ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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2018.02.05に実装された新任務に関するネタバレが含まれます


ほっぽ退治と蓮根入り鶏団子鍋

北からの寒気の影響で気温こそ低いが、頭上にはのどかな青空が広がり、綿菓子のような雲がふわりと浮かんでいる。

 

眼前の湾は陽光を浴びてキラキラと輝き、遠方に見える山脈はともかく、鎮守府の裏山の木々にはもう雪の白さは残っていない。

 

いまだ大雪に襲われる日本海側の人々には申し訳ないが、ここの鎮守府では少しずつ春が近づくのを実感していた。

 

「行ッテキマス、提督」

 

鎮守府の埠頭から居候の深海棲艦が、本来の仲間たちに合流するために出港していく。

もし提督になっていなかったら、捨て猫を拾いまくってご近所迷惑な猫屋敷を作っていたに違いないここの提督が、餌付けしている子の一人だ。

 

白銀の髪をアンバランスに伸ばし、金に輝く左目だけを覗かせる美少女。

胸元には艦娘たちと同じ提督から貰ったハート形の首輪をつけて喪失(LOST)対策は万全、左手の薬指にはケッコン指輪もしている。

 

重巡ネ級flagship。

一般のネ級と異なり、鬼クラスに匹敵する火力や装甲、耐久を誇る上、重巡のくせに射程は超長で砲戦を二回するわ、艦攻を搭載して航空戦に参加してくるわ、こちらの潜水艦に爆雷を撃ってくるわ、レ級と双璧をなす恐ろしい深海棲艦だ。

 

提督から強奪したドテラに山風と一緒にくるまっていた潜水新棲姫や、那智や高雄と飲んだくれていた重巡棲姫、加賀と囲碁を打っていた空母棲姫も、この日いつの間にか姿を消していた。

 

間もなく、冬の大戦(おおいくさ)が始まろうとしている。

 

 

提督としては、冬季の大規模作戦が発動される前に、どうしても片付けておきたい任務があった。

 

『新編「四航戦」、全力出撃!』。

伊勢、日向、大淀を固定メンバーとし、駆逐艦1とその他2を追加した編成で、鎮守府近海航路、沖ノ島及び北方AL海域戦闘哨戒、カレー洋リランカ島沖の4作戦に勝利せよ、というもの。

 

達成すると、報酬として新型装備「12cm30連装噴進砲改二」が貰えるのが魅力的だ。

 

鎮守府近海航路は、伊勢と日向に水上戦闘機を積み、駆逐艦枠に対空要員の秋月と対潜要員の朝潮を入れて、楽勝で乗り切った。

 

沖ノ島では毎度のことながら、重巡リ級3姉妹との夜戦どつきあいで事故が起こったり、突破したと思ったら索敵をおろそかにしすぎて敵主力を取り逃がしたり、いきなり羅針盤が荒ぶったりと、いくつか失敗はあったものの、最後はドラム缶を装備した最上と三隈の協力を得て、敵主力の殲滅に成功した。

 

カレー洋リランカ島沖では、噴式戦闘爆撃機・橘花(きっか)改を装備した翔鶴に制空権を確保してもらい、三式弾装備の伊勢と日向が全力で港湾棲姫に殴りかかる作戦で、港湾棲姫の撃破こそできなかったが取り巻きを一掃して勝利を得た。

 

しかし、残る一海域が……。

 

「カエレッ!」

 

北方AL海域、ほっぽちゃんがノリノリである。

 

最近は五航戦+αの空母3人で完全に制空権を奪い、摩耶が完全防空を達成し、高雄と愛宕が三式弾でぱんぱかぱーんとお仕置きするスタイルで、毎月ほっぽちゃんを抑え込んでいたのだが……。

 

「ふっざけるなぁ! また狙い撃ちやがって!」

「摩耶、カエレッ♪」

 

