ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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羅針盤と提督の独り酒

現実世界とは異なる理に支配された異界、深海領域。

その領域の奥地、南方海域のさらに最深部を艦娘たちの艦隊が単縦陣で進んでいる。

 

一見最も危険だが、妖精さんの加護により強力な防御を与えられる先頭、通称「旗艦」の位置を進むのは軽空母艦娘の隼鷹。

 

「パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

景気よく巻物状の甲板を広げ、そこから白紙の式札を飛ばしていく。

甲板を進むうちに色を帯び始めた式札は、打ち出された時には艦上戦闘機・烈風改へと姿を変えて大空へと飛び立っていった。

 

艦隊の後方では瑞鶴と大鳳も、それぞれ弓とボウガン型の艤装を使い、制空権を確保すべく艦載機群を発進させていく。

 

「さあ、来やがった。防空戦開始だ!」

 

艦隊前方の空でいったん集結した味方戦闘機隊106機が、分散して飛来してくる180機の敵爆撃機群の針路を塞ごうと再展開していく。

 

「ったく、戦艦のくせにウジャウジャ飛ばしてくんじゃないわよ!」

「それよりアレ、爆撃機のくせに熟練零戦隊と互角に戦うのが腹立つわ」

 

すぐさま上空では激戦が始まり、空母艦娘たちは防空戦に忙殺される。

戦艦たちも必死に増設機銃を撃ちまくり、敵機の急降下爆撃を阻止しているが……。

 

海面にスッと浮上した潜望鏡が、不気味に艦娘たちの姿を覗く。

レ級から発進した特殊潜航艇だ。

 

「YAMATO! Your right side,torpedo’s path!(大和、右舷側に雷跡!)」

「取り舵一杯!」

 

アイオワの警告により大和が回避行動を始めるが、避けきれなかった魚雷の一本が大和の装甲結界を突き破る。

続けて砲撃が艦隊へと降り注ぎ、武蔵の艤装から爆炎が吹き上がった。

 

「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだっ!!」

 

開幕爆撃、開幕雷撃、大和型に匹敵する砲撃二回、ここで仕留められなければ雷撃戦のオマケ付き。

サーモン海域北方、レ級との壮絶なサドンデスバトルの中、その分厚い装甲で砲撃を受け止めた武蔵が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ヒャハハハ! サスガ武蔵ッ!」

 

こちらも強敵と相対する歓喜に、尻尾型艤装を海面に叩きつけながら嗤うレ級。

 

武蔵の46cm三連装砲とレ級の16inch三連装砲が、互いに同航する相手を見据えて指向される。

南の海に化け物同士の咆哮が交錯するのだった。

 

 

ここの鎮守府は珍しいことに、今月の戦果の順位争いに参加している。

お正月に新年の抱負で、長門、陸奥、金剛、赤城、加賀が艦娘たちを代表して、ぜひ鎮守府一丸となって上位に挑戦したいと言い出したのだ。

 

1月の農作業には「寒起こし」といって、畑の土に有機物をたっぷりと入れたうえで裏返し、病原菌や害虫を寒風にさらして死滅させる大切で人手も必要な作業予定があり、提督も迷ったが艦娘たちの熱意に負けて許可した。

 

普段から一応それなりの戦果は上げて大将に叙せられているここの提督だが、戦果稼ぎでは比較的楽な三群に滑り込んだことが3回ほどあるだけだ。

 

開設以来ずっと全国首位をひた走る戦果お化けの横須賀は別格として、佐世保や呉、天草、木更津といった有力鎮守府がしのぎを削る一群、二群の順位争いに参加するのは、正直恐ろしい。

 

毎日5-4をグルグル回り続けながら、5-5、6-5、Z作戦……全ての特別任務をやり遂げるとか、どれだけの資源とバケツが飛び散るの!?

