ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

137 / 252
愛宕と決戦前の大宴会

提督は執務室の机につくと、まずは水差しから冷水をコップに注ぎ、一息に飲み干した。

バレンタインから食べ続けている、大量のチョコによる胸焼けがひどい。

 

ともかく、今季の大規模作戦について史実をもう一度おさらいしようと、戦史書を紐解いていく。

 

1944年10月17日、フィリピン・レイテ島への上陸を開始した連合軍に対し、翌18日、帝国海軍はかねてからの作戦計画に基づき、フィリピンでの決戦を企図した捷一号作戦を発動させる。

 

ただし、先日行われた台湾沖航空戦により、作戦の中核を担うはずだった第一・第二航空艦隊(基地航空隊群)は壊滅的打撃を受けており、基地航空部隊の支援の下で水上艦隊が突入するという、当初の作戦計画と全く異なったものになっていくのだが……。

 

10月22日、大和、武蔵、長門、金剛、榛名らの強力な水上戦力を有する第一遊撃部隊主力はブルネイを出撃、パラワン水道を通過するルートをとり、一路レイテを目指した。

 

作戦目標はレイテ湾の敵輸送船団。

陸軍の反撃と呼応し、敵上陸部隊を水際で撃滅するのが主目的であった。

 

10月23日へと日付が変わった頃、第一遊撃部隊主力はパラワン水道の入り口に達したが、すでに艦隊は敵潜水艦によって発見・通報されていた。

 

そして黎明、艦隊旗艦の愛宕が敵潜水艦からの魚雷を受けて30分と経たずに沈没。

同様に高雄も魚雷により航行不能に陥った。

 

愛宕と高雄の被弾を受けて回避行動を行っていた艦隊だが、続けて摩耶に魚雷4本が命中、被雷からわずか数分で摩耶は海中に没する。

 

こうして瞬く間に高雄型からなる第四戦隊は壊滅、唯一被害を免れた鳥海も25日のサマール沖海戦で被弾し(金剛による誤射という説もある)、藤波の手で雷撃処分された……。

 

 

「提督、何か用か?」

 

提督に急に呼び出された高雄型四姉妹。

摩耶を先頭に安っぽいベニヤ製のドアを開けて執務室に入ると……。

 

「うわっ、何だ!? こら、やめろっ! 抱きつくな! 何でこいつ泣いてんだ!? オイ、泣きながら変なとこ触んじゃねえ!」

「あのっ、これも、何かの任務なのですか?」

 

感極まった提督、高雄たちを呼び出して、ケッコンしていなかったら訴えられても仕方ないぐらいのセクハラの限りを尽くし始めた。

 

「うふっ、どうしました? んもぅ、意外と甘えん坊なのですね♪」

「提督、高雄がついていますから……安心して」

 

このあと滅茶苦茶スキンシップした。

 

 

夕方、鎮守府寮の別館の宴会場。

大規模作戦を前にした、恒例の大宴会。

 

今宵も気温は零下まで下がる。

200畳を超える大広間に、コタツ仕様の冬の宴会机が並ぶ。

 

まず、各自の席の前には、小松菜とちりめんじゃこの煮びたしと、山芋たたきの明太和えの小鉢が出されている。

 

大皿には、カニ脚のほぐし身、ツナ、ワカメをあしらった海鮮黒酢サラダ。

各テーブルにドンと置かれた木桶には、新鮮なマグロぶつがたっぷりと盛られている。

 

「今夜は楽しんでくれ。明日からは決戦だ! 各員、一層奮励努力せよ! では、乾杯!」

 

長門の簡潔な乾杯の音頭。

提督による「スピーチは1分以内!」運動のたまものだ(昼にあった軍令部総長の訓示放送も1分で切った)。

 

宴会の開始を見計らって、揚げだし豆腐が熱々のまま供される。

衣はカリッ、中はフンワリ、じんわりと優しいつゆが染み込んでいる。

 

