ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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明石と甘鯛の味噌漬け焼き定食

冬季の大規模決戦が迫る中、ある日の執務室。

朝からのルーチンワークが終わり、少し落ち着いた頃。

 

いつもは陽だまりの猫のように目を細めてほんわかしている提督が、わずかに険しい表情で資料に目を通していた。

 

ここの提督とて、料理をする時以外にもたまには真面目な顔をするのだ。

 

端的に言うと、次の作戦に向けての備蓄資源が不安なのだ。

バケツこと高速修復材さえ貯めれば何とかなると考えていたが、今日になって武蔵改二の改装情報が流れてきた。

 

天下の大和型の改二だ。

かつて長門を改二にした時の弾薬8800、鋼材9200を超える消費を要求されるのは確実だ。

さらに、その運用となれば毎回の出撃で吹き飛ぶ資源量も莫大だろう……。

 

そんなわけで、備蓄に関する己の慢心に気付いて冷や汗が垂れてきたのだ。

 

「提督、第三艦隊が遠征から帰投しましたよ?」

 

本日の秘書艦、明石が声をかけてくる。

一月作戦では寝る間も惜しんで泊地修理を行い、バケツ節約に努めてくれたらしい。

そんな明石を労いたくて、久しぶりに秘書艦にしたのだ。

 

提督は「うん、出迎えに行こうか」と答え、いくら見ていても数字が変化するわけでもない資料をしまい込んで席を立った。

 

 

埠頭に戻ってきた第三艦隊。

今回の編成は、天龍、睦月、如月、望月で、苫小牧から来た輸送船団を東京(正確には途中の茨城沖、大洗鎮守府への引き継ぎ地点)まで海上護衛する、定番の遠征任務に就いていた。

 

「ふきのとう♪ じゃじゃーん!」

「青ナマコよ。太いわよね~」

 

睦月、如月、卯月が牽引するドラム缶や大発動艇には、大洗鎮守府留めで発注しておいた千葉・茨城県産の食材が満載されている。

もちろん、逆航路の東京発苫小牧の船団を護衛する時は、日高鎮守府(日高町は苫小牧市の近隣町で、多くの競走馬の牧場やトレーニングセンターがある)留めで発注しておいた北海道の食材を積み込んでくる。

 

龍田が手伝いに出てきて、天龍とおしゃべりしながら遠征艦隊の艤装をハンドパレットに積み込み、補給のために工廠へとガラガラと運んでいく。

 

食材の方は、厨房から給糧艦娘の伊良湖が受け取りに来ていて、睦月たちにお駄賃のたい焼きを渡していた。

 

「おぉー。いいねぇ」

「もらっちゃって、いいの? え…? 弥生、怒ってなんかないですよ? ……すみません、表情硬くて」

 

望月を迎えにきた同じ第三十駆逐隊の弥生もたい焼きを貰ったが、伊良湖に怒ったのかと誤解されてしまったようだ。

 

「うふふっ、弥生ちゃんはもっと表情を柔らかくしないとね~♪ ほらほら、こうほっぺを上げてぇ」

「如月、やめ……ちょっと…本当に……今は、怒ってるからね?」

 

もし、こういったタイムロスとなる遠征ついでの食材仕入れを止めて、補給なども横須賀のように効率よく行い、分刻みで次の遠征艦隊を繰り出していけば……いや、無理無理無理。

 

「提督、今日の演習に行ってくるぜ」

 

と、妙に気合いの入った木曾に声をかけられた。

他の艦隊メンバーは、球磨、長良、夕張、陽炎、不知火で、「主砲、ソナー、ドラム缶(夕張は2個)」という謎装備。

真剣に勝とうという気が見当たらない編成だ。

 

実は球磨、全国各地の知り合いの漁師さんから定期的に、魚介を直接仕入れているのだ。

 

「仕入れのキモは人脈にありクマ」

 

といわけで、その荷受けを自分たちで行って輸送費を節約し、ついでに現地の釣りをしてこようという下心で、近くの鎮守府との演習を組んでいた。

 

何かが間違っている気もするが、それでいいのかと問われれば、提督としては「それでいいのだ」とバカボンのパパの真似をして答えるしかない。

 

「今日は福井の敦賀(つるが)鎮守府か……あっちは大雪で大変みたいだから、ご迷惑にならないようにね」

「うん、ちゃんとお土産も持ったって」

 

普段からこんな感じでやっているのだ。

今さら備蓄が少ないのを嘆く方が間違っているだろう。

 

球磨たちを見送りながら、提督はさっさと気持ちを切り替え、お昼は何を食べるか考え始めるのだった。

 

 

明石とともに食堂に入り、提督が注文したのは「甘鯛の味噌漬け焼き定食」だった。

 

この甘鯛は先日、曙たち第七駆逐隊が「長距離練習航海」という名目で相模湾に行き釣ってきたものだ。

 

