ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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【番外編】鎮守府の七草粥

殊に美しい満月が夜空を染めた今年の新春。

 

「今夜は月が綺麗だね」とか某文豪の『アイラブユー』の和訳っぽい感想を漏らした提督が、新たに十件ほどの『プロポーズカッコガチ』を認知させられたりしたが、全体的には平和な日々が過ぎていた。

 

かつおと昆布ダシに醤油と味醂のあっさり甘口すまし汁に、焼いた角餅、鶏肉、小松菜、かまぼこ、なると、三つ葉のシンプルな具材。

提督の生まれ故郷である東京下町風のお雑煮。

 

焼いた角餅とひき菜(前話参照)に、凍み豆腐を加て芹を散らし、くるみだれを別皿につける、この地方のお雑煮。

 

かつおと昆布ダシに白醤油と砂糖、味醂の薄色のすまし汁、煮た丸餅に牡蠣、大根、人参の具材、柚子で香りをつけた広島風お雑煮。

 

かつおと昆布と干し椎茸のダシに薄口醤油、煮た丸餅に“するめ”、里芋、ちくわ、ほうれん草、水田ごぼうの具材が独特な、天草鎮守府に教えてもらった熊本風お雑煮。

 

見た目はお汁粉、境港鎮守府に教えてもらったあずき汁の鳥取風お雑煮(ダシが入っているので、断じてお汁粉やぜんざいではない)。

 

お雑煮の他にも、味噌ダレをつけて食べるしそ巻き餅、旬のゆり根を具材にした餅入り茶碗蒸し、ピザ餅や餅ーズリゾットなど洋風な食べ方も含め、全国各地の餅料理が新春の日々を彩る。

1月11日には鏡開きもあるので、餅の供給はまだまだ続く。

 

ちなみに、西日本では丸餅が主流なのに東日本では角餅なのは、江戸時代に人口増加の激しかった江戸での餅需要を賄うため、大量生産に向いた板状の「のし餅」を切って使うようになったからだという。

 

 

提督の執務室には新春の壁紙が貼られ、鏡餅や門松が飾られている。

紅白の垂れ幕に飾られているのは、軽空母と海防艦たちが参加した迎春書初め大会の力強い作品。

いつも頑張ってくれる艦娘を労うために、年末年始はご馳走したい!と、提督が大奮発した寿司や豪華おせちが和テーブルに並ぶ。

 

羽子板、凧揚げ、独楽回し、けん玉、めんこ、福笑い、すごろく、かるた……伝統的な遊びを楽しむ、晴れ着姿の艦娘たち。

「瑞雲出初式」という謎のイベントを開催する日向師匠。

 

そんな賑やかさの中にぼんやり身をおきつつ、提督は風呂上りの浴衣姿で一人晩酌に向かう。

 

酒は秋田の地酒、天の戸。

奥羽山脈に端を発する皆瀬川と成瀬川の恵みが育んだ酒米が、清々しくさらりとした口当たりに、ほのかな甘味を生み出している。

それを愛妻の鳳翔さんが程よく人肌のお燗にしてくれて、いっそう香りが開き、味がふくらんだのを、お気に入りの白磁の盃でちびちびと飲む。

 

すっぽんの煮こごり、かにみそ、針ごぼうのうに和え。

小鉢に盛られた、気の利いた肴に舌鼓を……。

 

「那珂ちゃんさん、稲妻落としってこれで出来てる!?」

「わーっ、天龍さんの独楽強ーい!」

 

そんな情緒を打ち壊し、艦娘たちの遊ぶ声が飛び込んでくる。

 

提督が晩酌を楽しむ八畳ほどの和室の奥に広がる、大寺院風の大広間にその庭先の庭園景色。

妖精さんが造り出した広大な異次元空間で、多くの艦娘たちが好き勝手に遊んでいる。

 

目の前の和テーブルにちょこんと置いた、木の盆の中の小さな世界。

実は、この盆の中だけが提督に許された、唯一の不可侵(プライベート)領域だ。

 

