小雨がパラつく秋冷の朝。
提督と那珂は第三水雷戦隊や応援の艦娘たちを連れ、畑へとやって来ていた。
那珂たちが育ててきた長ネギの、ついに第一回目の収穫。
土寄せを繰り返すうちに、こんもりと高くなった畝から青々とした葉が密集して伸びている。
「株を傷つけないように畝を崩して掘り下げていくんだよ」
提督に促されて、クワやシャベルで畝を崩していく那珂たち。
ちなみに、いつもの臙脂色ジャージに透明なビニール雨合羽にゴム長靴、軍手という農業実習感溢れるスタイルだ。
丹念に耕し続けてきた畑の土はふわふわで、すぐに長ネギの白い
だが、長ネギはまだまだ下まで深く埋まっている。
ネギを傷つけないようにと、慎重に土を掘っていくとどうしても時間がかかる。
見学させてもらったネギ農家のおじいちゃんはサクサク掘り出していたが、そういう名人芸には程遠い、つたない作業。
五月雨が転んで泥だらけになるのも、もはやお約束。
土を十分に取り除いてネギを露出させたら、根元を手で持って手前に倒すように引き抜く。
立派に太々と育った長ネギの下にも、サンタクロースのあごひげのような根が大地に力強く張っていて、引き抜く抵抗となるが……その感触が嬉しい。
大根を引き抜いた艦娘たちの間から歓声が上がる。
長い時間、苦労をかけてきたからこその収穫の喜び。
「見て見て、すっごいの! とっても長くて太……って、那珂ちゃんは、そういう路線はNGなんだからねっ!?」
雨はいつの間にか上がり、低い雲の合間からは鈍色の光が射していた。
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収穫した長ネギのうち、近日中に食べる分は根と葉先を切り落として束ね、青いプラスチックの収穫コンテナに詰めてリヤカーに載せた。
残りは根に泥がついたままの状態で新聞紙にくるみ、根を下にして物置小屋に入れておく。
提督はみんなが楽しそうに作業をするのを眺めつつ、白露と時雨に手伝ってもらいながら、昼飯の準備をしていた。
「提督、これぐらいの長さでいいかな?」
「うん。切ったら、炭火で軽く炙ってね」
白露と時雨が、泥を洗い落してひと皮剥いた長ネギを、小銃の薬莢ほどの長さに切りそろえ、練炭の上の金網に載せていく。
軽く焦げ目をつけたら、水と酒、昆布、油揚げの入った大鍋の中へ放り込む。
コンロにかけて煮立った大鍋には、少しずつ味噌を溶き込んでいく。
この畑で採れた大豆から仕込み、二年寝かせた自家製の田舎味噌。
食堂や鳳翔さんの居酒屋で仕入れる一級品には完成度や洗練度で引けを取るが、味わい深さでは絶対負けていない我が家の「手前みそ」。
年明けの新たな味噌仕込みには、那珂たちの第四水雷戦隊も参加する予定だ。
「お、
「提督、あたし達も飲みたーい」
台風対策でミツバチの巣箱を補強しに来ていた飛龍と蒼龍が、匂いにつられてやって来る。
根深は深谷ネギや下仁田ネギなど関東の長ネギの江戸時代の通称、それだけを具にしたシンプルな味噌汁だが、これが寒い日にはめっぽう美味い。
今回は外で調理するため、鰹だしはとるのを省き、代わりにコクを増すため刻んだ油揚げを加えてある。
「第八駆逐隊、昼食を持ってまいりました!」
朝潮たちの八駆が、間宮が作ったご飯やおかずの食缶を、台車に積んで運んできてくれた。
台車といっても、ちゃちなキャスターがついた倉庫で使うようなものでものではなく、太いノーパンクタイヤを装備した屋外用のものだ。
野分と舞風が折り畳みのテーブルやイスを用意し、萩風が食器を並べていく。
銀杏と舞茸の炊き込みご飯に、鶏と根菜の炊き合わせ、茄子の漬物。
畑の片隅に、秋の味覚たっぷりの食卓が登場する。
「嵐、カボチャ畑の方にザラとリベ、果樹園に最上と三隈がいるはずだから、呼んできて」
「了解、任せとけ!」
嵐が物置小屋から出してきたのは、幅広のタイヤを着けた折り畳み自転車。
東京ドーム約2個分という広い農場内での連絡用に役立っている。
昼食を済ませたら、午後は台風対策だ。
風で落ちてしまいそうなリンゴや梨、柿などを前もって収穫し、田んぼに干してある稲を鎮守府の倉庫へと避難させる。
台風が通り過ぎたら、乾燥させておいた蕎麦を脱穀して新蕎麦を打ち、月末にはハロウィンのお祭りをする。
そして11月になったら……。
提督は、そっと時雨と満潮の手を握る。
今度の秋の期間作戦は、運命のスリガオ海峡が舞台となるという噂がある。
「今度は……みんなを守ってみせるよ」
「なに、司令官? 別に優しくして欲しいわけじゃないし! 大丈夫よ!」
言葉はそれぞれだが、二人とも強く手を握り返してくる。
提督と目があった最上も、笑顔で頷いてくれた。
大丈夫、うちの強い娘たちは、どんな困難にも絶対に負けやしない。
「さあ、那珂ちゃん。いただきますをしようか」
「はーい! みんな、長ネギ作りお疲れ様でした! いただきます!」
那珂ちゃんの合図で、みんな湯気を立てる熱々の根深汁に手を伸ばす。
田舎味噌の滋味に、火の通ったネギの甘み。
身体の芯から温まる。
銀杏と舞茸の香りに胸を躍らせ、味の染みたご飯をかき込めば、なかなか箸が止まらなくなる。
そんな秋の畑の幸せな一時でした。