 

というわけで、豆腐メンタルの提督は精神衛生上の理由から、今月は艦隊指揮を長門に一任している。

 

畑仕事や家事を手伝い、駆逐艦娘や海防艦娘たちとお昼寝し、おやつを作り、湯上がりの晩酌を済ませたら、夜は嫁たちのキラ付け(意味深)に専念する……。

 

ある意味、髪結いの亭主状態の半ヒモ生活を送っていたが、たまには艦隊の針路を決めるための神聖な羅針盤を回さなければならない。

完全ルート固定の5-4と異なり、5-5には羅針盤による針路分岐地点がある。

 

そう、通称「E風」と呼ばれる、敵主力の前に立ち塞がるレ級以上の最強の壁。

ようやくレ級を倒しながらも、艦隊は敵主力から逸れて何もない海域へと去っていくのだった。

 

 

「見事に外したな」

「外したわね」

 

長門と陸奥に冷た~い視線を向けられた提督。

わざとらしく身震いをして「う~寒い寒い」とかつぶやきながら、ちょうど海峡警備から帰投した松風、旗風、佐渡、対馬を誘って露天風呂へと向かう。

 

ゆったり温泉に浸かり、温まった身体をウール混の着物に包んで小ざっぱりしたら、子供たちにお小遣いをあげて酒保に行かせ、自分は5時ピッタリに鳳翔さんの居酒屋へ。

 

お手伝いの瑞鳳が、今まさに「呑食処」と書かれた濃紺ののれん(ちなみに夏期は白)を店先にかけようとしていたところ。

 

瑞鳳の元気な挨拶に迎えられて開店直後の清々しい店内に入り、長年の使用で擦り減り丸みを帯びた味のある桧板のカウンター席に腰を落ち着けて、鳳翔さんから笑顔でおしぼりを手渡される。

 

「まずはビール……瓶でもらおうかな」

 

夏ならキンキンの生ビールをグビグビいくが、冬は瓶ビールでじっくり立ち上がりたい。

コップに注いでもらってグイッとやり、ビールとともに出てきたお通しを一箸口に入れた。

 

店側のおしつけともとられかねない「お通し」という慣習には賛否両論あるし、提督もチェーン居酒屋のパック詰めの業務用食材をただ皿に入れただけのような、つまらないお通しには否定的だ。

 

しかし、例えば初めて入った店などで、ちょっと気の利いたお通しをサッと出されたりすると、その後の酒食に対する期待がグンと高まるし、お通しがあるので慌てて料理を注文する必要もなく、お通しが良い店にハズレなしとニンマリしながら落ち着いて品書きに目を通せる。

 

今日の鳳翔さんの居酒屋のお通しは、海鼠《なまこ》酢の山かけ。

海鼠はひと手間、食感に触るお腹の膜を取り除いてあり、山芋も擦りたて、わずかに柚子の香りが漂う。

 

海鼠のコリコリした食感と、山かけのネバリのコントラストを楽しみながら、目の前のネタケースを偵察する。

 

真鯛に目鯛、ヒラメ、クロムツ、ししゃも、ハタハタ、ヤリイカ、クルマエビ、ホタテ、ホッキ貝……。

さて、何をどんな風に料理してもらうか……いきなり迷う。

 

カウンターに並んだばかりの大皿では、小松菜とさつま揚げの煮びたし、肉豆腐などが湯気を立て、バットには舞茸や平茸、金茸、銀茸など美味そうな天然の冬きのこ類、頼もしい那珂ちゃんの干物たちも並んでいる。

 

冷奴やエイヒレの炙り、目刺し、串カツなんて定番メニューに、半紙に筆書きしてさりげなくアピールされている「奥久慈軍鶏竜田揚げ」や「志津川蛸刺し」なんて限定メニューも見逃してはならない。

 

「どうしようかなあ……」

 

静かで落ち着いた空間で、たゆたう時を愉しむ。

孤独だが寂しくない、前向きではないが後ろ向きでない、独り酒の素敵な時間。

 

