスケッタ。
ニンニクをこすりつけ、新鮮なオリーブオイルで炒めた湯剥きしたトマトとパプリカのザク切りがカラフルに載っている。
炒められた完熟トマトと、肉厚で野菜本来の滋味が凝縮されたパプリカの旨さに、ほんのりと漂うバジルの香り。
カリッサクッとした食感に、ニンニクとオイルの染み込んで深い味のブルスケッタ。
次の生ハムは、ねっとり濃厚で深い味わい。
機内食にも生ハムがついていたが、味の深みが全然違う。
平たくサックリモチモチした食感のパン、フォカッチャ。
日本のファミレスで出される同名のもののように砂糖やバターを使ったりせず、ぶっきらぼうな、ただの素朴なパンなのだが……。
刻んだローズマリーをかけて石窯で焼き上げた熱々のフォカッチャから漂う、豊かな香り。
それを一口大に切り分け、オリーブオイル、バルサミコ酢、岩塩をかけて頬張ると、大地の恵みを受けた小麦の味が口いっぱいに広がる。
トロトロのカマンベールチーズが入ったライスコロッケ、スップリ
中身のライスは前もってコンソメでリゾット状態に煮込まれていて、それをさらに衣に包んでカリカリに揚げて、その中にトロッとしたチーズですよ?
美味しくないわけがない、日本人も大好きな味だ。
卵とチーズのスープ。
チーズスープということで、とろけるような濃厚なチーズ味を想像したら、良い方に裏切られた。
一番舌に訴えてくるのは野菜の滋味、次に肉の旨味……。
なのに皿のどこを探しても、野菜や肉は見当たらず、イタリアンパセリが散らしてあるぐらい。
これは……大量の野菜と牛骨を煮込んだスープを濾して、チーズと卵で色ととろみをつけたもの。
ラーメンスープにも通じる、ダシを味わうものだ。
それで、ここまでハイレベルに攻め込まれても、まだ前菜パートが終わったばかり。
調子っ外れのカンツォーネを謳いながら、その巨漢を見ただけで料理が3割増ぐらい美味しく見える、熊のようなシェフが持ってきてくれた「第一の皿」は、カルボナーラ。
塩漬け豚肉パンチェッタがゴロゴロしていて、卵黄とすり立てのパルミジャーノチーズの黄金ソースが、大盛りのスパゲティにねっとり絡んでいる。
そこに、熊シェフがぶっとい指でゴリゴリとミルを回し、黒胡椒を粗挽きにかけてくれる。
もうね……反則でしょう。
裏ごししたジャガイモに、卵と薄力粉、チーズ、塩こしょうを混ぜて練り、棒状に伸ばしてフォークで跡をつけながら親指で一口大に押し切って茹でる、ソースの絡みやすい形状で、ぷるんとした食感のニョッキ。
ポルチーニ茸とトマト、玉ネギ、ニンニク、赤唐辛子、生クリームのコクのある絶品ソースがたっぷりかかり……この頃にはもう赤ワインも何本目かが空いていて、無条件降伏やむなし。
そこに熊シェフが「第二の皿」とかおかしいことを言って、牛フィレ肉の生ハムのせ、サルティンボッカの皿を持ってくる。
そりゃ提督もイタリア料理でパスタなどをプリモ・ピアット(第一の皿)、肉や魚料理をセコンド・ピアット(第二の皿)と呼ぶことは知っている。
けど「メインはうち自慢のトリッパ(牛の第二胃ハチノスのトマト煮込み)を出してやる」とか言っておいて、その前にそんなヘビーなもの出すのはおかしいだろうと。
悔しい……でも…食べちゃう! ビクンビ(ry
そもそも日本人には、白米のご飯を中心としながら、全ての副菜をバランスよく食べたいという、根源的な米食民族の欲求に基づく弱点があるが……。
出てくる料理を全て「つまみ」ととらえると、何だろうとフラットに酒の肴に出来るという強味もある。
「よし、これ……ポーラがお薦めしてたワインだ、これも1本頼もうか」
日本の提督と艦娘たちだと分かったのだろう、欧州救援のお礼とばかりにサービスの料理が次々と出てくる。
ワインの力を借りて、そんな大量のローマ料理に挑んでいく提督。
「リベ、もうお腹いっぱーい」
「ろーちゃん、まだがんばりますって、がるるー」
「やだ……阿賀野姉ぇみたいなお腹になっちゃうよ……」
「ダイエット? 大変ねぇ♪ 私? 私は必要ないわぁ♪ あんっ、提督ったら……メッ♪」
「提督……少しワインをお召しになり過ぎでは……?」
「まだらいじょーぶ、らいじょぶ」
「提督、大丈夫じゃ……さっきから、ずっと愛宕さんの……お、お尻を触ってますよ? 鳳翔お母さんが……その……」
「伊良湖は口に合わない? 難しい顔をして食べてるけど」
「逆です。舌に味を覚えさせて、全ての食材を買って帰って、この味を再現したいんです」
「あの、提督……本当に、鳳翔お母さんがそろそろ怒……あっ……」
「てーいーとーくー?」
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このあと滅茶苦茶Dogezaした。
欧州旅行 ローマ編 提督の無条件降伏にて敗北