ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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アイオワのブロックステーキ

提督は「音」について考えていた。

耳を澄ませば、様々な音が聞こえてくる。

 

埠頭の波のせせらぎ、海鳥の鳴き声、裏山の木々のざわめき。

足踏み脱穀機「號光國新式ダヨチ」のリズミカルな回転音に、薪を割る小気味よい乾いた音。

朝の釣果で浜焼きをしようとしている艦娘たちの賑やかな声。

 

この農林水産鎮守府らしい、自然と生命の営みを感じさせる音ばかりだ。

 

果たしてこの幸福な音に満ち溢れた空間に、あえて無粋な音を響かせる必要などあるのだろうか……。

 

 

「御託はいいので、とっとと羅針盤を回してください」

 

大淀の冷たい声が提督を咎める。

 

「えー?らしんばん、まわすのー?」

「ほら、羅針盤妖精さんだって回したくなさそうだし……」

「提督!」

「はい……お願い、回して」

 

「……ん……あい」

 

眠たそうな顔の羅針盤妖精さんがやる気のない動作で羅針盤を回し、シャ……シャッとこれまた気だるそうに羅針盤が動く……。

 

 

 

「ごめんねー……」

「ううん、君のせいじゃないよ」

 

南方海域前面。

最深部を前に北へと逸れていった艦隊からの「不幸だわ」という無線通信に耳を背け、提督は落ち込む羅針盤妖精さんの頭を優しく撫でる。

 

「今日は何を食べようかな」

 

あまりの羅針盤運のなさに、提督のやる気も尽きた。

 

 

提督は執務を強制終了させて温泉に浸かりに行こうかとも考えたが……。

大淀のこめかみにピキピキと青い筋が浮いていたので、午後は秋季作戦についての雑務に充てることにした。

 

明石には最近手に入った駆逐艦娘用の「12.7cm連装砲C型改二」2本を最高度を目指して改修しておくように指示。

 

遠征は今さら焼け石に水だが、駆逐艦娘たちにローテーションしてもらい、海上護衛任務や鼠輸送など効率のいいものを高回転する計画を立てた。

 

倉庫に眠っている不使用装備の廃棄、キス島前方やリランカ島前方での自主訓練、兵棋演習など、艦娘たちから提案された計画書に「よきにはからえ」とばかり決済印を押していく。

 

 

続けて、次々回の冬季作戦の分も含めた新しい艦娘たちのお迎え計画。

 

すでに200人以上が住む艦娘寮、もともとが楼閣造りの温泉旅館だった建物には松竹梅と3つのグレードの元客室がある。

提督は帝国海軍の艦艇一覧や編成表を照らし合わせながら、あらためてグレード順に部屋割りを確認していく。

 

まず番外としては、元は従業員が使っていた8畳から10畳の質素な部屋。

大淀と明石、間宮と伊良湖、天龍と龍田、夕張と島風という組み合わせの4室で、ここはこのままで問題ない。

 

 

客室だったうち一番広いのが、12畳半か15畳の本間に8畳の次の間、6畳ほどの広さの板の間と4人掛けのテーブルが楽に置ける広縁(ひろえん)、内風呂を備えた松の部屋。

 

このグレードの部屋は主に、大姉妹の駆逐艦娘や潜水艦娘たち、ドイツ、イタリア組が使っている。

 

すでに姉妹が全員そろっている白露型の10人はいいとして、朝潮型の10人にはまだ夏雲と峰雲という姉妹が加わる可能性がある。

吹雪型と七駆(曙たち)を除く綾波型の部屋も、天霧と狭霧が来たことで11人になった。

 

そろそろ、末妹の夕月を待っている睦月型の部屋のように、ほとんど使っていない内風呂を潰して板の間を大きく広げる改築をしてあげた方がいいかもしれない。

 

夕雲型10人と秋雲が使っている部屋も、そろそろ限界。

夕雲型が全員そろえば19人になるし、英米の艦娘の大家族化も予想されることから、将来的にはこのグレードの部屋数の不足も避けられない。

 

