ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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鎮守府の秋刀魚漁2017

日の落ちた、薄暗い鎮守府の埠頭。

ドラム缶で焚き火をしながら、出撃を前に装備の点検に余念がない艦娘たち。

 

「さんま~! 秋刀魚は任せておくぴょん! うーちゃんの奥義、ダブル探照灯で挑むぴょん!」

 

紺地に白で「さんま」という文字と、赤で秋刀魚の絵を描いた手作りTシャツ。

その上に緑の「鎮守府秋刀魚漁」法被を羽織った、妙に大物感を出した卯月が張り切っている。

言葉どおり、足には2つの探照灯……。

 

「意味? 意味は特にないぴょん。ファッションぴょ~ん♪」

 

提督には大破オチが見えた気がしたが、楽しそうなので何より。

そのまま行かせることにした。

 

 

「提督。秋刀魚漁は、今年は大変そうだ。僕も本気で行くよ!」

「秋刀魚漁支援も択捉にお任せください! はい!!」

「あの……択捉ちゃん……私も…頑張ります……」

 

ベテランの時雨に、新人の択捉や松輪もやる気十分だ。

 

「秋刀魚漁支援任務ですね? 能代、了解いたしました。探照灯、熟練見張員っと。あと魚群探知機は……ふふ、これでいいかしら?」

 

三式水中探信儀を魚群探知機と言い切れるあたり、かなり訓練されている能代。

 

「サンマ漁のsupport. 今年も任せてね!」

 

ウォースパイトも、自ら玉座型艤装に大型の探照灯を装着している。

 

 

「SANMA…だと…っ!? どういうことだ…「Hunterkiller(対潜作戦)」ということか? ある意味そう、だと? しかし、その艤装では……え、それがベストなのか? 解らんな」

 

それに引きかえ、アーク・ロイヤルはまだ事態を飲み込めていないらしい。

 

「ごめんなさい、Mon amiral. 言っている意味がよく分からないわ。秋刀魚がどうしたって? 魚の? もう一度説明して」

 

リシュリューにいたっては、「買い物」の手伝いを頼んだら、何を思ったのかオシャレな私服を着込んできた。

 

「炭の買い出しに行くのに、何でそんな格好してくんだよ」

 

天龍に文句を言われながら、軽トラに押し込まれていくリシュリュー。

 

 

「なにぃ、秋刀魚?! ああ、あの細長いサーベルのような魚か。いいだろう。秋刀魚漁も私に任せておけ。それで、装備はなんだ? …なんだとぉっ?!」

 

「魚群に接近したら、複縦陣右列の探照灯だけを照射してサンマを艦隊の右側方に誘導するであります。この間に左側方に網を展開し……」

 

納得がいかないらしいアーク・ロイヤルとガングートに、あきつ丸が棒受け網漁のやり方を説明している。

 

この鎮守府の沖、敵のはぐれ艦隊や通商破壊艦隊が出没する門の周辺には、国内最大級の秋刀魚の漁場が形成される。

漁場警備による漁業支援も全力で行うが、自分たちでも秋刀魚を獲る気満々でいる、ここの提督と艦娘たち。

 

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」には、レンタルしてきた大型製氷機を搭載するほどの気合いの入れようだ。

 

 

だが、漁業権がある現実の海では秋刀魚を大量に獲ることはできない。

鎮守府にとっての最大の漁場は、モーレイ海やアルフォンシーノ方面などの深海領域。

 

ほっぽちゃんからの情報によると、今年はAL海域にも秋刀魚の群れが来ているらしい。

 

「今季のサンマ漁は不振が予想され、厳しい漁となりそうですが……くれぐれも安全第一でお願いします」

 

近所の神社で頂いてきた「航海安全」「大漁祈願」の御守を大淀が配っていく。

 

 

炊き出しも万全。

 

扶桑、山城が主導して用意しているのは、オーソドックスなおにぎり弁当。

 

鰹節のおかかを、軽く醤油をたらした熱々ご飯に混ぜ、白ごまをふって握るだけ。

 

もう一品は、酒、砂糖、みりん、醤油で甘辛く煮込んだ昆布の佃煮を、同じく熱々のふっくらご飯でそのまま握り込んで、海苔を巻きつけた。

 

その2つのおにぎりに、陸奥が漬けた白菜のお新香と鎮守府自家製の味噌玉を添え、鎮守府の裏山の竹林から作った竹皮の包みにくるんでいく。

 

「ちょっと、お姉様にあんまりベタベタくっつかないで!」

「提督、もう少しで作り終わりますから……待っていてくださいね?」

 

いつものごとく、扶桑にセクハラして作業を邪魔していた提督だが……。

 

「提督、お忙しそうなところ申し訳ありません……」

「秋刀魚の蒲焼きの缶詰、今年の味はどうしましょうか?」

 

左右から、正妻の鳳翔さんと間宮に話しかけられて凍りついた。

 

鳳翔さんの蒲焼きは身が柔らかく、全体の味付けもフンワリとしていて上品。

一方、間宮の蒲焼きはしっかり焼かれた香ばしいボディに濃い目の醤油味が絡み、ご飯がすすむ。

 

どちらも美味しくて人気なのだが、缶詰にするという作業工程の負荷から、どちらか一方だけを選ばざるを得ない。

 

「今年こそ、ジャンケンではなく提督の舌で選んでいただきたいのですが」

「提督のお好きな方でよろしいんですよ?」

「ええと、それは……ちょ○したとマ○ハ、どっちの蒲焼き缶詰が好きかってぐらい難しい問題で……ねえ?」

 

しどろもどろになった提督が周囲に助けを求めるが、扶桑と山城はもとより近くにいる艦娘たちは全員視線をそらして、聞こえないふりをしている。

 

 

埠頭の端の方では、磯風が秋刀魚の炭火焼きの練習をしていた。

着実に炭化していく秋刀魚を見て、不安げに声をかける旗風。

 

「あ、あの、ちょっと焼きすぎでは……」

「声をかけないでくれ。もう少しで、コツを会得できそうなんだ」

「あ、すみません。頑張って……ください」

 

 

そして、いよいよ19時30分。

艦娘たちによる秋刀魚漁の解禁サイレンが鳴り響く。

 

「第一艦隊、出撃してください」

「各員、奮励努力せよ!」

 

正妻戦争の渦中にいる提督を無視して、大淀と長門が出撃命令を下す。

 

「卯月、秋刀魚漁に出撃でぇ~す! がんばるぴょん!」

 

こうして今年の秋刀魚漁が始まるのだった。


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