鎮守府の裏山の炭焼き窯から、青白い煙がたなびく。
火入れから炭が焼きあがるまで三昼夜ずっと窯の火加減を調節し、さらに窯が冷えて炭を取り出すまでに四日、炭小屋に泊まり込んで窯の番をする必要がある。
今日は大和と矢矧が窯の番についていて、そんな2人に差し入れの笹団子を持っていこうと、雪風と初霜が裏山を登っている。
いまだにスカスカな鎮守府の倉庫の片隅では、ジャージ姿の数人の艦娘たちが縄を
「ね、こうしてよじりながら……指でこう絡ませるのよ?」
阿武隈がアークロイヤルに教えているのだが……。
縄を綯うためには、長さをあわせた数本ずつの藁の束を二つ、手のひらの中でコヨリを作るように同時にねじり回して絡ませながら、その二つの藁の束を左右の指先を使って、ねじりとは逆方向に
慣れてしまうと簡単だが、縒りながら親指で藁を押さえていたりと、実際は手の中で複雑な動きが必要で、見ただけでは簡単に真似できない。
「フンッ……やっぱり英国艦は手先が不器用なようね」
「Say that one more time! I will shoot……(もういっぺん言ってみろ! 撃ち殺……)」
「もうっ、喧嘩しないでくださいぃー!」
縄を縒るには、硬いままの藁では作業できないので、水を含ませてゴザに包んで置いておき、しんなりしたところを岩の台の上で叩き棒で叩いて柔らかくする。
木の幹に柄を刺し込んだ叩き棒で、藁の束をバンバン叩いていたビスマルクの一言がアークロイヤルを怒らせ、阿武隈が慌てて止めに入る。
「貸してみなさい? 私がお手本を見せてあげるわ」
アークロイヤルの手から藁束を奪い取り、ビスマルクが器用に縄を綯っていく。
ちなみに、アークロイヤルは椅子に座ってやろうとしていたが、ビスマルクは床に直接あぐらで足で縄の端を押さえつけている。
「こうやって足で押さえないから難しいのよ」
「ほう、なるほど……」
ビスマルクを真似て、アークロイヤルも床にあぐらをかくが、そこに……。
「がおー! お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますって♪」
「Oh,My god! U-boat!! アブクーマ、Help me!」
ハロウィンの衣装を着たローちゃんこと呂500、元U-511の登場にアークロイヤルのトラウマスイッチがオンになる。
飛龍と蒼龍は倉庫の軒先で石臼を回し、そば粉を挽いていた。
そばは収穫までの期間も短く、荒れ地でもよく育つ植物(受粉にはミツバチなど昆虫の手助けが必要だが、ここの鎮守府は養蜂もやっているのであまり苦労しない)だが、収穫してから食用にするまでに幾重にも手間がかかる。
畑で刈り取ったそばはを茎ごと束にして天日で干し、板に縄を巻きつけた脱穀板にこすりつけて実を落とし、ふるいにかけて大きな異物を取り除いたら、適切な水分量(約15%)になるよう穀物庫で乾燥させる。
乾燥した実も、そのままでは汚れていて食用に使えない。
ふるいにかけて葉や茎などの混じり物を省き、
さらに、研磨機にかけてそばの実をブラッシングして泥土を落とし、またふるいや唐箕にかけて割れたものや砕けたものなどを省き、目の異なる何枚もの網にかけて粒の大きさをそろえて、やっと石臼で挽くことができる。
本当は白いそばを挽くためには脱皮機という機械を使って、そば殻を取り除き、皮を剥く作業もあるのだが……。
自家製そばは、挽きぐるみの黒っぽい田舎蕎麦でいいと割り切って、いったん殻ごと粗く挽いてからふるいにかけて殻と皮を捨て、さらに細かく挽いて絹のふるいでそば粉を得る、昔ながらの製法でやっている。
ゴリゴリと1分間に十数回、ゆっくりと石臼が回る音が鳴る、のどかな昼下がり。
近くでは天龍と睦月が柿を干し、那珂と夕立、春雨が釣ってきたメカジキを解体している。