あきつ丸、まるゆ、秋津洲、瑞穂、速吸、神威と海防艦たちの10人で使っている部屋も手狭だし、再編成することも考えなくてはいけないが、あきつ丸たちには部屋割りの度に引っ越しばかりさせていて申し訳ない気になる……。

 

 

次に広いのが、10畳の本間に6畳の次の間、2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えた竹の部屋。

 

ここは基本的に、四人姉妹の重巡艦娘や阿賀野型にあてがっているので悩みは少ない。

球磨型の五人姉妹には少し手狭で申し訳ないが、姉妹仲もいいしすでに姉妹全員そろっているので、これ以上人数が増える心配もない。

 

雲龍、天城、葛城の三姉妹には一応まだ妹がいるが……現実世界で建造中止となっているため、顕現できる可能性は低いだろう(グラーフやアクィラの例があるので何とも言えないが)。

 

問題は神風型の5人。

あと4人の妹が残っているし、もし2人ぐらい同時に顕現してきたら部屋を変えるか分けてあげる必要がある。

 

 

最後が、10畳か12畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えた、シンプルな梅の部屋。

 

赤城と加賀、長門と陸奥のような空母・戦艦組や利根姉妹の2人部屋、川内型や長良型の軽巡3人部屋、駆逐隊を基本単位にしている暁型などの駆逐4人部屋は安定している。

 

同型艦の姉妹がいない同士ということで龍驤と大鳳を同部屋にした時、「なんやー、ムカムカするわぁ。他意はないと分かっててもムカムカするわぁ」などと苦虫を10匹ぐらい噛み潰したような顔をしていた龍驤と、某アイドルのような9393顔を浮かべて無言だった大鳳も今では仲良くやっている。

 

香取と鹿島のところも、妹の香椎が来ても同部屋で済むだろう。

 

だが、次の作戦はレイテらしい。

秋月(秋月自身はレイテで沈んでいる)型の涼月の顕現が噂されているし、戦艦などのアメリカ艦娘が来る可能性も十分にあるがアイオワとサラトガの部屋に入れたら狭すぎないか。

 

暁たちの押し入れで寝起きしているガングートをいつまでもそのままにしておくわけにもいかないし、鳳翔さんと同部屋になっている大鷹の妹たちや、神鷹、海鷹、松型の駆逐艦娘が顕現する可能性もある。

 

 

別館に竹と梅の部屋が2室ずつ空いているが、深海棲艦たちがよく泊まっていくのに使うし、やはり部屋不足になるのは確定だ。

 

提督は建築妖精さんたちを呼び出し、別館を本館並の部屋数にするための増築の見積もりを頼もうとしていたら……。

 

窓の外からやたらと陽気な音楽が響いてきた。

 

 

埠頭の浜焼き会場の一角に掲げられた星条旗と「Welcome to Leyte Gulf!」という横断幕。

華やかなジャズの名曲『In The Mood』をBGMに、アイオワが1メートル×50センチのバカでかい焼き台を2つ備えた試製一六式野外焼架台改を持ち出して巨大な肉の塊を焼き始めていた。

 

鉄板の上で豪快に肉が焼ける音に、立ちのぼる煙と容赦なくばらまかれる良い香り。

 

その隣ではダイナーガール姿のサラトガがコーラやビールを配っている。

 

「Hi! Admiral、Victoryの前祝いよ!」

「大規模作戦、楽しみね♪」

 

ああ、そうですよね……。

日本にとってはレイテが悲壮な戦いでも、そっち側から見れば歴史的大勝利の最大の見せ場ですもんね。

 

浮かれるのも分かります。

 

秋月、照月、初月がワンコのようなキラキラした瞳で肉が焼き上がるのを待っている。

一方、能面のような表情で肉の香りを無視し、黙々とイカゲソを齧っている扶桑姉妹が妙に痛ましいんだけど……。

 

 

曲がThe Andrews Sisters(戦場慰問で大人気だった米国のセクシー三姉妹歌手)の『Rum and Coca-Cola』に変わったところでアイオワが炭火グリルに肉を移して蓋を閉じ、一息つこうとコーラの瓶を栓抜きを使わず台に打ち付けて開けてラッパ飲みする。

