強い憎悪と怨念に蝕まれ、時空の狭間に迷子のように取り残された常闇の海。
紅い狂気の月に照らされたその不気味な海面を、砲撃の衝撃波が叩き割る。
「邪魔だ…! どけえぇぇぇぇぇぇっ!」
気迫のこもった山城の砲撃が敵戦艦ル級を砕く。
朝雲と山雲が海面を滑るPT子鬼群に機銃を掃射し、満潮の酸素魚雷を浴びた敵駆逐ナ級が火達磨と化した。
「通してもらう」
立ちふさがる戦艦ル級を連撃で沈めながら、時雨が敵旗艦を探して疾走する。
その時雨の艤装の上では緑髪のポニーテール妖精さんが、ここを撃ってこいとばかりに探照灯の光を振り回していた。
「トオサナイッ…テ…イッテルノニ……。シニタイ…ノォッ!?」
かつて扶桑、山城、最上、満潮、朝雲、山雲、時雨によって編成された西村艦体が突破を試み、そして時雨を残して全滅した、因縁のスリガオ海峡。
そこを護る深海棲艦隊の旗艦、海峡夜棲姫は山城に生き写しのような姿をしていた。
負の感情を源として現世に顕現した、戦艦山城のもう一つの姿。
怨み、妬み、嫉み、苦しんで、悲しんで、そして全てに絶望した空虚な心が、希望を抱いて立ち向かってくる艦娘たちにかき乱される。
「マップタツニナリタイノォ!?」
「きゃぁぁっ! や、山城、突破するのよ!」
海峡夜棲姫の砲撃を受け、半身を水中へ沈めながらも扶桑が叫ぶ。
「くっそぉ、直撃かよぉ……。冗談じゃないよっ」
動きを封じられた扶桑を庇った最上も、敵戦艦ル級らの一斉射撃に防御結界を破られて艤装から火を吹きはじめた。
「ココ…ハ…トオレナイシ……トオサナイ……ヨ…ッ! 」
だが、山城の心は折れない。
時雨の探照灯が照らし出す海峡夜棲姫を、闘志に燃えた瞳で見据える。
そんな山城を後押しするように、終わるはずのない異世界の夜が明けようとしていた。
東方の海にわずかな白みが射し、そこから一気に海と空の境が分かれていく。
広がる払暁の空に、味方の基地航空隊のエンジン音が響き始めるのだった。
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艦娘寮の大宴会場。
舞台(小中学校の体育館の舞台並なので艦娘たちの演奏や演劇の発表会にも使える)上で艶めかしく腰を揺り動かしてベリーダンスを披露しているのは、中間棲姫と南方棲戦姫、装甲空母姫。
そんな舞踏を盛り上げる川内の音響技術に、七色を操る絶妙な神通の照明操作。
那珂ちゃんも緞帳の陰でタイムキーパーをこなし、次の演目の潜水艦娘たちに手信号で登壇の準備を促している。
西村艦隊がスリガオ海峡突破を成し遂げて秋期作戦も終わった。
ここの鎮守府では深海勢とも一時休戦して、お疲れ様会を開催中だ。
「ハナセッ」
長門と戦艦棲姫たちに鹵獲された潜水新棲姫が、可愛がり倒されてもがいているのはご愛嬌。
「いい加減離れてよ」
提督に抱きつかれて迷惑がっているのは海峡突破MVPの山城。
だが、もちろん提督に聞く耳などなく、湯上がり浴衣姿の山城に容赦なくセクハラを続けている。
「司令さぁ~ん、満潮姉さんも触って欲しそうにしてますよぉ~?」
「そんなわけないでしょ! こっち見んな、ウザイのよ!」
各所のコタツで湯気を立てているのは、おでんの鍋。
今日のために待機組の艦娘たちが、みんなで準備をした。
面取りや隠し包丁、下茹でといった処理を丁寧に施した肉厚の大根。
上質な大豆で作った豆腐を三度揚げした、こだわりの厚揚げ。
山芋や卵白を加えて石臼で練った、ヨシキリザメのはんぺん。
グチとキンメダイの身を多く使った濃厚な食味のちくわ。
関東圏以外の人にはあまり受け入れられないが、提督が大好きなので必ず入れるちくわぶ(小麦粉をこねてちくわ型にして茹でたもの……成人してから初めて食べた人は大概拒絶反応を示す)。
定番の卵とじゃがいも、こんにゃく、しらたき、結び昆布、ごぼう巻き、牛すじ、つみれ、たこ等、具の種類は充実している。
子供たちに人気なのはウィンナー巻きやチーズ巻き、もち巾着。
それら多様な具から染み出したエキスが他の具に染み込んで、味の奥行きを深めていく。
「提督、どうして泣いてるの? え、揚げボールと間違えて紅しょうが天を一気にかじっちゃった? あははっ、提督はドジだなぁ」
「セクハラのバチがあたったのよ」
温かいおでんを食べながら、コタツでじゃれあう家族の団欒。
迫る冬に負けず、また明日からも頑張るために。
今日はゆっくりお休みです。
代休日がメンテ日……ネトゲあるある
秋イベおつかれさまでした