ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

139 / 252
武蔵改二とブリーチーズ

北からの寒気が吹き込み、急激に冷え込んだ夜。

 

提督は早めに執務を切り上げると、艦娘寮の休憩室の隅っこに寝床を定めて、オフトゥン執務を行っていた。

オフトゥン執務とは文字通り、ぬくぬくと布団にくるまりながら、ダラダラと提督業の続きを行うことである。

 

五十畳の広さの休憩室だが、提督の布団の周りでは多くの艦娘たちがおしゃべりしたり遊んだり、いくつかのコタツでは酒を傾ける艦娘たちもいる。

 

要するに、大学の貧乏サークルあたりの合宿状態と何ら変わらない、カオス空間。

 

しかも……。

 

「なんか…さぶいなあ…へ、へっくしゅん! 提督の布団に避難だ!」

「何か...やるの? 何を?」

「うっふふふっ♪ ボクの出番はあるのかな?」

「夕立もどこかで出撃させてもらえるっぽい!?」

「司令官、不知火が必要なら、いつでもお呼びください。ん……不知火に何か落ち度でも?」

「はぎぃ、やめなって! くすぐったいから! おほっ! ……お、おお……? って司令かよ!」

 

次から次へと、入れ代わり立ち代わりで駆逐艦娘たちが提督のオフトゥンに来襲してくるし、それにいちいち提督がかまったりセクハラするので、落ち着かないこと嵐の如し。

 

「エンガノ岬沖には、ちゃんと千歳姉ぇと組んで出撃させてよね? ね、聞いてる?」

「うわぁ~、寒くなってきたぁ。こんな時はお酒を飲んで体を温めないとぉ~」

「提督、あたしと北上さんの出番はいつ!? 魚雷を撃ちたくて、ウズウズしてるのよ」

「夜戦は? 夜戦する? ねーねー、やーせーんー!」

 

大人組もやかましいこと、この上なし。

 

しかし、こういう環境でこそ、ここの提督の集中力は逆に高まる。

 

下敷き代わりの古新聞の上で、「京大式」の情報カードに鉛筆で色々と書き込んでは試行錯誤し、消しゴムで消しては書き直していく……。

 

今日は、扶桑たち西村艦隊により、再びスリガオ海峡への攻撃を実施し、深海棲艦たちの呪いの力を弱めた。

提督は、これから続くシブヤン海、エンガノ岬沖、サマール沖、それぞれの戦いに出撃させる艦隊の編成を割り振っている。

 

時々、手を伸ばしては、クラッカーにブリーチーズをのせ、ハチミツをかけたお菓子をかじる。

お菓子と言い訳しているが、これがまたロックのウィスキーをチビチビやるのにもってこいだ。

 

ここの鎮守府の作戦は大体こんなイージーな雰囲気の中で決まっていくのが常なのだ。

 

 

ブリーチーズはフランスのブリー地方で作られる白カビのチーズで、「チーズで出来たお菓子」とか「チーズの王様」とか称されたりする。

日本でも馴染み深いカマンベールチーズも、このブリーチーズから派生したものだという。

 

熟成し、舌でとろけるトロリとしたクリーミーな食感が特徴。

濃厚なミルクの風味が味わえるが、カマンベールよりもまろやかでクセは少ない。

そのままでも十分に美味しいが……これに上質なハチミツをかけると、極上のお菓子兼つまみとなる。

 

かのルイ16世がフランス革命後、連行中に何か食べ物が欲しいかと訊かれ、「ブリー・ド・モー(第一級とされるモー村のブリー)」を欲した、とか、ヨーロッパ中の代表が集まったウイーン会議の際のチーズ品評会で満場一致で「チーズの王様」に選ばれた、などという逸話があるほどだ。

 

 

「Hey、提督ぅ? 艦隊の編成は決まりましたかー?」

 

浴衣姿で布団に潜り込み、背中に抱きついて何かを押し当てながら質問してくる金剛。

 

「うん、大体まとまったよ」

 

提督が金剛から逃れつつ答え、カードに最後の書き込みを加える。

 

 

「よし、まずはシブヤン海。第一艦隊の旗艦は愛宕。随伴艦は、金剛、榛名、利根、筑摩……そして航二艤装の熊野」

 

「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」

「榛名、感激ですっ!」

「熊野? あたし、呼んでくるっ!」

 

編成に選ばれたことに喜びの声をあげる金剛と榛名に、この場にいない熊野を呼ぶために飛び出していく鈴谷。

 

「第二艦隊は矢は……ぎぶっ!」

 

続けて第二艦隊の人事を発表しようとした提督が、飛び込んできた大柄な艦娘に押し潰される。

良い子は絶対に真似してはいけない、満載排水量72,809トンの武蔵による全力ダイブだ。

 

「なぜ、この武蔵を決戦に呼ばない!? 水臭いぞ、相棒!」

 

その相棒をトラックにひかれたカエルのようにしつつ、武蔵が雄叫びを上げる。

 

「提督が大破! 明石さん呼んできてー!」

「大鷹さん、武蔵さんをなだめてくださ~い(※大鷹は貨客船「春日丸」だった時に、佐世保港内で新造されたばかりの武蔵の目隠し役をしていた)」

 

「大体、私の改二改装はいつ行うんだ? 今日は、ずっと工廠の前で待ってたんだぞ!?」

 

武蔵が提督の襟首を掴んで引き起こし、その細い目を覗き込もうとするが……。

提督はツィーッと目を背ける。

 

武蔵の改二には弾薬8900、鋼材8600に加え、多くの希少資材(日本語がおかしい)が要求される。

提督としては、武蔵の改二は保留したいのだが……。

 

「提督? 連合艦隊一の旗艦能力を備えた、この武蔵の改二……“乗り心地”を試してみたくないか?」

 

ブリーチーズにかかっていたハチミツを小指ですくい、その指を舐めながら淫靡に笑う武蔵。

サラシに隠された、汗ばむ褐色の双丘が提督に押し付けられる。

 

そんな甘~い誘惑に耐えられるほど、ここの提督の精神力は強くない。

改装の許可証に、ついついサインしてしまう。

 

「よし、明石の所に行ってくる! ふふっ、帰ってきたら可愛がってやるぞ。今夜は寝かさないからな?」

 

許可証をすぐさま奪い取ると、不敵な笑みを浮かべて休憩室を出ていく武蔵。

 

「Oh、提督! 何やってるデース! 武蔵に搾り取られる前に、他の嫁艦への“補給”を済ませるネー!」

「提督、榛名でよければお相手しましょう」

 

オフトゥンごと、提督を自分たちの部屋に引きずって行こうとする金剛と榛名。

 

 

決戦の最中にあっても、ここの鎮守府は平和で仲良し(?)です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。