ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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最終決戦と朝ごはん

氷点下の風が吹き荒ぶ、まだ陽が遠くの海に顔を見せ始めたばかりの、薄暗い払暁の海。

 

高速で疾走する空母艦娘の後を、小さな駆逐艦娘が必死に追っていた。

 

機関は絶好調、滑らかな巡航から鋭い加速まで望みの出力を得られる。

舵の働きには一貫性があり、思い通りの航跡を描ける。

弓を握る一本一本の指先から、荒波を蹴る足の爪先までが、まるで一本の芯でつながったかのような充実感。

 

自由自在に身体と艤装が動く。

思わず笑みを浮かべ、翔鶴が後ろを振り返ると……必死の形相で遅れまいと喰らい付いてくる、曙の姿が映った。

 

慌てて機関出力を低下させる翔鶴。

ここ数日昼夜を問わず、翔鶴の艤装の調整のための練習に、曙が護衛として同行してくれていた。

 

そのおかげで翔鶴の艤装は、明石による入念な整備によって最高の状態に仕上がった。

一方で、忙しい明石に遠慮して自己メンテのみで連続出撃を続けた曙の艤装は、酷使によって性能が大幅に低下している。

 

それでも護衛の任を全うしようと、決して離れまいと必死に力を振り絞る曙が、自分を待とうと出力を落とした翔鶴を睨み付けて叫ぶ。

 

「絶対に離れませんから! 全力でテストを続けてください!」

 

曙に頷き返し、翔鶴が再び出力を上昇させる。

悠々と先行していく翔鶴に懸命に追いつこうとしながら、曙は遠ざかって行くその力強い背中を眩しそうに見つめる。

 

そんな2人と同様に、目を輝かせた清霜を従えながら、武蔵がタービンと新型缶の増設による高速航行のテストを行っている。

 

今日、鎮守府は敵深海棲艦隊主力との、最後の艦隊決戦に挑もうとしていた。

 

 

艦娘寮の大食堂。

その厨房も、決戦前の朝食の準備で慌ただしい。

 

磯波が菜の花を手早く下処理して、熱湯たっぷりの大鍋に入れて茹でる。

浦波が茹で上がった菜の花を引き上げ、冷水で流して絞り、几帳面に長さを切りそろえていく。

敷波がそこに、ツナと塩こしょう、醤油、中華だしをあえて、なかなか繊細な味付けをする。

綾波が中華鍋にゴマ油をたらし、それを豪快にゴマ油でファイアー!と手早く炒める。

 

第十九駆逐隊のお得意料理、ツナと菜の花の炒めもの。

花かつおを散らせば、ほっこり優しいご飯の供。

 

わかさぎの天ぷらを大量に揚げていく、吹雪、白雪、初雪、深雪らの第十一駆逐隊。

特別な技などはない普通の家庭的な仕上がりの天ぷらだが、わかさぎは塩水でひと洗いし、面倒でもしっかりと一尾ずつ水気を拭き取ってから、油の温度を変えないように少量ずつ揚げてある。

 

そんな小さな誠意が、仕上がりの味に少しだけ……ちょっぴり贅沢な差をもたらす。

香ばしい薄い衣の下に、ほんのりと塩気がのった、旬のわかさぎが閉じ込められている。

サクリとそれを噛み切ると、衣の油とわかさぎの脂が混ざり合う。

 

間宮が神風たち姉妹を指導し、塩洗いした(しじみ)を、酒、砂糖、だし汁、薄口醤油に、針生姜を加えて炊いている。

汁けがなくなるまで炒りつければ、京風の「炊いたん」と呼ばれるおばんざい(おかず)の完成だ。

 

陽炎、黒潮、親潮が作った、椎茸とひじきの和風シューマイ。

夕雲、巻雲、朝雲が漬けた、からし菜の浅漬け。

千歳と千代田の手による、春が香るつくしの卵とじ。

 

