ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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多摩と凍み豆腐

うっすらと雪化粧に覆われた鎮守府では、年末の大掃除が行われていた。

 

「さぁ、師走大掃除頑張りましょ。赤城さんそちらを、加賀さんはその窓をお願いします」

「格納庫も大掃除しなくちゃ、って…手を突っ込むなバカっ!」

 

「さあ、師走の大掃除も張り切っていきましょう! 箒よーし! 塵取りよーし! 霧島、まずは掃き掃除から参ります! 掃き掃除戦、よーい、はじめっ!」

「提督のお机、榛名がお掃除します。はい、引き出しの中もきちんと整理しておきますので、お任せ下さい! ……え、提督? ……あの、引き出し……提督?」

 

「クソ提督そこどいて! 掃除の邪魔! 邪魔―っ!」

 

手伝っているのか邪魔しているのかよく分からない、猫の手より役に立たない提督。

とうとう艦娘寮を追い出されて、すでに掃除が終わっている離れの茶室に隔離された。

 

 

「さぁ・・・夕雲型の皆さん、大掃除の季節です。主力オブ主力の働き、今こそ見せるときです」

「雑巾がけか? この長波様に任せろ、やってやるぜ! とぉりゃぁ~!」

 

「もう……なんだって年末年始はこう忙しいのかしら……」

「この季節はドタバタしてるにゃ。仕方ないから隅っこで寝るにゃ……にゃ~」

「多摩姉、障子を張り替えるからどいたどいた! 窓全部開けるぜ!」

「ふにゃー」

 

休憩室の隅で丸くなっていた多摩も、大井と木曾に窓を全て開け放され、寒さに耐えかねて提督について茶室にやって来た。

 

もう一つのお供は、つい先日地元の酒蔵から贈られてきたばかりの、今年一番最初に醸造されたしぼりたての生原酒。

新酒らしい爽やかさの一方、濃厚なコクのある味わいが堪能できる逸品を、白地に青で山水画が描かれた陶器の二合徳利に注ぐ。

 

煮込んだ杉皮とコウゾをすり潰した繊維にヤマアジサイの粘りを加えて、祥鳳の指導の下で漉いた天然和紙を張られた茶室の障子。

提督はそれを開け放ち、庭の雪景色が目に入るようにする。

 

「さてさて、チビチビやりながら何かつまみの支度をしようか」

「にゃ~」

 

提督の酔狂に付き合えず、多摩はコタツの中へと潜っていく。

 

軒下に縄で吊り下げられている凍み豆腐(高野豆腐)を二つ三つとり、重曹を加えたたっぷりの湯に浸してもどす。

にごり汁を捨てて丁寧に搾ったら、何度も何度も水に浸けては絞りを繰り返す。

 

今時スーパーで売られているものはそんな手間は不要で便利なのだが、間宮が昔ながらの製法で作った、この天然凍結の凍み豆腐には独特の深い味わいがある。

 

もどした凍み豆腐は、昆布だしに砂糖、醤油、味醂でゆっくりコトコトと気長に煮含め、これを飴色の美濃焼椀にもり、庭に咲いていた冬越しの木の芽を一つ飾って風流人を気取ってみる。

 

その合間に炭火を起こし、最近仲良くなった鳥取の境港鎮守府から贈ってもらった、エテカレイの干物を焼いていく。

 

余計な解凍などせず、わずかに酢を塗りつけて焦げを防止したら、凍ったまま遠火にかけてじんわりを味を引き出していく。

 

そんな調理の熱が、部屋の中にくつろげる温もりを生んでいく。

 

「にゃあ♪」

 

部屋の中の温もりと、美味しそうな干物の匂いに釣られたのか、多摩がコタツから這い出してくる。

逆に提督がコタツに足を突っ込みながら、お姫様抱っこのような態勢で多摩を抱きしめる。

 

手の平に干物の身をほぐし、猫舌の多摩にあげながらクイッとお猪口をあおる。

提督が常温の酒を飲むのに好む、薄口でやや外に開いた白磁のお猪口。

 

続けて、ふわふわの食感に濃密な味を湛えた凍み豆腐を口に運ぶ。

行儀は悪いが、そんな提督の汁に濡れた口元をピチャピチャと舐める、人懐っこい多摩。

 

目の前には、雪の白さと樹木や石が織りなす、静かなモノクロの世界が広がっている。

 

大掃除をさぼって、ちょっと贅沢な一時をいただいちゃいました。


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