そんな注文の組み立てに迷う一時も楽しいのだが、優柔不断な浮気者提督には決断力がないので、どうしても長考になり過ぎる。

 

「これでも召し上がりながら、ゆっくり考えてください」

 

心得ている鳳翔さんはお通しがなくなるのを見計らい、新しい小皿を出してくれる。

 

牛かっぱの燻製、わさび添え。

牛の脇腹の皮の下の肉で、雨合羽を着ているかのように胴体の脂身を覆っているのでそう呼ばれる。

 

甘み、旨みが強いのだが、硬くて変色しやすいため扱いにくく、単独で流通に乗ることは少ない稀少部位だ。

 

隠し包丁を入れて軽く炙っただけなのに、口いっぱいにジュワッと広がる上質な脂の旨味がビールにピッタリ。

 

嬉しそうにビールを飲む提督を見て微笑みながら、鳳翔さんは刺身の盛り合わせを作り始める。

この後、ビスマルクの主催で高速戦艦たちの飲み会が入っているのだそうだ。

 

「提督……ビールなくなるけど、どうすりゅ?」

 

噛み気味に瑞鳳に尋ねられ、瓶ビールを追加する。

すると、刺身用にホタテを捌いていた鳳翔さんから嬉しい提案が。

 

「ヒモを平茸と一緒にバター焼きにしましょうか?」

 

当然、これまたビールに合う絶好の料理だ。

ぼんやりビールを飲みながら、コクのあるバター焼きをちょびちょびとつまむ。

 

そうしていると、溜まっていた一日の仕事の澱を洗い流して頭を空っぽにできる。

仕事場である鎮守府と、家族の家である艦娘寮の、そのどちらでもない中間地点にある大切な空間がこの居酒屋だと提督は考える。

 

(ただし、一日の仕事などと格好つけているが、提督自身は羅針盤を一回回しただけなので騙されないように)。

 

ビスマルクたちがやって来て店内がいよいよ活気づき、提督の今夜の酒肴のイメージも固まってきた。

 

「ホッキ貝、炙ってもらおうかな。それと……お酒を」

「由利正宗、雪の茅舎(ぼうしゃ)はどうですか?」

 

提督が秋田名物ハタハタをチラ見しているのに気付いてか、鳳翔さんが秋田の酒を勧めてくれる。

 

放っておいてくれるが、目が届いていてくれる絶妙な距離感が心地よい。

 

注文していたホッキ貝の炙り焼きが、黒織部の長角皿で出されてきた。

 

ホッキ貝は別名「うば貝」。

うばは「姥」と書き、老婆の意味だ。

貝殻の白い模様が白髪を連想させるからというが……。

 

その身に熱を通すと、紅く色づいた美しい姿になる。

適量の良質な塩をふって、よい加減で炙られたホッキ貝の身は、(たえ)な酒の肴になる。

引き立つ上品な甘味がたまらない。

 

それを追って飲む、鳳翔さんお奨めの酒もまた素晴らしい。

秋田の酒蔵、由利政宗。

 

秋田の水質の良さを背景に、杜氏たちが永年こだわりの技を磨き続け、さらに昨今は酒造米にも改良の手を入れ続け、その結果生まれた現代最高峰の日本酒の一角を形成する秋田の地酒たち。

 

うちの鎮守府でもいつか、これぐらいの高品質の日本し……げふんげふん、素晴らしい米ジュースを造ってみたい。

我が県にも、熱意をもって最上の酒米を生み出そうとしている有志たちがいるし。

 

戦後には、鎮守府の倉庫を酒蔵にして(酒って言っちゃった)、漁で得た水産物と自前の畑で育てた農作物を肴に自家製の酒を飲ませる、そんな温泉旅館を……うーん、無理かなあ……。

 

酔ってとりとめもないことを夢想しつつ。

まだ夜は長いし、もう少し腰をすえて飲みますか。




今月、二群を狙ってみましたが辛すぎて挫折しましたw
来月はイベントまで静かに執筆に専念します。
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