ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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武蔵のトルコライス

複雑な出入りをする海岸線に、ぽっかりと開いた湾の奥。

空を低く覆う灰色の雲の下、ウミネコの群れが騒がしく舞っている。

 

鎮守府の埠頭で、秋刀魚漁から戻った艦娘たちが秋刀魚を水揚げしていた。

ウミネコたちはその際にこぼれ落ちる秋刀魚を狙っているのだ。

 

今年の秋刀魚漁の応援リーダーである朝潮が、その情景を思い詰めた顔で見つめていた。

 

思うように秋刀魚が獲れない。

すでに漁期は終盤を迎えているが、現在の漁獲量は目標の8割に届かない。

それなのに、めぼしい猟場の秋刀魚は枯渇し始めている。

 

新しい漁場を求めたいところだが、夏の大規模作戦で大量の資源を失った鎮守府に負担をかけるわけにはいかず……。

 

バンッ!

 

いきなり誰かに背中を強い力で叩かれ、朝潮は海に向けてカタパルトで打ち出されるかのような恐怖を味わった。

 

「どうした、暗い顔をしてっ!」

「きゃっ! あ……、む……武蔵さん?」

 

朝潮の背中に優しく手を置き、微笑む武蔵(あくまでも武蔵主観)。

実際には「ドババアァーン」とジョジョ風擬音がつきそうな風格ある登場の仕方だ。

 

「あの……今年の秋刀魚……なかなか獲れなくて……雷先輩や阿賀野さんたちが頑張ってきたのに、今年は私のせいで……目標を達成できないんじゃないかと……」

 

武蔵の雰囲気に押されたのか、生真面目な朝潮にしては珍しく、たどたどしい言葉で本音を打ち明けた。

 

「ふっ……やはり、そんなつまらない事で悩んでいたのか」

「なっ?」

 

いくら武蔵が相手とはいえ、つまらない事と言われてカチンときた朝潮だが……。

反論しようとした朝潮の面前に、武蔵が大きな掌を出して黙らせる。

 

「お前を責任者に選んだのは提督だ」

「え?」

「あの男は台所と布団の中以外では猫の手ほども役に立たんが……それでも、あの恥ずかしがり屋の大和を見つけ出し、この武蔵を鉄底海峡から救い出してくれた男だぞ?」

 

武蔵が世界最強の戦艦だけが成し得る、不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前を選んだ司令官を信じろ。司令官に選ばれた、お前自身を信じろ! 倉庫の資源なんぞ、全て使ってしまえ!」

「……はいっ!」

 

笑顔で答える朝潮の頭をワシャワシャと乱暴に撫でまわしながら、武蔵がふと思いつく。

 

「よし、景気づけに今宵はトルコだ!」

 

「ト、トルコ……ですか? 分かりました! 朝潮、大切な資源を使わせていただくお礼に精一杯、司令官にご奉仕いたします!」

 

「……1980年代に同国からの抗議で“泡の国”に名称変更された“そっち”のトルコのことじゃないぞ?」

「!?」

 

武蔵の指摘に耳年増な朝潮が固まり……自分の誤解に気付いた後、真っ赤な顔で自沈しようとするのを止めるのが大変だったのは、また別のお話し。

 

 

直径1メートル半の巨大なパエリア鍋を業火の上で揺すり、巨大しゃもじで米の山を混ぜ炒める武蔵。

お手伝いの島風と清霜がS&Bの赤缶カレー粉を投入していく。

 

霧島と鳥海が具の玉ネギ、ピーマン、赤ウィンナーとともに鉄板で炒めているのは、マ・マーの「ゆでスパゲッティ イタリアン5食入」×50セット。

 

スパゲッティ風ソフト麺を炒めて粉末ソースをかける、という暴力的な調理方法にイタリア艦娘たちが目を白黒させているが、そんなの無視。

 

ケチャップの焼ける風味が、カレー粉の香りとともに食堂に充満する。

 

ひたすらにトンカツを揚げまくる足柄と、それにかけるデミグラスソースを煮込む羽黒。

 

どでかい皿にドカンとカレーピラフをよそい、ボリューミーなサクサクのトンカツをのっけ、おまけにオイリーなスパゲッティナポリタンまでドカッと盛り付けられたら……。

 

武蔵たちが生まれた長崎のローカル名物食、大人のお子様ランチこと、トルコライスの完成だ。

 

今日はおまけで、軽空母たちが焼いたオレンジ色の目玉焼きまでのっかっている。

こんなん食べたたら、誰だって元気が出るよね?

 

「Turkish rice? Wh~y?」

 

アイオワがトルコライスという名前を不思議がっているが……。

 

ネーミングについては、カレーがインド、スパゲッティがイタリアを指し、トンカツがその架け橋になることから、両国の中間に位置するトルコのライスなったとか……。

 

前出の“そっち”のトルコに行く男性客に精をつけてもらうためのボリュームメニューが由来だとか、様々な説を霧島が披露する。

 

一応、ピラフの起源であるトルコの「ピラウ」から「トルコ風ライス」の名が生まれたのだろうが、どうしてカレー味にしたりトンカツやナポリタンがついたのか、元祖トルコライスがどこで生まれたのかは定かではない。

 

「このソフト麺をナポリタンと呼ぶのも意味不明だわ……」

「でも、これは九州ローカルのナポリタンで、他では普通の乾麺のスパゲッティを茹でてからケチャップソースで炒めるんですよ」

 

不可解そうな顔をしているローマに、追加情報を与えて余計に混乱させる鳥海。

 

 

しっとり炒められたカレーピラフ。

油、肉、肉、脂、油と訴えかけてくるロースカツ。

懐かしい昭和風味の古典的ナポリタンスパゲッティ(風ソフト麺)。

半熟とろとろの目玉焼き。

 

カロリーの塊、タンパク質+脂質on炭水化物+炭水化物。

胃袋に向けた弾着観測射撃。

 

栄養バランスの悪さに苦笑した鳳翔さんと間宮が、優しい味のセロリスープとさっぱりしたサラダを作ってセットにしてくれた。

 

パワーフードをモリモリ食べて、元気をつける艦娘たち。

連続出撃で浮かんでいた疲労の色もすぐに消えていく。

 

 

「朝潮、明日からは中部海域にも出撃しよう。空母棲姫のいるKW環礁に秋刀魚の群れがいるらしい」

 

提督がデカ盛りトルコライスに悪戦苦闘している朝潮に話しかける。

 

「中部海域? しかし、資源が……」

「どーん! 秋刀魚漁の総仕上げもアゲアゲでまいりましょう!」

「アゲアゲ?」

「そうです、揚げ揚げです!」

 

資源のことを心配して不安げになる朝潮を、大潮が盛り上げる。

提督も秋季作戦が近いという噂に資源備蓄を気にしていたのだが、武蔵のおかげで、せっかくのお祭りを最大限に楽しむ踏ん切りがついた。

 

「はい! 朝潮、司令官のために秋刀魚漁を必ずやり通す覚悟です!」

 

「千歳を旗艦に、古鷹、大淀、神通、由良、瑞穂で北方AL海域の下ルートにも挑戦してみようか」

「ちょっと提督、お姉たちの中大破した姿を見たいだけなんじゃない?」

 

期間限定で浴衣や着物を着ている艦の名前ばかりをあげ、千代田にジト目を向けられて「ナンノコトデスカー」ととぼけている提督。

 

トルコライスを食べて元気アゲアゲ。

鎮守府総出で、秋刀魚漁のラストスパートがんばります。


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