こちらが空母を出せず(空母を入れると海域内を迷走する全5戦ルートとなる)、自由に航空戦ができるようになった途端に、水を得た魚のように暴れはじめた。

 

鎮守府では摩耶がほっぽちゃんのしつけ係なのだが……今回の作戦では完全になめられっぱなし、集中攻撃を受けて何度も大破している。

 

「不幸だわ……」

 

応援に駆り出された山城も、ほっぽちゃんにとっては玩具。

ビシバシ痛撃を叩き込まれて涙目になっていた。

 

 

提督は鎮守府庁舎のキッチンに立ち、帰還する艦隊のために鍋を準備しようとしていた。

 

蓮根を粗みじんに刻み、下味をつけた鶏ひき肉と合わせてよく練り混ぜて、ゴルフボール大の鶏団子を作る。

 

ラーメン用にストックしている鶏ガラスープを鍋に入れて、酒と海水塩、醤油、おろし生姜でスープの味を調え、白菜、長ネギ、人参、椎茸、えのき茸、豆腐、そして鶏団子と具材を入れる。

 

あとは火にかけて、具材が煮えるのを待つだけ。

炊飯器のスイッチが入っているのを確認しつつ、打っておいたうどんに包丁を入れていく。

 

しょうがの効いた熱々スープで温まり、ガッツリ鶏団子とたっぷり野菜でご飯を食べてもらったら、〆にはうどんを入れてダブル炭水化物にしようという寸法だ。

 

なにしろ、北方海域はこちらとは比べものにならないぐらい寒い。

提督にできるせめてものことをして、みんなの疲れを癒してあげたい。

 

おっと、忘れるところだった。

入渠用の湯の温度を少し上げておくため、提督はお風呂場へと向かうのだった。

 

 

「ちくしょー、ほっぽの奴、好き勝手やってくれたぜ!」

「あの、すさまじい数の艦載機を何とかしないといけませんね」

「ごめんなさい、あまり撃ち落とせなくて……」

 

摩耶、大淀、照月が今日の戦いについて反省している。

 

「やっぱり三式弾を持ってくべきなのかなあ?」

「だが、その代わりに水上戦闘機を降ろすのか?」

「偵察機を降ろして、弾着観測を捨てた方がいいんじゃないの?」

 

伊勢、日向、山城の航空戦艦が、装備の是非について議論している。

 

こうやって活発な議論が出るのも、鍋で身体が温まったから。

埠頭に帰ってきた時は、みんな青白い顔で無言だった。

 

身体の芯から温めてくれる、ピリッと生姜の効いた鶏ガラスープ。

加熱された生姜からは、血管を拡張して血流を良くする、ショウガオールという成分が出る。

 

シャキシャキと蓮根の食感が混じる、ふわっとジューシーな鶏団子。

これをムシャムシャ食べて、バクバクとご飯をかっこむ。

 

クタクタに煮られた野菜ときのこを、熱々の豆腐とともにハフハフ食べる。

もうね、元気が戻らない方がおかしい。

 

次回の攻略に向けた艦娘たちの熱心な議論に目を細め、提督は昔ながらのアルマイトの薬缶からお湯を注いで番茶を淹れ、ズズーッと湯呑みをすする。

 

「弾着観測射撃は諦めて、代わりに大淀に夜間偵察機を入れて敵主力との夜戦……」

「いやいや、あたしも三式弾を持つから、山城さんぐらいは水偵を載せて……」

 

議論は白熱している。

ああしろこうしろ、提督から言うことも言えることも何もない。

 

この自主性こそが、うちの鎮守府の強さだ。

きっと次はほっぽちゃんを倒して、お尻ぺんぺんできるだろう。

 