 

“ヤンキーがトリニダードにやって来て、熱狂した若い娘たちにモテまくり。娘たちはヤンキーが来て、ここがまるで楽園のように変わったと言う”

 

原曲は旧英国統治領トリニダード・トバゴでのカリプソ(黒人奴隷たちによる非言語的音楽コミュニケーションに由来する音楽スタイル)による自虐的反米ソングだ。

 

“ラムとコーラを飲みながら海水浴場に行こう。母も娘もヤンキーのドル札のために働いてる”

 

本当は売春をほのめかす内容なのだが、USA版はThe Andrews Sistersの明るい歌声と歌詞改変により軽快なポップス曲に仕上がっている。

 

「まったく、ヤンキーは品がないわね」

「うむ、退廃的資本主義の見本だな」

 

などと文句を言いつつ、しっかりビールを飲みながら、肉が焼けるのを待っているビスマルクとガングート……。

 

だが……今はみんな、この艦隊の仲間だ。

過去の歴史のことなんか、どうでもいい。

 

過去はどうでもいいんだけども!

今現在、アイオワの背後に積み上げられている肉の量に関してだけは物申したい。

 

「1人分、どれぐらいの量で計算して買ってきたの?」

「20オンスよ」

「わーい、600グラム以上だー(棒)」

「Don't worry. リブとランプで二種類あるから食べ飽きないし、ソースにはオニオンとガーリックを摩り下ろしてパプリカパウダーも入れてるからベジタブルでヘルシーよ!」

 

自信満々に宣言し、次に焼く肉の塊をウッドテーブルにのせて、塩こしょうを塗り込み始めるアイオワ。

反論したいことがいっぱいあるのに、思わず生唾がゴクリとしてしまう。

 

「さあ、焼き上がったわよ!」

 

観衆の心を見透かしたかのように宣言し、ゆっくりと手についた塩こしょうを払ってグリルの蓋を開くアイオワ。

モワッと煙と香気とが溢れ出す。

 

アイオワがウッドテーブルに下ろした巨大な肉の塊を、豪快にナイフで切り分けてそのまま秋月たちの皿にのせてあげ、石鍋で温めていたソースをかける。

 

秋月たちの嬉しそうな歓声。

 

その餌付けされてる姿に淋しさを覚えつつも、切り分けられてもまだ肉、肉、肉、圧倒的に肉、どこからどう見ても肉という分厚さと、中はミディアムレアで切り口からジューシーな肉汁が垂れてくる暴力的なビジュアル、漂ってくるガーリックソースの匂いに、くやしいほど食欲を刺激された。

 

特に音、言葉では説明しにくいが、ボワッとグリルから立ち昇る煙とブスブスと燻る肉の音が物凄く……良い。

 

胃袋も無条件降伏、喜んで提督もステーキをもらうことにした。

 

表面はこんがりと焼けているが中はまだ赤みが残る肉。

ナイフで切り分け、フォークに刺した厚みのある肉を口に運ぶと……鮮烈なガーリックソースの奥から溢れ出す濃厚な旨味と肉汁。

 

肉だ、まごうことなき肉の味だ。

 

ビスマルクやガングートも、美味しそうに肉を頬張っている。

 

「ほら、扶桑と山城も一緒に食べよう」

「Hey,フソー、ヤマシーロ、Battle shipならSteakを食べなきゃ!」

「きゃっ」

「ちょっと、艦橋を触らないでよ!」

 

まだイカゲソを齧っている扶桑と山城を提督が呼び、アイオワが2人の肩を組んで強引に連れてくる。

 

激闘が予想されるレイテだが、多国籍軍で一丸となって頑張ります。




艦娘寮の梅の間(川内型の部屋イメージ)

【挿絵表示】

艦娘寮の一室の間取りを描いてみました
左上板の間と畳の間が白くなっているのはソフトの操作ミスです
右下のクローゼットは、広縁の一部にDIYしたという脳内設定です
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