そして伊良湖と瑞穂は味噌汁を。

天草から仕入れた熊本産の新玉ねぎはトロッと柔らかく、甘みが強い。

地元の採れたてワカメが、昆布と鰹節に更なるダシの旨味を加えている。。

 

どれもこれも、白いご飯を素晴らしく引き立たせる。

 

 

今日炊いているのは、作戦遂行に必要な戦力と資源が足りずに攻略を断念するので後は任せたと、お隣の塩釜鎮守府から贈られてきたお米。

 

かつては全国の作付面積でコシヒカリに次ぐ2位に輝いた品種ながら、栽培の難しさと新品種の台頭により栽培農家が減り、今では全国の作付面積の0.5%を切る稀少品種となってしまったササニシキ。

 

モチモチして粘り気が強く甘いコシヒカリに対して、さらさらと粘り気が少なくさっぱりとした食味のササニシキ。

とはいえ、ササニシキも品種交配上はコシヒカリの甥っ子にあたり、その根幹にあるものは同一。

 

日本人が大好きな、魂に刻まれた「The 米」の味。

万全の布陣で挑む、朝ごはん。

 

 

「第一艦隊は、武蔵、金剛、大鳳、翔鶴、瑞鶴、加賀。第二艦隊は、速吸、秋月、潮、阿武隈、北上、瑞鳳……」

 

デザートのマンゴーヨーグルトが出されたのを見計らい、長門が改めて今日の布陣を読み上げ、作戦会議を開始する。

 

「打ち合わせ通り、敵主力海域への直通門を捜索する駆逐隊は、門を発見したら最寄りの戦艦部隊を呼ぶように。くれぐれも、先走って駆逐隊だけで突入しないように……いいな、綾波?」

「あ、はいっ! 前回は申し訳ありませんでした!」

 

深海棲艦が緊急の指揮・連絡のために増設した、短期間で消滅する臨時の門。

 

それを消滅前に見つけ出すことにより、敵の主力艦隊に向けて近海に待機させておいた援軍艦隊を送り込むことができる。

 

今季から導入された新戦術だが……。

 

先のレイテ湾突入で、門を発見しながら西村艦隊の到着を待たず、バーサークして吶喊した綾波に長門が釘を刺す。

 

連合艦隊本隊に支援艦隊、決戦予備の複数の援軍艦隊、門の捜索部隊を含め、今回一斉に出撃する艦娘は、過去最大の80人以上。

 

 

彼女らの艤装を倉庫から運び出し、それらに燃料、弾薬を供給して出撃準備を整えるだけでも、この鎮守府の狭い埠頭では大混乱になるのは必至だ。

 

その点について、鎮守府最古の軽巡洋艦たち、鋼鉄の下士官団と提督が頼みにする天龍、龍田、球磨、多摩、長良、名取が、準備のための綿密な運用計画を発表する。

 

帰投した出撃部隊を迎える風呂や食事、酒宴の準備も含めれば鎮守府の全員が参加する、総力を挙げた大プロジェクト。

 

目的はただ一つ。

 

『ウミノソコハネ……ツメタクテ……ヒトリハ、…サミシィイイイッ!!』

 

孤独に哭く姫を鎮魂すること。

 

「それでは、出撃の前に提督から……」

 

長門に促され、提督が立ち上がり、艦娘たちに言葉を発する。

 

もろん、「暁の水平線に――」なんて、ここの鎮守府に似合わない台詞ではない。

 

大決戦を前にしても、いつもと変わらない提督の穏やかな一言。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

これは食にこだわった提督と、彼に率いられる人間臭い艦娘たちの物語。

 

深海棲艦から海の平和を守りながら、提督と艦娘たちは今日も楽しくご飯を食べる。

 

また、明日もみんなで……いただきます!と笑うために。

 

 

【第一部 完】




これでFinish? な訳無いデショ!
食らいついたら離さないって、言ったデース!

本家第一部の節目に敬意を表して一区切りしましたが、普通に続きますので今後ともよろしくお願いいたします。

イベは乙で終了、記念の51cm連装砲と、色違い用のサラトガとルイージも入手できたので大満足でした。

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