みんな、よろしくお願いします。

〆のうどんを出すタイミングを見計らいつつ、提督はそっと呟くのだった。




おまけ

【某聖なる日の大本営】


東京霞ヶ関の一角に、往時の姿のまま再建された赤レンガの海軍省。

会議室には海軍軍令部総長の他、全国の主だった諸提督と高級官僚らが着席し、横須賀提督が首相との会談を終えて来着するのを待っていた。

全国戦果首位の提督筆頭にして階級は元帥、海軍大臣と海上護衛司令長官を兼ね、絶大な権力を持つ横須賀鎮守府の女帝。

「さっきの戦果更新見たか? あいつ、こんな月に1万ペースで稼ぐとかアホかっての」

木更津のスチャラカ提督が、戦果首位をひた走る実の妹の高過ぎる戦果値をぼやく。
首位の横須賀鎮守府単独で、2~5位の鎮守府の戦果総数とほぼ同等値を叩き出しているのだ。

この島国の命脈を握る制海権は、その1/4が彼女の鎮守府に依存しており、それこそが横須賀提督の権力の源泉となっている。
彼女が海軍大臣を辞任するだけで、内閣も総辞職を余儀なくされると噂されている。

「あいつよぉ、彼氏もいねえ永久処女だから、夜も戦果稼ぐ以外にやることねえんだぜ。寂しい女、ケヘヘヘッ」

横須賀提督の配下の特警妖精さんたちが冷たい視線を向ける中、“女スターリン”とも評される妹を相手に暴言を吐き、下卑た笑い声をあげる木更津提督。

「あたしも1万稼ぐなんて絶対無理だなあ。深夜アニメ見れなくなったら生きてられないもん」

天草提督が指にマニキュアを塗りながら、無責任に合いの手を飛ばす。

全国戦果2位、プロテインをこよなく愛する佐世保のマッチョ提督は、我れ関せずと会議室の隅で裸の上半身から湯気を立て、親指のみで腕立て伏せを繰り返している。
ちなみに昨夜は「セガールと闘う夢を見たが……まだ、あの人には勝てなかった」とのことだ。

「妖精さん統帥権独立の原則」によって絶対的な身分と安全を保障されている提督たちとは異なり、権力にその身を翻弄される一般人の官僚たちは一切聞こえないふりをして、能面のような表情を崩さないでいる。

木更津提督も、自分に味方する妖精さんたちによって提督の座を保証されており、それは横須賀提督でさえ侵せない絶対的身分なのだが……。

妖精さんたちは「兄妹喧嘩」にまでは干渉してくれない。

木更津提督が中学二年の文化祭の時に、妹のセーラー服の上着とブルマを無断借用してコミックバンドの演奏を行ったり……。
あるいは、高校時代に妹がそっと机にしまいこんでいた書きかけのラブレターに避妊具を入れて勝手に投函して以来……。

彼は政治とは別な方面で妹から粛清対象として認識されている。

そして今日も、現に木更津提督の背後には木刀を手にした横須賀提督がいつの間にか立っていて……。

突如、周囲の人間の視覚が【海軍特別警察隊 第四種機密事項】と黒塗りにされる。
ただ、激しい打撃音と悲鳴だけが耳に入ってくる(生温かい液体が飛んできても大人はスルーだ)。

他の提督や官僚たちは、その慣れた時間を黙って潰す。

「お待たせしてすみませんでした」

大部分の黒塗りが解かれ、視界の一部……床の上に人間大の黒い空間が残るだけとなった。

汗一つない涼しい顔で議長席につく横須賀の美女提督。
幸い、冬物である濃紺の第一種軍装には、赤黒い液体の染みはさほど目立たない。

その横須賀提督の涼しい切れ長の瞳が、某辺境鎮守府の提督の席へと向かい……。
そこに立てられた「欠席」の札を見て固まった直後、その横の席でニヤニヤと笑っている天草の腐女子提督の視線と絡む。

「それでは、これより……」

すぐにその視線を振り払い、低い声で会議の開始を告げ始める横須賀提督。

彼女が慌てて書類の束を崩してしまい、そこから菓子箱を入れるのにちょうどいいぐらいの茶色い紙袋が転がったのを見て、天草提督がさらに意地悪く笑うのだった。

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