艦娘寮のあちこちの軒先に吊るされた、藁縄で十字に縛られた謎の球体。
3週間ほど前……。
提督が艦娘たちと一緒に、例年のように仕込んだ「味噌玉」だ。
まず、よく洗った黄色大豆を一晩水に浸けて、十分に水を吸わせる。
翌日、この大豆を朝一番から昼過ぎまで、鍋で水を少しずつ継ぎ足しながら、じっくりとコトコト煮出していく。
豆が指でつまんで潰せるほどまで軟らかくなったら水の継ぎ足しをやめ、お湯を捨てて軽く煎るように水気を飛ばす。
そして、臼に入れた大豆を杵で粉々にすり潰した後、直径15cmほどの球形に丸めたもの。
それが「味噌玉」だ。
「はわわ、こ……これ、食べ物? Eww!」
軒先に吊るして、約3週間。
乾燥してヒビが入り、白カビや青カビを生やしながらコチコチに固まった味噌玉を、ガンビア・ベイが気味悪げに見つめている。
「ホコリやカビはちゃんと(表面だけ)洗い落とすから平気だよ。黒カビや赤カビは味が落ちるから、見つけたら削ってたしね」
嘘ではない嘘をつきながら、提督が味噌玉を何玉か回収し、乗り気でないガンビア・ベイを連れて厨房に向かう。
表面を洗い流した味噌玉を、また臼と杵で粉々に砕いて、青カビの塊は取り除いてから、麹菌と塩水を加えて練る。
これを味噌樽に詰め、雑菌や新しいカビの侵入を防ぐために「ふた塩」という塩を表面にばらまき、熱湯で消毒済みの布をかけてやる。
重しの石を載せたら蓋をして、縄で縛って再来年の新春まで寝かせるだけ(決して混ぜたりしてはダメだ)。
古来の製法で作る、この鎮守府名物の田舎味噌。
「今日の日付と、君の名前をこの樽に書いておくからね」
「Th…Thank you」
2年後、この味噌が完成する頃には、ガンビア・ベイもここの食生活に馴染んで、気にせず食べられるようになっているだろう。
と、埠頭の方から大音量のサイレンが響いてくる。
「Admiral, な、何ですか?」
次に出撃する艦娘たちへ、埠頭への集合を知らせるためのものだ。
艦娘たちが任務に慣れ、出撃には時間厳守で集まるようになっているので、ここ3年は普段は鳴らさなくなっているのだが……。
今日はこのガンビア・ベイが初めての実戦、近海航路の輸送船団護衛作戦に赴く。
こういう新人の初出撃の際には、鎮守府全体が初心を取り戻すために、大きな音で鳴らすようにしているのだ。
「埠頭で艦隊の仲間が待ってるから、行っておいで。初陣のお祝いに、ご飯を作っておくから」
「あ、あ、はい! 了解。I'm doing well, thanks」
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ちょっとした書類仕事を片付けた提督は、鎮守府庁舎のキッチンで料理にとりかかった。
タマネギとニンジンを細かいみじん切りにし、フライパンにバターをしいて、弱火で時間をかけて甘みを引き出したら……。
豚ひき肉を加え、パパッと酒をふったら中火で炒め、こしょうを少々。
そして、2年前に仕込んだ例の味噌を、加減しながら加えていく。
塩はいらない。
この味噌自体にかなり強烈な塩気があるので、最後に味見して必要なら少し加えるだけでいい。
「五十鈴よ、戻ったわ」
引率役の五十鈴の元気な声に続いて……。
「The mission is completed(作戦完了)! Whew…」
「提督、艦隊、戻りました! 無事な航海で、何よりです」
「はぁ~。艦隊帰投だぜぇ! いいよなー港って! なんだかんだで、ほっとすんだよ。へへっ!」
狙った時間に、ガンビア・ベイと、新人の海防艦娘である、日振、大東が戻ってくる。
提督は、バサッとカレー粉を追加した。
キッチン中に一気に広まるカレーの香りに、艦娘たちが喜びの声を上げる。
そんな歓声に、提督は細い目をさらに細めながら、隠し味のナンプラーを少量ふりかけ、全体を混ぜ合わせる。
水気少な目に炊いたご飯にかければ、味噌のコクが追加された簡単キーマカレーの完成だ。
対潜・上陸支援が主任務の護衛空母にしては、戦艦(しかも大和)や重巡たちに追い回されて砲撃により撃沈されたという、激烈な最期がトラウマになっているらしい、ガンビア・ベイ。
「本当に……私なんか戦力にならないし……」
装甲も耐久力も回避力も、(言葉は悪いが、鳳翔さんにさえ劣る)貧弱な防御面。
繰り出せる艦載機の数も、最低レベルでしかない。
確かに、強力な戦力ではない、ガンビア・ベイだが……。
「対潜哨戒なら、本来の仕事だから……これぐらいはできるかも……?」
ずっと使い道がなく死蔵していた、零式水中聴音機を積んで出撃したガンビア・ベイ。
先制対潜攻撃できちんと仕事をしてきてくれた。
「It’s good!」
美味しそうにキーマカレーを頬張るガンビア・ベイの、クセッ毛を優しく撫でてあげる提督。
投入する戦場の選び方は難しそうだが、今後の活躍が楽しみな、可愛い家族が増えました。
ちなみに、この鎮守府ではもう一種類。
麹菌を蒸し米にかけて発酵させた自家製米麹を使い、比較的大量に作る田舎味噌を、地下室で伊勢と日向が中心になって仕込んでいます。