ローちゃんに追い回されるアークロイヤルの悲鳴だけが、けたたましく響いていた。
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そんな頃、提督は露天風呂に浸かった後で、休憩所の和室でくつろいで酒を飲んでいた。
酒は奈良・今西清兵衛商店の春鹿、切れの良い辛口。
近くでは同じく湯上がりの満潮が、浴衣姿で鳳翔さんに髪を乾かしてもらっている。
今日は、新任務の『「第八駆逐隊」、南西へ!』に挑んだ。
朝潮、満潮、荒潮、大潮らの第八駆逐隊を含む艦隊で、南西諸島沖とバシー島沖の敵主力を撃破するという、比較的簡単なものなのだが……。
バシー島沖で羅針盤が荒ぶって、高速建造材がプカプカ浮かぶだけの謎の海域に飛ばされまくり、任務達成までに8回も出撃を要し、疲れたので業務は終了。
冷気にさらされた身体に、熱々の温泉はありがたい何よりのご馳走。
ただ、提督自身は執務室にいただけなのに、改二になったばかりの満潮や、朝潮、荒潮、大潮らの少女艦娘たちと温泉に入り、夕方前から酒を飲んでいる。
提督がつまみにしているのは、瑞鳳の玉子焼きと、龍鳳(大鯨)の味噌田楽など。
多忙に追われる社会人からすると絞め殺したくなるが、一緒に出撃と温泉をこなした鳳翔さんが我慢しているので、皆さんにも何とか我慢して欲しい。
「うふふふっ♪ 玉子焼き、あーん……してくれる?」
浴衣をはだけさせた荒潮がおねだりし、提督が箸で玉子焼きの切れ端を食べさせてあげるのを、鳳翔さんが満潮の次に大潮の髪を乾かしながら、ジトーッと冷たい目で見ている。
しかし、提督はそんなの気にしていない。
間宮が作ってくれた、風味抜群な
「朝潮、お蕎麦がまだか聞いてまいりますっ!」
「おっと、危ないなあ!」
険悪な雰囲気を感じた朝潮が浴衣を乱して走り去ろうとしたが、玄関先でそばを持ってきた最上とぶつかりそうになってしまった。
最上が持ってきた盆の上には、竹編みのザルに盛られた黒みがかった十割の田舎蕎麦。
ザルの端にはたっぷりと大根のおろしが盛られ、添えられた猪口の汁からは匂い立つような鰹節の香りが漂ってくる。
「最上、お風呂は?」
「僕は食べてからでいいよ。残り、みんなの分も持ってくるね! 提督、先に食べててよ!」
「運ぶの、お手伝いします!」
「はいっ、アゲアゲで参りますっ!」
提督の問いに爽やかに答えて身をひるがえす最上と、それを追っていく朝潮と大潮。
最上もバシー島沖への出撃を繰り返していたのだが、まったく疲れを感じさせない。
「はい、どうぞ」
荒潮を押しのけた鳳翔さんに注いでもらった春鹿をクイッとあおり、太めのそばを
喉から鼻へと抜けていくのは、甘辛い汁と辛味の強い大根のおろし、そして野趣に溢れた荒々しくも濃厚な「蕎麦」そのものの香り。
障子越しに差し込む、優しい午後の日差し。
外から聞こえるヒヨドリやモズの鳴き声に、木々の揺れる音。
「幸せだなあ……」
提督が鳳翔さんの胸にもたれかかり、その頭を鳳翔さんが優しく抱き止める。
「夜はハロウィンのお祭りだそうですから、あまり酔いすぎてはいけませんよ?」
「うん……」
「朝潮、ただいま戻りました! はい、おそばです」
「あと、間宮さんが食後にお汁粉を作ってくれるってさ。提督には、鴨のネギ焼きも持ってきたよ。あと、雪雀の大吟醸もあるよ?」
提督が最上の声にムクリと起き上がる。
「もう、本当に飲み過ぎないでくださいね?」
心配そうな鳳翔の声をよそに、最上の持ってきた銘酒へと手を伸ばす提督。
この後、酔っ払ってセクハラ魔人と化した提督に、満潮を生贄にして一同撤退してしまい恨み言を言われまくるのだが……。
当の満潮自身がキラキラしまくっていたので、説得力はなかったそうです。