海岸線にぽっかりと開いた湾の中ほど。
鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」が闇夜の海に揺れている。
今日は五十鈴の主催で夜のヤリイカ釣り。
蛍光の防寒作業着に身を包んだ艦娘たちが手馴れた様子で釣りの準備を始めていく。
「鹿島はこのシマノの電動リールを使いなさい。楽々モードに設定しとけば、巻き上げスピードの調整は自動でやってくれるから」
まだ不慣れな鹿島には、大井が釣り方の指導をしている。
イカ釣りにはイカヅノと呼ばれる、尾の部分に開きかけの折り畳み傘のように針が付いている、棒状の疑似餌を使う。
このイカヅノを鯉のぼりのようにいくつも釣り糸に並べ、ヤリイカの泳ぐ海底近くへと沈めていく。
そして小刻みに竿をシャクってヤリイカの興味を誘い、イカヅノに抱きつかせるのだが、今日狙っているヤリイカは神経質で臆病。
警戒されたり、群れが逃げ散ってしまったりしないように、繊細で優しい誘いが必要になる。
「だからって、そんなヤワな動きじゃダメよ。水深100m以深で誘うんだから 手元ではしっかり……これぐらいは動かさないと」
「名取は今日はどんなイカヅノにしたの?」
イカの種類や季節、その日の潮の色や月光の量で、イカヅノの形状や色、その並べ方にも工夫が必要になり、なかなかに奥深くて面白いイカ釣り。
この鎮守府にもファンが多い。
そして醍醐味は何と言っても、数本のイカヅノの仕掛けにそれぞれイカがかかり、鈴なりになって釣れてきた瞬間だ(初心者のうちは掛かっても巻き上げている間にバラして逃げられてしまったりするが……)。
釣り上げられ、興奮して赤黒い攻撃色に染まっているヤリイカの眉間にイカ締めピックを突き刺すと、イカの体がスーッと透き通る。
活締めにしたイカを丁寧にザルに並べてから氷水に入れると透明なままで持ち帰ることができ、魚屋に並ぶような氷焼けした白濁イカとは、鮮度と美しさに格段の差が出る。
今日も五十鈴、名取、大井、卯月などが顔をイカ墨で汚しながら、大量のヤリイカを釣り上げては次々と活締めにしていた。
「あ、あのっ、これ何ですかー!?」
釣り糸が突然に暴れ出し、鹿島が悲鳴を上げる。
「ああっ、鹿島先生! それサバだっぴょん!」
「もうっ、仕掛けを沈めるのにモタモタしてるからよ! 急いで上げなさい!」
海底近くに棲むイカの層に届く前に、サバが泳ぐ層を仕掛けが通る。
その時に、サバがイカヅノに反応して呑み込むことが多々あるのだ。
「きゃー! こっち来たーっ!」
そして、イカヅノを呑み込んでパニックに陥ったサバは「横走り」といわれる水面近くでの大暴れをし、他人の竿の仕掛けを巻き込んで「おまつり」を発生させる。
五十鈴と大井の糸を絡ませながら暴れ回る鹿島の釣り糸。
ようやく引き上げられたところで、名取が引っかかっていたサバを取り外す。
取り外すと言えば簡単だが、イカヅノを深く呑み込んでしまったサバは……基本的に頭から切り落として、スプラッタな解体作業をするしかない。
(最近、木曾が釣り雑誌で紹介されていた『一発サバはずし!』というアイデア商品を試してみて成功を得ているが、まだ鎮守府全体には普及していない)
「サバがまた食いついてくるようなら、仕掛けを直結に換えてみてください」
名取が包丁でズバズバと豪快にサバを分解し、血まみれのイカヅノを取り出して鹿島に返す。
「あ、ありがとう」
血の気の引いた顔でイカヅノを受け取る鹿島の隣では、大井と五十鈴が慣れた手つきで絡まった仕掛けをほどいている。
「提督、お待ちかねのサバが出たぴょん!」
卯月が分解されたサバをバケツに回収して、船室の提督に渡しに行く。
釣り気より食い気で船に乗っている提督としては、船上でのイカ料理も楽しみだが、外道としてかかるサバも宝物だ。
サバの生き腐れという言葉があるほどに足の早いサバ、その調理は鮮度がキモだ。
その点、たった今解体されたばかりのサバは刺身で食べられるほどの鮮度を誇る(ただしアニサキスという寄生虫が怖いので、念のため熱は通す)。
提督がサバの血を洗い流し、切り身に捌いて薄く塩を塗ってキッチンペーパーにくるんでいく。
鎮守府に戻ったら、サバのしゃぶしゃぶ鍋で一杯やるつもりだ。
昆布とカツオの合わせだしに、島根から取り寄せた甘醤油を加えたつゆを煮立て、薄切り大根や玉ネギ、水菜、豆腐をクツクツと煮る。
ふわりと甘醤油の香りが漂ったら、肉厚でプリプリしたサバの身を軽くしゃぶしゃぶ。
野菜とともに口に運べば、甘い脂が舌の上に溶け出す。
そこにすかさず辛口の熱燗などグイッと煽れば、もう天国。
「提督、まかないの準備もお願いね」
爆釣が続く中、五十鈴がヤリイカの入ったクーラーボックスを船室に持ってきた。
イカを取り出し捌いていく提督だが、ふと一言……。
「このイカをいかに食べるかなあ」
「バッカじゃないの?」
「あまりの寒さに凍え死ぬぴょん」
提督のギャグは家族からは大不評でした。
胴体は刺身に、頭とゲソは細かく刻んで味噌汁の具に。
そして、そのどちらにも欠かさず加えたいのが、新鮮で濃厚な
提督がキラキラと透き通る刺身を一枚つまみ、黄土色のワタを醤油で解きほぐしたものにつけて味見する。
「ううん」
柔らかく甘いヤリイカの刺身に、思わずうなってしまうほどの反則な美味さ。
「ちょっと、あたしにもっ!」
「うーちゃんも食べたいぴょん!」
同じように、刺身をつまんで五十鈴と卯月の口に入れてあげる。
「美味しーい!」
「最高ぴょん!」
そしてイカワタの味噌汁は、イカワタから出た特濃のダシが自家製田舎味噌の風味に深い奥行きを与えている。
新鮮な刺身に熱々の味噌汁、炊き立ての白いご飯。
船上で冷えた身体に染み渡る、何よりのご馳走。
明日はイカフライに、里芋と大根との煮付け、ゲソのバター焼き。
明るいおしゃべりと大釣果を乗せて、「ぷかぷか丸」は母港へとゆらゆら戻るのだった。