「門」を使用した転移を訓練するだけの短時間かつ低報酬の遠征任務なのだが、その転移先で釣りをしていれば半日がかりの長時間遠征になる。

 

……これじゃ備蓄にいいわけないよ、分かっちゃいるけどやめられね~♪

 

「先月は泊地修理が多くて大変だったろ?」

「そうですねえ、でも機械をイジってるの大好きですから」

 

などと明石とお茶を飲みながら話しているうち……。

 

「よっ、提督。待たせたねぇ~」

 

魚が焼きあがり食堂当番の谷風が定食を持って来てくれた。

 

大きめの角皿に、香ばしく焼かれた頭付きの甘鯛の半身がどっしりと。

酢の物、香の物、煮物と小鉢が3つ。

ご飯と味噌汁もたっぷり、湯気を立てて頼もしい。

 

食べ始める前から、おかわり確実だ。

 

ひとまず味噌汁に口をつける。

ジャリジャリと殻つきの寒しじみが音を立て、熱々の味噌汁が流れ込む。

深い旨味と、五臓六腑に染み渡るような「身体に良さそう」なしじみの滋味。

 

愛嬌のある頭をした甘鯛くん。

もちろん正式な鯛の仲間ではなく、スズキ目の鯛とは全く別種の魚。

 

しかし、「あやかり鯛」の中でも甘鯛くんのステータスは妙に高い。

 

関西では「ぐじ」と呼ばれ、昔から京料理に欠かせない高級食材だ……などと騙された関東人がありがたがって金を払うから、見る見る間に高騰してしまった。

 

ぐじの語源は、屈折した頭で屈頭(ぐず)から、“ぐじ”に変わったという外見から説がある一方で、身が柔らかくて“ぐじぐじ”しているから……という悪い意味の説もある。

 

他の西日本でも、ビタ、クズナ、鍋腐らしなどとあまり良くない地方名を持っていて、ビタは「ビタ一文まからない」というように使われる「欠けた貨幣」の意味、クズなどは説明するまでもないし、鍋腐らしにいたっては……。

 

そもそも甘鯛の身自体は水っぽく、そのまま食べたのでは最高の美味とは言いにくい。

若狭(現代でも若狭ぐじは最高級)で獲れたぐじを京に運ぶため、保存用にひと塩して干したことが、その美味さを引き出して京人の心をつかんだのだと提督は思っている。

 

だから、甘鯛が普通に獲れるその他の地方の人々にとっては、別段どうということのない……。

 

あ、ごめんよ、甘鯛くん。

別に君の事を嫌って言っているんじゃなく、宣伝におどらされて現地価格の何倍ものお金を払わされてるのにも気付かずに、しかも君の食べ方として適してない刺身なんかをありがたがったりしちゃう東京人をバカにしてるだけだからね。

 

ええと、本来は何が言いたかったかというと、ひと塩して干したりと、少し手間を加えたほうが甘鯛くんは格段に美味しくなるということだ。

 

そこで今回の味噌漬け。

京料理にも上品な西京漬けがあるが、提督の舌には間宮が作ってくれる濃厚味噌で漬けたものの方が合っている。

 

信州味噌、仙台味噌、庄内味噌を独自配合でブレンドし、味醂でのばした間宮の味噌は、そのまま舐めさせてもらっただけでメチャ旨だ。

それに漬け込んだら美味しいのは当然として、甘鯛くんの身から余計な水分が抜けて旨味が凝縮し、身が引き締まる。

 

などという提督の無駄に長い理屈を、明石の一言で現すと……。

 

「バカ旨ですね!」

 

うん、旨くて旨くてご飯がすすむ。

味噌汁→甘鯛→ご飯の黄金トライアングルが成立してしまった。

 

しかも、食べ飽きることを許さない、名脇役たちが周りを固めている。

 

ホタテとワカメの酢みそ和え。

程よい酢加減と、ホタテの食感のアクセントが食事に変化をもたせてくれる。

 

白菜の浅漬け。

濃厚な旨味がくどくなりかけたとき、口をさっぱりとリセットさせてくれる。

 

大根の煮物。

だし汁で薄味に煮た厚切り大根に、粉山椒をふっただけ。

だが、それが素晴らしく旨い。

甘鯛から浮気して、ご飯の上にのっけてメインにして食べたくなってしまうほどだ。

 

「よーし、おかわりは大盛りにしちゃおうかな♪」

 

明石の言葉に、提督も自分もそうしようと思う。

 

そして、食後には明石とゆっくり温泉にでも浸かろうか。

それから鳳翔さんの居酒屋に2人で飲みに行って……。

今日は精一杯、明石にサービスしよう。

 

冬季作戦では、また明石の不眠不休の協力が必要になるのだから。




投稿時には気づきませんでしたが、連載開始からちょうど一周年でした
みなさん、この一年応援ありがとうございました
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

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