ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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海防艦娘と年末のお餅

年末の年越し準備もいよいよ佳境。

大掃除が終わった鎮守府では門松としめ縄を飾り、フル回転でおせち作りを行っていた。

 

カタクチイワシの幼魚を甘辛く煮絡めた田作り。

昔は田んぼの肥やしとしたことから田作りというが、別名「五万米(ごまめ)」ともいい、五穀豊穣を祈願した正月に欠かせない縁起もの。

 

来年も健康でマメに働けるようにと祈って、じっくりと時間をかけて煮込んだ黒豆。

子孫繁栄を祈って、丁寧に塩抜きして追い鰹で上品に味つけした数の子漬け。

ここまでが、これさえあれば正月が越せると言われるほど関東のおせち料理に欠かせない、祝い肴三種。

 

めでたい紅と神聖な白で祝い事を彩る、紅白のかまぼこ。

勝利祈願の縁起物である栗を、さらに黄金色に輝く財宝のようにクチナシで色づけて財運を祈願する栗きんとん。

巻物の形に似ていることから学問成就の縁起物とされる伊達巻き。

 

出世魚で縁起の良いブリを照り焼きに。

先を明るく見通せるようにと、穴の開いた蓮根を酢漬けにする。

喜ぶの言葉にかけて、(にしん)の昆布巻きを作る。

 

腰が曲がるまで長生きできるようにと、長寿を願う海老料理。

定番の車海老の艶煮だけでなく、伊勢海老の黄味煮も作る。

 

ごぼう、蓮根、人参、しいたけ、こんにゃく、厚揚げの煮しめ。

炊き合わせのように、材料をすべて別々に一度下茹でする手間が、最後の仕上がりの味を大きく変える。

 

第五艦隊(なちせんたい)より入電、ズワイガニを大量ゲット!」

「ふぐちりの〆は雑炊として、牡蠣キチム鍋の〆ラーメンは誰が作る?」

「このわた、からすみ、くちこも用意したぞ」

 

「鳳翔さんが肉団子作ってくれるって。四駆、ひき肉調達任務に出動よ」

「カルピスとポンジュースが届いたんだけど、宴会場に運んじゃていいのかな?」

「のり塩、ハッピーターン、ポッキーの備蓄はこれぐらいで足りる?」

 

大晦日の大宴会の準備も進んでいる。

飲兵衛どもや子供たちも張り切り、朝から買い出しの遠征(おつかい)艦隊が入れ替わり出入りしていた。

 

ちなみに、東京の某イベントに参加していた駆逐艦たちと集積地棲姫は深夜バスで県内に帰ってきて、陸奥がハイエースで迎えに行った。

 

 

提督も新人の海防艦娘たちを連れて、ご近所に年末のご挨拶回り。

占守(しむしゅ)国後(くなしり)択捉(えとろふ)、松輪、佐渡、対馬……。

 

「一年って本当に早いっす。え、占守が着任してまだ半年ちょっと? 細かいことはなしっしゅ」

「司令、足を滑らさないように気をつけてよね。そうじゃなくてもそそっかしいんだから!」

 

「司令、お寺の住職さんに、きなこ餅をいただきました!」

「私、択捉お姉ちゃんのいも……え? 占守、ちゃんの……? えっと、あの……ぁ、すみません、わかりません……」

 

「シ・レ・イ! お婆ちゃんから豆餅もらっちゃったよ!  ひひっ」

「お餅たくさん……ふ、ふふふ……」

 

総人口は1万人に届かず、その半数以上が65歳以上の老齢、15歳未満は1割を切っている、過疎化の止まらないこの田舎町。

年少の艦娘たちをゾロゾロと連れて歩いていると、行く先々で声をかけられ、色々な物を貰ったりする。

 

特にすぐ隣の市が江戸時代から、冠婚葬祭や祝い事はもちろん、季節の行事や農作業の節目など、年に数十日も餅をついて食べるという独自の「もち文化」を誇っているため、何かと餅を貰うことも多い。

 

そして、その餅も正月にしか餅を食べない地方では考えられないほど、四季折々でバリエーションも多い。

その影響で、この鎮守府で半年も過ごせば、艦娘たちはすぐに餅好きになる。

 

鎮守府と懇意のキリショー(霧雨商店)の二階で、奥さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、みんなで貰ったお餅を食べる。

 

優しい甘さのきなこ餅と、黒豆と黒胡麻が練り込まれた塩分控えめで香ばしい豆餅。

 

「帰ったら、お雑煮の準備もしないとね」

 

この地方のお雑煮は、にぼしだしのすまし汁に焼いた角餅と鶏肉、ひき菜を入れる。

ひき菜とは、人参、大根、ごぼうなどの野菜を湯がき、夜に干して凍らせたものだ。

 

大晦日までにひき菜を準備するのは、元旦早々から「切る」のは縁起が悪いから、さらに、幸せを引き込むように、との(げん)担ぎだそうだ。

 

そして、別皿には「くるみだれ」を用意して、餅につけながら食べるのが、この地方の正義。

鎮守府でも大晦日の宴会前には、家族みんなでくるみを割り、すり潰して「くるみだれ」を作るイベントが欠かせない。

 

この後はみぞれが降り始め、夜はまた零下まで冷え込むらしい。

全員母港に帰投させて、仲の良い深海勢もお招きして、温かくしてみんなで年越し。

 

今年の年末も、ここの鎮守府は平和に過ごしています。





本年はご愛読ありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いいたします。

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