ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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ガングートとカジカ鍋

秋も深まり、朝の冷気が冬の近づきを告げる。

遠くに広がる峰々は紅葉に染まり始め、田んぼでは黄金色の稲が重たげに揺れる。

 

今日は鎮守府の稲刈りの日。

この日ばかりは秋刀魚漁もお休みだ。

 

鋸鎌(のこぎりがま)を手に、稲を刈り取っていく艦娘たち。

刈った稲束は藁でしばって束ね、畦や刈り取り後の田んぼに立てた稲架(この地方では「はさ」という呼び方だが、はざ、はせ、はで……など地方により様々)へとかけていく。

 

稲架かけという工程で、木の柱や竹の三脚に横梁を通した稲架に稲束をかけて、天日と風で干して米の水分量を減らすのだ。

 

最近ではコンバインで稲を刈り取りながら同時に脱穀し、乾燥機で乾燥させるのが主流だが、せっかく趣味でやっている農作業。

手刈りのうえ自分たちで稲架を組み立てて、伝統農法を体験している。

 

昨年は島根県石見地方に伝わる、ヨズクハデという全長5メートルにも達する巨大な稲架を立てるのにも挑戦している。

「ヨズク」とはフクロウを意味し、X字状に立てた稲架に稲束をかけていった姿が、羽根を休めたフクロウに似ていることからつけられた名前だという。

 

稲束を運ぶための田舟(たぶね)(泥地用のソリ)や荷車も、裏山の木材で自作した。

 

 

「けっこう早く終わりそうだな」

 

稲架に稲束をかけて一息ついたガングートが、首筋にかけたタオルで額の汗を拭く。

もちろん周囲の艦娘と同様、鎮守府で配布されたエンジ色のジャージ姿。

 

「人数が多いからね。だけど、白いゴハンになるまで、まだまだこの後の作業も大変なのが待ってるよ」

「内側と外側の稲を入れ替えながら、2~3週間干すのだが……強風で稲架が倒れてしまったりな」

「一昨年は大雨が降って稲が水を吸って重くなってバタバタ倒れてさぁ、あの時は地面もズブ濡れだったからビッショリになっちゃって、また干し直しだったよね」

「去年はヨズクハデが倒れて大変だった。ここは山陰の島根と違って海からの強い南風が吹くし……まあ、そうなるな」

 

伊勢と日向が、何が楽しいのか苦労話で笑いあっているが……ガングートにも、少しその気持ちが分かる気がした。

 

昔ながらの方法で手間も掛かるが、仲間と力を合わせて助け合い、収穫を得たときの喜びは戦闘での勝利にも匹敵する。

 

ここの鎮守府では全員が協力して労働に従事し、食べ物と提督はみんなの共有財産。

そういう原始共産制に通じる雰囲気も、ガングートが好ましく感じているところだ(同志ヴェールヌイに言ったら、それは何か違うと反論されたが)。

 

 

「飯だクマー!」

「お昼やでー! 手ぇ洗って集合してやー!」

 

給食係の球磨と黒潮が、大声を張り上げて飯時を告げる。

親潮が、大鍋からお椀に汁をどんどんよそっていく。

 

身体を温めてくれるのは、内蔵もアラも豪快にブツ切りにして、大根や人参とともに味噌で煮たカジカ鍋。

 

使っているのは、北海道や東北の冷たい海で獲れるトゲカジカ。

見た目はグロテスクだが、弾力のあるキメの細かい白身の魚で、身肉は上品で淡白な味わいをしている。

 

漢字で書くと棘鰍、魚へんに秋と書くだけあって、この時期の鰍は旬まっさかり。

 

そして、この鍋の最大の特徴は、頭の骨やアラから出た強烈で濃厚な出汁の旨さ。

特にオレンジ色の肝を潰して溶いた味噌汁は、他にないコク深い甘みがある。

 

あまりに美味しくて箸でつつき過ぎて鍋を壊してしまう、という意味から別名「鍋壊し」(異説あり)。

 

 

「この鮭おにぎり美味しいです」

「サクッとしたサツマイモの天ぷらも最高ですね」

 

秋鮭のおにぎりを頬張り、鳳翔さんが次々と揚げてくれるサツマイモの天ぷらに箸をのばす大和と赤城。

 

大鯨が配っているのは、裏山で拾った栗ともち米で作った、ほくほくの栗おこわのおにぎり。

夏の間も肥料をやったり剪定したり害虫を取り除いたりと、大事に育ててきた果樹からの恵み。

 

豊かな実りが集まる、食欲の秋。

 

「夕方からは宴会ですヨー! あとワン踏ん張り、ハッスルして続きをお願いしますネー!」

 

金剛の号令で、午後の作業が始まる。

ガングートも土埃を払って立ち上がり、田んぼへと戻る。

 

その途中、柵に貼られた『祥鳳先生が優しく教える染物教室~初心者歓迎~』とか『飛鷹・隼鷹の入門陶芸講座』、『砲雷撃戦徹底復習コース:足柄ゼミ』などのチラシが目に入る。

 

休憩中に酒を飲み過ぎたのか、愛しの夫であるはずの提督は補給艦娘カーモイの太ももに顔をうずめて沈没したまま、駆逐艦娘ムラークモとカスミーに蹴られている光景も目に入るが……。

 

「やはり、私はここが好きなようだな」

 

ガングートは誰にも聞かれないよう、そっと呟くのだった。


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