「ほら、司令の番よ? 早くサイコロ振ってよね?」

「しれぇー! お風呂出たからパンツ履かせてー!」

「司令、このお魚なーにー?」

「んもぉー、海防艦のちっこいのウザイ!」

「うわー、那智さん、またぶつかるー!」

「あらぁ…提督? 荒潮のこと、忘れられちゃったのかしらぁ……困ったわねぇ…」

「なに!? 着付けしてるとこ見んじゃないわよ、クソ提督!」

「五航戦、ちょっと来なさいっ!」

「おぅっ! 天津風、おっそーい!」

 

盆の中から目を離して意識を現実に戻すと、大家族の喧騒が待っている。

 

「霧島さーん、今晩のヒメハージメの予定表できましたー?」

「私とウォースパイトの名前がないんだけど?」

「黙りなさい、この即落ち英空母! 着任4ヶ月でケッコンなんて、ふしだらなのよ!」

「1時カラ、ワタシトタ級……イイ…デショウ……」

 

深海勢込みだと130人を超えるジュウコンをしている以上、文句を言う資格もないのだが……。

嫁たちに勝手に決められていく夜の予定(意味深)。

 

「はい、月の輪のぬる燗です」

 

正妻の鳳翔さんが、結界内の盆の中にお酒の徳利を追加してくれる。

穏やかな香りと、ふくよかな味わい、提督もお気に入りの県内の銘酒だ。

 

「でも、飲み過ぎたらいけませんよ。明日の朝はちゃんと起きて、七草粥を食べてくださいね?」

 

一年の無病息災を願って1月7日の朝に食べる、七草粥。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ(蕪)、スズシロ(大根)などの野草を入れた粥を食べる風習で、正月の飲み食いで弱った胃腸を癒やすとも言われる。

 

この地方では気候的に七草が用意できないことも多いので、人参、ごぼうを代用に入れたり、餅、凍み豆腐、かまぼこ、油揚げなどを加えたりもして具沢山だ。

 

提督も子供の頃は特別美味しくもない、ただの慣習食としか思わなかったが、鶏ガラと干し椎茸、干し貝柱の重厚なダシをとって、それぞれの具材をきちんと下ごしらえして作った七草粥は、滋味深くて身に染みるような玄妙な味わいがあって好物だった。

(単に提督が中年になり、日々の不摂生で弱った舌と胃腸が健康によい食べ物を喜んでいるだけという説もあるが……)

 

明日の朝はそういう健康食を食べるのだから……。

何かつまみを追加しようかと考えた提督の腕が、川内に掴まれる。

 

「テーイトク、布団を敷こう、ね!」

「今夜はお相手は、私達からだそうです」

「提督、今夜も那珂ちゃんとお仕事頑張ろう。オー!」

 

晩酌を強制終了され、夫婦の寝室に強制連行(ドナドナ)されていく提督。

 

新春もここの鎮守府は艶やかに平和です。




※おまけ※


提督は自室のコタツで、ほっぽちゃんと潜水新棲姫、駆逐棲姫と陣取りボードゲームのブロックスをやっていた。

港湾棲姫と港湾水姫が、提督の両脇に寄り添ってゲームの成り行きを見ている。
敷きっぱなしの提督の布団には、寝そべって薄い本を読んでいる集積地棲姫と軽巡棲鬼。

山の緑と青い海に囲まれた豊かな自然、やすらぎとくつろぎの宿。
美味しいお料理に、高身長の深海棲艦にもちゃんと合うサイズの浴衣や布団を用意しておく、心づくしのおもてなし。

居心地の良さに昨年末から長逗留している深海一行。
各海域の深層部がガラ空きになっているが、代わりに防空棲姫や戦艦水姫、中間棲姫などの普段が暇なニート組に留守番をお願いしてあるので、(他の鎮守府の都合はともかく深海側に)問題はないはずだ。

「はーい、カニ鍋ですよ~」
「ヲッ♪」

鳳翔さんと鎮守府に居候しているはぐれヲ級が、熱々の鍋を運んでくる。

お正月の休戦期間(大本営や他鎮守府とは無関係に、ここの鎮守府が勝手に締結しているだけだが……)が過ぎれば、またしばらく敵同士として戦わなければならない日々が続く。

だから今日ぐらいは、楽しく宴会。
平和な海に乾杯です。

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