続けて、牛すじと大根の小皿。

丁寧に下処理して臭みを抜いた牛すじを、関西風の上品な昆布だしで大根とともにじっくりトロトロに煮込んだ、寒い夜に嬉しい一品。

 

そして、その煮込み汁を濾して味を調え、生海苔を流し入れた椀もの。

この生海苔、潜水艦娘たちもお手伝いをして、朝に目の前の湾で刈り取ったばかりの超新鮮なもの。

海の恵みをそのまま呑み込むような贅沢さが味わえる。

 

絶品料理に舌鼓を打ちながら、提督は艦娘たちの様子を見まわした。

決戦を前に思うところがあるのだろう、珍しい交流が見られる。

 

鳥海と藤波。

高雄と長波、朝霜。

妙高の隣には潮がいる。

何か語り合っている早霜、沖波、不知火……。

 

「提督さん、邪魔しに行っちゃダメだよ」

 

駆逐艦娘たちを抱きしめに行こうとしたら、瑞鶴に止められた。

確かに水を差しては悪いし、バレンタインのチョコを貰った時に潮のことは思いっきり揉んでおいたし、今日のところは我慢することにする。

 

ん、そういえば翔鶴と一緒にいない瑞鶴も珍しい。

 

「提督さん……うん…。解ってる」

 

瑞鶴は、ミッドウェーで赤城たち、マリアナで大鳳と翔鶴を失った後、最後の日本機動部隊を率いてレイテの決戦へと挑んだ。

史実のその戦いは、満足な搭乗員も与えられず、水上部隊突入のために米機動部隊を遠方におびき出す囮としての役目でしかなく……強大な米機動部隊の前に、日本最後の機動戦力はエンガノ岬沖で消滅した……。

 

「うわっ、ちょっと……やめて、何で泣きながら抱きついてくるのっ!?」

 

 

その後も、マグロのかま焼きに、博多風もつ鍋と宴会の料理は続いた。

 

箸を入れるとほろほろと骨からほぐれる、柔らかいマグロのカマ肉。

甘い脂がたっぷりのっていてボリュームたっぷりなのに、トロなどの部位に比べれば激安。

今朝、焼津港に遠征艦隊を立ち寄らせ、市場で大量に買い付けてきたものだ。

 

豚もつは、安く仕入れた県内産の牛の小腸(マルチョウ)第一胃(ミノ)、そして脂身を、たっぷりのキャベツとともに鶏がらスープで煮込んだもの。

濃口醤油と薄口醤油、みりん、砂糖、おろしニンニクをブレンドしたスープの味付けは、福岡の女・千歳が自信を持って担当した。

 

ニラとモヤシも大量投入、野菜たっぷりで元気モリモリ、コラーゲンでお肌プルプルだ。

〆は鍋に入れるラーメンに、ピリッとする高菜の炊き込みご飯。

 

デザートはお取り寄せの「好事福廬(こうずぶくろ)」。

大きめの紀州みかんの中身をくり抜き、その果実ジュースに砂糖、リキュール、ゼラチンを加え、もとの蜜柑の皮へと詰めてゼリーとして冷やし固めた、京都の老舗菓子店考案の名物菓子だ。

 

素朴な蜜柑の甘みに、上品な香りが漂う。

 

3時間あまりの大宴会。

贅沢でゆっくりとした時間が流れた。

 

後片付けを見守りながら、提督はゴロリと横になった。

 

明日は朝から出撃開始だ。

まずは先鋒、水雷戦隊の出番なら旗艦は能代に任せるつもりでいる。

 

そして、もし重巡を出すことになるのならば……。

 

「提督、ホットミルク作ってあげましょうか? うふっ♪」

 

愛宕に膝枕されて甘えながら、提督は明日の編成を夢想するのだった。




いよいよ冬イベですね。
今日中にちゃんとメンテ明けるかなあ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。