煮詰めたバルサミコと赤ワインの香り。
それを満足そうにひと嗅ぎすると、コマンダン・テストはソースの入った鍋を一度火から離してバターを加え、最後に強火で一気に沸騰させた。
そのソースを、バターとオリーブオイルとでカリカリに焼き炒めた秋刀魚の切り身の上に回しかける。
秋刀魚の下には、別に用意した季節のラタトゥイユ、茄子と玉ネギとズッキーニ、椎茸とエリンギ、トマト缶、香草のワイン煮込みが敷き詰めてある。
「秋刀魚のポワレ ラタトゥイユ添え」の完成だ。
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ついに終わった今季の秋刀魚漁の締め、鎮守府秋刀魚祭り。
その賑やかしとして行われているのが、この秋刀魚漁中にケッコンを迎えた艦娘同士による料理対決イベント『料理の鉄娘』だ。
「私の記憶が確かならば……このイベントはN○SSAN自動車とは何の関係もありません」
「私、このイベントの一切の中継を任されました、福井……もとい青葉です」
色々な権利関係にギリギリ内角というかデッドボール上等で切り込んでいく、司会の霧島と実況の青葉。
霧島はもちろんパプリカを齧っているのだが、何のことか分からない平成生まれの坊やはここでは切り捨てていく。
いよいよ定義が怪しくなる執務室に設けられたキッチ○スタジアムのセットは、明石と夕張が妖精さんたちの協力を受けて作り上げた(もちろん提督の財布で特注家具職人さんも招聘)。
「さあ、挑戦者が姿を現します! 自由・平等・博愛の国から来た水上機母艦! 着任から1年未満にして練度99に達した実力者! コマちゃん!」
「Commandant Testeです!」
元ネタも分からないまま、挑戦者としてイベントに引っ張り出されるコマンダン・テスト。
「今日、貴方が戦うのは日本が誇る大和撫子です……甦るがいい! Ir○n Chef!」
「さあ、いよいよ和の鉄娘が姿を現します!」
ノリノリな霧島と青葉の進行の下、妖精さんたちの超技術により何もないはずの床から、舞台がせり出してくる。
「2年前に期待の水上機母艦として着任して以来、常に季節感あふれる装いで我々を楽しませてくれた……」
上昇した舞台の上には、嘘企画で待機させられていた会議室から妖精さんによる次元転送で急に引っ張り出され、状況が分からないままにオロオロしている瑞穂がいた。
「片や鎮守府中堅の日本水上機母艦、片や新進の海外水上機母艦。そんな二人がこの同時期にケッコンを迎え、互いに料理の腕を競い合う……」
芝居がかった霧島の司会に、自分たちだけ何も知らされていなかった瑞穂とコマンダン・テストも、やっとこれが料理対決なのだと察する。
「今日の対決に相応しいテーマはアレしかありません。それでは発表します、今日のテーマはこれです!」
霧島が、中央の台に置かれていた布をババーンと剥ぎ取る。
そこに盛られている食材は、もちろん……。
「今日のテーマは、秋刀魚!」
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盛り上がる会場の熱気に気おされつつ、瑞穂も料理に取りかかろうとするが……。
何も思いつかない。
瑞穂とて、料理は不得意ではない。
いや、むしろ得意な方だが……。
こんな風に料理対決だと言われて、とっさに出せるような華やかな秋刀魚料理に心当たりがない。
謝って辞退しようかとも考えたが、ワクテカして見守る観衆(特に海外艦娘たち)の視線を裏切るのも心が痛む。
とにかく包丁を握り、秋刀魚をおろし始め……ようとするが、会場を盛り上げようとする青葉のナレーションが心をかき乱す。
ぶんぶんっ、と顔を左右に大きく振り、雑念をかき消す。
「み、瑞穂。参りますっ!」
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三枚におろし、丁寧に骨を取り除いて皮をひいた秋刀魚の身を、生姜、長ネギ、酒、味噌とともに包丁で粗みじんに叩いていく。
さらに、醤油、みりんで味を調えながら手で混ぜ潰し、大葉の葉に貼り付けてフライパンできつね色に焼き、大根おろしを添えれば……。
「房州名物 秋刀魚のさんが焼き」の完成だ。
秋刀魚の食感が残る粗挽きの魚ハンバーグに、香味野菜と田舎味噌。
魚臭さと風味とのギリギリのバランスを、野田醤油のほのかな香りが取り持つ。
提督に以前出したら、とても美味しいだと言ってくれた秋刀魚料理だ。
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「緊張の糸が張り詰めるキッチ○スタジアム。今日の対決は、我々に和洋それぞれの家庭の味を教えてくれました。さあ、両者の料理を食べ終えた提督は、どのような
例の緊張感あるBGMの中、青葉がナレーションで盛り上げ、霧島が発表前のタメを作って……。
「引き分け!」
「うん、どっちも美味しかったよ」
霧島の発表に、目を細めて笑う提督と、安どに胸を撫で下ろす瑞穂とコマンダン・テスト。
両者の健闘を讃える盛大な拍手と歓声とともに、日和見で八方美人な提督に向けて罵声と物が乱れ飛ぶ。
明日は大本営の都合で夕方まで出撃できないそうだし、このまま朝まで宴会です。